姉弟を賭して
鼓動が跳ねる。
これが自身の変化のせいか、それとも昌運の剣気に充てられてなのか。
相対するは唯の剣客にあらず、無明を是とし、一心を掛ける。
心を染めろ——普通に闘れば、アレと俺では相手にもならない。
「どうした? 来いよ、律」
言外に昌運は「臆しているのか」と嗤いだす。
上等——その挑発を機に俺は一足を踏み出し、居合いを斬りだした。
「——っ!?」
その速度は今までのソレを遥かに超え、俺には昌運が目を見開いたその瞬間までもが認識できる。
だが——
「……何だ、今の動きは?」
憎たらしいことに、奴はその身を半身ずらすだけで、俺の剣閃をかわし切ってしまう。
しかし、その目に驚愕の色が浮かんでいるのは事実。
俺は体制を立て直し、あらためて刀を鞘に納める。
「いつまでも子供扱いするなよ。この状態の俺は、そう容易くはいかないと思え」
これが何なのかは、正直俺にも分からない。
ただ、これが人間の限界を超え、俺自身の身体能力を飛躍的に伸ばすことは事実。
この時分、気味が悪いだなんて笑止だ。
使えるなら使うさ。その為に代償を支払ったとしても。
「はあっ!」
次は地を這うように跳び、跳ねるように剣戟を放つ。
「……ふんっ」
その一閃も驚異的な反応により紙一重で躱されてしまうが、無論、これでカタをつけられるような相手だとは思っても無い。
そこから俺は宙で回転し、そのまま上段から鋸のように刀を降り下ろす。
我ながら、人間を超えた動きだと思わなくもない。
誰が腰の捻りだけで宙回転出来ると思うか。
「冗談っ!」
これには堪らず昌運も体勢を崩し、受け手に回る。
だが俺からすれば、この一閃を受け止めようと思ったその選択が間違いだ。
俺は昌運の大刀を押し返すように、そのまま叩き切ろうと力を込める。
力比べなら勝てる。そこで体勢を崩してさえしまえば——
「……ちぃっ!」
昌運は俺の膂力に舌打ちを一つ、堪らず刀を引き、そのまま体勢を崩す。
ここが勝機っ! 今なら姉弟子に一太刀打ち込める!
振り切った刀はそのままに、俺は地面を切り裂きながら水平に一閃を薙ぐ。
だが、その瞬間——
ゾクッ……
鋭敏になった俺の感覚が、異常なまでの警報を鳴らす。
無論、俺の水平斬りは宙を薙ぎ、昌運はその間に距離をとってしまう。
「——再び問う。その力は何だ? 異常なまでの膂力、異常なまでの判断力。どれも前に会った時とは比べ物にもならない。ソレは何だ?」
凶悪なまでの剣気。だが、剣聖と呼ばれるこの姉弟子から、ここまで引き出す事が出来たのも事実。
ここからが本番。
「三度問う。それは何だ?」
昌運の身体から感じたことのない気が溢れ出す。
今まで、この姉弟子とは何度も刀を合わせてきた。
だが、その度にコイツの本気を引き出すことが出来ず、歯噛みをしていたのが今——追い付いた。
小手先の技が通用するような相手じゃない。
今の俺に出来る全てを以って、攻勢に出る。
「いくぞ姉弟子」
「人の質問には明確に答えろと教えたはずだが——」
巻き起こる砂埃、どちらが先に地を蹴ったのかは分からない。
姉弟弟子であるが故に、互いの一手も同じもの。
我流一仭 無音——焔断
ただ一瞬の交差——その瞬間に一閃を穿ち、相手の戦意を折る。
その交差の末に待つのは——
「……ふんっ、やはりその程度か」
背後から聞こえる声。
間違いない、俺の刃は昌運に掠りもせず通り抜け、空を裂いた。
だが、昌運の刀も俺の身体には至っていない。
何故なら、アイツは俺の剣閃に合わせ、斬撃を逸らすように刀を振るったのだから。
「何のつもりだ、昌運。どうして俺に合わせた」
頭に血が上る。
これはチンケな主張かもしれないが、己の全てを賭けたと思ったのは俺だけだった。
そう感じた瞬間、俺は再び駆ける。
もう自分の動きを制御しきれない。
自身の底から湧きあがる力を使い、昌運へと刀を振り下ろす。
だが——
「子供か……おまえは——いや、赤子だな」
尽く俺の斬撃は昌運の身体を擦り抜け、空を斬っていく。
さらに速く、より速く刀を振り下ろしても、俺の斬撃は届かない。
馬鹿な、そんなことは有り得ない。俺の身体能力は完全にアイツのソレを上回っている。それなのに、どうしてここまで届かない。どうして、この差が埋まらない。
「何をどうしたのかは知らないけど、あたしはアンタを愛していた。少なくとも、少し前まではな」
初めてそこで、俺の刀が弾かれる。
嘘だろ、いくら何でもここまでの差は——
「今の律は出逢った頃と大差無いクソガキだ。己を過信し、己の中でだけ鼻を伸ばす。世間の広さも、己の矮小さも理解が出来てない」
その言葉と同時に、雷鳴のような一閃が俺の身を撃つ。
堪らず仰け反るどころじゃ無い。俺の身体は後方へと弾きとばされ、そのまま片膝をつかされてしまう。
「愛の無い律は御免だよ。あたしは今まで、愛を込めておまえを躾けてきた。正気に戻れ、律。それはおまえの進むべき道じゃない。一心を一刀に込め、今ここで叩き直す。骨の一本や二本で済むと思うな。あたしの愛は絶世に重い」




