最後に 樫崎美代子
異世界転移する前の事は、実はよく覚えていないのです。
所々、思い出せたり、思い出せなかったりします。
思い出そうとしましたが、それは世界の理に反することなので、思い出してはいけないのです。
だから、この世界に順応して、使命を果たしていかなければならないのです。
だって、わたしは、光の女神アーリューシャイン様の聖女ですから。
~ ・ ~
初心者研修の時は、わたしなりに頑張りました。
報酬は……全部取られてしまいましたが。
それでも、講師の小人さんが、大銀貨を2枚、個人的に下さいました。
メンバー次第ですが、ゴブリン退治でも、儲からないという事はないのです。
その小人さんにお誘い頂いた、迷宮探索でも、私はそれなりに頑張りました。
自分にできることを、一生懸命にやってきました。
でも、ちょっと油断したら、あっという間に大蜘蛛に捕まってしまいました。
怖かったです。とっても、怖かった。
気が付いたら、青き清浄の調べ教会の、ベットの上でした。
身体が全く動かなくて、このまま死んでしまうのかと思っていました。
少しずつ、薬を飲み、浄化の理力を分けて頂いて、なんとか立ち直ることが出来ました。
お世話になりました教会に、金貨2枚を寄付いたしました。
迷宮での儲けは、差し引きで大銀貨5枚になりました。
わたしの、命の値段です。
ガサツな男の人は、苦手です。
でも、男の人がいないと、わたしは何もできない。
そう、思っていました。
聖女会に入会して、先輩聖女さん達に色々と教わるのは、本当に楽しかったです。あの人たちがいないと、わたし、何もできなかったと思います。
冒険者ギルドで、2回ほどポーター制度に参加して、周辺の子爵領で、増えた魔物を退治するお仕事をしてきました。
食事と宿泊付きでしたが、食事はみんなの分を私たち聖女会で作らなければなりません。
寝泊りと言っても、馬車の中でローブにくるまり、丸まっているしかありません。
それでも、みんなで過ごし、男の人達が戦っているのを支援し、彼らの怪我を治癒し、色んな雑用を果たしてきました。
報酬も、少ないながら、きちんと貰えました。
楽しかった。楽しかったです。
……でも、いつもこうしたお仕事があるわけでは、ありません。
相変わらず、お金を稼ぐのは大変なことなのです。
みんなで治癒術を施しても、誰もお金を払ってくれません。
みんなで薬草摘みに行っても、大した儲けにはなりません。
村の周辺に出没するモンスターを狩るのは、わたしたちには出来ません。
結局、何かうまい儲け話でもないものかと、冒険者ギルドの酒場やその周囲で、くだを巻く位のことしか、できません。
これでは、いけないのです。
シスター・マムに、こってりと叱られてしまいます。
最近のわたしのふがいなさに、マム先生は相当なお怒りのようなのです。
先生に頬を叩かれるのも、日常茶飯事になってきました。
でも全部、わたしが悪いので、仕方がないのです。
それでもわたしには、住む所、眠る所、安全な所があるだけ、まだいい方です。
ただ、きちんと稼がないと、教会で養っている孤児たちも、わたしも、マム院長も、お腹が空いてしまいます。
年長の孤児、シュランが毎日、街の外まで出歩いて薪拾いをして、わたしたちの食べるパンの代金を調達しています。
固く焼しめられた黒パンを薄く切って。
水のようなスープに浸して食べます。
夜の食事は、それでおしまい。
朝の食事は、ありません。
なので、聖女会のためにお付き合いで使うエール代も、本当はもったいないのです。
こんな事をしている場合では、ないのです。
~ ・ ~
「ゴブリン退治。メンバー募集」
依頼版に遭った掲示物。
報酬が、とても安いのです。
それでも、他に良さそうなお仕事もありません。
村は遠いのですが、行き帰りは馬車に乗せて貰えるそうです。
そして、食事と宿泊付きなのは、嬉しいです。
それに、闇の眷属たちを打ち倒し、人々の平安を守護するのは、聖女の大切な御勤めなのです。
「ミヨ、止めた方がいいですわ」
「ミヨ、割に合わない仕事なんだけど」
「ミヨ、ロクな目に合わないなのー」
先輩たちには、しきりに止められました。
でも、お仕事をしないと、お金を戴けません。
わたしが頑張らないと、教会のみんなが、ひもじい思いをするのです。
それに、今回は男の人達が3人もいます。
