私とまーちゃんの最後の思い出
まーちゃんへ
いきなり、私の目の前に、コンクリートの町並みが広がったんだけど! すっごい!
天までそびえるビルが連なり、懐かしい風景が広がる。
「うわ。マジか。本物みたい」
「幻だよ」
「知ってる」
私の横に立っているのは、白い肌にタレ目な緑色の瞳、くせ毛混じりの黒髪のスマートな二十歳前後の男だった。
「僕は二十歳だよ。前後じゃなくて丁度だよ」
優しそうな顔をしているけれど、随分と疲れてそう。
たまにくるおじさんで、これくらい疲れてる人いたな。
「僕を、君の客のおじさんと一緒にしないでよ」
「でも、あんたの世界だと、二十歳ってもうおじさんと同じくらいに劣化してるんじゃないの?」
「いや、違うね」
すごくムキになって否定した。
おじさん扱いは嫌なんだ。
「当然だろ。僕は若いんだから」
「あ、そう。えっと、名前……なんだっけ」
「オリヴィエだよ」
「じゃあ、オリくんだ。あ、年上だからオリさんか」
「オリくんのほうがいいな」
私は町を見回しながら、歩き出す。
「なんかのぞみさんのアパートって言ってなかった?」
「君の強い思いに引っ張られて、僕が再現したい記憶を再現できなかったんだ」
途中、ガラスに写った私の姿は、きららのものだった。
中肉中背の黒髪のロングヘア。
髪の毛、染めたかったんだけど、染料剤がどうしても肌に合わなくてさ。
「君は黒髪のほうが可愛いよ。僕とおそろいだし」
「一緒にすんな、チンゲヘア」
「そこまで、もしゃもしゃしてないよ」
オリくんが顔を曇らせながら、
「ねえ、本当にその先に行くのかい?」
「そうだよ。だって、ちゃんと見たいじゃん」
私はオリくんの顔を見て、ハッキリと言った。
「まーちゃんが私を突き落としたビル」
オリくんは困ったように、
「変わってるよね、君は」
「だって、どんなことが起きたとしても、まーちゃんとの大切な思い出の場所だもん」
テンション上がる。
「まーちゃんは今頃、何してるのかな。大好きな男性と幸せになったかな」
まーちゃん、お嫁さんになりたいっていつも言ってたんだよね。
「普通は捕まって、刑務所に入るんじゃないかな。初犯だから、死刑はないだろうから、出所はしてるかもね」
「ッザケンな! 事故に決まってんだろ! まーちゃんが犯罪者になるわけないじゃん!」
「君を突き落とした時点で、なってるよ」
「あんたの世界ではそうかもね! でも、突き落とされた私が、事故だって言ってるんだから、事故です!」
私、頭が熱くなってきた。
なんで、こいつは人の神経逆撫でするこというんだろ。
「僕は、君の知識から得た地球の日本国の常識を言っただけだよ」
オリくんは諭すように、
「君は、まーちゃんに突き落とされて、異世界に転生して、不幸な人生を歩んだんだよ。それって、まーちゃんのせいじゃないの?」
「でもさ、まーちゃんに突き落とされなくても、まーちゃんがいなくなった時点で、私の不幸は変わらないし。まーちゃんと出会う前の私の人生だって親に殴られたり、養父に犯されそうになったりしてちゃんと不幸だったよ」
「そうだけどさ。生きてちゃんと成人したら、少しはなんとかなったんじゃないかなと思うんだよ」
「それは、きっとそう」
私は頷いたけれど、異世界に転生したのは地球より不幸だとは思わない。
「それに、奴隷とか人質とか言われても、そっちの世界のほうが水は自由に飲めたし、いもも食べさせてもらえたし、私を犯そうとする男もいなかったから待遇悪くなかったよ。奴隷だから、殴られるのは当たり前だって納得できたし」
地球の子ども時代のほうがもっとお腹空いてたんだよ。学校給食がなかったら、私は飢え死にしていたよ。夏休みや冬休みは地獄すぎた。
地球だと、子どもは殴っちゃ駄目なものだったのに、自分はいつも殴られているから、いつもどうしてこんな目に遭うんだろうって泣いてたんだよ。
でも、異世界に生まれてからは、「ああ、こんなもんか」って思いながら暮らしてた。理不尽な思いを抱かなくて済んだんだ。
オリくんが、
「でも、アニエラとしての君の心身は思っている以上にダメージを受けてるよ。アニエラの調子が悪い時は、うまく話ができないし」
「だとしてもだよ。どうでもいいじゃんか。私なんかが死のうが、どうなろうが、誰も気にしないし」
オリくんは不貞腐れたように、
「僕はどうでも良くないし、気にするよ」
「ハハハ。女とタダでヤリたい男って、皆、そう言うよね。はいはい」
オリくんはそれから、しばらくは不貞腐れた表情をしていた。
たとえ、そういう気持ちがなかったとしても、私の目の前に現れた男たちは全員がそうだった。
たとえ、相手が幼女だろうが、骨皮だろうが、世の中には穴さえあればいいという男がいるのだ。
例のビルに辿り着いた。
「うわあ」
私はビルを見上げながら思わず、喜びで声を上げた。
オリくんも見上げながら、
「普通は喜ぶ要素ゼロだよ」
十階建ての雑居ビル。
ここがまーちゃんが初めて人を突き落としたビル……。
感慨深い。
ああ、感動。
夜にね、ショックで錯乱したまーちゃんに、「一緒に死んでって!」て言われて、突き落とされたんだ。
私の最期の記憶はまーちゃんが、落ちていく私を驚いて見てる表情。で、ビルの柵の奥に引っ込んだの。
だから、私の後を追わなかったのは確定してる。
まーちゃんの初めてになれて嬉しい。
「それ、絶対、言うシチュエーション違うよ」
私はまーちゃんの初めてを堪能したところで、オリくんに向き直った。
「で、あんたが再現したい記憶って何?」
「今、見せるよ」
オリくんがそう言うと、また風景が変わった。




