第6話:魔法の練習
「水は初級なら一通りかな。中級は少しだけ使えるようになりましたよ」
「……やっぱりヴィンレットは天才みたいね。それでしっかりと努力してくれれば、私も安心出来るのに……」
赤ん坊の頃は意識だけはあったので、賢者が話していた魔力を循環させて鍛えていた。
赤ん坊の頃は暇つぶし程度と考えていたが、塵も積もれば何とやらであり、母上から見ても俺の魔力は多いらしい。
ついでに魔法の腕も年齢からすれば天才だとか。
初めて聴かされた時は若干親馬鹿かもと思ったが、一緒に過ごしている内にただの誉め言葉だと分かった。
それと、俺が比べられる相手は過去にスラムに居た連中位だったが、町の子供やジオ達が生まれた事で、どれ位差があるか分かった。
まあ二回目の人生なので、これで負けていたら俺も真面目に頑張っていたかもしれない。
「悪い事をしているわけじゃないですから、大目に見てよ」
「……親として子供には真っすぐに育って欲しいのよ。それじゃあ移動しましょう。少し用意するから、先に裏庭の方で待っていて」
「分かりました」
何をもって悪い事というかは人によって変わるが、転生してからは盗みや人殺しをしていない。
倫理観はとうに無くなっているが、常識はちゃんと持っているのと、時と場合……異世界風で言えばTPOは弁えている
そうでなければ、傭兵なんてやってこれなかったし。
1
ヴィンレットは魔法の天才である。
そうマーガレットが思ったのは、ヴィンレットが初めて魔法を使った時だ。
初めて魔法を使た場合、大抵の子供は暴走させてしまう。
これは大人も同じなのだが、魔力の操作とは慣れるまで大変であり、慣れてからも常に磨き続けなければならないのだ。
そもそも魔法や属性魔法が使えない事もあるが、属性魔法を使えるかの検査は生まれて直ぐにやっておいたので、その心配は無かった。
始めに教えたのは、暴走しても問題ないウォーターボールと呼ばれる、初級の魔法になる。
魔法としてはとても簡単なものだが奥深い魔法であり、水の透明度や揺らぎ。どれだけ丸く作れるかで魔法使いとしての腕を見る事が出来る。
初めてなので、発動しなくて当たり前。良くて暴発…………なのだが、ヴィンレットは暴発させずに発動させ、更に操ってみせたのだ。
自分の子供とは言え、その時マーガレットはしばしの間放心し、天才なんてありふれた言葉を零してしまった。
今思えばあの言葉のせいでヴィンレットがこんなやる気のない感じになってしまったのではないかと、責任を感じている。
感じているが、やる気がないからとヴィンレットはサボっているわけではなく、兄弟の面倒は勿論のこと、夫であるヴィンセントの手伝いまでしてくれている。
更に、雇った家庭教師からも学園の入試は問題無いと太鼓判を押され、マーガレットがこっそりとやらせた過去の入学試験では満点を叩き出していた。
それなのに学園に行くことを拒否し、ジオやステラを行かせようとしている。
ヴィンセントが男爵位を貰う際、かなりの貯金があったものの、領地の発展のためにほとんど使いきってしまった。
その甲斐もあり、領地を一から開拓したというのに既に黒字経営であり、これから領地は発展していくだけの状態だ。
実は少し苦労するが、三人全員を学園へと送り出すことも出来る。
しかしヴィンレット自身に行く気が全く無い事が分かり、更に大人げないヴィンセントの条件もクリアしてしまったため、今となっては関係無い話となる。
流石あの人の子だと嬉しく思う反面、それだけの才能があるのなら……なんて思ってしまう。
「これと……これで良いかしらね」
マーガレットは魔法用品を収納してある部屋から水晶と杖を持ち出し、裏庭へと向かう。
「待たせたわね……って、何してたのよ……」