初心者研修の時とは、違います。
講師の小人さんにも、きちんと教わりましたから、きっと大丈夫です。
~ ・ ~
「聖女ミヨです。宜しくお願い致します」
背の低い方と、少し背の高い方と、体格がとても良い方の3人組です。
丁寧に頭を下げましたが、胡散臭いものを見るような視線を感じます。
わたしが、悪いんです。
仕方がないんです。
まだ駆け出しで、ほとんど経験が無いんですから。
「ああ、宜しくな」
それでも、背の低い男の方が、声を掛けて下さいました。
馬車に揺られて、現地に向かいます。
オラクルの直轄地を抜けて、水場の有る小高い丘で野宿です。
雑用は、わたしと御者の少年が行います。
男の方たちは、戦いのために身体を休めて頂かなければなりません。
火を起こし、水を汲み、食事の支度をし、馬の世話をし、後片付けをします。
見張りは、交代で男の人達が行ってくださいます。ありがたいことです。
疲れ切った身体を無理に馬車の隅に押し付け、眠りにつきます。
翌朝早くから出発します。
道中、ゴブリンの群れに遭遇しましたが、男の人達が出向くと、すぐに逃げ出していきました。
やっぱり、男の人って、凄いです。
オラクルから遠く離れた所にある、3軒ほどの集落に到着しました。
井戸が掘られていて、水が得られそうです。
不安そうな村人さんたちの顔に、希望が灯るのをみると、わたしも元気を貰えます。
光の女神アーリューシャイン様の元、聖女としてしっかりお仕事をしなければ。
背の低い男の方が、周囲を探索に向かいます。
背の少し高い男の方と共に、わたしは周囲に設置されている結界石を見回ります。
石の前で祈りを捧げ、アーリューシャイン様の理力を注ぐ間は、わたしは完全に無防備です。ですので、護衛をして下さる男の方がいるのは、本当に助かります。
本来であれば、オラクルの大聖女様が巡礼の際に結界石の管理をなさるのですが。
あの方は、街の外に出られる事は御座いません。
ただ、この村も、オラクルに税を治めてはいません。
本来は大聖女の巡礼の際に、収穫税を徴収するものなのですが。
オラクルの守護から、遠く離れたこの地で生きる人々。
ですから、わたしのような野良聖女でも、理力を捧げても大丈夫なのです。
できれば、皆さんにはアーリューシャイン様の庇護の下にあって欲しいものですが、それは無理強いする事では御座いません。
自分のできる限りの事を行う。
オラクルから遠く離れたこの地では、そうやって日々の糧を得ていくしかないのです。
がっしりとした男の方が、防護柵を作る手伝いをなさっていました。
今までは、柵を作る余裕が無かったようです。
人数の少ない村ですから、家と畑の手入れで手一杯だったようです。
今日一日だけではどうにもなりませんが、それでも何とかなればと願わずにはいられません。
周囲を見回って来た、背の低い男の方が戻ってきました。
ゴブリンの気配は、見つけられなかったようです。
こういうことは、よくあると教えられました。
村としては、建前上はゴブリン退治を依頼致しますが。
実際には、結界石に理力を注入して欲しいだけという現実です。
ですので、わたしのような野良聖女でも、皆さんのお役に立てるのです。
ただ、一緒にこられた男の冒険者の方々は、何のお仕事もありません。
ですので、護衛料として、報酬の大半を奪われてしまう事があるのだそうです。
それでは困ります。困るのです。
なんとか、ならないのでしょうか……
せめて、普通にゴブリンがいれば、戦う男の方たちの支援を行う事で、胸を張って分け前を頂けるのですが。
い、いえ、怪物どもがいた方がいいだなんて、口にしてはいけません。いけないのです。
村の人々の平安のためにも、怪物どもは、いない方が良いのです。
素朴で質素ですが、美味しい食事を提供して頂き、奥様や娘さんとひとしきり話をして、眠りにつきます。
聖女のお仕事について、尋ねられました。
そうですね、大変だと思います。
好んで就きたい職業では、無いと思います。
それでも、都市のため、民のために力を尽くしたい。
なにより、光の女神アーシューシャイン様のために、この身を捧げたい。
そういうお仕事なのだと思います。
男の人達は、別の住居で食事と寝床を用意して頂けたようです。
明日には、オラクルに帰れそうです。
