1章ー3話 回り道は短期的にはいいことありませんでした。
どうやら、俺は疲れているみたいだと思って天を仰ぎみる。この世界に飛ばされてからまだ、体感時間で数時間ほどしか経っていないというのに、天を仰ぐのは何回目だろうか。
青く青く広がるの空を眺めて、過ぎ去って行く雲海に想いを馳せ、たっぷりと新鮮な空気を吸い込んで、決して視線を地面には戻さない。
そうして、十分に現実から空を飛ぶようにして逃げて数十秒。最早、悟りを開いた仏のような心境で路地裏の白い一角に目を戻す。
「んーーーんーーー、え!?なんで閉めたの?黒髪の人!?」
空から戻した視線の先では、未だにゴミ箱が荒ぶっていた。
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顎に手をやり、未だに受け止めきれない現実に目を泳がせ、目の前の動くゴミ箱(美少女入り)をどうしたもんかと思考を巡らせる。
「目が覚めたら異世界でしたの次はゴミ箱開けたら美少女がいました、か…」
もしも、俺を異世界に呼んだ神様とかがいるとしたら、俺を使ってラノベのタイトル大喜利でもして遊んでいるんじゃないのかと本気で疑うくらいの理解不能な光景に、見なかったことにして、回れ右したい感情に襲われながらも、もう一度ゴミ箱の蓋を開けてみる。
「あ、やっと開けてくれた!え、なにその目…見てはいけないものを見ちゃったみたいな…え!?どうして、手のひらで目元を覆ったの!?」
どうやら路頭に迷った俺の脳が見せた幻覚とかではなかったらしい。ゴミ箱の中には、橋の上でぶつかった、あの絶世の美少女が三角座りの格好で収まっていた。
この世のものとは思えない美貌を持った美少女が、ゴミ箱の中に入っているという光景になんだかいたたまれなくなり、目頭が熱くなる。
そんな俺の反応が予想外だったのか少女は少し膨れた顔をしながら抗議の声を上げる。
「ち、違うのよ?私だってこんなところに好きで入ったわけじゃないの!というか、その理由はあなたのせいでもあるっていうか!」
どうやら、何か事情があるらしい。しかも、なぜかその一端には俺のせいというのがあるらしいのだが、全く心当たりがない。
膨れっ面が大人びた雰囲気を消して、キュートさを醸し出していてクラクラしてくるが、とりあえず、事情を聞いて、落し物を渡そうと決めた瞬間。
「はっ!」
少女が、何かに気づいたように路地の入り口あたり、つまり死屍累々が横たわっているはずの広場の方面を見つめて、あわあわと焦りを浮かべた表情をする。
また何か、嫌な予感がしながらも、何事かと尋ねる。
「どうし」
「ねえ!?もう一度これの蓋閉めてくれないかな!?」
なのに、どうした。と尋ね終える前に、少女がまたしても聞き間違いかと疑いたくなるようなことを言ってくる。
「はい?」
意味不明なお願いに、思わず聞き返す。すると「早く!」とやけに真剣な目で催促を受けたので、よくわからないまま再び少女をゴミ箱の中に閉じ込める。
「今から、二人組の男がくると思うの。多分あなたに私を見てないか聞いてくると思うからうまく誤魔化して!」
「ん?二人組の男?おい、それって…」
金髪の優男と青髪の大男か? そう聞く前に、少女は「お願い!」とだけ言い残し、完全に沈黙してしまった。
美少女の声で頼みごとをするゴミ箱というカオスな状況に、もう一度だけ大きく嘆息していると、少女のいう通りに、二人分の足音が近づいてくる。
微かに金属が擦れるような音が聞こえてくることから俺の予想通り、この少女を探して今からここにやってくる二人組というのは、あの甲冑をきた二人組で間違い無いだろう。
あの二人も人を探しているという旨の会話をしていたから、親近感が少しばかり湧いていたのだが、まさか探している人物も一緒とは驚いた。
なんとなく少し緊張しながら、足元の主を待つこと数十秒。路地の入り口方面から「うおっ!?なんだこいつら!?」という声が聞こえてきた。
多分足音の主も恍惚とした表情で意識を刈り取られている男たちに度肝を抜かれたのだろう。
「同情するぜ…」と心の中で一つ合掌。そんなこんなしているうちに薄暗い路地が似合わない二人組がはっきりと視界に映るように姿を表す。
細身の体でできるだけ自然なように後ろのゴミ箱in美少女を隠しながら男達と相対する。
男達は俺を視認すると訝しげに頭からつま先まで無遠慮に眺め回すと、金髪の優男の方が少し棘を感じる声色で話しかけて来る。
「おい、路地裏の民。あれはお前がやったのか?」
「あれ?」
「あれだよ」
思わず聞き返すと、金髪の男はアゴで広場の方を指してみせる。
「ああ…あれはなあ…」
