第五話
その一
歩美は、道生の後ろ姿が路地に消えた後も、ぼんやりと見送り続けた。それから部屋に入り、明かりをつけると大きなため息をついた。そこには、相も変わらず、見慣れたキッチンとリビングが待っていた。
バンド演奏で、学生時代の気分にひたり、リフレッシュできたように感じたが、音楽が、演奏を終えれば消えてゆくように、歩美の思い違いも、興奮が治まれば訂正されるのだ。
歩美は口の渇きを覚え、キッチンで水を飲んだ。そして、コップを手にしたまま考え込んでしまった。『これから先、又いつもの日常を延延と繰り返してゆくのだろうか』発作の後の強烈な疲労と不安が襲ってきた。落ち込んでゆく気分に耐えながら、残った水をシンクに捨て、コップを洗った。それから、汚れていない皿や茶碗まで次々洗い出した。
……どのくらい経っただろうか、ブシューという空気の鳴る音がした。洗剤が空になったのだ。それは歩美が洗い物を止める合図でもあった。歩美はシンクの周りに飛び散った水滴をぬぐった。一体こうして何百枚、いや何千枚の食器を洗ってきただろうか。歩美は洗剤で荒れた手の甲をさすった。
それでも、このルーチンでいくぶん気持ちが持ち直すのだ。歩美はウツを追い払うように首を振り、今日演奏した「Let it be」を口ずさんだ。そして、こう思い直した。
今回は違う! 道生がいる。
道生は歩美にとって、鬱陶しい日常に突如として現れた彗星だった。
日ごとに輝きを増し、歩美に近づいてくる様に思えた。
一度や二度の発作で怯んではだめだ。
ピンチはチャンスなのだ。
彗星のまばゆい光の中へ飛び込もう。
たとえその正体が、氷と塵の塊だったとしても、構わない。
なるように、なるのだから。
誰かが言っていた。がん告知を受けると、一瞬で世界が変わると。
それは、世界が変わったわけではない、自分が変わったのだ。
楽しかった過去に戻るのではなく、新しい自分に生まれ変わるのだ。
自分が変わらない限り、トンネルは続き、見慣れた光景が輝くこともない。
道生との出会いをきっかけにして、新しい世界に踏み出したいと、
歩美は切実に願った。
……でも、道生は手伝ってくれるだろうか。助けてくれるだろうか。
初めて会った時のように、大丈夫さと、言ってくれるだろうか。
その二
道生は、自宅のソファーで一枚の写真を見ていた。
A4用紙にプリント・アウトされたその写真は、fig-03と番号がふられた興信所の資料だった。
今より幼さの残る歩美が、キーボードを弾きながら笑顔で唄っている高校時代のスナップ写真だ。この写真を見て、計画が決まったのだった。同じく音楽をやっていた道生には、因縁めいたものを感じた。
バンドの練習に歩美を参加させたのは、少し刺激が強すぎたようだ。道生は性急だったと後悔した。自分の素性が分かってしまうのが、怖かったのだ。しかし、病気を悪化させては元も子もない。もっと急がず、慎重に行動することにしよう。
うつ病の治療に、音楽療法というのがある。ネットで調べると、効果があるのか無いのか、よく分からなかった。眉唾な感じもした。音楽療法CDというのを幾つか買ったが、ヒーリングCDと違いが分からなかった。
しかし、道生には確信があった。歩美はバンドをやるぐらい音楽が好きだったし、演奏も上手い。興味だって示した。音楽を聞くだけでなく、演奏させれば、もともと音楽に適正のある歩美には、きっと良い効果があるはずだ。
歩美は今、回復期にある。バイトもしている。もう少しで寛解期に入るのだが、足踏みしている状態だ。その手助けをしてやりたい。ちょっと背中を押せば上向くはずだ。そして、歩美との絆が深まれば、俺にとっても、あの人を忘れる良い機会になるだろう。
道生は、歩美をカラオケに誘うことにした。楽器OKのカラオケ店は駅の近くに、いくつかあった。しばらくは、ふたりで唄ったり、弾いたり、食べたりして、ゆっくり変化を待とう。




