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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
プロローグ

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プロローグ

 ルーシェリアが呼び出された居酒屋に、その客はもう先に来ていた。


 貧民街である南街区の北の端にある、賑やかだが庶民的でいかにも安っぽい雰囲気の店。壁につけられた燭台にともる蝋燭の明かりに照らされた店の中は夕食どきらしくにぎわっていて、客たちの話し声と料理の匂い、安煙草の煙で満ちている。


 そんな店の中で、隅のテーブルにいる彼は恐ろしく目立っていて場違いだった。衣服からして、黒い上着に白いシャツ、黒いトラウザーズ、黒革の膝丈ブーツと、色だけ見れば地味なのに、いかにも上質そうな生地と仕立てのせいで、まったく周囲に溶け込めていない。店内の客もちらちらと彼を気にしている。 

何よりも目立つのはすらりとした長身と際立った美貌だ。そして隠しようもない気品と威厳。この青年が北街区に住む貴族であることは一目瞭然だった。


(研ぎ澄まされた刃みたいな男だな)


 ルーシェリアは、彼の座るテーブルにわざとゆっくり近づきながら、自分を呼び出した相手を検分した。


 椅子に座ってはいても、細身だがよく鍛えられた身体をしていることが見てとれる。背すじがぴしりと伸びていて、まるで軍人のようだ。まとう雰囲気もまた軍人のようで、その冷ややかな隙のなさが、驚くほど美しく整った顔立ちをさらに近づきがたく見せている。


(外見的な特徴は……黒髪に濃い青の瞳、長身。年齢は30歳前後ってところか)


 背格好や顔立ちはいま仕事を請け負っている依頼人に妙によく似ているが、目の前にいるこちらのほうがずっと雰囲気が鋭い。この店にいると、さながら鳩の群れに混じった鷹のようだった。


「情報屋のフォート兄弟か?」


 テーブルの反対側に立ったルーシェリアにその客は落ち着いた低い声で尋ねてきた。ルーシェリアはうなずく。

「ああ、僕は弟のルーシェ・フォートだ」


 自分が相手を観察しているように、相手も自分を観察していることは分かっていた。鋭利な光をたたえた群青色の双眸がまっすぐにこちらを見つめている。


 相手の群青色の目にうつる自分は、16歳の少女ではなく、ぶかぶかの帽子と明らかに大きすぎる男ものの服を身につけた、13、4歳ほどの痩せた小柄な少年のはずだ。淡い金色の髪は(すす)で汚して帽子に押し込んであるし、青い瞳と顔の上半分は長い前髪と大きな帽子のつばにほとんど隠れている。

 ひとは自分が見たいように相手を見る、とよく兄が言っているが、今の姿の自分は貧民街のどこにでもいる粗末な身なりの少年に過ぎず、この相手もまた自分をそう判断したことが感じ取れた。


「ひとりか? 兄のほうは?」


「兄さんのリドリーは別の仕事だよ。貧乏暇なしってやつでね。で、何の用? 仕事の依頼?」


「……まあ、座れ。何か飲むか」


「いや、いらない」


 ルーシェリアは飲み物を断って円卓の反対側に腰を下ろした。客の前にはジョッキが置かれている。この店の名物である自家製エールだろう。


 ふたりは用心深く見つめ合った。しばしの沈黙が流れる。用事があるのは相手のはずなので、ルーシェリアは黙って相手の出方を待った。


 客はやがて咳払いをして、口をひらいた。


「そなたたちから情報を買いたい」


「ああ。何について?」


「そなたたちの、依頼人について」


「……は?」


 ルーシェリアは目をすがめた。それに気づかず、客は話を続ける。


「いま、そなたたちはパーセル伯爵ハーディス・レイノルズの依頼を受けているだろう。それについて教えてくれ。どんなことを調べているのか、どこまで調査が進んでいるのか」


「……」


 ルーシェリアが返事をしないことをどう解釈したのか、彼は(ふところ)から小さな茶色の巾着を取り出した。


「もちろん報酬ははずむ。あいつから貰える額よりずっと多いはずだ。そちらにも満足のいく話だと思うのだが」


 彼はその巾着を手に載せて少し揺らしてみせた。硬貨がぶつかって立てる音がかすかに聞こえる。それからそれを円卓の上にぽとりと落とした。切れ長の瞳がじっとルーシェリアを見つめている。その口調も視線も、相手が自分の申し出を断る可能性など考えてもいない、いかにも貴族階級の人間らしいものだった。


 ルーシェリアは立ち上がり、そちらに手を伸ばした。


「おっと、報酬を渡す前に話を――」


「馬鹿にするな!」


 ルーシェリアがつかんだのは金の入った巾着ではなく、その横の、彼が飲んでいたエールのジョッキだ。まだあらかた残っていたその中身を、ルーシェリアは勢いよく相手にぶちまけた。がやがやとしていた店内が水を打ったように静まりかえる。客たちが目を()いてこちらを見ているが、ルーシェリアは気にしなかった。


「お貴族様にいくら金を積まれたって、依頼人の情報を漏らしたりするもんか! 貧民街の薄汚いネズミでも、筋を通すってことくらいは知ってるんだ!」


「……っ」


 正面からエールを浴びて一瞬呆然としたその男は、すぐに我に返り怒りをにじませた表情で立ち上がった。こちらに足を踏み出した相手に向けて、ルーシェリアは足止めのためにテーブルをひっくり返す。ガターンと派手な音が響いた。


「あばよ、おととい来やがれ!」


 そう叫んで扉に走る。身体ごとぶつかるように木の扉を押し開けて外に出た。そのまま走って細い路地に入り、土地勘のない相手が追ってこられないであろう進路を選んで貧民街の奥へと走っていく。


 しばらく走ったあと、ルーシェリアはもう十分だろうと判断して足を止めた。壁にもたれて少し休んでから、今度は普通に歩き出した。4月になって急に春らしさを増したあたたかい日暮れどきの風が、頬のほてりを心地よく冷ましてくれる。それとともに頭のほうも冷えてきて、ルーシェリアは小さくため息をついた。


「あーあ、新しい仕事だと思ったのになあ」


 あの巾着の中身を、正当な仕事の対価として貰えるのなら、どんなによかったか。卑怯な裏切りの報酬ではなく。


 もちろんルーシェリアとて、そうやって世間を泳いでいる情報屋も多いことは知っている。だがそういうやり方は、利益も大きいかもしれないが危険も大きいのだ。信用をなくしかねないだけでなく、余計な恨みをかって命を狙われることもある。兄のリドリーはそのような危険は冒さないことにしていて、ルーシェリアもその姿勢に賛成していた。だから、あの申し出を蹴ったことに後悔はないのだが。


「……でも、仕事、欲しい……」


 リドリーが半年ほど前に所帯を持って以来、ルーシェリアはひとりで暮らすようになっている。リドリーのほうも結婚したのだからいずれ子供ができることもあるだろう。兄夫婦も自分も、どうしたってこれまでより金がかかるのだ。もっと稼ぎたいというのは切実な願いだった。


「……とりあえず、歩くか。情報は足で稼げ、って言うもんね。適当に話を聞いて回ろう」


 ルーシェリアは新しい情報を求め、ごみごみとした街を歩き出した。


読んでくださってありがとうございます。

いささか長い物語になりますが、完結までちゃんと更新しますので、のんびりお付き合いいただければ嬉しいです。

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