先ほどから会話に指示語が多すぎるがおそらく男たちが言っているのは、広場に倒れ伏していた恍惚な顔をした集団のことだろう。
どうやらあの奇怪な光景を俺が生み出したと疑われているらしいが、心当たりはない。
正直な話をすると心当たりはいま背に隠しているゴミ箱の中に目いっぱい詰まっているのだが、そこは体面上スルーだ。
「違う違う、俺じゃないよ。俺が来た時にはもうああなってた。流石に度肝抜かれたけどね」
「ふむ、素直で非常によろしいことだ。そして、もう一つ聞きたいことがある」
やけに高圧的で腹がたつが、これはどうせ会話の足がかりだろうと当たりを付け、後ろから無言の圧力も感じるので黙って従うことにする。
「この路地裏で銀髪の少女を見なかったか?」
「見てないっすね」
即答。背後に爆弾を抱えながらの即答。会話が長ければ長いほどボロが出そうなので、即答してみたが、やはり人間というのは隠し事をすると大根役者っぷりが滲み出るものである。
明らかに二人組の訝しむ顔が深まっている。
「銀髪で青い目をした少女だ。腰には一本剣を挿しているはずだ、本当に見ていないだろうか」
「み、見てない」
自分でも、目が泳いでいるのがわかるし、徐々に金髪の優男がにじり寄ってくるせいでゴミ箱を隠すのに必死でどんどん海老反りのような体勢になってきて、状況的にも体勢的にもきつい。
というか、この優男、顔を近づけてきても全く不快感がないし、なんかいい匂いがする気がする。敵だ。
「そこまでにしとけ、エルレイン」
そうやって微妙すぎる均衡を保っていた、海老反り男とイケメン男の睨み合い(?)にピリオドを打ったのが、もう片方の筋骨隆々の青髪の男だ。
青髪の男はエルレインと呼んだ金髪の男の首根っこを掴んで俺から引き剥がしていた。
見た目通りといえば見た目通りだが、甲冑を着込んだ男を片手でヒョイっと引きずるとは、爽やかな笑顔を浮かべているにも関わらず少し怖い。
「あの人が見つからなくて焦るのはわかるが、冷静になれエルレイン」
「私は冷静だ、ワーレン」
「じゃあ、お前のちゃんと冷えてる出来の良いオツムで考えてみろ。そこの少年があの人の所在を隠してなんの得がある?」
「それは…」
「ガキの頃から何回言わせるつもりだ、お前は焦ると途端にポンコツになるって」
「ポンコツ…」
目の前で行われる問答を呆然と見ながら心の中で「すいません、庇ってくれてるところ本当にごめんなさい、多分あなたたちの探し人、俺の後ろのゴミ箱の中で縮こまってます」と青髪の好青年と、いまだにポンコツと言われたのがショックなのか「ポンコツ…」と呟いている優男に本気で罪悪感を覚える。
俺が心の中で罪悪感からくる汗を滝のように流していると、ワーレンと呼ばれた青年がこちらを振り向いて軽い謝罪を述べてくる。
「すまねえなあ、お兄さん。こいつ普段は冷静で頭もいいんだが、ちょっと今は非常事態で熱くなってるみたいなんだ、許してやってくれ」
「別に何かされたわけでもないし大丈夫だよ。ちょっと驚いたってのはあるけどな…」
「まあ、武装した男にこんな路地裏で職質されたら驚くわな。いや、人が大量に倒れている奥にいたもんだから必要以上に訝しんだってのもあるんだ。間が悪いなお兄さん」
実に清々しい笑顔を浮かべながら俺の間の悪さを指摘してくる青年。確かに、はたから見れば俺は怪しさの塊である。
間違いなく俺が逆の立場なら職質しているだろう。
心の中でそう納得して苦笑した俺に青年は、再び表情を仕事用であろう真面目な顔に変えて質問を投げかけてくる。
「じゃ、これが最後だが、この路地裏、もしくは近辺で銀髪で青い目をした少女を見なかったか?」
「見ないな」
「そっかーありがとよ」
さっきのエルレインとのやり取りの後だと随分軽いように思えるが恐らくは、大して俺に情報は期待しておらず最初から駄目元といった感じだったのだろう。
それを、焦ったエルレインが俺を必要以上に問い詰めて見かねたワーレンがそれを諌めたというのが一連の流れなのだろう。
一つ彼らが読み違えたのは俺が背にとんでもない爆弾を隠しながら会話をしているということなのだろうが。
「まあ、もしどっかで見かけたら騎士団に届出でも出してくれると助かるな」
すいません、罪悪感がすごいので今すぐ後ろのゴミ箱を届け出したいんですが。
「騎士団本部で、俺かこいつの名前を出してくれればすぐ通るはずだから。俺はワーレン・アルベルト。んでこっちの奴が…」
「エルレイン・ユースフォードだ。先ほどの無礼を謝罪しよう」
そう名乗って最後にもう一つ「すまないな」と言葉を残し元の道を引き返していくエルレインとワーレンを見送り、その姿が見えなくなった後、俺は一つ小声で
