暴力?
「え……?」
受話器の向こうから、
桜の息を呑む気配が伝わってきた。
「おい! 何言ってんだよ!」
俺は慌てて、
携帯を取り返そうと手を伸ばす。
だが郁美は、
それを見越していたかのように身を翻し、
「キャー!」
甲高い笑い声を上げて、
リビングの奥へ逃げていく。
子どもみたいな動き。
けれど、その笑顔には――
冗談では済まされない、
粘ついた執着が張り付いているようだった。
胸の奥が、
嫌な音を立てて軋んだ。
「おい、待てって!」
郁美を追ってリビングに駆け込むと、
彼女はいつの間にかソファに腰を落とし、
携帯を胸元で抱え込んでいた。
まるで大事な宝物でも守るかのように。
「……返してほしい?」
わざとらしく小首をかしげ、
試すような目でこちらを見る。
「当たり前だろ。返せよ!」
声を荒げる俺に、
郁美はくすりと笑った。
「じゃあさ――
もう一回、ここでキスしてくれたら
返してあげる」
「何言ってんだよ。
ふざけるな、返せ!」
俺は苛立ちのまま、
彼女の手に伸ばす。
携帯を掴もうとした、
その瞬間――
「きゃああああああっ!!」
耳をつんざくような悲鳴が、
リビングに響き渡った。
あまりの大声に、
俺は思わず手を止めてしまう。
郁美は震えるふりをして、
潤んだ目で俺を見上げた。
「……達也くんも……
義父みたいに、暴力ふるうの?」




