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勇者だけど魔王の四天王やってます  作者: 唯宵海月
成り損ないの勇者
4/4

メイドを探そう

「ハクトって掃除好きよね」


「嫌いではないが、別に特別好きという訳でもないぞ」


はたきを振っていた手を止め、ルビアの方を振り返って壁にもたれ掛かった。


「でも、いつもしてるじゃない」


「それは他にする奴がいないからだ。一通りの大掃除は終わったけど、日々の掃除を怠ればすぐにホコリが溜まってしまうからな。最近じゃ剣よりもはたきを振っている方が多いくらいだ。まったく、どこの世界に剣よりはたきを振る方が多い勇者がいるんだか」


「あら、世の中には魔王の四天王をやっている勇者もいるのよ。それと比べるれば大した事ないじゃないわ」


「両方俺だけどな!」


ハクトは頭を押さえてため息を吐いた。


「いい加減一人でこの広い魔王城を掃除するのにも限界があるぞ」


「でも、私達二人しかいないじゃない。私はやらないし」


「出来ないとかじゃなくてはっきりやらないと言う辺りがお前らしいな」


「ふふ、そうかしら。だけど、確かにハクト一人に全部任せるのは無理があるわよね。負担も大きいし、何より私を相手にしてくれないのは由々しき事態だわ。だけど……」


少し前には魔王城にも掃除や洗濯、料理を担っていた使用人がいた。だが、それも他の魔族達と共に去ってしまったのだ。


「今の私に魔族は従わないでしょうね」


「というか、魔族は大雑把で細かい事を気にしないからな。使用人としては向いてないんだよな」


昔はあまり気にしていなかったが、こうして魔王城の家事全般をやってみるとその大雑把さが目につく。部屋の隅や家具の下には大量のホコリが溜まっていた。


「出来れば人間の方が良いんだが、魔王城で働くような物好きがそういるとも思えないし」


「探しに行きましょう」


「は?」


そこでパンッと手を叩いたルビアに眉をひそめた。


「探しに行くってどこに」


「行ってから考えるわ」


言うが早いかルビアは抵抗させる間もなくハクトの手を握った。






一瞬の浮遊感。そして、気付いた時にはその視界は全く別の場所に移り変わっていた。


整頓された簡素な一室。広くはあるが、ベッドと机、それに本棚だけの最低限の物しかない部屋だ。


「相変わらず何もないわね、ハクトの部屋は」


そこは他でもない勇者の一族ブレイズ家の屋敷にあるハクトの自室。勇者にしては広いだけの簡素な部屋だが、基本的に寝るぐらいでしか使わないのだから物は必要としないのだ。しかも、最近では魔王城で寝泊まりしているせいで数少なくあった私物もそっちに運んでしまったために特にである。


「そういえば、この部屋に来るのも久しぶりな気がするわ」


ルビアはベッドの上に倒れ込み、枕に顔を埋めた。


「ハクトの匂いがするわ」


「やめろ」


「あー」


ハクトがその枕を抜き取ると、ルビアは不満そうに口を尖らせて手を伸ばした。


「というか、久しぶりって言っても半月くらいだろ」


「あら、そうだったかしら」


「まったく……」


枕を脇に抱えたままハクトは机に近付いた。


「それにしても、やっぱり便利だよな」


机の上で本に以外に唯一乗っている直径三センチ程の青い宝玉を摘み上げ、窓から差し込む日にかざした。澄んだ青い宝玉。日にかざす事で透けて見えるその中には複雑な魔法陣が刻み込まれていた。


現代においてこの世界に離れた距離を一瞬の内に移動するという魔法は存在しない。人間界には元々なく、かつてはあった魔界でもすでに失われてしまった魔法だ。だが、魔王城にはそれを行う魔導具があった。それが今ハクトの持つ宝玉である。


それと対になる赤い宝玉が魔王城にはあり、その二点間でのみ離れた距離を一瞬で移動出来るのだ。そうでもなければ魔界の最奥にある魔王城に毎日通う事など出来るはずもなかった。


この宝玉は幼い頃にルビアが魔王城の宝物庫で見付け出し、ハクトと遊ぶために使っていた。その内に宝玉を二人で解析し、魔法自体を再現する事は出来なかったが、宝玉を複製する事には成功した。とはいえ、宝玉には特殊な鉱石が必要なため数を多く作る事は出来ないが。


