お母さんといっしょ
村の門に近付くと、その奥に大きな杉の木が見えてくる。村のシンボルである古代杉で樹齢五千年以上と言われているその杉は、根元から高さ1メートル辺りの箇所で直径10メートルくらい、幹回りは35メートル程もある。
以前は100メートルを越す高さがあったみたいだけど、あたしが生まれる少し前に30メートルくらいの高さの所が何かに穿たれて折れてしまっている。
時を同じくして村の西12キロメートル程の所にダンジョンが出来ているので、ダンジョンコアが幹を穿ったんじゃないかと言われているけど真相は分からないみたい。
ちなみに、そのダンジョンはまだクリアされていない。というか、二十年以上経つのに調査すらされていない。
というのも、直後に起こった魔物の大暴走で人族も魔族も大打撃を受けてしまい、調査どころではなかったからだって。人口は極端に減り、村や街を維持するのにも苦労するうえに魔物の襲撃への警戒も怠れないとなれば、後回しにされるのも仕方がないんじゃないかなぁ。ダンジョンから魔物が出て来たという話は聞かないしね。
でも、中に入った命知らずの若者が数名居たみたい。漏れなく帰って来なかったって話だから、ダンジョンの中自体は危険がいっぱいなのかも。少なくとも子供は近付かないようにと厳命されてる。
それはともかく、あたしとお父さんは門をくぐり、村を南北に縦断する目抜通りを進む。その中程から西側に少し入った辺りにあたしの家はある。目抜通りといっても村にたった一本しかない、門から古代杉まで続く全長300メートル程しかない大通りなんだけどね。なにせ、十二世帯三十二人しか居ない小さな村だし。
あたしの家は木造平屋の一軒家で2LDK。家の裏には狩りの獲物を解体するための作業小屋もあるし、一応稽古が出来るスペースもある。あまり音を鳴らすのも近所迷惑に成りかねないので、素振りとか柔軟とかしかやらないけどね。
もちろん畑もあるけど規模は小さい。家庭菜園みたいなものだね。
木製の大きなドアをお父さんが開けてくれて、あたしは両手いっぱいのキノコを抱えて家に入る。
「お母さん、ただいまー」
「お帰りなさい、二人とも」
入ってすぐのリビングでは、見た目はあたしがそっくり大きくなった感じだけど中身は全く違って家事全般が得意なお母さんが迎えてくれる。身内贔屓かもだけど、かなりの美人さんだと思う。お父さんとそう歳は違わないけど、見た目はヒューマン種の十五歳くらいにしか見えない。
お母さんはお父さんとは逆で、武術関連はからっきしダメな方。身長も低くて、お父さんの胸くらいまでしかないしね。代わりに魔術方面ではかなりの腕前なんだとか。特に治癒魔法が得意で、村のお医者さん的な存在だったりする。
そのせいか、はっきり言って村長より村のみんなに人気がある。村のアイドルみたいなもんだね。
そんなお母さんは椅子に座って縫い物をしてた。多分、先日あたしが破いてしまった服だと思う。
いや、あの、一応あたし幼児だからね? 十七歳だけど。
破いたのは稽古の時に勢い剰って突っ込んだところを木の根っこに足を捕られて転んだせいだったりする。
「あのね、明日お父さんと一緒に冠鳥の雛を探しに行っても良い?」
お母さんに近付き尋ねると、お父さんが頷くのを見たお母さんも頷いてくれた。
「お父さんと一緒なら大丈夫でしょう。でも、そのためには今から教える治癒魔法を覚えてもらいますからね?」
「えー! それじゃあ明日なんて無理だよぉ……」
思わず不満が口を吐いた。
「えーじゃありません。もしもお父さんが怪我をしたら誰が治してあげるというの?」
「うー……」
お母さんの言う事は正論だから反論も出来ない。
