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失恋する10分前

私は近々、失恋します。


泣かないつもりです。

だって、結果は分かっているから。





待ち合わせの時間より10分早く着いた。いつも私は、余裕をもって家を出る。乗るはずだった電車が少し遅れたけど、慌てる必要はない。それでも『彼を待たせてらどうしよう』って内心穏やかではなかった。

間に合うとは分かっていても、軽く巻いたツインテールを乱しながら走った。


彼は予定通りに来る事はない。

どれだけ待つかはいつも分からない。5分遅れで来る事もあるし、5時間待たされて、結局来なかった事もあった。


(待つ時間が分かったら、カフェでゆっくり出来るのにな)


ただの駅前で、一人ぽつんと待つ時間ほど、無駄な時間はない。けれど、私は文句も言わずに待っているんだ。


駅前は色々な人が行き交う。

仕事へ向かうサラリーマン。ベビーカーを押すママに、手を繋ぐ恋人。

その中で、私は一人立っている。慣れた、といえばそうだか、慣れたくはなかったとも思う。


今日は、先週公開されたサスペンス映画を観に行く予定だ。

その後は軽く昼食をとって、彼が前から欲しがっていた限定モデルのスニーカーを買いに行く。

その後は未定だが、あそこからなら夕食はファミレスになるだろう。そしてそのまま帰るか、彼の家に行くか。そんなところだ。


待ち合わせ時間5分前。

コンビニでお茶くらい買っておけば良かった。待ち時間が分からないだけに、無駄に携帯は触りたくない。

乱れた毛先を指に絡めて、クルクルと回す。乱れた息は既に調っていた。



(この前買ったスカート、今日履いてくればよかったかな)



膝の上をヒラヒラ揺れるスカート。

綺麗な店員に「彼も喜ぶ」とのせられて買ったスカート。淡いブルーが爽やかで、心がウキウキした。


でも、まだ肌寒い季節。

春色の短いスカートで長時間立っているのは、正直辛かった。

だけど、今一番可愛い姿で彼に会いたかった気もする。複雑な乙女心である。

彼が可愛いと言ったピンクのグロスが取れていないか気になる。

彼好みのゆるい巻き髪もキープ出来ているか確認したい。

早く彼が来ないかと、いつも思う。なるべく可愛い姿の時に会いたい。


でも、まだ彼は来るはずはない。

だって、今まで予定通りに来た事はないから。

彼は私には気を使わないらしい。だからか、マイペースな性格を存分に発揮する。私は予定通りに進めたい質なので、いつも私が折れる。振り回されても、彼の言い分にはかなわないのだ。



しかし今、あり得ない事が起きた。

彼が来たのだ。しかも小走りで。時間通りなのに、慌てて来た。

そこで、私は分かってしまった。





ああ、私は、今から振られるのだ、と。






「ごめん、待った?」

「ううん、今来たところだよ。…どうしたの?」


彼は私を見ているが、見ていないんだと感じた。

切なくて胸が苦しくなる。それでも、必死に笑った。

街中に血が通っていない様な、冷たい空気が流れる。


「………」

「………」


短い沈黙の後、彼は口を開いた。

私は耳を塞ぎたくなったが、必死で堪えた。彼の一挙手一投足を見逃さない様に、彼を真っ直ぐ見つめる。唇をキュッと噛んだ。



彼は私に教えてくれた。

彼のワガママを何でも受け入れて、怒らないで、自分を出さない私といても、楽しくなくなった、と。愛ではなく、情で会っていた事を。


そして、その全てを満たしてくれる相手が見付かった事を。



私は分かっていた。

いつかこうなると知っていた。仕方無かった。

彼を責める事も出来ず、表情も変わらなかった。


目の前から消えてた彼を見送っていたら、無性に走りたくなった。

私はくるりと駅に背を向けて、一心不乱に走った。


全ての嫌なものから逃れる様に、私は走った。

知らない街並みが、私の横を流れる。乱れる髪も気にならなかった。 少し背伸びしたヒールが、私の足を止めた。


はあ。はあ。はあ。


脈打つ様に、ズキンズキンと痛む足に、我に返る。

ああ、私は泣きたいんだった。

泣ける場所を探していたんだ。


ピンクのグロスも取れてしまった。

巻き髪は絡まって、指に引っ掛かって痛い。もう、痛いだけだ。

情けなくて、コンタクトがずれた事にして、「痛い、痛い」と少し泣いた。




少し泣いたら、笑えてきた。

こんな頑張ってきたのに、捨てられるなんて、私って面白い。予定が全部無駄になった。変なの、面白い。


フと、知らない街の知らない美容院が目に入った。

予定はない。

フワフワの巻き髪なんて、何の意味も無くなった。

私は吸い寄せられる様に、知らない美容院へ入る。



「スミマセン、予約していないんですけど」

小さな声でレジ前の可愛らしい女性に話しかける。

「どうされました?」

振り向きざまに出た声までも可愛い彼女に、つい笑顔になった。

「あの、髪を切りたいんです。」

奥から私の声を聞き付けて、役者の様な男性がやって来た。

「今からなら、大丈夫ですよ。」


格好いい男性に、一気にテンションが上がった。

予定なんか無くったって、私の人生は楽しいのかもしれない。

私は今日で一番の声を出した。



「バッサリ、切って下さい。」




そして、私は予定外の行動で、予定外に髪が短くなった。

ショートボブの毛先をクシャクシャと触って、私は満足した。

失恋して髪を切るなんて、定番過ぎて皆笑うかな。でも、そう考える事もなんだか楽しかった。



春を先取りした私の髪は、あのブルーの爽やかなスカートと合うかもしれない。明日にでも、履いてみようかな。

知らない街を、新しい自分になって歩く事がこんなに楽しいなんて、私は知らなかった。


どこかの店の入口に映った自分を見て、こう思うのだ。





髪を乾かすのがラクになるなあ。

失恋するのもいいもんだ、ってね。



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