私の記憶のカレイドスコープ
のぞみさんのアパートは私とまーちゃんが居候していた場所だ。
のぞみさんは大学の学費を払えなくて、仕方なく風俗を始めたんだけど、ホスト狂いになり、滅多に家に帰ってこなくなった。
セックスの腕を磨いて、推しのホストをNo.1にするついでに、自分から離れられないようにするんだって意気込んでたよ。
だから、実質、私とまーちゃんの二人暮らしだったし、のぞみさんは大人気の風俗嬢になった。
オリくんが再現した私の記憶は、私とまーちゃんが見様見真似でプリンを作っているところだった。
「まーちゃん! きれい! 素敵!」
もちろん、私の声は記憶のまーちゃんに届かないけれど、その美しさには声を上げずにはいられない。
「僕には、化粧が濃い百八十五センチの大女にしか見えないけれどな」
「お前の目玉はフシアナかよ! まーちゃんは心も体もきれいなの! いつも美容に気を使ってるから、体の内側もきれいなの!」
「そうかな?」
まーちゃんと記憶の私は、どんぶりに卵と牛乳を入れて、混ぜ合わせた。
まーちゃんがピンク色の大きな口を開けて、
『ここで、致死量の砂糖を入れます。スプーンは?』
『どこだろ』
『まあ、良いや』
そう言って、素手で砂糖を鷲づかみにし、ドバドバと白い砂糖を入れだした。
周りにも砂糖が散らばり、牛乳が飛び散る。
「汚いよ」
「衛生観念がない前時代みたいな世界の人間が言うな」
「そうだけどさ、なんぼなんだって、ここまで汚く料理作らないと思うんだ。僕、王様だから厨房で料理がどう作られてるかはこれっぽちも知らないけれど」
二人は笑い合いながら、
『入れ過ぎだよ、まーちゃん!』
『大丈夫。入れれば入れるほどおいしくなるから!』
『カロリーやばっ!』
『火を通すから、カロリーゼロっしょ!』
まーちゃんの低い声が耳に心地いい。癒やしのサウンドだ。
「いや、かなり騒がしいよ。癒やしとは程遠いよ。声もでかいし、迷惑寄りだよ」
「そこがいいの!」
『きららん! お湯湧いた』
『すっごくボコボコしてるよ! 地獄みたい』
『よっしゃ、おっけ。入れるべ』
『沸騰してるのに入れちゃ駄目くさいよ』
『なんで?』
『わかんない』
『じゃあ、いいじゃん。もうこの湯は止められねーんだよ』
『あー、入れたー』
「火を弱めるだけで良かったんだよ」
「火? 弱める?」
「今度、ガスコンロの使い方を教えてあげるよ」
「異世界人に教えてもらう筋合いはない」
「でも、僕のほうが君の記憶から得た知識を有効活用できる自信ある」
『あとは茹で終わりを待つだけだー』
『茹でてないじゃん』
「じゃあ、なんて言うのさ』
『わかんない』
「蒸しあがりじゃないかな」
「虫?」
「きららちゃんは地球の最低限の知識の活用もおぼつかないよね」
「ふざけんな。最低保証の知識はあるから」
「シモネタとか図書館で読んだ本メインでね。でも、それって、実生活でびっくりするくらい役に立たないやつだよ。衛生観念が低い異世界人の僕でもわかるよ」
二人は床に座って、ポテチを食べて話をしながら、プリンの完成を待っている。
私も床に座った。
オリくんは隣に座った。
私たちは二人の会話を眺め続けた。
あまりにも、他愛のない世間話や際どい下ネタが続く。
プリンができたっぽいと判断した二人は鍋の蓋を開けて、声を開けた。
『やっだー! 何これー』
鍋から出てきたのは、ボコボコの見ためのプリン。
二人はプリンを食べて、
『ボソボソ! 甘すぎ!』
『砂糖入れすぎたから』
『違う違う! ボコボコのせいで甘くなりすぎたの! 絶対、あたしのせいじゃないから』
『アハハハ』
『ちょっとあんた、それ食べてんの! もうやめな、体に悪いから』
『だってー』
『だってーじゃないって。キャハハ』
「だって、まーちゃんが作ったもの残したくないじゃん」
私は小さく呟いた。
でも、まーちゃんに取り上げられて捨てられちゃった。
その捨てられたプリンは、私にとってはトパーズのように輝いて見えていたし、今でも見えてるよ。
「人生RTA阻止したまーちゃんはナイスだよ」
オリくんが言った。
二人は部屋を出ていった。
コンビニにプリンを買いに行ったんだ。
私には二人がまるで万華鏡のようにキラキラと輝いて見えた。
二人が消えた部屋は、輝きがなくなり、物が散らかる雑多な場所となって、妙に寒々しかった。
オリくんが、
「戻ったら、一緒にプリンを作ろうよ」
「なんで? 私が、あんたと?」
「僕が、君と、作りたいからだよ」
「じゃあ、帰ってから、命令すれば? 命令通りに動くから」
「あのさ、君が何かの拍子で地球に戻った時、まーちゃんにおいしいプリンを作ってあげられるよ? それって、すごく大事なことじゃないかな」
「それはそう」
「じゃあ、決まりだ。戻ろう」