現在ハクトとルビアが手元に一つずつ。それとは別にハクトの部屋に一つ。今はその他に学園にも一つ置いてあった。


「これってルビアの先祖が作った物なんだよな」


「ええ、ずっと昔ね。確か四代目の魔王じゃなかったかしら。この四代目魔王は物作りが趣味で宝物庫には作品が色々あるわ」


「宝物庫ね。あんま良い思い出はないな」


魔王城の隅々まで掃除をしたハクトだが、その宝物庫に関してだけは他と比べて簡単なものだった。そこは魔王城の宝物庫である。危険な物も多くあり、幼い頃のハクトとルビアは忍び込んで死にかけた事は一度や二度ではない。そのせいで軽いトラウマの種になっているのだ。


「というか、いつまでそうしてるつもりだ」


ベッドの上でまるで自分の部屋かのようにくつろぐルビアにジト目を向けた。


「あら、一緒に寝たいの?」


「誰がそんな事を言った。探しに行くならさっさと行くぞ」


「つれないわね。じゃあ、はい」


「なんだその手は」


「決まっているでしょ」


ハクトは短く嘆息を漏らし、ルビアの差し出した手を引いて立ち上がらせた。


「じゃあ、行きましょうか」


「お前は本当に自分勝手だな」


「私は魔王だもの。人に気なんて使わないわ。それが勇者ならなおさらね」


悪戯っぽく微笑んだルビアに今さら文句も出てこないハクトは黙って自室を出た。


「あら?お帰りになっていたんですかお坊ちゃま」


「アリアか」


廊下に出たハクトは偶然部屋の前を通りかかったメイド服の女性と出くわした。二十代半ば程の眼鏡をかけた生真面目そうな女性。彼女の名はアリア。ブレイズ家に十年近く仕えるメイドである。


