11 酔っ払いと喧嘩
可愛い天使を逃さないため、僕は彼女の家族に接触を試みた。外堀を埋めたかったのだ。
出張の帰り際に彼女の故郷の村に向かった。この村の調査書には、特に代わり映えしない村、とのことだったが、僕には全員が全員貧しそうに見えた。
僕は都市生まれ都市育ち、都市ダンジョンの冒険者向けの武器屋なのだ。村民の普通を知らない。
村に着いてから、彼女の家族に会うまではそうかからなかった。話に違わず、剛力の長男、働き者の長女、知恵が回る次男、華のある三女だった。彼らは当初僕に警戒していたが、彼女の話をすると次第に気を緩ませた。
最初は警戒心が強いのに、解けばとても懐いてくれる。そういう点で、彼らは彼女とよく似ていた。安くて酔える酒が入れば、より一層口が回る。
「つまり、村長の息子が、娘たちを一人嫁に欲しい、と?」
彼らに聞いた話は、事前の調べ通りだった。村長の息子が彼女の家族の娘を欲しがっていること。両親と兄たちがそれを断った腹いせに、他の村民よりも重税をかけられるようになったこと。ゆえに、抵抗できないほど貧しい生活を強いられるようになったこと。
娘たちには紛争のせいだと言っていたが、長女は顔が広いため村長の息子の狙いを知って避けており、三女は村長の息子からの誘いを好みじゃないと一蹴し、残るターゲットは二女の彼女だけだったとか。
ゾッとした。きっと彼女がこの村に居続けていたら、迷いなく好きでもない村長の息子と結婚しただろう。自らを娼館に投げ売ってしまう人なのだ、簡単に想像できてしまう。
愛しの彼女のためにも、彼女の家族に都市への移住を提案した。結果は聞くまでもなく賛。だと思って、すでに手配済みである。
村長の息子は知らないが、僕はこの地の領主とコネがある。というのも、僕の住む都市とこの村は同じ領主で、その領主は市長であり、父の友人でもあるのだ。市長の協力を得て戸籍、租税等々の手続きを完了させ、彼らをこの都市に移住させるのに、そう時間はかからなかった。
長男は力のある人間なので馬が合いそうな冒険者と引き合わせ、長女は社会性に長けているので得意先の商業人に紹介した。次男は手先が器用で賢そうだから使用人として友人の家を紹介し、三女と両親は僕の店で働くことになった。
年上三人には自立的な生活への助力をし、妹と両親は安全な僕の管理下に配置したのである。
そのうち食事会でも開こうか。彼女は驚くだろうか。きっと驚く様も可愛らしいんだろう。
と、ニヤニヤ考えていたのに、
「え、逃げようとしてた?」
「はい。裏庭を時間をかけて見て回った点からも、間違いないと思います。ちょうど買い出しに行く使用人とも鉢合わせてしまったので、裏口の場所も察してしまったかと」
「ふうん」
彼女が世話係と庭を散策したのは僕の出張中。彼女が僕に心を開いたのは僕の出張後である。その間に彼女が心を替えた可能性もなくはない、が。
「旦那様、以前お話したことはお考えになりました?」
「保険はかけておいたよ、一応ね」
僕は肘をついて家政の報告書をぺらりと手に持ち、「では、失礼します」と出ていく世話係を静かに見送った。
まぁ、いいか。どうせ、彼女が帰る場所はもうなくしたのだ。
戦地の状況は、出張中に女スパイが報告に来た。南東部は当国の勝利で終わり、今は敵方の本拠地南部を中心に激戦が広がっているものの、もう敵方は風前の灯だとか。
紛争特需が終わりを迎える。その前にもう少し宝石商事業を広げられないか。国の騎士団との関わりが強い今なら、王侯貴族にも名を売るチャンスである。
となれば、次に女スパイを差し向ける場所は……。相談のため僕は女スパイを探しに出た。
あの女は任務外では、男と寝るか酒を飲むかしかしていない。なので適当にダイニングに行ってみたら、案の定かすかに人の声が聴こえてきた。
「……それはあんたが煽ったからでしょ!」
「バカとは会話するのも一苦労ですね。飲ませたのはお前でしょう」
「わたくしはグラスを用意しただけで、ご主人様!」
僕はまだダイニングにすら入ってないのに、女スパイに察知された。足音で人を判別するの、やめてほしい。こっちがびっくりする。