用意を済ませて裏にはに着くと、ヴィンレットは全身が濡れ、地面にも水が広がっていた。
「少し魔法の練習を。見ての通り暴発しちゃいましたけどね」
「風邪をひく前にさっさと乾かしなさい。乾かす位はもう出来るんでしょ?」
「勿論です」
水魔法で水気を飛ばすのと、火魔法で乾かすのはどちらも簡単な魔法ではない。
正確な魔力コントロールが必要であり、まだ二桁に届いていない子供では普通は難しいのだ。
しかしヴィンレットはマーガレットの目の前で普通に行い、地面の水分も乾かしてしまう。
マーガレットがヴィンレットと同じ年の頃は、間違いなくできなかった。
「大丈夫そうね。まずは魔力量の確認をするわよ。もう結構していないでしょ?」
「最後にしたのはステラと一緒にした時かな? 水晶に魔力を込めれば良いんですよね?」
「そうよ。これは量だけで質までは見えないけど、魔力が無ければそもそも強力な魔法は使えないから、確認だけするなら十分な物よ」
出来れば魔力を消費していない状態で確認する方が良いのだが、大きく消費しなければそこまで結果に影響は出ない。
マーガレットが持っている水晶は色で魔力の量を表すタイプとなっており、赤が最低であり、最高が紫色となっている。
色で言えば七色となり、各二段階の計十四段階で光る。
学園に入る前から橙色の三段階目か四段階目ならば有望であり、黄色の五段階目か六段階目となれば数十年から数百年の逸材となる。
早熟でそれ以上伸びないなんて事もあるが、五段階目ならば普通に戦う分には問題ない量だ。
量だけでは意味が無いが、量が無ければ何も始まらない。
水晶を渡されたヴィンレットは魔力を込める。
「黄色の二……六段階目ね。流石というか、なんというか……」
また天才と言いそうになるが、マーガレットはグッと我慢する。
武力はヴィンセントに一撃与えられるくらいあり、魔力の量も数十年の逸材。学力も既に学園の合格点をとっくに超えている。
性格以外は出来過ぎた息子と呼べる…………性格以外は。
「魔力の訓練は暇な時でもやってますからね。それに身体を動かすよりも楽ですし」
「それもおかしいけど……中級は何が使えるようになったの?」
魔力とは筋肉と同じく超回復によって最大値が増えるが、歳を取るごとに増える量は少なくなり、更に筋肉痛の比ではない怠惰感と不快感を伴う。
無理に行えば死ぬ可能性すらあるのだが、この行為自体はヴィンレットが死ぬ前にも行っており、なんならその時よりはも今は、自分を追い詰めていない。
魔法について教えてもらったのは十五を過ぎてからであり、多少無理をしなければ魔法を使えなかったから、仕方なく死ぬギリギリまで自分を追い込んでいた。
傭兵の時は残量二や一位まで減らしていたが、今は残り十位で留めている。
それでも狂気の沙汰なのだが、最下限を知っているため、あれに比べればなんて考えをしてしまっているのだ。
「火属性のフレイムソードとフレイムトルネード。水属性はアクアボムとアクアバリアです。あと幾つかあるけど、ちゃんと使えるのはこれ位かな?」
「それだけ使えれば一端の魔法使いよ……新しい魔法を覚えるよりは、技術を高める訓練をした方が良さそうね。とりあえず拳大位で、なるべく丸いウォーターボールを作ってみて」
「分かりました。ウォーターボールっと」
ヴィンレットは言われた通りにウォーターボールを一つ作り出す。
水面の揺れはほぼ無く、ウォーターボールを通して見た向く側はくっきりと見えている。
作り出したのが一つだけだと加味しても、八十点位の出来だ。
ただし子供としてではなく、正式な魔法使いとして見た場合のだ。
「合格点は優に越えてるわね。これと全く同じのはいくつまで増やせるかしら?」
「同レベルなら三つまでかな。撃つことを度外視すれば五つまでは増やせるよ」
量も凄ければ技術も高い。
