お父さんといっしょ
うっすらと雪化粧をした森の空き地で、あたしは木の杭を前に木剣を構えている。左足を前にしたオープンスタンスで、やや斜め下に向けた木剣の剣先は地面に接触しそうな感じ。あたしの身長は100センチメートルに届くかどうかという程に低いうえに、あたしの身長よりほんの少し短いだけの木剣を構えているのだから当然と言えば当然。
昨日の夜にお父さんを何とか説得して、初めて挑戦させてもらっている木剣の打ち込み稽古だから気合も一入ってとこよね。
白い息を吐きつつ呼吸を整えていると、期待に上気した頬を風が撫でる。
「たぁ!」
気合いを込めた(つもりの)声をあげつつ左足を僅かに踏み込み、あたしは木剣を振りかぶる。頭上を通る半円状の軌跡を描いて打ち下ろそうした一撃は杭を捉えるどころか右手から木剣がすっぽ抜けて宙を舞い、杭に当たって跳ね返ってきた。そして、右腕を振り抜いたモーションで固まっていたあたしの右肩を強かに打ち据えて地面に落ちた。少しずれてたら顔に当たっていたかもしれない。
「いったぁい!」
「ほらほら、だからリューオに剣術はまだ早いと言ったんだよ」
右肩を押さえて踞るあたしに近寄ると、お父さんは抱き上げてくれた。
お父さんの身長は2メートルを超えていて、細く見えるのにがっしりとした筋肉を感じる。いわゆる細マッチョってやつね。まだまだ若々しさを感じる肉体美を惜しげもなく晒している。寒くないのかな?
右腕だけであたしを抱き抱えると、左の掌をあたしの肩に当てると小さく呪文を唱えた。
《風よ癒せ》
お父さんの掌が淡く緑色に光り、あたしの体を心地好い風が包み込む。肩の痛みが少しずつ和らいでいくのが分かる。お父さんの魔法はとても暖かいから大好き。
「まだ痛むかい?」
「んーん、だいじょうぶー。ありがとう、お父さん」
厳しい先生の顔から優しい父親の顔に戻ったお父さんにお礼を言う。
お父さんは笑みを浮かべながらあたしの頭を撫でてくれた。でも、剣の稽古はお預けらしい。
「リューオはまだ十七歳なんだし、体が出来てなくて握力も弱い。もう少し大きくなるまでは短剣術の稽古をしなさい」
「はぁい……」
お父さんの腕から降ろされ、あたしは腰のベルトに差してある短剣を手に取る。三年前から使っている木の短剣は、小さなあたしの手にも馴染んでいて扱い易い。
お父さんが教えてくれる短剣術は突き技が基本で、胸の前で短剣の刃を藁束に向けて構え、何度も何度も突く。ここ最近の日課になっている短剣術の稽古に精を出すあたしをお父さんは厳しい目で見詰め、構え方の指導や突き方の指導、踏み込み方などを丁寧に教えてくれる。
お父さんが付きっきりの稽古は二時間程続いた。
稽古の終わりを宣言したお父さんからタオルを手渡されて水が入った桶の所まで行き、稽古で掻いた汗を拭っていく。さっぱりした所で桶に入れられた水面に映る自分の顔を眺めた。白い肌が上気してピンク色に染まっている。
あたし達は魔族の一種族であるミハイア族で、種族の平均的な強さは魔族全体で言えば中堅。肌の色が透き通るように白いって事を除けば、パッと見にはヒューマン種の人族に見えない事もないけど、殆どの人が長身痩躯な事もあって間違われる事は少ないみたい。
むしろ『耳の短い白エルフ種』なんて蔑まれる事の方が多いんじゃないかなぁ。だって、エルフ種の人族と同じようにかなりの長命種だし、お父さんだって見た目はヒューマン種の二十歳代みたいだけど実年齢は三百歳を超えてるって話だし。
ちなみにミハイア族の幼児期はヒューマン種の三倍くらいの期間になるみたいで、十七歳というあたしの年齢はヒューマン種で言うと六歳くらいかな? まだまだガキンチョね。
「はぁ……はやく大人になりたいなぁ」
水に映る自分の姿やさっきの失敗を思い出して呟くと、それを聞いたお父さんが甘えたような声をあげる。
「父さんとしてはずーっと可愛らしい子供のままでいて欲しいんだけどなぁ」
お父さんの頬がだらしなく緩む。
普段は精悍な顔立ちで凄く格好いいのに、あたしの事になると途端に格好悪くなるのが残念過ぎる。魔法の腕前はそうでもないけど、槍を使わせたら村一番の手練れだったりするのに……。
そんな残念なお父さんに、あたしは大人になりたい理由を告げた。
「だって、大人にならないと村の外には行けないでしょ?」
「ははぁ、マリドーの影響か」
マリドーとは先日村を訪れたエルフ種の男性行商人で、年に数回程やって来ては塩や衣料品等を売り、村で作っている物を買っていってくれる。そして外の世界の情報も持ってきてくれる貴重な存在だったりもする。
行商は複数の商人達で商隊を組んでいて、マリドーの他にも三人程の行商人が四台の馬車に六人程の護衛でやってくる。マリドー以外は魔族の商人で、マリドー自身は同じ商隊の魔族の商人に育てられたって言ってた。この辺にはエルフ種の人族は住んでないからとても珍しいし、何よりミハイア族に良く似ているからミハイア村では結構人気のある行商人だったりするんだよね。性格も明るいし社交的だしね。
昨日の朝には次の村に向けて旅立っていったけど、その前の日にあたしは興味深い話を聞いてしまっていた。行商人マリドーが言うには、森に入ってすぐの所で冠鳥が巣を作っていたんだとか。
冠鳥とはいわば大きな鶏のような鳥で、頭に金色のティアラみたいな鶏冠を持っている。村にも冠鳥は数羽飼われているけど、全て雌なので雛を目にした事はない。食用の無精卵しか生まれないからだよってお父さんが言ってた。
冠鳥は卵から肉から骨に至るまで料理に使えて味も良い。そして何より雛が可愛いらしい。マリドーを始めとする大人達が挙って可愛いと言うくらいだから、子供達が興味を持たない訳がなかった。もっとも、子供達といっても四人しか居ないし、あたし以外は皆三十歳を越えているんだけどね。
三十歳というのはミハイア族にとって特別な年齢で、性分化という大事な性徴作用の促進期間を経て男性か女性かに体が変化していく。それが丁度三十歳の誕生日から三十一歳の誕生日まで続く。いわば思春期の始まりを迎えるって事だね。といっても、そこから精通や初潮を迎えるのに十年程掛かり、成人と認められるのは更に十年程後になる。
つまり、十七歳のあたしはまだ性分化前の唯一の子供で、自分より明らかに幼い存在を見た事がない。だからこそ見た目にもあたしより幼い雛に興味津々だったりする。まぁあれよ。妹とか弟とかに期待する子供心っていうの?
お父さんもそういうのは理解出来るみたいで、お母さんの許可が下りたら明日一緒に見に行ってみようという事になった。さすがお父さん、話が分かるというか自分の子供に甘々というか。
充分に汗が引いたところで木の実やキノコ等を採りつつ村へと戻る。あたしはお父さんの肩の上。いつもと違う視線の高さはやはり良い物です。低木に視界を遮られる事も少ないしね。
稽古に使う空地からほんの十分程度の、寄り道しながらのいつもと変わらない道行。沢山のキノコや木の実を抱えて、あたしとお父さんは村の入り口の門に近付いて行った。




