#2 後編
互いに敵対視している鳴上 海斗と来栖 直の間にちょこんと座るちょこんと腰かけている神永 由佳。
三人揃ってカウンター席に座っており、彼らの前にはコップに注がれた水が準備されている。
「え? この人、なごみんのお兄さんじゃなくて? きょうだいにその上か下にいないの? 「なお」って名前の人」
「あんたねー……私には上にお兄ちゃんもお姉ちゃんもいないし、下に妹もいない。ここにいる弟が一人だけしかいないよ?」
鳴上は来栖に指を差し、和に問いかけるが、その答えは「弟がいる」それだけだった。
「ところで、海斗は直のことずっと女性だと思ってたの?」
「そりゃそうだろ!? 「なお」っていえば女だろ!?」
鳴上はメイド服を着用した時に凛々しく、時に可愛らしい来栖 直(♀)を想像していた。
しかし、実際に彼の視界に入っているのは黒背広をきっちり着こなし、目付きの悪いイケメンホスト風の来栖 直(♂)。
「先ほどの指を差す行為は無礼でしたよ? 私が例の「来栖 直」です。女性っぽい名前ですが、男性ですのでお間違いなく。下の名前でよく弄られますが、彼女は私の妹や兄ではございません。私の実の姉です」
来栖のように男性でも女性でも通用する名前を名乗っている者がいる。
自分の名前で弄られたり、傷つけられたりすることがあるのだ。
彼はそのことには慣れているため、指を差し行為の指摘を兼ねて対応するが、和や由佳がいるにも関わらず、鳴上に対してはその場が凍りつきそうなかなり低い声色で冷淡な口調。
「な、なんかとんでもない勘違いしてすみません……大変失礼致しました……」
「海斗。直のこと学生時代から何回かしゃべっているのに、忘れるなんてサイテー!」
「今から十年以上前のことだろう!? しかも性別すら言っていなかった気がするし! 覚えているわけが……」
よって、彼は勘違いしていたのだ。
同じ「なお」という名前でも女性はもちろん、男性でも使用されていることを――
◇◆◇
「鳴上さんでお間違いないでしょうか?」
ここからは自分のターンだと言わんばかりにニタリと嗤いかける来栖。
「は、はい……」
「では、私からいくつかご質問を……」
「どうぞ」
「私の姉とのご関係は?」
「高校時代の同級生。それだけだけど」
彼の冷淡な質問に少し警戒したような回答をする鳴上。
彼らのやり取りを間に入って静かに見守っていた由佳が「えっ!?」と声をあげる。
「わ、私……鳴上さんと和さんがお付き合いされていたのだと……」
「なごみんと付き合っていないし、月に一回ペースでここに飲みに来てただけ。今日は久しぶりに来てみたらこんなことに巻き込まれた」
「姉さんのことを「なごみん」と呼ぶとは……実に馴れ馴れしい」
「ちょっと、直! すみません。私たちがこちらに着いた時、とてもいい雰囲気でしたので……」
「いや、神永は悪くない」
彼女は和と鳴上が付き合っていないにもかかわらず、付き合っていると勘違いしてしまったということだった。
◇◆◇
「ほう……そうでしたか。次に由佳とはどのようなご関係で?」
「……し、下の名前で呼び捨てって……! いや、さっきもか……」
「ご存知ではなさそうなので、報告程度に。私は彼女とお付き合いさせていただいていますので、お訊きいたしました。……ね?」
「ええ」
「俺……そのことは今まで知らなかった……」
鳴上は由佳との関係に食い付くが、来栖の口から「お付き合いをさせていただいている」と彼女の返事を聞いたら少しショックを受ける。
彼は組織内の関係者のプライベートには興味はないが、由佳に関しては密かに好意を寄せていたのだ。
「神永は同僚だが、俺の後輩にあたる。付き合ってもいない」
鳴上はそれだけを告げる。
彼女はすでに下の名前で呼び合う関係になった恋人がいることを知った今、浮気相手ではないことは事実だ。
先ほどまで敵対視していた来栖だったが、「えっ!?」と表情を緩める。
「直は私が鳴上さんと付き合っていて浮気していたかと思っていたのでしょう?」
彼は「あっ……」と言ったっきり、数分間口をパクパクさせていた。
「とんでもない誤解を与えてしまったわ。ごめんなさい」
「……こちらこそ、勘違いしてしまってすまなかった」
恋人同士ならよくある誤解がとけた瞬間だった。
いい雰囲気の中、和が「え、待って!」と割り込んでくる。
「海斗が話していた後輩って……」
「おそらく私のことです。ここ最近は彼と任務に出向いたりする機会が多かったので」
「由佳さん、ごめん。私も誤解してた」
「私は気にしていないのですが、鳴上さんの後輩と聞くと有能な男性だと思ってしまうのは仕方がないことです。私の組織では男性幹部は少ないので」
「由佳さんのポジションって組織内だと幹部クラスだよね?」
「ええ。鳴上さんの口から話していたように同僚の先輩に当たりますので、私と同じポジションですよ?」
「私、知らなかった……」
「なごみんもなんか誤解してたことあったの?」
「あんたが俺の後輩が――って言ってたじゃん! その後輩の性別すら言ってないじゃん!」
「あっはっは! 俺となごみんは同罪だな!」
和は由佳が幹部クラスなのは知っていたが、鳴上も彼女と同じポジションであることを知らなかった。
おまけに後輩の性別を勘違いしているところは彼と全く同じ。
「あんたと同類にしないで!」
「話を戻すけど、神永はバティならいいけどな……普段がな」
「まぁ、由佳は少しドライなところがありますので」
「流石、神永の彼氏さん!」
このバーにいる四人は勘違いをしていたが、なんとか各々の誤解や蟠りを解いていったのだ。
「鳴上さんと直の蟠りが解けたようで」
「これで一件落着だね」
「ええ」
由佳はカウンター席から離れようとしている。
「では、私は外でお煙草でも……」
彼女はバーから出て背広のジャケットから煙草とライターを取り出し、火をつけた。
店内をそっと覗きつつ、煙草を吹かした。
―裏社会の人間たちによる勘違い劇場、終演―
最後までご覧いただきありがとうございました。
2026/05/21 本投稿・修正等