「いや、ホントすいませんでした…」
と一つ呟いたのだった。
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「さて、なんかもう息も絶え絶えだが、ここからが本番だ…」
あの二人の足音すら聞こえなくなったすぐ後、俺は問題のゴミ箱を前に腕を組み、溜息をついていた。
しかし、自分でもなぜこのゴミ箱がアイツらにばれなかったのか疑問だ。
「さて、その辺についても全部説明してもらうか。おーい、もうあの二人はいなくなったから出てきてもいいぞ」
「出れないから困ってるんじゃない!」
ああ、この路地で見つけた時やたらとゴミ箱が荒ぶっていると思ったら出ようと頑張ってたのか。
というかそもそもなんでそんなところに入ってるんだ。
「どうやったら出られそうだ?」
ゴミ箱の蓋を三度開いた俺は、ゴミ箱の中にあっても損なわれない美貌にたじろぎながらもゴミ箱大脱出までの道筋を聞いてみる。
「んーー辛うじて手は出せそうだから引っ張ってくれないかな」
そうやって、右腕を窮屈そうに外に出し俺に助けを求めてくる、白く細い指先を意識してしまうが、何しろ手を握る目的がゴミ箱から引っ張り出すことだ、そう自分に言い聞かせてその手を取る。
何度か綱引きのようにその手を引っ張ると、ようやく少女はゴミ箱から脱出することができた。
よく考えたら、現時点で両足で立っている姿よりも、ゴミ箱に入っている姿の方が長いというのはどういうことなのだろうか。
長時間ゴミ箱の中で丸まっていたせいで、足が痺れたらしくヨタヨタと近くの木箱に腰掛けた少女と向かい合い、ようやく本来の目的に移れると安堵のため息を漏らす。
物理的な意味でも、精神的負担という意味でも回り道をしすぎた。
「さて、黒髪の人。橋の上ぶりだね…まずは助けてくれてありがとう、よね。本当に色々助かったわ。その色々は今から説明するとして…君にはその権利があるだろうしね。それと…」
少女可愛らしい動作でちょこんと頭を下げて謝罪の意を示す。これ、対象が男なら車ではねられても許してしまうんじゃないかという威力だ。
当然この世界には車などないしそんな現場もあってたまるかとは思うので与太話だ。
そして、その可愛らしい動作の後少し早口で色々説明すると言い切った後、言葉尻を濁して、手で顔を覆うと、こう言ってきた。
「本当にお恥ずかしいところをお見せしました…できれば忘れてください…」
本当に今更だな、と思いながら、俺はできるだけ早くこの子の背景からゴミ箱を消し去ろうと努力するのだった。
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「なあ、あの少年どう思った?」
ちょうど時刻は少女が顔を覆い黒歴史を恥じている頃。その少女を探し、再びこの広い都市を散策し始めた騎士二人は、探し人を求める過程で出会った奇妙な少年について話しているところだった。
「正直、あの人のことを別件にするなら怪しいわな。この国じゃ見ることのない黒い髪と、それに合わない赤い目。しかも、あんな路地裏に入るにしては口調も軽くはあったが丁寧だったし、着ているものも…」
「ああ、かなり上等なものだ。しかも、何らかの魔法の気配も感じた。一体どういうことだ?」
そして、エルレインが最も気になっているのは…
「剣を習っているなあの少年。しかも、相当長い年月。さらに、魔力持ちだときた」
もはや怪しさを疑っているのではない。ただただ疑問なのだ。
「何で荒削りというか、ほぼ研がれてはいないとはいえ、あんな人材が在野に転がってるのか、だろ?しかも、お前の探知で見たら魔力持ち?とっくに王家かどっかの貴族が抱え込んでてもおかしくない」
この世界で、剣を習える人間は稀有だ。指南役をつけるほど裕福であり、なおかつ家のために働かず技を磨く余裕のある者などごく一部だ。
それ以外の者は我流で剣を習い修練するしかないのだから。しかし、あの少年には型を習った痕跡があった。それもかなり長い年月の間。
しかも、魔力持ちともなれば…
「まあ、いずれまた会いそうだな。あの少年」
「そうだな、次は剣を持って向かい合う再会にならないよう願うのみだがね」
「違いねえ」
この都市を、王を守護する騎士の中でも実は一際有名人である二人にそんな話をされているとも知らず、ただ何も知らぬ異世界からの迷い人は路地裏に留まって少女をなだめていた。
そして、その少女とのに邂逅よってエルレインの懸念通りの再会があるのかどうか。それは今は誰もわからないのであった。
そして、念願の魔法を使える才能に恵まれていると知り、少年が拳を天に掲げるのもまだ少し先のことである。