第十三話
救急隊員が耳元で呼ぶ声で、道生の意識は戻った。
救急車の中だった。付き添いで歩美が同乗していた。歩美は心配そうな顔で隊員の処置を見守っていたが、道生の意識が戻ると、かえって泣き出した。歩美が手を伸ばす、道生はその手を握った。そして、処置の邪魔になると思い、直ぐに離した。歩美は、まだ泣いていた。サイレンを鳴らし高速で走る救急車は、歩美を慰めるように車体を揺らした。
道生は救急病院に搬送され、集中治療室に入った。
歩美は、待合室で数時間待ったが、道生は出てこなかった。意識もあり、命に別状は無いからと医師に告げられ、帰宅を促された。仕方なく従った。
結局、道生の怪我は軽傷で済んだ。二階から落ちる途中、植え込みに一回当たり、衝撃が緩和されたようだ。腰と背中、肩をひどく打撲していたが、骨折はしていなかった。色々検査した医師が頑丈な体だとほめてくれた。ただ、頭は相当打ったらしく、さらに精密検査をする事になった。
翌日の午前中、同僚が見舞いに来た。大家さんに預けた道生のリュックを持ってきてくれた。同僚は、助けた子供が煙を吸って、軽い中毒症状があるが、元気だと教えてくれた。あの子も、この病院にいるようだ。火事も風呂場とキッチンの一部を焼いただけで消し止められ、他の世帯への延焼は防げたようだった。
それとテレビの朝のニュースでこの火事が報じられ、
「非番の消防士のお手柄」として報道されたようだった。
お前は有名人だ、と同僚が茶化した。
そのあと、頭部の精密検査をして、昼になった。打撲のせいか、煙を吸ったせいなのか頭痛がひどく、食事は食べる気がしなかった。昼のニュースで、火事のニュースを繰り返していた。四号室のお爺さんが、道生の消防アポロキャップをかぶり、自分が火事を消したかのようにカメラに向かって語っていた。
「ああ、タオルの代わりに帽子を取られちまったな」道生は頭を掻いて呟いた。
道生はスマホでメールをチェックした。たくさんのメールが来ていた。怪我を気遣う同僚や上司のメール。ニュースを見たのか、学生時代の同級生のメールまであった。歩美のメールがあった。開こうとしたが、興信所のメールが目にとまった。どちらを開くか迷ったが、興信所のメールを先に開いた。
―― ご依頼のM氏の消息について ――
表題の件、重要情報を得ましたので、ご報告いたします。
M氏は、一年前よりコンピュータ関連の犯罪により、
カリフォルニア州の刑務所に収監中です。
詳しい報告は、後日お送りいたします。取り急ぎ、報告まで。
道生は、頭痛の為か、文面の意味が飲み込めなかった。
一年前より刑務所に収監中?
刑務所の囚人がパソコンに侵入したり、国際郵便を出せるのか?
道生は包帯の巻かれた額をさすった。そして、一つの疑念が浮かんだ。
まさか……
その時、病室のドアがノックされ、歩美が見舞いに訪れた。
歩美が道生のベットに近づく。
ゆったり目の白いワンピースを着ている。
それは、遺影の中の母の服とそっくりだった。
茫然とする道生に、歩美は写真の中の母のように微笑んだ。
第一部 完。