「というか、いい加減そのお坊ちゃまって呼び方をやめてほしいんだが」


「はい、分かりましたお坊ちゃま」


「とりあえず、俺の言う事をきく気がないってのは分かった」


と、そこでアリアはハクトの後ろに立つルビアの存在に気付いた。


「ルビア様もいらしていましたか」


「ええ、お邪魔しているわ、アリアさん」


幼い頃から何度もこの屋敷に足を運んでいたルビアは当然ながらアリアとも面識があった。


「もしかして、お楽しみでしたか?」


「ええ、今日は親がいないから上がっていけって言われて」


「ついにお坊ちゃまも大人の階段を登ってしまったのですね。昔からお坊ちゃまを知っている身としては嬉しいような寂しいような複雑な気分です」


「大丈夫よ、アリアさん。ハクトは私がしっかりと男にするから」


「ルビアさん……。分かりました、お坊ちゃまをよろしくお願いします」


感動した表情で頭を下げたアリアにルビアは力強く頷いた。


「俺はそろそろお前らを殴ろうと思うんだが」


「女の子を殴るだなんてそんな風に育てた覚えはありませんよ、お坊ちゃま」


「私もそんな風に育てた覚えはないわ」


「どっちにも育てられた覚えはねぇよ!」


「昔はもっと素直で可愛げがあったのに、どうしてこんな風になってしまったのかしら?」


「俺が捻くれたのに原因があるとしたらそれは十中八九お前のせいだよ!」


「酷いわ。そんな風に思っていたなんて。シクシク」


わざとらしく泣き真似をするルビア。その横でアリアはハクトに軽蔑の目を向けた。


「女の子を泣かせるなんて最低ですね」


「俺が悪いのか!?」


「安心してください、ルビア様。お坊ちゃまの性格が捻くれていたのは元からですから」


「それもそうね」


さっきまでの泣き真似はなんだったのか。納得げに手を打つルビアに辟易としたため息を吐いた。


「ところで、お坊ちゃま。どこかにお出かけではなかったんですか?」


「ああ、そうだよ」


「こんな所で時間を潰していては日が暮れてしまいますよ」


「誰のせいだと思ってる!」


「人のせいにしては駄目よ、ハクト」


「お前な……。はぁ、もう良い」


ルビア一人でも分が悪いというのにそこにアリアまで加わるとハクトに勝ち目があるはずもなかった。出かかった文句を飲み込み、代わりにため息を吐き出した。


「じゃあ、行ってくるから」


「はい、行ってらっしゃいませお坊ちゃま、ルビア様」




◇◆◇◆◇◆




「アリアさんが来てくれたら良いんだけれど」


屋敷を出た二人は王都市街に向かうべく森の中を進んでいた。勇者の一族ブレイズ家の屋敷は王都郊外の森の中に居を構えている。それは強大な力を持つ勇者の一族が何か問題を起こした時に被害を最小限にするためだ。現にハクトは幼い頃、魔法を失敗して森の一部を更地に変えた事があった。


そして、もう一つ。大衆に対して絶大な影響力を持つ勇者の一族を政治から遠ざけるためという貴族や大臣達の思惑故だ。その影響力を恐れた国の上層部の者達によって勇者の一族は政治の場から完全に切り離されていた。


「まあ、無理だろうな。確かにアリアはうちなんかで働けるくらい神経も図太いし、魔王城程ではないにしろ、そこそこ広い屋敷を一人で全てを切り盛り出来る程有能だが、流石に勇者の屋敷から魔王城に職場は変える事は出来ないだろ」


(というか、アリアにいなくなられるとうちの屋敷がどうなるか分かったもんじゃないな)


ハクトは四人兄弟の三番目である。兄と姉はすでにそれぞれ仲間達と共に世界を渡り歩き、屋敷に戻ってくる事はほとんどない。妹も全寮制の学園に通っている。勇者を引退した両親も仕事や単純な旅行であちこちに出掛け、たまにしか帰ってこない。