依頼証明書にサインは頂けましたので、任務自体は成功しました。
ただ、このままですと、きっとわたしの分の報酬は無いのだと思います。
それは心配ですが、今はこのまま、眠りにつきましょう。
今、考えても、仕方がない事ですから。
~ ・ ~
おそらく、夜明け前だと思います。
村全体に張り巡らせた、結界石に反応がありました。
何かが、近づいています。
とても邪悪で、とても醜悪で、とても敵意に満ちています。
跳ね起き、皆を起こし、急いで身支度を整えます。
結界石には、魔物を撥ねつける力はありません。
瘴気を退け、魔物に気づかれにくくする効果しか、ないのです。
強い意志を持って近づいてくる魔物を止める事は、できません。
ただし、近づいてくる魔物のことはすぐに感知できますので、逃げるなり戦うなり、そうした準備をする時間が出来るのです。
村人たちがある程度の人数に増えて、皆がアーリューシャイン様に帰依して頂き、分教会を設立できれば、聖域を発動できるのですが。
ただ、そうすると、オラクルの大聖女様のお怒りを買う事にもなるのですが。
わたしは走って、隣の住居で眠る村人や男の人達を起こしに行きます。
扉を手で叩き、いえ、それでは聞こえません。
杖で打ち付けるように叩くと、気づいて頂けました。
「魔物です。魔物が来ます!」
「な、なんだよ……」
理解はして頂けたようで、準備に取り掛かって頂けました。
もう一軒の住居にも、走って知らせに行きます。
こちらは、すぐに反応して頂けました。
男の人達が、鎌やクワを手に取り。
女の人たちは、わたしと一緒に避難します。
ああ、もう来ます。凄く近い。
300ヤードほどの距離に、大きな人影が見えます。
豚鬼の分隊です。4、5頭はいます。なぜ、こんな所に……
オラクルから遠く離れているとはいえ、まだ、ここは人族の領域のはず。
ゴブリンやはぐれならまだ知らず、魔素が薄い人里に現れるような理由など無いはずですが……
まさか、オーク・アグフの分隊なのでしょうか。
人族の勇士と好んで戦いたがるという、変わり者のオーク戦士。
そういう“意図”がある場合は、例え人里であろうとも、彼らは平然と現れます。
すでに何人もの人族の勇士たちが打ち倒されたと、聞いております。
冒険者ギルドから、懸賞金が掛かっているとも伺っております。
しかし、なぜ、よりによって、このタイミングで……
アーリューシャイン様からの、試練なのでしょうか。
こっちに向かって来る、大柄で醜悪なオークたち。
「お、おい……」
冒険者仲間の男の人達が、茫然とそれを見つめています。
「光の障壁を張ります! 女の人たちは中へ、中へ!」
わたしは皆に呼びかけ、両膝をついて、杖を立てます。
祈っている最中は周囲に関して無意識になるので、守護して頂きたいのですが、男の人達にそんな事を期待しても良いのでしょうか。
しかし、やらなければなりません。
深く祈り、アーリューシャイン様のお力を、杖の先端に集めます。
「……たまえ。光の障壁!」
なんとか、成功しました。
顔を上げると、わたしの周囲には、誰もいません。
村人たちは、わたしの元にではなく、住居の中に逃げ込んだようです。
なんとういうことでしょう。それは、簡単に壊されてしまいます。
どんなに恐ろしくても、わたしの光の障壁の中に留まり続けなければならないのに。
その間に、男の人達が戦うか、救援を求めて下さるか、判断して頂けるのに。
その、冒険者仲間の、男の人達が、どこにもいません。
どこにも、いない、いないのです。
「え?」
祈っている、その間の出来事です。
それほど、時間は経っていないはずなのです。
結界石に意識を向けると。
ああ、大慌てで逃げ出していった事が分かりました。
わたしを、置いて。
村人達を、見捨てて。
い、いえ、きっと助けを、救援を求めに行ったはずです。
そうに決まっています。
そうでなければ、なりません。
……ならないのです。
光の障壁の周囲を、大きなオークたちに取り囲まれました。
「フージャ、フージャ!」
「ジバ、アラフージャ!」
オーク語だと思います。意味は分かりません。わたしを指差して、笑っています。
あざ笑っているようです。
意味は、分かりませんが、恐らく。
……見捨てられた。だと、思います。
いえ、光の障壁は、わたしが意識を保ち続ける限り、持ち堪えてくれるはずです。
