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最終話

 会場内の扉が一斉に開き、騎士が続々と現れ始めると実に統率の取れた動きで対象者たちを捕縛していく。既に悪事がバレていたことで諦めて大人しくお縄につく者、自分は関係ないと怒りながら抵抗し騎士に無理やり引っ張られている者様々である。


 壇上にいた者たちはというと、まずマリーはまだ状況が把握できていない様子だが暴れることなく騎士の言うことに従っていた。次いでアネットも、王妃殿下とエリザと話をして落ち着いたのか騎士に抵抗する様子はなかった。


 アザール侯爵はというと先ほどまでは大人しかったはずだが、全員を捕らえて裁判にかけるとわかってからは自分の罪を少しでも軽くしようとしているのか、何か色々叫んでいたが早々に騎士に口を塞がれて運ばれて行った。


 ウィリアムはまだ現実を受け入れられないのか激しく抵抗していた。数人の騎士に抑えられても、なお足掻こうとしているのを、シルビアはじっと見ていた。


「ふざけるな!俺はマリーを妃にして貴様らを断罪し王になる男なのだぞ!こんなところで終わるわけがない!」


 ウィリアムが叫んだ言葉は、ゲームの正規ルートで最後に牢へ連れて行かれるシーンで悪役令嬢が放つ台詞であり、それが断罪シーンのラストなのだと母親のエリザからシルビアが聞かされていた台詞でもあった。


 ゲームの悪役令嬢シルビアは小さい頃から周囲に可愛がられて我が儘に育ち、自分は偉くて当たり前と思っているような女の子だった。なので勿論、第二王子の婚約者になり、いずれ王妃としてこの国の女性トップの位置につくのだと信じて疑っていなかった。しかし、学園で王子がヒロインに惹かれるようになると、このままでは自分がこの国の女性トップになれないのではないかと危惧し、ついにロッシュ家を使って国自体を乗っ取ろうと計画するのだ。


 正規ルートのバッドエンドでは、念願成就を果たしシルビアとロッシュ家が国家転覆、ヒロインは国外追放され、王子は傀儡の王としてシルビアと結婚することになり、ハッピーエンドでは知っての通り、王子とヒロインに断罪されたのち牢に入れられ、後日ロッシュ家と一緒に処断されたと描写されて終わる。


『ふざけないで!私はウィリアム第二王子の妃になってやがて王妃になる女なのよ!こんなところで終わるわけがないじゃない!』


 こうして考えてみると、悪役令嬢シルビアとこの世界のシルビアの人格は随分と違っていた。ロッシュ家の人たちに愛されて育てられたが甘やかされていたわけでもないし、貴族として国と民に忠義を果たそうとは考えても、自身を権力のトップにしたいという欲など考えたこともなった。


 けれど、もしお母様たちが物語を知っていなかったのならば。もしお母様たちが危機感を持たずに何も行動を起こしていなかったとしたら。物語でいう悪役令嬢として牢へ連れて行かれて罰せられるのはやはり私だったのだろうかと、今は見送る立場にいるシルビアは考えてしまう。


 もし、王命とはいえ婚約者として顔を合わせたときに本当のことを言っていれば、ウィリアムの人生も変わっていたのだろうか。彼にもっとしてやれることがあったのだろうか。シルビアはどうしてもそのようなことを考えてしまう。


 最後国王陛下にウィリアムたちも国の脅威であると進言したのはシルビアだった。今回学園生活の中でウィリアムたちに改善の余地があれば断罪から外すことも検討されており、その判断は一番近くで観察することのできるシルビアに重きが置かれていた。


 シルビアに婚約破棄を宣言するのは強制力として仕方がないにしても、その後の対応はとても更生をお願いできる態度ではなかったので、例えシルビアが更生を進言したとしてもこの結果になっていたはずだ。


 それでもウィリアムにゲームのシルビアの台詞を言わせてしまったことが、今のシルビアの心にしこりを作っていた。そんな胸の痛みを消化しようとしているシルビアの元に、王太子殿下が近寄って気安げに声を掛ける。


「やっと終わったね、シルビア」

「レイナルド様もようやく後宮から出られましたね」

「そうだね。後宮から王城の会場なんて近所ではあるけれど、やはり自分で見ることのできる外はいい……シルビアはウィリアムが気になるのかい?」


 王太子殿下であるレイナルドとシルビアは、実は幼なじみであった。実も何も母親同士が自分の子供を守ろうと行動する転生者であり協力者なので、二人は小さい頃から後宮で会うことがあるだけなのだが。


