5 クラッセン子爵家の危機
「なんでなの!? なんで招待状が減るのよ!」
叫んでいるのは、エアリー=クラッセンだ。
クラリスの義姉である。
ベリンナは、ヒステリックに叫ぶ我が子を横目に、ため息をつく。
クラリスが嫁いでから一年と少しが経った。
理由はわからないが、ここ最近、エアリーとクリスティナへの夜会の招待が少ないのだ。
クラッセン子爵家は、領地付きの家ではない。
大商会を経営していることで、子爵位を賜った家だ。
拠点こそ、王都近くの街にあるものの、王都へは馬車で二日で着く距離であり、夜会にも問題なく出席することができる。
それなのに、なぜこんなにも、婚姻適齢期の娘達への招待状が減るのか。
(どういうことなの。王都の貴族や商人達は、クラッセン商会に世話にならなくていいっていうの!?)
ベリンナがぎりぎりと親指の爪をかんでいると、家令が居間に入ってきた。
「奥様。アポイントメントのないお客様がいらっしゃっています」
「失礼な客ね。一体誰なの?」
「エドワード様の従妹のカリナ様でございます」
嫌な顔をしたベリンナに、家令は続ける。
「緊急の用があると」
要は、会えるまで帰るつもりがないということだ。
ベリンナは眉間にしわを寄せながら、応接室へと向かう。
カリナは嫌な女だ。
金の無心をしてくるときしか、顔を見せない
エドワードは多少甘くしていたようだが、彼が亡くなってからは、ベリンナは甘い顔をしたことはない。
それでも、たまに無心をしてくるのだ。
(商才もないのに、適当な商売に一家で手を出して。全部潰れてやめてしまえばいいのに)
分をわきまえて、つつましやかに暮らしていれば、関係性の悪い従兄一家にこんなふうに金の無心をしにくることもなくなるというのに、愚かな女である。
そう思いながら、応接室に入室したベリンナを迎えたのは、カリナの罵声だった。
「ベリンナ! お前、なんてことをしたの!」
ソファから立ち上がり、ホワイトブロンドの髪を振り乱して叫ぶ彼女に、ベリンナは目を丸くする。
「ずいぶんなご挨拶ね、カリナ。あなた、私を呼び捨てにするような立場だったかしら」
「お前、クラリスをどこにやったの!」
「嫁にやりましたよ。とてもいいお家にね」
「子爵の継承契約は!」
「え?」
「社交界の噂で聞いたのよ! その手の話に耳が遠い我が家にも届いたんだから、相当知れ渡っているってこと!」
扉の横で立ち尽くすベリンナに、カリナは構わず叫ぶ。
「いいから、クラリスを呼びなさい!」
「い、いえ……それは」
「どうせ継承契約なんて、してないんでしょう!」
「……カリナ、勘違いしているのではなくて? うちは永代貴族ではなく、一代貴族の子爵家でしてよ」
永代貴族は、その血筋に結び付けて、代を重ねていく。
しかし、一代貴族は違う。
爵位を賜る『理由』を継承できれば、血筋にかかわりなく、子爵位を賜ることができるのだ。
初代クラッセン子爵家は、大商会を営んでいることを理由に子爵位を賜ったから、商会を引き継いだことを理由に、子爵位を申請すればいい。
落ち着いてそう返すベリンナに、しかしカリナは、憤りを収めなかった。
「これだから、頭がからっぽの男爵令嬢上がりは!」
「なっ!? 暴言を吐いたこと、許しませんよ!」
「勝手にしなさいよ! でもね、教えてあげる。一代貴族もね、血に関係なく引き継ぐためには、直系の子孫が居ないか、居る場合はその承認が必要なのよ、このトンチキ!」
固まるベリンナに、カリナは地団太を踏んでいる。
とても大人とは思えないが、それほど取り乱しているということなのだろう。
「とにかく、クラリスが要るの。どこに居るの、いいから呼び出しなさい!」
「……ハワード伯爵家に、嫁に、出して」
「伯爵に!? じゃあ、婿に継がせるのは無理か……やっぱり、継承放棄契約しかないわね。今、商会はどうなっているの」
「会長不在、会長代理が私で、補佐のコーネリアスが運営して」
「誰が会長になる予定だったの」
「エアリーの夫に」
「なんでエドワードの血をひかないエアリーの夫が、エドワードの爵位を自動的に継げるのよ!」
ベリンナは突然の情報の嵐に、からっぽと言われた頭を必死に巡らせる。
エドワードは亡くなるとき、なんと言っていた?
確か、娘達をよろしく、と言っていた。
——商会はクラリスの未来の夫に任せればなんとなるから、と。
ベリンナは、それを笑顔で受け入れたふりをしながら、内心思っていたのだ。
なぜ、クラリスの夫にすべてを渡さねばならないのかと。
「だ、だって、コーネリアスは、なにも……」
「クラリスが結婚したことを、商会に報告していないんじゃないの」
「……」
「じゃあ、親戚の私が知らないんだから、知るわけないでしょう! クラリスはいつ、結婚したのよ」
「い、一年、前……」
「一年!? 結婚式はいつ!? 私、呼ばれてないわよ!?」
「し、していないわ」
ベリンナの答えに、カリナはぽかんとした表情を見せた。
「……伯爵家が相手なのに? ちょっと、クラリスは本当に、ハワード伯爵家に嫁いだの!?」
怒気を吹き飛ばすほどに驚いているカリナに、ベリンナはハッとする。
そういえば、クラリスがたどり着いたという手紙すら、ハワード伯爵家からは届いていない。
本当に、クラリスは、結婚したのだろうか。
もしかして、ハワード伯爵家に騙されたのでは?