わたしが、勇気と信念を保ち続ける限りにおいてですが。
ひときわ大きな、鉄の兜と皮鎧に身を包み、大きくて重そうな刀を背負った、多分指揮官クラスだと思います。
もしかすると、これが、かのオーク・アグフなのかもしれません。
その隊長オークが、命令を出します。
村の一件の住居を、部下のオークたちに取り囲ませ。
茅葺きの屋根に、火を、付けます。
やがて、勢いよく炎が上がり。
焼き出された村人たちが出てくるところを、オークたちが捕えていきます。
抵抗した村人は腕を、足をへし折られて、苦痛にもがいています。
わたしの光の障壁の前に、そのまま連れてこられて。
指揮官のオークが、指を差して何か言っています。
……光の障壁から出てきて、彼らを癒すように。
そういう意味だと、思います。
そして、わたしが出たら、無防備になるわたしは、ひどい仕打ちを受けるのでしょう。
先生に、マム先生に、伺ったことがあります。
先生も、大聖女であった頃に、オークの集団に襲われた経験があったのだそうです。
味方のはずの人族の軍に見捨てられ、夫で付き人の方と共に取り残され。
夫は四肢をもがれて、無残に殺されて。
先生は数えるのを諦める程の日々、辱められたのそうです。
ただ、聖女としての意識は、手放さなかったのだそうです。
……わたしも、同じような試練にあうのでしょうか。
助けて。助けて下さい。
アーシューシャイン様、どうか、どうかお答え下さい!
光の障壁から出ない、わたしの前で。
村人たちが殺されていきます。
女の人たちが見ている中で、男の村人たちは服を千切られ、四肢をもがれ、生きたまま喰われていきました。
残された女の人たちは、同じように服を千切られ、代わる代わる犯されて、生きたまま喰われて行きました。
ひとしきり、そうした光景を見させられた後で。
指揮官のオークは、次の住居を指差します。
あの家の者たちを救いたければ、この光の障壁から出てくるように。
そういう意味だと、思います。
わたしが動かないでいると。
……再び、家に火が掛けられました。
ああ、ああ!
村の人々が焼け出され、捕らえられて、また、わたしの所に連れてこられます。
そうやって、わたしの心をへし折り、勇気を奪い、アーシューシャイン様への敬愛を消し去ってしまおうというのです。
わたしの目の前で、再び、同じ事が繰り返されて行きます。
助けたい。助けに行きたい。
でも、わたしにそんな力はありません。
この光の障壁を出た瞬間、わたしは死よりも恐ろしい目に遭わされるのでしょう。
死んだ方がはるかにマシだと思えるような事を、この身に受けるのでしょう。
心が、絶望に満たされていきます。
光の障壁の輝きが薄らぎそうになり、わたしは慌てて祈りに力を込めます。
諦めてはいけません。最後まで諦めてはいけないのです。
助けが、助けが来るはずです。
……でも、どこから?
わたしが、聖女に成る前の頃。
その頃の、わたし。
そんな、もう一人のわたしが、叫んでいます。
胸の奥にしまい込まれた、もう一人のわたしが、叫んでいるのです。
「郁ちゃん、郁ちゃん、助けて!」と。
誰の事を言っているのでしょう。
わたしは存じ上げません。
でも、もう一人のわたしが、アーリューシャイン様ではない、その存在を求めて叫んでいるのです。
ああ、アーリューシャイン様、どうか、願わくば、もう一人のわたしの言葉に耳を傾けては下さいませんか。
どうぞ、わたしの知らないもう一人のわたしの願いを、聞いては下さいませんか。
ああ、どうか……
(本編終了)
この続きは、『Sweet Bomb NEXT~今度は異世界で大暴れっ!』でお楽しみください。2026年7月1日より、順次投稿予定です。
本来は『Sweet Bomb FIRST ~格闘ロボで大暴れっ!』(N4628KL)の続編としてお読みくださるのが良いのですが、結構長いので、こちらの「入口」をご用意致しました。
ちなみに本作品の主人公、樫崎美代子は「格闘ロボで大暴れっ!」のお嬢様“みーよ”として出演しており、さらに短編「甘いカレー」(N3880KW)にも重要人物として登場しております。
本作品は、次回作の文体や雰囲気、世界観の予告編 兼 外伝風の作品でした。
もしもお気に召して頂けたようでしたら「今度は異世界で大暴れっ!」でお会い致しましょう。




