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貴族になんかなりたくない!  作者: 斉藤加奈子
第二章

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第56話

 講義が行われるのは今日から五日間、午前のみである。研修内容としては神殿や聖女の役割、宗教の歴史、神話、伝説などを学ぶ。最初は『聖女』とはどういう存在なのかという内容だった。


 太古の昔、怪我・病気・事故・犯罪・戦争――それらが原因で人間は簡単に死んでしまうのを不憫に思った神が地上に降臨し、一人の女性に治癒の魔法を授けた。治癒魔法を授かった女性はその力で数多の奇跡を起こし、多くの人命を救う。それが聖女の始まりだった。


 聖女と呼ばれるようになった女性は宗教の象徴のような存在となり、次第に彼女の周りには、人、物、金、権力が集まるようになった。それは聖女という肩書に収まりきらず、巨大な勢力となっていく。遂に彼女は信徒をまとめるために一国の王となるべく立ち上がる。それがこの国の北東に隣接するラトリス聖国の成り立ちであった。


 今ではラトリス聖国の国王は聖王と呼ばれ、代々治癒魔法の使える女性がその座に就くとされる。そのような伝説や史実もあって、魔力の多い貴族の家に治癒魔法が使える女の子が生まれると、その子も聖女と呼ばれるようになるのであった。聖女が効果の高い治癒魔法で人々を癒すと、それは『神の祝福』であると広まり信仰の対象となっていくのであった。


「――よって、貴女方のその力は、神が人類に与え給うた貴重な力であると忘れないでくだされ。さて、何か質問はございますかな」


 ミリアにとって初めて聞く話ばかりであったが、貴族教育の一環として既に学んでいたキャロリーナは当然とばかりに退屈そうにしている。ミリアは少し勇気を出して疑問に思うことを口にした。


「パウエル神官、治癒魔法が使えるのは貴族女性だけではありません。平民の治癒士が聖女と呼ばれないのはどうしてでしょうか」


 平民の治癒士であり、聖女になったばかりのミリアであるが聖女になる前と今では彼女自身何も変わらない。ここにいる聖女たちがどれほどの活躍をしてきたのかは知らないが、ミリアの治癒士仲間も多くの人を救ってきたし、多くの患者に感謝されている。


「貴女、何を言っているの」


 驚いたように目を見張った後、少し馬鹿にしたようにキャロリーナは言った。


「ふぉっふぉ、治癒士としてご活躍のミリア嬢の疑問もごもっともですな。しかし同じ治癒魔法のように見えて、平民と貴族では明確な違いがある。それが何かお判りですかな」


「魔力量、でしょうか……」


「その通り。治癒士とは、聖女と違って治せる範囲が限定的です。しかも世間には医師が居て、薬師も居る。言わば代替可能な存在です。それに比べ、圧倒的に魔力量の多い聖女はどうでしょう。瀕死の重傷者を救い、医師が匙を投げた重病人を癒すことができます。つまり命を救うことができるのは聖女だけなのです。ただし聖女にも救えない命というものがありますが、それは天命によるもの。神のご意思に抗うことはたとえ聖女でも無理だということになりますな」


 ふぉっふぉっふぉ、と笑いながらパウエルが言った。老化による病や死は聖女であっても癒せないのだが、他にも聖女の技術力や魔力量が足らずに命を落とすこともある。そのような場合も含めて、天命によるものとして冥福を祈るとのことだった。

魔力量の多い聖女でなければ重症の患者を救うことができない――彼の言うことは尤もであり、貴族並みの魔力を持ちながら、平民の治癒士として働いていたミリアも感じていることだった。普通の治癒士では治せないものを自分なら治せるし、魔力量の少ない治癒士が無理をするとどうなるのかも、母親を失ったミリアは痛いほど理解していた。

 しかし、日々苦しむ人々を癒そうと懸命に努力をする治癒士仲間が下に見られるのは納得がいかなかった。治癒士だけでなく医師や薬師もそうだ。ただ魔力量が多いだけで崇められ、多額のお布施を募るのはどこか違うと感じるミリアであった。

 

 続いて教わったのは『神殿と聖女の役割』についてだった。

神殿の役割とは、神の御心を世に広め、実践し、報告すること。もう少し具体的に言うならば、毎日の礼拝、布教活動、冠婚葬祭の儀式、慈善活動等である。講義ではそれらを詳細に教わった。


 そして聖女の役割とは、救いを求める敬虔な信者に対して神の祝福を与えること。ここで言う敬虔な信者とは、神殿に多大なる貢献をした者のことを指す。そして神の祝福とは治癒魔法のことで、つまりは多額のお布施を納めた者へ、治癒魔法を施すというものだ。


 お布施を得られるようになるためには最低でも五回の講義と、外傷と内部疾患の治癒魔法を習得しなければならず、それができればこの研修プログラムを修了したと見做され、聖女活動が本格的に開始する。同時に自宅へ帰ることが許され、治癒魔法の予約が入った時に大神殿へ通う生活となる。


 解毒、解呪の治癒魔法の習得については神殿から義務付けられているが、貴族の令嬢、夫人である聖女は、普段の活動だけでなく、貴族としての生活があるので、実情としては自主的に習得する必要があった。当然ミリアは解呪を習得するまでこの合宿棟を出るつもりはない。仕事の都合もあるので三カ月とちょっとという期限付きではあるのだが。


 現在、この世界で聖女として認められている女性は八十三名。その内アドリアス王国のアントルダム大神殿所属の聖女はミリアとキャロリーナを含めて十五名だ。どの聖女も外傷と内部疾患の治癒魔法を扱えるが、解毒を扱える聖女はその数を大幅に減らして四名しか居ない。解呪となるとより難易度が増して筆頭聖女のレイラ・グランデ一名のみになる。他の国の聖女を含めてもたったの五名。その希少性からレイラは人気ナンバーワンの聖女であり、ただの外傷の治癒であっても予約がひっきりなしに入るという。


 次点で人気なのは解毒ができる聖女である。一人は筆頭聖女のレイラ・グランデ。他三名のうち一名は領地へ行っていて、王都へ滞在している期間しか聖女としての活動はしていない。もう一名の聖女は七十代の高齢でほぼ引退状態である。そして三人目の解毒のできる聖女が、実質的な人気ナンバーツーのパトリシア・ハルトワイゼン公爵令嬢であった。


 他にも魔力量が多いことで人気な聖女や、治癒の魔力が大変に心地よいと評判な聖女が居たりするのだが、人気の高い聖女ほど予約が入り、多くのお布施を集められる。多額のお布施を集められた聖女と彼女らを支える担当神官は、神殿内での地位が向上し、特に担当神官に於いては将来の枢機卿への出世の近道となる。


 お布施の配当は治癒を施した聖女が二割、その担当神官が一割、そして神殿が七割となっている。配当はドレスでも宝飾品でも好きに使ってよく、指名されてたくさんの予約が入る聖女になるためには、惜しみなく魔力を使い、驚かれるような治癒魔法を披露するのが大切だとのことだった。


 ――何か違うわ……。


 聖女が人気を競い合い、人気が出れば出るほど担当神官の出世が約束される。日々医師と連携を取って、薬師の処方する薬を用いながら患者と向き合ってきたミリアにはよくわからないシステムだった。


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