第65話 ワルいお誘い
「お泊り会……楽しかった……!」
「それは良かったな、ころね」
「もっと黄色い女の子と話したかったけど、ころね……緊張してうまく話しかけられなかった……」
「そうか。……また会えた時に話してみるといい。きっと奴なら嫌だとは言わないだろうさ」
ころねとボスの会話が前から聞こえてくる。対してウチと大上先輩は静かだ。いつもなら大上先輩がうざいほど絡んでくるのに、今日はウチを気遣っているのか、話しかけてこない。ウチも、いつもみたいな軽口がなぜか浮かんでこなくて、黙り込んでしまっている。
「アタシも楽しかったよ、李依奈様」
突然、大上先輩に話しかけられて心臓が跳ねる。
「……そうね」
平然を装うつもりで冷たい言い方になってしまった。大上先輩はいつものことだと流しているようでまったく気にしないで会話を続けて来る。
「家族仲が良いというのは、良いものだね」
大上先輩が呟いた。
いつもとは違うトーンに思わず大上先輩の顔を見る。横顔が日の光に照らされて眩しい。モデルをしているだけあって、相変わらずどこから見ても顔が整っている。けれど、いつも自信満々なその顔は、今は少しだけ影が差しているような気がした。
こういう時、相手になんて言葉を掛けたらいいのかウチには分からない。言葉が見つけられなくて黙り込んでしまう。踏み込んでいいのか、流すべきなのかすら、うちには判別がつかない。
前の二人の親子みたいな会話をBGMに聞きながら、ウチらはなぜか黙って歩いていた。
「李依奈お姉ちゃん、またお泊り会……したいな」
「またこのようなお泊り会を開くのも悪くないな」
「何でもいいけど、気を付けて帰ってね」
「うん。……李依奈お姉ちゃん、またね」
アジトに着いて、ころねとボスがウチに手を振って帰路についた。……ころねの笑顔、久しぶりに見た気がする。気のせいかもしれないけど。
「で、大上先輩はいつ帰るんですか?」
「やだなぁ、李依奈様。アタシが李依奈様を送らなかったら、誰が送るんだい?」
「……ホント、キザですね」
「誉め言葉として受け取ろう」
相変わらずブレないな、大上先輩は。
「せっかくウチが見送ってあげるって言ってるんだから、犬らしく言うことを聞いておけばいいのに」
「少しでも李依奈様と一緒にいられるためには努力を惜しまないさ」
「……ちょっと黙ってて」
ウチは家に向かう。どうせ来るなって言っても大上先輩は来るんだ。ちらっと後ろを振り返る。
「? どうかしたかい、李依奈様」
「んーん、何でもない」
ほら、やっぱりついてきている。大上先輩はウチを一人にしないんだ。――あ~あ、心臓がうるさいな。
「李依奈様、イライラしてる?」
「してる。話し掛けてこないで」
「これは手厳しい」
言葉では言うほど思ってないくせに。今なんか、笑みだって浮かべて余裕そうだ。
ウチは見ないふりをしながら家へ急いで歩いた。ああ、落ち着かない。この時間が早く終わってほしいのに、心のどこかで終わってほしくない自分がいることに腹が立つ。
自分がどうなってしまったのか、分からないほど鈍感じゃない。けど、ウチは認めたくないから、気づかないふりをする。
早足で歩けば家が見えて来た。まだ玄関先に立っていた怜奈がウチらに気付く。
「あれ、大上さん……? 姉さんが見送りに行ったんじゃないの?」
「そのつもりだったんだけど、大上先輩がウチを家に送りたいって聞かないのよね」
「当たり前だよ。アタシは李依奈様の手を煩わせたいんじゃなくて、李依奈様の役に立ちたいだけなのさ」
「……そう。本当に好かれているのね。姉さんは」
まるで自分は違うと、怜奈から言外に言われている気がした。怜奈が誰との関係を、ウチと大上先輩に重ねているかは明白だ。
「怜奈だって好かれたいんでしょ?」
怜奈はすぐには答えない。妹は、頭が良いからその分きっといろいろ考えるんだ。だからいらないことまで考えちゃう。いろいろ考えるのはいいことだけど、それで何もしないんだったら、何もしていないのと一緒だ。
ウチだったら欲しいものに遠慮しない。奪うくらいの気持ちで行く。だって、好きな人なら一緒にいたいに決まってるじゃん。……まだ、恋とかしたことないから分かんないけど。
「ていうか、姉さんには関係ないじゃん」
「おや、姉妹喧嘩に水を差すのも悪いからアタシは帰ろうかな」
「ちょっと、待ってよ!」
大上先輩の袖を掴む。大上先輩は驚いたように目を見開いてウチを見た。そりゃそうだ。今まで殴る蹴る叩くとか以外でウチから大上先輩に触れたことなんてなかったんだから。
名前を呼んで引き留めるだけで大上先輩なら立ち止まってくれる。なんでウチ、わざわざ袖なんか引っ張った?
「どうした、李依奈様?」
「いや、えっと……」
「姉さん?」
怜奈が不思議そうに顔を覗き込んでくる。そうだ、今は妹の前だ。自分の気持ちに翻弄されている場合じゃない。
ウチはふうっと息を吐いて気持ちを切り替える。怜奈には、伝えたいことがあるのだ。
「怜奈、セーフクっていうところに一緒に行こうよ」
「セーフク……?」
怜奈の目が細くなる。怪しいところだと疑われているのだろうが、ウチは構わずに笑みを浮かべて頷いた。
「セーフクは、鬱憤を晴らすのにぴったりなの。怜奈。……その気持ち、捨てるくらいなら、使っちゃおうよ」
怜奈が唾を飲む音が聞こえた。くだらないと一蹴されるかと思ったけど、意外にも怜奈は真面目に検討してくれている。――いいね、その顔。怜奈の追い詰められた顔、一回見てみたいと思ってたんだ。
少しの間の後、怜奈が口を開いた。
「……行く。私もセーフクって場所に行きたい、姉さん」
「よし、決まり! それじゃあ、怜奈。今度一緒にセーフクに行こうね」
思い通りに事が運んでいる。ウチは思わず口角があがった。
9章については、大変申し訳ありませんが、更新までしばらくお時間をいただきます。