一番屋敷にいる時間が多かったのはハクトだが、それも今は魔王城で寝泊まりしている事が多い。アリアまでいなくなると一月二月誰も屋敷にいないという事もざらにあるのだ。


「残念だわ。アリアさんとは気も合うのだけれど」


「仲が良いのは良いんだが、俺への被害が大きくなるのだけはどうにかしてほしいな」


「それは無理ね」


「……だろうな」






「じゃあ、探しましょうか」


「とりあえずここまで来てみたけど、どうやって探すんだよ」


「そうね……。どこかにメイドが落ちてたりしないかしら」


「ある訳ないだろ」


「とりあえず歩いてみましょ」


手を引いて歩き出すルビアに抵抗する事なくハクトは黙って後に続いた。


「これ良いわね。あ、あれ美味しそう。ねぇ、あっちに行きましょう」


店先に並べられた商品や屋台から漂ってくる美味しそうな匂いに次々と興味を移らせていくルビア。ハクトはその少し後ろについて歩いていた。


「あいつ目的忘れてないだろうな」


そんなつぶやきを漏らすが、楽しげなその表情を見ていると文句も出てこなかった。


「もう、遅いわよ」


「お前が早いんだよ。何度も来てるのによくそんなに楽しめるな」


「あら、こうして見て回るのも楽しいけど、何よりハクトと一緒に回るのが楽しいのよ。ハクトは違うの?」


身を寄せ、上目遣いで小首を傾げたルビアからハクトはサッと顔を背けた。


「……嫌なら一緒にいない」


「ふふ、素直じゃないのね。でも、そういうところも可愛いわ」


「うるさい。ほら、探すならさっさと探すぞ」


赤くなった顔を隠すように足早に歩き出した。


その直後、目の前の路地から一人の少女が現れ、ふらりとハクトの前で倒れた。


「は?」


「あら?」


普段であれば倒れる前に受け止める事も出来ただろう。だが、二人は呆気に取られ、動く事が出来なかった。それは少女の格好。


「メイド落ちてたわね」


そうメイド服だったのだ。目の前の少女はその身をメイド服で包んでいた。


「ああ……。いや、そうじゃないだろ!お、おい!大丈夫か!」


まさかルビアの言葉が現実になるとは微塵も思っていなかったハクトは思わぬ事態に動くのが遅れたが、頭を切り替え、慌てて駆け寄った。


「う、うぅ……」


「おい、しっかりしろ!何があった!」


素早く少女の体を確認するが、目立った外傷はない。目に見えない部分に何かあるのかと考えたハクトだが……。


「お……」


「お?」


「お腹空いた……」


グゥ〜という少女の腹部から気の抜ける音が響いた。






次々に料理を腹に収め、空いた皿を積み重ねていく少女に対面に座るハクトは呆れた目を向けた。


年の頃はハクト達と同じくらいだろうか。金色の髪を左右で結び、満腹になった事で緑色の瞳は満足そうに細められていた。


「ふぅ、美味しかったのですよぉ」


「随分と食うんだな」


「三日ぶりに物を食べたのですよぉ」


「三日ぶりねぇ……。なんでそんな事になったんだ?」


頬杖をついて尋ねると少女はよくぞ聞いてくれたとばかりに大仰に頷いた。その姿に一瞬失敗したかと思ったが、そんなハクトの様子など気にせず少女は語り出した。


「私はある屋敷で働いていたのですよぉ。ですが、そこを追い出されてしまったのですよぉ」


「追い出されたって、なんでだ?」


「少しお皿を割ったりしちゃっただけなのですよぉ。酷いと思うのですよぉ」


「まあ、確かに皿の一枚や二枚割ったくらいで追い出されたとするのなら酷い話ではあるか」


「お皿の十枚の二十枚くらい良いと思うのですよぉ」


十枚や二十枚と聞いたハクトは段々雲行きがおかしくなってきているように感じた。だが、まだそれくらいならと思おうとしたその時。


「多くても一日に五十枚はいってないのですよぉ。それなのにたった一ヶ月で追い出すなんて酷い話なのですよぉ」


「確かに酷い話だ。お前がな。むしろ、その元主人は相当な人格者なのだろうな。会った事もない相手にここまで尊敬の念を抱いたのは初めてだ」


「なんでなのですかぁ?一ヶ月分のお給料だけ渡されて放り出されたのですよぉ」


「それだけの事をした上に給料まで貰ったのか。どう考えても弁償代で給料など消えているだろうに」


最初は全部で十枚や二十枚だと思っていたが、それは実は一日で割った数。累計で最低でも百枚は優に超えているだろう。メイドを雇うような屋敷となれば皿などもそれなりの物を使っているはずである。それをそれだけの数割るなど相当な額に昇るはずだ。