 小さい頃から会えば何でも話していた二人だったので、レイナルドは今シルビアがウィリアムを見つめながら何を考えているのかは大体予想ができていた。それでもシルビアに話しかけてしまったのは、一人でそれを抱え込まずに共有したいというレイナルドのわがままだ。そして、シルビアもそれを知っていて決して放っておいてくれない幼なじみに本音を打ち明けるのだった。


「ウィリアム様がおっしゃった最後の言葉を、正規ルートではきっと私が言って彼のように連れて行かれたのだろうなと考えていました」

「母上たちが言うにはそうなのだろうけど、僕の知るシルビアは絶対言わないよ。君は頑張り屋さんで優しい子だからね。母上たちが言っていた悪役令嬢とは全然違うじゃないか」

「確かに私が言うはずがない言葉だと思います。けれど、心の何処かでしっくりと来る言葉でもあるのです。これがゲームの強制力と言うものなのでしょうか」


 シルビアの本音を聞いて、レイナルドは優しく否定の言葉を伝えてくれる。自分でも違うとは思っていても引きずられていく何かを、レイナルドの言葉が断ち切ってくれるようだ。それでも惹かれてしまう何かをシルビアはレイナルドに伝える。この世界の私の幼なじみで同じく役目を持った子供だったレイナルドにだけ話せることだ。そんなシルビアに答えるようにレイナルドも自身の胸の内を打ち明けてくれた。


「僕も病弱という設定から逸脱しないように後宮から一歩も出ない生活を続けていただろう?後宮の中では勉強も運動もして好きに生活していたから不満はなかったけど、朝起きた時や夜寝る前ベッドに入るとふと考えるんだ。ゲームの中の僕はきっとベッドから降りることもない生活だったんだろうなって」

「……レイナルド様」


 初めて聞いたレイナルドの打ち明け話を聞いて、シルビアの胸は締め付けられるようだった。母親たちの考察ではゲームの『病弱な王太子』は第二王子派に幼い頃から毒を盛られ体力が落ちていたのではないかと言われていたからだ。


 なのでこの世界では王妃殿下はなるべく危険の少ない後宮から出ないようにし、妊娠が判明したら一歩も出ないほどの厳重な警戒で出産し、無事健康で生まれたレイナルドも表向き病弱であると公表して後宮で帝王学の教育を受けるという生活を今日まで続けていたのであった。それでもたまに毒の持ち込みが報告されることがあり、危険は常に存在していた。


 そのような日々をずっと送っていたレイナルドの気持ちを今聞かせてもらったシルビアは幼馴染みとして同志として情けなくなってしまった。そんなシルビアの顔を見て、レイナルドは笑顔で答えた。


「その度にね、今の僕は誓っていたんだ。ゲームの中の自分のためにも今の自分をちゃんと生きようってね。僕たちはこれからゲームの先を歩んでいくんだから。ねぇ、シルビア。そのために僕たちはずっと努力してきただろう?」

「えぇ。私たちはこれからの国のために努力してきました」


 二人は共に幼い頃今日という日が来ることを教えられていた。その日を阻止するための教育を、乗り越えた後のことの教育も大人たちから施されていたのだ。一番影響があると言ってもいい、断罪される悪役令嬢と、気づけば病死する王太子。二人はその役目を背負いながら、そして乗り越えるために今までずっと支え合ってきたのだ。シルビアの心にはまだしこりは残っていたが、暖かい光も点っていた。


 気づけば捕らえられた者たちの収容は終わっていたのか、会場に残っている参列者たちはこれからの国を支える貴族たちだけとなっていた。突然の出来事についていけない者も多いが、国にとっての脅威が無くなったのだろうことは理解しているようだった。彼らはまだ王族が会場に残っているので帰る様子はない。


 国王陛下が近衛騎士を見遣ると、すぐに反応した騎士が国王陛下に注目するよう会場を促すため剣を一度床で鳴らした。会場はすぐに静かになり、貴賓席に座る国王陛下と王妃殿下を見る。


