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理性
「だよね?」
その笑顔は、あまりにも自然で。
「達也くん、優しいもん。
そんなこと、できるわけないよね?」
俺はしばらく黙り込み、頭の中で何度も考え直した。
けれど、郁美をこのまま夜の外に放り出す選択だけは、
どうしても選べなかった。
「……わかった。
一日だけだぞ」
「あは……うん……ありがとう」
そう言って、郁美は少し照れたように笑い、
門戸が静かに開く。
玄関に上がった瞬間だった。
距離を取る間もなく、郁美が一歩踏み込んでくる。
「な――」
言葉になる前に、柔らかな体温が胸に当たった。
勢い任せの抱擁。
息が詰まり、心臓が一拍遅れて跳ねる。
「……会いたかった……」
耳元で囁かれたその声が、妙に近い。
香りと温もりが一気に押し寄せ、
頭が真っ白になりそうになる。
まずい――。
俺は必死に理性を引き戻し、
郁美の肩に手を置いて、そっと距離を作った。
「あの……一旦……リビング行こうか」
自分でも驚くほど早口だった。
そう言うと、逃げるように踵を返し、
早足でリビングの扉を開ける。
背中に視線を感じながら、そのまま中へ入った。
少し遅れて、郁美もついてくる。
何事もなかったかのように、
彼女はソファに腰掛けた。
その自然さが、逆に落ち着かない。