中に入ったら、女スパイに、珍しく世話係もいて、そして愛しの人がテーブルにペターっと顔を伏せていた。意外なメンツだ。
「どうしたの。ねえ、ここで寝たら風邪引くよ」
ぐったりしている彼女の背中を擦る。寝ているならキスでもしようかとこっちを向かせたら、彼女からほんのりお酒の匂いが漂ってきた。
「……え?」
「ババアが悪いです、旦那様。解雇しましょう」
「ご主人様、この小僧こそクビですわ、クビ!」
僕は何も言ってないのに、姉弟揃って何か言い始めた。
彼女の横の席に座って脚を組んだところで、僕はテーブルにある大量の酒瓶とおつまみに気が付いた。三本のグラスと大量のワインボトルに、ナッツやチーズまで。これはだいぶ盛り上がっていたようだ。
大体の察しはついたが、一応弁解も聞いておこうか。僕は姉弟に問いかけた。
「どういうことかな」
姉弟は顔を見合わせたあと、お互い同時にふんっと顔を背けた。仲が悪いんだか、良いんだか。先に喋り出したのは姉のほうだった。
「小僧の教育があまりにお粗末で、ちんちくりんが夜な夜なわたくしのナッツを貪りに来るんですの。それで元凶を呼んだら、小僧のくせに逆ギレしてきて、この有様ですわ」
「お前が好き勝手ナッツばかり食べさせるのが悪い、ナッツの量に比例してワインも飲ませればいいと助言したまでです。そうしたらあの性格ですから、苦手なワインを嫌がってナッツも控えるでしょう。けれどクソババアは理解を誤り、酔わせることを目的として飲ませ始めたんです」
「はぁ!? あんただってワインセラーから度数が高いやつ持ってきて『おすすめですぅ』とか言ってたじゃない!」
「自分の好みを勧めて何が悪いんですか? 自分が美味しくないと思っているものを他人に勧めるなんて失礼でしょう」
「屁理屈ばっかりじゃない、バカね。そもそも、わたくしのワインなのよ。勝手に飲まないでくれる?」
「飲まれる隙があるのが悪いんですよ、雑魚が。それにバカはお前のほうです」
「しばき倒すわよ! ご主人様の足音も聴き取れなかったくせに大きな顔してんじゃないわよ!」
「お前がキャンキャン吠えてうるさかったので。その口、二度と使えないようにしてあげましょうか」
口喧嘩が止まらない。出会ってすぐの頃は手も足も出ていたから、ふたりとも成長したほうだ。
「まぁ、ふたりとも落ち着いて」
「旦那様、クソババアは現状をひとりで対処できず、人に責任転嫁しようとしているのです。腐ったリンゴは処分しましょう」
「ご主人様、クソガキが諸悪の根源な上、事態を悪化させたのですわ。そして、わたくしひとりに罪を被せようとしていますの。殺めてしまって構いませんこと?」
ふたりにずいっと寄られる。面倒だな、ふたりまとめてしばらくおとなしくさせてしまおうかな。
と思っていたら、横で寝ていた小動物がもぞもぞ動き出した。起き上がって早々に呟く。
「……うるさいです」
数拍後、彼女に向かって姉弟が一斉に口を開いた。
「さっきまで一番うるさかった人が何を言っているんですか」
「あんたのほうがうるさかったわよ!」
敵の敵は味方理論である。姉弟がお互いではなく、共通敵を攻撃しているのは、ちょっと懐かしい風景だ。その敵は僕の愛しい人なんだけど。
これは、今日女スパイと相談するのは厳しいかな。
半ば呆れていたら、キレるふたりをお構いなしに彼女が僕の腕に抱きついてきた。とろんとした目で僕を見つめる。
「だんまさばだ、だん……だんだしゃま?」
「舌が回ってないね。どうしたの」
「ね、お仕事はもうおわったの?」
「あぁ、まぁ、ある程度はね」
「よかったよかった、ふふ」
舌足らずな可愛い発音と無邪気な笑顔で心が浄化されていく。可愛い。抱き締めたら、小さく「きゃー」と鳴き声がした。可愛すぎる。
「お酒、たくさん飲んだんだね」
「これ食べたら、こっちも飲めって。おいしくなかった、これもそれも、あとあれも」
「へえ」
僕の腕の中でみゃーみゃー喚く猫は、苦味が嫌いらしい。おそらかく彼女の口に合わなかったのだろう、注がれて放置されているグラスに手を付ける。香りからして、これはおそらく女スパイにあげたものだ。これは確かに、酸味も強いから彼女は苦味そうだ。