「さて、今日は其方らの祝いの場であったにも関わらず、このような混乱を持ち込み申し訳なかった。しかし、今日という日は数十年越しの国の脅威が解消された日にもなった。何も知らされていなかった其方たちは今は混乱しているかも知れないが、今回の件は捕らえた者たちの調査を行い追々報告する。ひとまずこれからのことを話そうではないか。レイナルド=ロア=モンティエ王太子、シルビア=ロッシュ侯爵令嬢。こちらへきなさい」


 国王陛下から名前を呼ばれた二人は返事をして壇上へと上がる。壇上には近衛騎士以外、立ち上がり二人を歓迎した国王陛下と王妃殿下、そして今壇上へ上がった王太子殿下とシルビアの4人が並んでいる。


「レイナルドは私の一人息子だ。今日まで表舞台に出ず後宮で力を蓄え過ごしていたが、これからは次期国王として活躍してもらう。そして来年、婚約者であるシルビア=ロッシュ侯爵令嬢との婚姻式を行うこととする」


 会場が国王陛下の発言を聞いて一斉にざわついた。それもそのはず、国王陛下が言うには王太子殿下の婚約者がシルビアであり来年婚姻式を行うのだ。今までシルビアはウィリアムの婚約者だと思っていた者たちには、国王陛下の言葉がすんなりと理解できなかったのだ。


 少しして察しの良い者は、ずっとシルビアが王族の婚約者であり王子妃教育を受けていることは認めていても、第二王子の婚約者であると認めたことは一度もなかったことに気づき始めていた。王国の上層部たちもそれを狙って発表していたが、国王陛下は未だ戸惑っている参列者たちのために説明を始めた。


「シルビア嬢をウィリアムの婚約者だと思っている者がほとんどだろうが、真実は違う。先の話の通り、アネットとウィリアムは公的には王族ではなかったが、周囲へは今日までそのように思わせる必要があったのだ。そのためシルビア嬢には国のためウィリアムと婚約したように行動させた。6歳の時シルビア嬢が本当に婚約したのは王太子であるレイナルドである。皆、ようやく表立って婚約を言える二人をどうか歓迎してほしい」


 国王陛下がそう参列者たちに告げると、レイナルドは初めての表舞台とは思えない堂々とした様子でシルビアの手を取って恭しくキスを捧げる。そしてシルビアと手を取り合いながら一緒に参列者たちに向かって優雅にお辞儀をした。その二人の様子は本当に仲睦まじく、それを見た参列者たちは大きな拍手を送るのだった。


 祝賀パーティーは日を改めてシルビアたちの婚約お披露目パーティーとして行うことになり、今日は皆帰宅するよう国王陛下が告げてパーティーは終了した。シルビアたちは今、王族の控え室で団欒をしているところである。


 レイナルドとシルビアがソファで並んで座り談笑しているところに、王妃殿下と仕事を抜けてきたエリザがやってくるとお互い背後からそれぞれの子供を抱きしめ、そっと謝罪の言葉を口にしたのだった。


「今までずっと二人には辛いことを強いてきたわ。本当にごめんなさい」

「貴女たちはずっと頑張ってくれた。二人だからこの未来が訪れたのよ。本当に偉いわ」


 転生者である二人の母親たちは事ある毎に抱きしめてくるので、すっかり慣れてしまっているシルビアたちは笑って腕を軽く叩いてあげながら返事をする。


「いいえ、母上。僕たちが今日という日を迎えられたのは母上たちのお陰です」

「そうですお母様。皆が迎えたこのエンディングの先を私たちは生きていくのです。そのための力も付けてきましたし、これからも精進していきます。だって『私たちの物語はこれからだ』なんでしょう?」


 小さい頃から母親たちに言われていた言葉を告げるシルビアの表情は悪役令嬢のような冷たい笑みではなく、可憐な花が綻ぶような笑顔であったので、エリザはもう一度シルビアを抱きしめたのだった。


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[良い点] 面白かったです!!各話ずつ見所があってページをめくるたびにワクワクしました!! [気になる点] 結局、偽王族のウィリアムは誰の子だったのでしょうか??母親であるアネットすら国王の子だと信じ…
[良い点] 面白かったです まとまりもよく程よい長さで読みやすかったです また第2王子一派がその後どうなったかなんて気にならない位きちんと話が収まってました [気になる点] シルビア、よくやったわね。…
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