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説得
「それは……どうだろうなー……。
郁美のお母さんも、
心配するんじゃないかなー」
できるだけ冗談めかして
言ったつもりだった。
場の空気を、少しでも
和らげたかっただけだ。
「達也!
なに、ちょっと嬉しそうにしてんのよ!」
「ゲシっ!」
桜の軽い蹴りが、脛に入る。
「いって……」
一瞬、いつものやり取りみたいに
笑いが出そうになった。
けれど、すぐにそれは
喉の奥で引っかかった。
――冗談で済ませて
いい状況じゃない。
郁美は、さっきから
一度も視線を逸らしていない。
笑っているのに、
感情の温度が合っていない。
(本当に……どうしたんだよ)
胸の奥に広がる
嫌な予感を振り払うように、
俺は一歩前に出た。
「……どちらにしても」
今度は、誤魔化さない。
逃げ道を残さないように、
言葉を選ぶ。
「今日は一旦、帰ろう」




