Song 5: The Dice Fall Quiet
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曲を聞きながら楽しんでもらえると、うれしいです。
# Song 5: The Dice Fall Quiet
リューデ村の上流にある古い水門は、夜明け前から軋んでいた。
谷奥の火事で流れ込んだ泥と倒木が、水を堰き止めている。石造りの放水路を開かなければ、雨で膨れた水は昼までに村へ溢れる。ガランが操作輪へ肩を入れ、ミレナが鎖の絡まりを調べ、セラは濡れた石段で足を取られた村人を支えた。
エリアン・ヴォスは、腰のダイス飾りを握っていた。
音を待っていた。
どの鎖が切れるのか。どの足場が崩れるのか。いつ運命が転がり始めるのか。
だが聞こえるのは、濁流と雨の音だけだった。
「エリアン!」
ガランが呼ぶ。
操作輪は半分まで回ったところで止まっていた。放水路の門は指一本ぶんしか開かず、水が白く噴き出している。
「どうだ。何か聞こえるか」
エリアンは答えようとして、口を閉じた。
何も聞こえない。
こんなことは初めてだった。酒場の滑車でも、古道の罠でも、村へ獣が来た夜でも、砦の回廊でも、音は不親切なりにそこにあった。
「わかりません」
雨が頬を伝う。
「ダイスが、鳴らない」
ガランの目が一瞬だけ揺れた。ミレナは鎖を引き、首を振る。
「こっちは外れない。輪を戻す?」
戻せば門は閉じる。時間をかけて別の手を探せるかもしれない。
だが、石段の脇では細い亀裂から水が滲み出していた。泥水は少しずつ勢いを増している。
エリアンは待った。
音が鳴れば、踏み出せる気がした。
けれど沈黙は続いた。
怖さだけは、いつもどおりだった。腕に力はない。泳ぎも得意ではない。濡れた石を走れば、きっと転ぶ。音がないなら、自分はまた役に立たない少年へ戻るのだと思った。
そのとき、セラが何も言わず、彼を見た。
急かさず、答えを代わりに選ばず、ただ待っていた。
エリアンは水門を見た。
操作輪。絡んだ鎖。ミレナの手元。ガランの肩。放水路の上に渡された、細い点検橋。
砦で七歩後ろから見たときと同じように、今あるものをひとつずつ見る。
「輪は戻さないで」
自分の声が、濁流の中では小さかった。
「僕が向こうへ渡ります。鎖は外れないんじゃない。反対側の留め具が、泥で噛んでる。見てきます」
点検橋の入口には、古い作業札が釘で打たれていた。雨に削られた文字を、ミレナが指で拭う。
「二人以上で渡るな、だって。板がもたない」
ガランは操作輪から離れられない。ミレナが鎖を引く手を止めれば、せっかく開いた隙間が戻る。セラは怪我人の止血をしている。誰かが行くなら、手の空いているエリアンしかいなかった。
能力が選んだ役目ではない。勇敢だから選ばれた役目でもない。ただその場にいる四人を見れば、残る手がひとつだった。
「危険だ」とガランが言う。
「はい」
否定できなかった。
怖くないふりもできなかった。
「でも、待っても音は鳴りません」
エリアンは点検橋へ足を置いた。
一歩。板が滑る。
二歩。手すりへしがみつく。
三歩目で本当に転び、膝を強く打った。
「エリアン!」
「大丈夫、では、ないです。でも行けます」
這うように橋を渡る。向こう岸の留め具は泥と枝に埋まっていた。剣で切る力はない。エリアンは腰の小さなダイス飾りを外し、細い紐を留め具の隙間へ通した。
「ミレナ! 今、鎖を引いて!」
向こうでミレナが体重をかける。エリアンも紐を引く。掌が擦れ、骨の飾りが石に当たった。
からん。
それは運命の音ではなかった。
ただ、自分で動かしたダイスの音だった。
泥が剥がれ、留め具が跳ねる。
ガランが吠え、操作輪を押し込んだ。門が開く。溜まっていた水は放水路へ落ち、白い飛沫を上げながら村とは反対の谷へ走った。
雨が弱まるころ、四人は泥だらけで水門を降りた。
エリアンは膝を引きずり、セラに肩を借りていた。英雄らしい姿ではない。もう一度橋を渡れと言われたら、たぶん嫌だと言う。
ガランが隣を歩きながら、ふいに言った。
「音がなくても、お前が先に見た」
「たまたまです」
「違う」
大きな手が、エリアンの濡れた頭を一度だけ叩いた。
「お前なら気づくと思っていた」
のちに吟遊詩人は、そこで少しだけリュートの弦を休ませる。
運命のダイスが静かになったからではない。
怖がりな少年が沈黙の中で、自分の一歩を選ぶ音を聞かせるために。