「それが五日前の話なのですよぉ」


「五日前?三日前から何も食べてないって事はたった二日で一ヶ月分の給料がなくなったというのか?」


「私、知らなかったのですよぉ」


そこで少女は神妙な顔でつぶやいた。


もしや、騙し取られたりしたのだろうかとハクトはわずかに同情の念を抱いた。


「お金って使ったらなくなるのですねぇ」


「おい、ルビア。こいつ駄目だ。これ以上関わらない内にさっさと行くぞ」


「そう慌てないで」


立ち上がろうとしたハクトをルビアは手で制した。


「ねぇ、貴女名前は?」


「サラなのですよぉ」


「私はルビア。こっちはハクトよ」


「お、おいルビア」


長い付き合いのあるハクトはルビアが何を言おうとしているのか素早く察する事が出来た。


「私の所で働かない?」


「ちょっと待て」


グイッとルビアを引き寄せ、サラと名乗った少女に背を向けた。


「何考えてるんだよ。今の話聞いていたのか?どう考えても役に立たないどころか邪魔にしかならないぞ」


「ええ、そうね。だけど、知っているでしょ。私はハクトが困っているのを見るのが好きなのよ」


「どうせそんな事だろうと思ったよ!ああもう、勝手にしてくれ!」


ハクトはガシガシと頭を掻いた。


「話はついたわ。それでどうかしら?ちょっと特殊な場所なのだけれどちゃんとお給料も出すわよ」


「良いのですかぁ?そっちの人は不服そうなのですよぉ」


「こいつが決めたのなら文句は言っても反対はしない」


「じゃあ、やるのですよぉ。このままじゃまた空腹で行き倒れちゃうのですよぉ」


「決まりね。じゃあ、行きましょうか」


言うが早いか三人は立ち上がり、食事を取っていた酒場を出た。ちなみに代金はハクトが全額支払った。


「どこに行くのですかぁ?」


酒場を出た三人はひと気のない路地を進んでいた。


「この辺で良いかしら」


辺りに人がいないのを確認し、先頭を歩いていたルビアは立ち止まった。


「じゃあ、行きましょうか」


来た時と同じ一瞬の浮遊感。そして、気付いた時にはその視界は路地裏から魔王城に変わっていた。


「ここどこなのですかぁ?」


「魔王城よ」


キョロキョロと辺りを見回していたサラにルビアはサラリと答えた。


「魔王城なのですかぁ?」


「ええ。そして、私は魔王よ」


「魔王様なのですかぁ?初めて会ったのですよぉ。すごいのですよぉ。自慢しても良いのですかぁ?」


「駄目だ」


「残念なのですよぉ」


本当に残念そうにつぶやくサラ。そこには疑っている様子も慌てている様子もない。


「ちなみにハクトは勇者よ」


「勇者がこんな所で何してるのですかぁ?」


「色々事情があるんだよ」


「色仕掛けで落としたのよ」


「落とされてねぇよ」


「不潔なのですよぉ」


「落とされてないって言っているだろうが」


これから先にさらに苦労が増える事を用意に想像出来たハクトは深々とため息を吐いた。


「とにかく、ここがお前の職場だ。何か分からない事があれば俺に聞け。それから外には出るなよ。死ぬから。あと、ほら」


ハクトはサラに向かって青い宝玉を投げ渡した。


「なんですかぁ?」


「ここに一瞬で移動したのと同じ事が出来る。だが、今行けるのは俺の部屋だけだからな。街の方にも見つからないような場所に置いておかないとな」


「その辺はハクトに任せるわ。とにかく、これからよろしくね」


「よろしくお願いしますなのですよぉ」




◇◆◇◆◇◆




「ここまで辿り着いた事を褒めてやろう!だが、それもここまでだ!我が主に逆らう愚かな人間共に鉄槌を──」


ガッシャーン!!


『ああ、またやってしまったのですよぉ!』


「…………」


隣の部屋から聞こえてきた声にハクトは額にピクピクと青筋を浮かべた。


「すまないが、少し待っていてくれ」


有無を言わさぬ迫力を放つハクトに冒険者達は何も言えず、無言で頷いた。それを確認したハクトはまるで幽鬼のように隣の部屋に向かっていった。


『あ、ハク──』


『今はそっちの名前で呼ぶなって言っているだろ。それより!人が来ている間は大人しくしていろと言ったよな!』


『ご、ごめんなさいなのですよぉ。すぐに片付けるのですよぉ!あ、痛っ!血が出たのですよぉ!』


『またお前は!危ないから触るなって言ってるだろ!ほら、後で俺が片付けるからお前は下がってろ!』


『は、はいなのですよぉ』


隣の部屋から聞こえてくる会話に冒険者達がなんとも言えない表情を浮かべていると、その耳にローブで顔を隠したルビアの笑い声が届いた。


「ふふ、ごめんなさいね。すぐに戻ってくるから」


ちょうどそのタイミングで隣の部屋からノシノシとハクトが戻ってきた。


「待たせたな」


「お、おう」


ハクトの放つ不機嫌オーラに冒険者は気圧されたように答えた。


「さて、どこまで言ったんだったか……。ああもういいや。なんでもいいから始めるぞ」


ハクトは腰の剣を抜き、左手に握った剣を冒険者達に向けた。


「かかってこい」


「ウ、ウォォォォォ!!」


ハクトの圧力を振り払うように雄叫びをあげ、冒険者達はハクトに向かっていく。


「グライグニス」


だが、剣の切っ先から放たれた黒い炎が一瞬にして冒険者達を飲み込み、骨すら残さず焼き尽くした。


「今の魔法にかなり私情を感じたのだけれど」


ローブのフードを払って歩み寄ってきたルビアと同じようにハクトもフードを払い除けた。


「前は冒険者の相手が面倒に思っていたんだが、最近ストレスの発散になっている事に気付いた」


「ふふ、冒険者に同情するわ」


「その同情を少しは俺にも向けてくれ。まったく、最近余計に仕事が増えてるぞ」


「でも、前よりも賑やかにはなったわ」


「……まあ、良いけどな」


肩をすくめてハクトは割れた皿を片付けるべく隣の部屋に向かって歩き出した。

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