魔法はある程度集中出来ないと失敗してしまうので、怪我を自分で治す時なんかは凄い大変で、お父さんも自分の怪我を治すのは軽傷の時くらいしか無理だったりするんだよね。だからこそ、あたしにも治癒魔法くらいは使えるようになりなさいっていつも言われてる。
魔法っていうのは望む結果を起こすための魔力の流れをしっかりイメージして魔力を操作する事が大事なんだけど、あたしはいまいち上手く行かなくて失敗しちゃうんだよねー。
例えば、火を点す魔法の場合は、火を点けたい対象の周囲で魔力同士を素早く擦るように魔力を操作したり、魔力を圧縮したりするんだって。他にも方法はあるみたいなんだけど、それは術者のイメージ力とかが物を言うんだって。
だから本来魔法を使うのに《呪文》の詠唱なんて必要ないんだって。予め魔力操作のイメージとキーワードを自分の頭の中で関連付けておく事で失敗しにくくなるんだって。そして、そのキーワードがその人独自の《呪文》になるから、他人が同じ《呪文》を唱えただけでは使えないんだよね。《呪文》を唱えるだけで魔法が使えるんなら良かったのに……。
ちなみに、口を塞がれたりして声を出せなくしたくらいでは魔法を使えなくする事は出来ないし、必ずしも《呪文》を声に出す必要もない。だから、もしも魔法を使う相手を無力化する時は、気絶させるか思考能力を奪うかして、魔力操作そのものを出来なくするしかないんだって。
「まだ17歳とはいえ、種火の魔法もろくに使えないなんて」
「知らないよぉ」
お母さんがいつもの小言を言う。とはいうものの、お母さんもお父さんに負けず劣らずあたしには甘いので、すぐに代替案を持ち出してきた。
「まぁ、治癒玉を多めに持って行くのなら良いわ。このところ真面目に稽古に励んでいるみたいだから、たまには、ね」
「やったぁ! お母さん大好きー!」
あたしはお母さんに抱き着いた。お母さんはそんなあたしの頭を撫でる。
ちなみに、治癒玉っていうのは薬草を魔法で処理した回復薬で、傷口に塗り込めれば血止めや回復促進の効果があるし、打ち身にも薄く延ばして貼り付ければ早く治ったりする。さすがに四肢切断とかは無理だけどあると便利な物なんだよね。
お父さんはこれを作るのも得意だったりする。
それから暫く、お母さんから治癒魔法を習った。習ったのは簡単な治癒魔法で、傷口を魔力で被って塞いで回復を促進する魔法だったんだけど、やっぱりというか何というか、あたしは使えるようにはならなかった。そもそも、最初の傷口を魔力で被う事が出来ないんだよねぇ。もう、魔力がピクリともしないの。どうなってるのやら……。
「魔力の動きが見えるなんていう類稀な目を持っているし魔力もそれなりにあるのに何故、魔力の操作が出来ないのかしら」
「うーん、不器用という訳でもないしな。何かしらの原因があるんだろうね」
「例えば?」
「考えられるとすれば固有スキルかギフト……かな」
もう何度目になるのかも忘れちゃったくらいに何度も繰り返した問答を繰り広げる両親。どのみち答えなんてここでは出せないってとこに行き着いて終わるんだよね。
あたしとしてはそこまで切羽詰まった状態でもないんだけど、だからこそ武術方面で努力するしかないかなぁって思ってはいる。まだ早いって言われちゃったけど。
まだ問答を続けている両親から視線を逸らすと、あたしは自分の部屋へと向かった。ちなみに、玄関入って正面がリビングダイニングで右側が両親の部屋、左側があたしの部屋になってる。
出来るだけ自然に、かつ出来るだけ音を立てないで部屋に入る。問答に集中しだすと途端に周りが見えなくなる両親は、もう暫くはあたしが居なくなった事に気付かないはず。いつもそうだし。
今日もうちは夫婦円満で何よりだね。
数字を漢字で書くかどうかで迷う……。
距離とかの時だけ数字で良いかなと思ってやってるけどどうなんだろう? う~ん。




