第四十六話 強大な力を持つ者に求められるのは、資格ではなく、その使い道
仕事が早く終わったので、ルネをデートに誘うことにした。というのは建前で、本当は日中に死ぬ思いをしたので、早く安心したかっただけかもしれない。
「え、これからですか?」
「ああ、俺が風邪を引いたせいで、服も携帯電話も買ってやれていないだろ。だから、それを今から買いに行こう!」
たった今起きたばかりで、まだとろんとしているようにも見える瞳に向かって、熱く語りかける。よくみると、茶色の髪もところどころ跳ねていた。ルネは、突然の誘いに驚きはしたものの、買い物自体には反対でないらしく、満更でもなさそうだ。
これは好感触だと思っていると、側で話を聞いていたシロも、身を乗り出してきた。
「お兄ちゃんたち、買い物に行くんだ! じゃあ、私もついていくねっ!」
「お前は来なくていい」
昨日、病院に行った時もそうだが、どうして俺が外出するのに、ついてきたがるんだ。知り合いに見られたら、隠し子がいると誤解されるだろうが! というか、ルネとデートをしたいという俺の気持ちを察しろ!
「え~! 人数が多い方が、絶対に楽しいって! ルネもそう思うでしょ?」
ルネに向かって加勢を促す。どこかシロに頭の上がらないところのある彼女が、断れる訳もなく、ほぼ強制的に頭を縦に振ったのだった。
「は~い! 多数決の結果、私も行くことになりました~!」
「汚いぞ……」
せっかくのルネとのデートが……。この厚かましい幼女のために、早くもぶち壊されてしまった……。
「も、申し訳ありません!!」
ルネが必死に謝ってくるが、お前のことは怒っていないから、大丈夫だよ。むしろ、シロにこそ、謝ってほしいね。
こういう訳で、納得いかない部分もあったが、三人で街に繰り出すことになってしまった。恨みがましくシロを睨むと、これ見よがしに持っている剣が目に入った。
「そういや、結局、その剣って、何をしに持ってきたんだ?」
「聖なる力を打ち滅ぼすためには、どうしても必要な力だよ!」
「さっきから思っているが、逆だよな。普通は邪悪を打ち滅ぼすために、聖剣を持つものだよな! だいたい本物なのか? 俺をからかうためのジョークグッズじゃないだろうな?」
シロならやりかねないことだけに、強い口調でツッコんでやった。すると、シロもムッとした顔になって、そこまで言うのなら、証拠を見せてやると言い出した。
背筋に寒いものを感じた俺は、証明なんかしなくていいと止めようとしたが、それよりも先に、シロが剣をふるってしまっていた。
剣からは、青白い光が発生すると、俺の部屋を通過して、外へと貫通していった。そして、そのまま直進を続けると、アパートから離れたところにある山を一つ破壊してしまった。
「な……」
「ねっ♪」
「かわいらしく微笑んでも無駄だ。何をしてくれてんだよ、お前は……」
試し打ちで、山一つ吹き飛ばしやがった。力の無駄遣いにも限度があるだろ……。
吹き飛んだ山の周りに救急車とパトカーの赤い光が点滅しているのが見えた。アパートの外も、夕方の珍事に、にわかに騒がしくなってきている。
「さらに今のは、ほんの序の口でね。フルパワーは……」
「止めろ! 試し打ちで、街を一つ吹き飛ばすつもりか!」
俺は慌ててシロの手から、邪剣をもぎ取ろうとしたが、柄の部分に触れた途端、体の力を全て吸い取られてしまった。俺は足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちてしまった。
「あ~あ! 魔力もないのに、迂闊に剣に触れようとするからだよ。今のは不用心過ぎたね!」
「魔力だと……?」
駆け寄ってきたルネに支えてもらいながら、ふらついた足取りで立ち上がる。この剣って、マジで伝説の邪剣なのかよ……。
そんなものをこっちの世界に持ってくるなと全身全霊でツッコみつつ、ルネから汲んできてもらった水道水を一気飲みすると、ようやく力が戻ってきた。
「……いいだろう。買い物には連れて行ってやる」
「やった~♪」
たった今、山を一つ地図から消したとは思えない、無垢な笑みを浮かべて、シロは喜びを爆発させた。
「ただし、条件がある。その物騒な剣を、異世界に送り返すことだ……」
「ふえ!? 駄目だよ、これは私がにっくき勇者の手先に勝つために必要なアイテムなんだから!」
「勇者の手先より先に、こっちの世界の地形を変えかねないからな。手先たちには、お前の力だけで対抗してくれ」
「い、嫌!!」
俺の気も知らないで、我がままを言い始めるシロ。まるで親からおもちゃを取り上げられそうになっている子供のように、剣を抱きしめて話そうとしない。
それからしばらくの間、ルネが心配そうに見つめる中、邪悪な剣の対処で、シロと軽い口論になってしまった。俺にも大人げない部分はあったと思うが、触れただけで力を吸い取られてしまう剣を、部屋の中に置きたくなかったのだ。
結局話し合いの末、邪悪の剣は、いつも賞金探しで勝手に使っている部屋に置いておくということで、決着した。
「お兄ちゃんの分からず屋……」
「どっちがだ!」
シロは頬を膨らませて、文句を言い続けているが、大人しく邪悪な剣を部屋の中に安置してくれた。警察がアパートに乱入してくる気配もないし、山を吹き飛ばした光が、このアパートから出たのを目撃した人はいない様だな。ニュース番組で確認したところ、あれで死傷者も出ていないみたいだ。とりあえず黙っていれば、問題はなさそうなので、胸を撫で下ろす。
しかし、こうして見回してみると、この部屋もかなり物が置かれたな。大家が、住みたいと言う人を連れてきたら、さぞかしビックリするだろうな。
「あのおかっぱ頭、今日も来るかねえ……」
「もし買い物中に襲われたら、私たち、全滅しちゃうかもね。そうなったら、お兄ちゃんのせいだよ」
「まだ言うか」
あの剣を使わないと、シロでも勝てない相手か。それほどのやつが、俺の周りをうろついていると思うと、ゾッとするな。
だからといって、剣を持ち歩かせることも出来ないがな。勇者のお供は倒せても、警察に付きまとわれることになってしまう。
なあに、買い物の間くらい、向こうだって、大目に見てくれるだろうと胸を張って、俺たちは買い物へと繰り出したのだった。




