ティリアンの画帳 1
「こんにちは、公爵様」
「ああ。よく来たな」
今日通されたのは、いつもの執務室とは違い、階段をのぼったところにある別の部屋だった。
このあいだ入れてもらった図書室のように広くてたくさんの本があるわけではないが、壁の2面が本棚になっていて、ずらりと本が並んでいる。
「ここはなんていう部屋?」
「書斎と呼んでいる部屋だ」
「書斎か。図書室とどう違うの?」
「ああ……あまり考えたこともなかったが、そうだな……」
正面にある窓の前に置かれた大きな書き物机の前に座っていたティリアンは、そんなことは初めて考えたとでも言いたげに言葉を切った。
「純粋に本を所蔵して読むための場所が図書室で、こちらは……本を読みながらのんびりしたり、客人を招いてささやかなサロンを開いたり、あるいは書き物をしたり……もう少し自由に使う部屋といったところだ」
「なるほど、図書室と執務室のあいだみたいな感じ?」
「そうだな、それにさらに客間の要素も混じるかもしれない。王都にいるときは、父はたいていここで友人たちと語らっていたものだ。使いやすい広さの客間が母の客によく占領されていたせいもあるが、ここが落ち着いたのだろうな」
「へええ、おもしろいね」
興味深くまわりを見回す。確かに、本だけでなく装飾品もそれなりに置かれていたり、座り心地のいい長椅子や肘掛け椅子などが具合よく配置されていたりと、気心の知れた友人たちと談笑するのにちょうどよさそうな雰囲気のある部屋だった。
「公爵様はどんなふうに使い分けてるの? 今日はどうして執務室じゃないの?」
「君は質問ばかりだな」
苦笑したティリアンは、それでも律儀に答えてくれた。
「執務室は仕事のために使っている。秘書が来る日は必ずそちらにいるが、今日は秘書の来る日ではないからこの部屋にいた。少し、見たいと思うものがあって」
「ふうん……」
何気なくティリアンの手もとに目を落として驚く。机の上に置かれていたのはスケッチだった。画帳にどこかの景色が描かれている。
「それ、何?」
「……私が以前に描いたスケッチだ」
ティリアンは諦めたように笑い、ルーシェにその画帳を渡してくれた。
「君のことだからどうせ見たいというのだろう。ほら」
「ありがとう!」
「そこに座って見るといい。すぐにお茶も来るだろう」
「ありがとう……では、お言葉に甘えて、見せてもらうね」
ルーシェは来客用の長椅子に腰を下ろし、画帳を膝の上に置いて、わくわくと見入った。ゆるやかな起伏のある平地に、何かの建物らしきものと、小さな人影が数人、描かれている。
どこの絵なのか質問しようとしたところでちょうど女性使用人のティナがお茶の用意を持って部屋に入ってきた。聞くのは後回しにすることにして、ぱらぱらとほかのページもめくってみる。
たいていはどれも鉛筆で描かれたとおぼしき風景のスケッチで、ルーシェの知らない場所ばかりだった。ふたりほど、人物のスケッチが混じっている。中年の男性だ。いずれも軍服を着て、穏やかな表情をしていた。
「これって、もしかして、軍にいた頃に描いてたの?」
紅茶を淹れ、茶器をローテーブルに置いていったティナがいなくなると、ルーシェはさっそく聞いてみた。
書き物机の椅子から立ち上がりこちらにやってきたティリアンが「ああ」とうなずく。ルーシェの向かいに腰を下ろし、「ハーディスにうっかり口を滑らせてしまったのだ」と苦笑した。
「何を?」
「軍にいた頃も絵を描いていたのかと問われて……描いていたと言ったら、見せろ見せろとうるさくてな」
「だから諦めて見せることにしたの?」
「そうだ。あいつにはエレナがずいぶん世話になっているから、こういうときの我儘を断りにくい」
エレナというと、ティリアンの下の妹の名前だったはずだ。ふうん、とルーシェリアは首をかしげた。
「エレナ様って、伯爵様と仲がいいの?」
「ああ。ハーディスは一人っ子だったから、もともと私たちきょうだいとよく遊んでいた。私が軍に入って家を離れてからは、伯母上ともどもずいぶんエレナを気遣ってくれていたようだ」
「そっか。妹さんが大きくなってからも?」
「ああ。エレナが社交界にデビューしたときはもう父も母もいなかったから、社交嫌いだった兄の代わりにふたりが親身に面倒を見てくれたらしい。エレナにとってはもうひとりの母親と兄のような感じだろう」
「なるほど」
うなずいて、また絵に視線を戻す。




