葛藤
きっと関谷の桜に対する想いは本物なのだろう。入学式で一目惚れしてからずっと想い続けていたという言葉には、真剣な熱量と切実さが宿っていた。口先だけの言葉なら、あんなふうに声が震えたりはしない。嘘や見栄で、ここまで必死な顔ができるはずもなかった。
だが、今の関谷のやり方は、どこからどう見ても間違っている。
パンケーキ屋で見せた振る舞いが、頭の中で勝手に再生される。嫌がる桜に無理やり大きな一口を押し込もうとした手つき。吐き出してしまった桜に、心配の言葉ひとつかけず吐き捨てた「きったねぇな」という声。相手の気持ちを置き去りにした強引な振る舞いや、自分の所有物のように囲い込もうとする態度は、いくら「本気で好きだから」と言っても見逃せるものではない。
好きだという気持ちの強さと、その気持ちの扱い方が正しいかどうかは、まったく別の問題だ。さっきの必死な眼差しが本物だったとしても、桜をあの場で傷つけたことを帳消しに出来るわけじゃない。
……しかし、そうやって関谷を内心で裁こうとしている俺自身はどうなんだ?
ふと、そんな考えが差し込んできた。握りしめていた拳の力が、気づかないうちに抜けている。
俺だって、つい先日に桜の気持ちを踏みにじり、深く傷つけてしまったばかりじゃないか。
あの時の桜の顔は、今でもはっきりと思い出せる。関谷を責められるような立場ではない。むしろ幼馴染という立場に甘えて、桜なら分かってくれると、どこかで勝手に思い込もうとしていたのは俺の方だ。相手の気持ちを置き去りにしたという点で、俺と関谷の間に、どれほどの違いがあるというのだろう。
そして何より——昨日のクリスマスイブのことだ。
その日付を思い浮かべただけで、胸の奥が小さく軋んだ。
郁美の優しさに救われ、俺は郁美との間に芽生えた確かな絆を自覚せざるを得なくなっている。
昨日のイブを郁美とあんなにも、楽しく過ごしておきながら、今さら桜の隣に立つ男に対して偉そうに恋路を邪魔するような権利が俺にあるのだろうか。
今日の作戦にしてもそうだ。桜と二人きりになろうとすること自体が、関谷の目から見れば、まさに「邪魔」以外の何物でもない。そう考えると、さっき関谷が絞り出した「邪魔しないでくれ」という言葉が、そのまま自分の胸に跳ね返ってくるようだった。
自分の不甲斐なさと優柔不断さに自虐的な思いが込み上げる。関谷の歪んだ執着を責める自分と、自分自身の過ちと迷いに身動きが取れなくなる自分。二人の自分が頭の中で、どちらも一歩も動けずにいる。