嫁入りの支度金をくすねておきながら、ベリンナは身勝手にも、ハワード伯爵家に疑いをかける。
「とにかく、クラリスが嫁いだって噂が蔓延してるのよ。この家が、子爵家を継ぐつもりがないって噂がね!」
「まさか!」
「いいから、クラリスのサインをもらってきて。でなければ、子爵位の申請は、一からやり直しよ。審査が厳しくなる。……昨今の事情を考えると、本当に商会を運営している者が、子爵位を……場合によっては、男爵位をもらえるかどうかってところでしょうね」
要するに、現状、子爵になる可能性を持つのは、コーネリアスということだ。
彼が、今のクラッセン商会を経営している。
ベリンナは、家に居て、社交界に出て、貴族や大商人と挨拶をしていただけだ。
コーネリアスは確か先日、爵位がないと仕事がしづらいので、男爵位を申請して賜った言っていた。
子爵位の申請をしたら、おそらく通ることだろう。
そして、彼は四十歳で、妻も子も居る。
エアリーと結婚する可能性がない人物であることは、誰の目にもわかる。
その上で、コーネリアスがクラッセン商会を引き継ぐと、世間は思い始めているのだ。
亡きエドワードの子爵位を継ぐ話が浮上しないうちに、クラリスが、家を出たから!
「子爵家の親戚じゃないとなると、うちの商売にも影響が出るの。クラッセン子爵家を途絶えさせたくないなら、クラリスのサインをもらってきて。成功したら、あんたは私に恩義があるんだから、うちの商売に投資しなさいよ!」
吐き捨てるようにして、カリナは去っていった。
夜会の誘いが減ってきた理由がわかった。
夜会で、貴族達はベリンナ達に、次の子爵は誰なのかを聞いてくることが多かった。
そのたびに、ベリンナ達は、エアリーの夫となるものにぜひ、と返していた。
エドワードの血をひかない三人が、自分達の婿に爵位を継がせると夢を語り、その割に、商会の経営の話を振っても、まともに返事をできない。
彼女達の夢を承諾する権利を持つクラリスは、遠くに嫁いでしまっていると噂になっている。
だから、ベリンナ達は軽んじられたのだ。
夢見がちで頭がからっぽな、男爵令嬢上がりの一家として!
(許せない……)
陰でそのように、ベリンナ達を見下げていたなんて、とても許しがたいことだ。
ふつふつと湧いてくる怒りに顔をゆがめたベリンナは、次いで、焦りを感じる。
これから、どうすればいい。
コーネリアスに相談はできない。
彼は、今の話を聞いたら、すぐさま子爵位の申請をすることだろう。
申請にどんな手続きが必要なのか、ベリンナは知らないが、その申請が通ってしまったら、彼女達はおしまいだ。
とにかく、クラリスを取り戻すことが先決である。
いや、サインだけでもいい。
継承の手続きの書類に、サインをさせることができたなら。
(いえ、それにしても、一度顔を見る必要があるわ)
手紙だけで、クラリスにサインをさせるのは、きっと難しい。
顔を見て、その場でサインをさせる必要がある。
ベリンナは、居間に戻り、ソファに座ってクッキーをかじっている娘二人に告げた。
「ハワード伯爵家に行くわ」
「えっ!?」
「……いいと思うわ、お母さま」
「えっ、クリスティナ!?」
同意したクリスティナに、エアリーは驚きの声を上げ、ベリンナも目を丸くする。
「ハワード伯爵家は、クラリスなんかにはもったいないもの。クラリスとは離婚してもらって、代わりに嫁ぐわ」
「あなた、寒いところはいやだって言ってたじゃない」
「最近、手紙のやり取りも途絶えて、他に男が居ないのよ! 代筆屋が手を抜いているんだわ。手紙なんか、クラリスにだって書けるのに!」
憤慨しているクリスティナに、ベリンナはにやりと頬を緩める。
「……あなた、ハロルド=ハワードを落とせるの?」
「できるわよ。だってあの男、手紙の内容を見るに、私にベタぼれだったじゃない」
「そうね。……あとから間違いに気が付いたって、真摯にお願いすれば、あんなボロキレみたいな娘より、あなたを選ぶはずよね……」
そうして、クラリスがこの家に帰ってくれば、こちらのものだ。
いつもどおりこき使って心を折って、契約書を書かせて、ベリンナかエアリーにエドワードの子爵位を継がせたら、追い出してしまえばいい。
「そうと決まったら、準備をしないとね」
そして、ベリンナは手紙を書いた。
代筆ではなく、直筆だ。
あまり美しくないその筆で伝えたのは、緊急の話があるため、会いに行くという、一点のみだ。
下手に詳しく書かず、ハワード伯爵家に突撃し、半月かけての旅路を乗り越えてきたことを盾に、面会を要求するのだ。
(私の子爵代理印が有効なうちに、なんとかしなければ)
こうして、ベリンナとクリスティナは、クラリスの居ないハワード伯爵家に向かうことにしたのである。
モンスター(実家)とモンスター(婚家)がぶつかりあう……。