最近はだらけている姿しか見ていないが、これだけの技術があるのを見れば、裏で頑張っているのだと分かる。
そして今となり、何故表向きはヴィンレットがやる気のない様子を見せて来たのかを、マーガレットは分かってしまった。
魔法とは確かに才能が必要であるが、その才能は血の滲む様な努力をしなければならない。
それを体験してきたからこそ、マーガレットは察したのだ。
ヴィンレットが今の様になったのは、ステラの魔法の検査をして以降だった。
ヴィンレットに劣るが、ジオとステラはそれなりに才能がある。
そして才能の差とは妬みや嫉妬の原因になりやすいものだ。
これだけの才能差があれば、ヴィンレットは驕り高ぶって、兄弟の仲は壊れてもおかしくない。
或いは才能の差によりジオやステラが劣等感を抱き、大変な事になっていたかもしれない。
大きすぎる才能とは、毒になることがほとんどだ。
ヴィンレット次第では、今の様な平和な家族とはならなかっただろう。
「なら三つ作って、お手玉を出来るように練習しなさい。こんな感じよ」
マーガレットは考えていた事を悟られないように、訓練について話をする。
ヴィンレットと同じくウォーターボールを三つ作りだし、お手玉をしながら数を増やしていき、八個まで増やして止める。
「これは魔法を使うための思考と、コントロールを鍛えるのに良い訓練方法よ。他にも効果はあるけど、簡単ながら訓練としては最適よ」
「……やってみます」
昔のような少し真面目な様子で、ヴィンレットはお手玉をするが、流石に一回目は上手くいかず直ぐに失敗する。
それから数回チャレンジし、三十分位で安定してお手玉を出来るようになった。
本来この訓練は一個から初めて徐々に数を増やしていき、今のヴィンレットの様に三つで安定して出来るようになれば、中級魔法については問題なく使えるようになる。
それは魔力量がある前提の話となるが、マーガレットは詳しくヴィンレットに教える気は無い。
下手に教えすぎてしまえば、更にヴィンレットの性格が悪い方向に向くと考えたからだ。
「母上はよく八個で出来ますね。これ難しくないですか?」
「毎日欠かさず練習をすれば、出来るようになるわ。けど、お手玉の方ばかりに集中して、魔法が大雑把になっては駄目よ。何が言いたいか分かるわね?」
「それはもうしっかりとね。まだ形だけだけだし、しっかりと安定して出来る様に頑張るよ」
お手玉は安定して出来るようになったが、維持しているウォーターボールは歪んだり大きさを変えてしまったりと、上手くはいかなかった。
これは良い訓練方法を知る事が出来たとヴィンレットは笑顔になり、マーガレットへと微笑む。
「それと、杖を使った魔法の扱いも慣れておきなさい。いざという時にコントロールの仕方を覚えておいて損はないわ」
マーガレットは持ってきた杖をヴィンレットへと渡す。
純魔法使いならば必須の武器だが、ヴィンレットはこれまで一度も使ってこなかった。
実戦で剣を使て戦う場合は杖を持つ事が出来ないからなのと、ヴィンレット自身がこれまで杖を必要としてこなかったからだ。
強力な魔法を使うならば杖があった方がコントロール出来るが、あまり杖を使った魔法を練習していないと、いざという時に杖の許容量を超える魔力を流してしまうミスが起こりえる。
本当ならば魔法を使い始めて直ぐに杖を使って魔法を使う方法を覚えるのだが、ヴィンレットは最初から魔法を問題なく発動させたため、これまで行ってこなかったのだ。
「杖……」
「それは壊れても良い奴だけど、あまり無理をさせないようにね。武器の限界を見極めるのも大切よ」
若干嫌そうな顔をするものの、ヴィンレットは練習を開始する。
こうして、午後の訓練はヴィンレットの魔力が尽きかけるまで続くのだった。




