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貴族になんかなりたくない!  作者: 斉藤加奈子
第二章

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第48話

 部屋に戻るとミリアはロザンナに言われたことを一人考えていた。

解呪を習得するためには聖女になるしかなく、それは大神殿にいる貴族出身の聖女や神官らと関わりを持つことになる。

 ミリアとしてもそれは避けたいことだった。何より以前にジルベスターとの縁談が持ち上がっていた、聖女のブリジット侯爵令嬢と顔を合わせるかもしれないのだ。ジルベスターの言う通り、断るべきなのだろうとミリアは思った。


「これでいいのよ。これで」


 ミリアは独り言つ。解呪できる聖女は居るのだから無理して習得する必要はない。

 しかし、ふと違和感を覚える。


 ――ロザンナ様はなぜ、解呪を条件に出したのかしら……?


 取るに足らない平民の女が、愛する息子と一緒に居ることを許容するほどである。

ミリアの背筋にぞわりと悪寒が走った。ジルベスターが現在、呪われていないことは分かっている。しかし、呪おうとする輩がいないとは限らない。

ミリアはテーブルの上のベルを鳴らし、ファイを呼んだ。


「お呼びですか、ミリア様。今からフルーツタルトのお店に行ったら、晩御飯食べられなく……って、そんな雰囲気じゃないですね」


 基本、自分の世話は自分でするミリアは、ファイを側に置くのは外出するときだけだ。

てっきりお出かけかと思ったファイは、どこか不安げに眉尻を下げるミリアに、呼ばれた理由がロザンナの提示した件だと察した。


「ファイ、ロザンナ様は私がジルの側に居続けられる条件として『解呪の習得』を挙げられたけど、どうしてだか分かる?」


「え、えーと、それは……ですね……」


「やっぱり! 何か知っているのね!」


「えー、ご主人様に直接聞いてみればいいじゃないですか」


「ジルは今執務室でお仕事中よ」


「尚更、執務室へ行ってみた方がいいですよ……」


 含みのある言い方に、ミリアは今までジルベスターが領主としてや、貴族として忙しくしているときはなるべく近づかないようにしていたが遠慮などしていられない。


「ファイ、ジルの執務室へ案内して」


「分かりました。本来ならお伺いを立てる必要があるんですけど、ミリア様なら許してくれるでしょう」


 そう言って、ファイはミリアをジルベスターの執務室へと案内するのであった。



 屋敷の三階、西側の角にジルベスターの執務室があった。ファイが扉を叩くと、返ってきたのはジルベスターの側近、クリスの声だった。


「はい」


「ファイです。ミリア様がご主人様にお話があるとのことでお連れしました」


「ミリア嬢が? どうぞ」


「失礼します」


 クリスが扉を開けてくれて、ミリアが入る。ファイはお茶の用意をしてきますと言って厨房の方へ行ってしまった。執務室では、南向きの窓を背にジルベスターが執務机に向かって書類にペンを走らせていた。


「お仕事中、ごめんなさい」


「構わない。ミリアが来てくれるとは珍しいな。すぐに終わるから、そこにかけて待っていてくれ」


 ミリアはジルベスターが示した応接セットのソファに腰をかけると、ぐるりと執務室を見渡した。ヴェルサス領の城にある執務室より狭いが、机などの配置は全く同じである。壁の装飾や照明のデザインはこちらの方が煌びやかな印象だった。


 一見、おかしなところは何もない。しかし、ミリアは部屋の入口側にあるサイドボードの上に、封蝋がされたままの手紙や、皮の表紙の小冊子、ペンのような長細い物が入っているような封の開けられていない贈り物の箱などが積み重なっているのを見つけた。

 ミリアは立ち上がると、それらをよく見ようとサイドボードへ近寄った。


「ミリア! それには触れるな!」


ジルベスターの鋭い声が飛ぶ。触ろうとした訳ではないが、温和なジルベスターのただならぬ声色にミリアはもしやと思った。


「ジル? これは何?」


「ミリアが気にするような物ではない」


「本当に? 呪いに関係するものじゃないの?」


 ジルベスターは席を立つと、それらからミリアを遠ざけようとした。やはり……と確信を得たミリアは嘘や誤魔化しは許さないという気持ちで彼を見据えた。


「……君には敵わないな」


 ジルベスターは溜め息をひとつ吐くと、クリスにそれらを焼却場へ持っていくように命じ、説明をしてくれた。

 それらはミリアが予想した通り、呪いが込められている可能性が高いという代物だった。


 ジルベスターには兄弟が居ないため、彼を亡き者にすればヴェルサス領の領主として国王から拝命される可能性の高い王族からの手紙だったり、命を奪うほどではないが、特定の女性と結ばれなければ彼が苦しむといった、辺境伯夫人の座を狙う縁談の申し込みの手紙や釣書、そして贈り物だった。送り主は、元々付き合いのない者や、怪しいと思われる者ばかりで、開封せずに焼却処分してしまうとのことだった。

 それらは封を開けることで効果が発動するものなので、触れるだけなら呪われることはなく、用心すれば何も問題はないとジルベスターは言った。


――こんな危険にいつも晒されていたなんて……。


 ロザンナが解呪を習得しろと言うはずだった。後継者が居ないことや未だに妻が居ないことが、こんな弊害になるとは思いもしなかった。それは逆に言えばジルベスターがミリアを選ばずに貴族の令嬢と結婚、出産をしていれば起こらなかった問題でもある。


「私のせいね……。ジル、私、解呪を習得したい……」


「君が責任を感じることはない。私は大神殿に行くことは反対だ」


「貴方が私を守ってくれているなら、私だって貴方を守りたいの」


 切実さを込めた瞳でミリアはジルベスターを見上げた。


「ゔっ……そんなかわいい目で私を見てもダメなものはダメだ」


「か、かわいい……?」


 ジルベスターはミリアの猫のようなくりっとした瞳に見つめられると弱い。ミリアとしてはただ真剣にジルベスターを心配しただけなのだが。


「あのー。お取込み中のところすみません。入っても宜しいでしょうか……」


「紅茶冷めちゃうんですけどぉ」


 遠慮がちに声をかけられ、扉の方を見ると、顔半分ほど開けてのぞき込むクリスとファイが居た。


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