第四話
音楽スタジオは、中央広場から歩いて五分ほどの近くにあった。道生から、バンドの練習を聴きに来ないかと誘われたのだ。
スタジオはバイトで毎日通る道を、ちょっと外れたビルにあったが、いつも同じ道しか通らない歩美には、見知らない街と同じだった。
道生に続いて店のフロントを抜けると、かすかにバンド演奏の音が聞こえてきて、なつかしい気分になった。学生の頃は、メンバーの家のガレージで練習していたが、デモテープ作りやおじさんバンドのお供でスタジオもけっこう使うことがあった。
ずっしりとした防音ドアを開け、スタジオに入ると、もうメンバーは揃っていた。道生がみんなに紹介してくれた。道生を入れて四人とも同年代のようだ。しばらく雑談したあと、演奏が始まった。
路上ライブの時より上手かった。ライブは久しぶりだったらしく、緊張していたのだろう。ギターのタカさんは、クラシックギター出身らしく、早弾きが得意だった。ドラムのツジさんは、リズムを忠実に刻み、フィルインをほとんど入れない、我慢強い人だ。その代わり、ベースのイシさんは、ピックで弾いたり、指で弾いたり、チョッパー奏法だったりと派手な演奏をした。イシさんに言わせると、ベースは地味だから、これくらいで丁度よいらしい。選曲は道生がするのか、自分のキーに合った曲を気持ちよく唄っていた。ほとんど英語の歌だった。
数曲やって、小休止となった。道生がスタジオのキーボード借りて、一緒にやろうと誘った。高校卒業後、バンド演奏はほとんどやっていなかったので躊躇していると、他のメンバーが、俺たちが合わせてやるからと、楽譜を渡された。古い曲だったが名曲なので知っていた。ほぼコードを弾くだけの曲だ。ただしキーボードから入る曲だった。
キーボードをセットし、歩美はしばらく鍵盤の上で指を慣らした。バイトで、毎日タイピングしているが、鍵盤では勝手が違う。メンバーが値踏みするようにこちらを見ている気がした。歩美は覚悟を決めて、ドラムのツジさんにアイ・コンタクトをとり、歩美がカウントを出して、演奏を始めた。
やっぱり、ひどい演奏になってしまった。みんなは、お世辞なのだろうが、ほめてくれた。道生のキーボードより百倍いいよと。
それから三十分ぐらい演奏しただろうか。生のバスドラやベースの重低音は、家のスピーカーでは決して得られない、空気の塊となって歩美の体をゆさぶり、徐々に歩美を上気させた。脳細胞も活性化していくようだった。
緊張が解けて指が昔の感覚を思いだす。自然と体が左右にゆれた。メンバーとアイ・コンタクトをとり、音のバトンを渡してゆく。互いの気持ちが、リズムを通して次第にひとつになり、みんなの呼吸が同期してゆく。歩美は一瞬、グルーヴを感じた。
やがて集中が切れ始めたのか、ミスが増えたので、歩美は演奏を抜けソファーで休息した。そして、演奏を聞きながら眠ってしまった。全身麻酔を打たれたように、深い眠りが訪れ、意識が完全に一度、停止した。三十分後に目覚めたとき、すべてをリセットして再起動されたように感じた。こんな感覚は初めてだった。
しかし、しばらくすると、大量の履歴が歩美の脳に読み込まれ、悲しい記憶がいくつも再生された。歩美は唇をかみ、静かに泣いた。
道生は心配して家まで送ってくれた。歩美は、その頃には冷静さを取り戻していた。また誘ってくださいと別れ際に言った。道生は笑ってうなずき、
「じゃあ、また」と帰っていった。