「それよりね、絶対、絶対ね、ぶどうジュースのほうが美味しくて、この前ね、飲んだオレンジジュースも美味しくて」
「大体ね、あんたの教え方が悪いんでしょ!? 赤ん坊からやり直しなさいよ!」
「そうやって論点をすり替える。あーあ、バカとは会話が成り立ちませんね」
「ねえ、聞いてる? オレンジジュースはね、コックさんが朝絞ってくれて、つぶつぶ果肉入りでね」
終わらない口喧嘩を眺めながら、己の好きなジュースについて語る猫に相槌を打ち続ける。疲れたときに見る悪夢みたいだ。今日は早く寝たほうがいい。
特に彼女は一生懸命とどうでもいいことを話していて、とても可愛い。逐一相槌を打たないと、「ねえねえ」攻撃が止まらなくて、大変可愛い。なんとかして黙らせる方法はないだろうか。
ワインを一口含んだまま、彼女にキスして飲ませたら「うみゃー」と悲鳴を上げて苦しんだあと、再度キスを催促してきた。苦味がなくなるまでキスしたいらしい。当然、僕は拒否しないが。
他の酔っ払いならともかく、彼女が酔っ払うと厄介だな、と思った。静かにさせたいのに、暴力が使えない。
当の酔っ払いは、十分にキスを味わったあと、僕の膝に乗り、僕に背を預け、僕の腕に頭を乗せた。彼女は存外、甘えたがりだ。心を許して以降、スキンシップが明らかに増えた。
「ねえ、ねえ、旦那さま」
「何?」
「もっと、ぎゅっとして」
「いいよ」
「わたしのこと、もっとぎゅっとして」
「このくらい?」
「もっと、ずっと」
普段の倍か、それ以上の力を加えて抱き締める。骨が折れないか、心配になった。しばらく抱き締め続けると、彼女は満足気に僕を見上げてキスしてきた。
「君こそ、僕から逃げちゃダメだよ」
「えー、逃げないよ」
「約束しようね。逃げないって」
「ん、約束しましょ」
「破ったら、捕まえて閉じ込めて縛り付けて薬漬けにして僕に依存させるからね」
「あは、なに言ってるの? あたまおかし」
彼女はくすくす笑ったあと小さくあくびをした。眠たくなってきたようだ。そろそろ寝ようか。
彼女を抱き上げ、未だ喧嘩している姉弟に声をかける。
「ふたりとも、ナッツやチーズの食べすぎには注意してね。在庫が急激にみるみる減っていて、コックから怒りの補充要請を出してるんだ。あと、僕のじゃなくて執事長のボトルも開けてるみたいだけど、許可はとった? ラベルが似てるけどヴィンテージ年数が違うんだ、気を付けてね。おやすみ、良い夢を」
僕がダイニングをあとにした直後、「「はぁー!?」」とまたまた言い合う声が聴こえてきた。実に息ぴったりだ、昔から。
自分の部屋に戻って、すうすう眠る彼女の頬を撫でる。いつ言おうか、君の家族ももう僕の手中にあることを。
◇
お兄さんが授業をしなくなった。
厳密には、お兄さんが使用人さんの中でもリーダーっぽいおじさんにパシられるようになって、お兄さんのストレス増加に比例して喫煙時間が伸び、結果として授業の時間が激減した。なんでも、お兄さんがおじさんの秘蔵品をダメにしてしまったことが原因らしい。
わたしは暇になり、日々おばあさんのお手伝いをしてお菓子を手に入れることが増えた。
キャラメル、ドライフルーツ、キャンディ、そしてチョコレート。どれも日持ちのするものばかり。わたしは食べずに溜め込んでおいた。
夜にダイニングに行っても、お姉さんに会うことはなくなった。
少しずつおつまみのナッツやチーズを懐に忍ばせることができなくなった代わりに、自由にお屋敷内を探検できた。使用人さんにひとりも会うことなく。
そういう日を繰り返し、春も中頃を過ぎた。夏が訪れるにつれて夜が短くなっていく。脱出するなら、できるだけ夜が長いうち、なるべく早く実行するのがいい。
運良く、お兄さんがわたしを見なくなった。運良く、数日分の食糧を手に入れる機会ができた。運良く、お屋敷探検できて裏口までの最短ルートを見つけられた。
脱出するなら、今しかない。
わたしは、旦那様もお兄さんもお姉さんもおばあさんも、そして家族も、みんなみんなお気に入りだ。みんな大切にしたい。
どちらかなんて選べない。だから、両方取ってみせる。
よし、一時帰省しよう。




