第四十七話 報酬はコーラと身の安全
出発した時はまだ明るかったが、買い物から戻る頃には、すっかり暗くなってしまっていた。三人とも、重い買い物袋を両手に持って、意気揚々と帰宅した。ちなみに、一番ご機嫌なのは、強引についていったシロだったりする。
「いっぱいお買い物したね!」
「は、はい……。でも、ご主人様にたくさんお金を使わせてしまいました……」
「ああ、気にするなって。必要経費なんだから。ルネだって、ずっと同じ服は嫌だろ?」
「は、はい……」
買ってやったばかりの服が入った買い物袋を見て、嬉しそうにはにかんだ。その顔を見ると、俺も良いことをしたと、鼻が高い。
だが、一方で、財布がかなり軽くなったのは事実だ。ルネのために携帯電話や服を買い込んだのは仕方ないにしても、シロにまで携帯電話を買ってやったのが痛い。
俺はシロにまで買ってやるつもりはなかったのだが、駄々をこねられてしまい、根負けした形だ。一応、抵抗はしてみたが、店で小さい子に喚かれると、かなり不利なのだ。何せ、周りは、俺を親だと思ってみてくるからな。そういう意味では、シロの嘘泣き作戦は功を奏したことになる。
「そんなにいきり立たないの! 私と連絡が取れれば、いざって時に、かなり助けになるよ!」
「そのいざって時がなかったら、どうなるんだよ。俺の大損じゃないか」
恨み言を呟くが、シロがにやりとして、それはどうかと食いついてくる。
「お兄ちゃんの身にいざって時がない訳がないじゃん。今日だって、仕事中に、イナゴの襲撃を受けたくせに」
シロの口から、何気なく漏れた一言に、俺はドキリとしてしまった。そのことはルネにも話していない。もちろんこいつにだって言った覚えはない。
「……どうしてそれを」
「ふっふっふ! 私には独自の情報網が、存在するんだよ。お兄ちゃんの身に起こったことを把握することなんて、ちょろいのさ!」
何だそれと聞きそうになって、ハッと気付いた。今日俺が行ったのは、こいつが交流のある富豪が所有している施設だ。こいつが情報を把握することは、十分可能だ。
「お前……、今日襲撃してきた虫使いの幼女のことも知っているのか?」
「私、あいつ、嫌~い!」
この反応は知っているな。しかも、何回か、本気でやりあったこともあると見える。とんでもない力を持った幼女という共通点があるので、もしやと思ったが、やはりか。
「なあ、あの子のことを知っているのなら、俺に教えて……」
「嫌~い!」
「……」
何度尋ねても、それしか言わない。嫌いなのは分かったから、フードの子の素性と、どこが嫌いなのかを教えてくれよ、駄々っ子。
だが、何回聞いても、シロは嫌いしか発音しない。こうなると、コンピュータより融通の利かない相手だな。じゃあ、あいつがまた襲ってきたら、電話で呼ぶから、助けに来てくれよと、悔し紛れに言うと、「アイアイサー!」と敬礼してきた。時々思うことなのだが、こいつは、俺が巻き込まれていくのを楽しんでいないだろうか。その様子を魔王すらも楽しんでいる気がしてならない瞬間もある。
「あいつなんて、誰かに代わりに戦ってもらわなきゃ、一人じゃな~んも出来ない自堕落ちびっ子だから、ちょろいちょろい♪ 大船に乗った気でいて良いよ!」
「それは心強いな」
フードの子のことをずいぶんひどく言っているな。そういや、本人も、直接動くのは苦手だと言っていたっけ。
シロとフードの子が、本気で戦ったら、被害が拡大する気もするが、いつまでも危険の晒されながら、仕事をするのは嫌だ。シロがせっかくやる気になっているし、ここは素直にお願いすることにしよう。
「ふんふふ~ん♪」
シロを見ると、鼻歌を口ずさみながら、満足そうに携帯電話を操作し出していた。買ってやったばかりだが、すっかりお気に入りのようだ。電話代は、俺が払うことになるんだから、使い過ぎるんじゃないぞと、内心で念を押す。
だが、これで、また勤務中に危険なことが起こっても、助けを呼べるようになった訳だ。幼女を用心棒にするのはどうかという倫理的な問題は置いておいて、身の安全はだいぶ確保したことになる。
そういや、シロは俺の悪夢の中にも助けに来てくれたっけ。元々は、魔王の手下として、賞金探しのナビゲーターとして接してくるだけだったのが、いつの間にか、俺の日常生活に我が物顔で馴染んでいるな。それだけでなく、俺の身に降りかかった危険に対して、身を挺して、かばってきてくれることさえあった。
危険なことは、相変わらず矢継ぎ早で起こっているが、シロが対応してくれれば、だいぶマシになるだろう。これまで心臓が悪い意味で鳴り続けていた、俺の生活にも、ようやく平穏の兆しが戻ってこようとしているのだろうかね。
だが、俺のささやかな希望をぶち壊すように、さらなる事態が、その夜に待っているのだった。
その夜、俺は壁にもたれかかった状態で座り込みながら、悪態をついていた。
既に、その日の賞金探しは終了していた。結果は俺の惨敗。賞金は、俺以外の人間の手に渡ってしまったのだった。
「くそ! 行けると思ったんだがな……」
取り損ねたやつは、みんな同じことを考えているのだろうが、そう分かっていても、つい頭に浮かんでしまう。良いところはあったんだがなあ……。
もうどれくらいこうしているだろうか、他の参加者は、とっくに帰ってしまっていた。
「お兄ちゃん」
座り込んだままの俺に向かって、シロが話しかけてくる。まだ部屋に残っていたのか。
「帰らないの? ルネが心配するよ」
「ふっ。男には一人になりたい時があるのさ」
格好をつけてみたが、本当はいじけているだけだったりする。シロは、どうでも良さそうに鼻を鳴らすと、俺にコーラを投げ渡してきた。
「携帯電話のお礼!」
「そりゃどうも」
コーラと携帯電話じゃ、値段が釣り合わないが、ありがたくいただくことにした。しかし、お礼とはね。こいつも、見かけによらず、義理堅いところがあるじゃないか。
「賞金を探し回っているお兄ちゃんを見て、前から思っていることがあるんだけどね。すごく真剣だよね」
「そりゃそうだ。現金の掴み取りみたいなものだからな。楽して金を稼げるのなら、そりゃ目の色だって変えるさ」
「賞金を探している時のお兄ちゃんを見ていると、全然楽って感じがしないね。いや、お兄ちゃんに限ったことじゃないけどね」
「ははは……」
それでも仕事で同じ金額を稼ぐよりは楽なんだよ。お前に言っても、分からないかもしれないがね。
「俺の場合は、ルネを買い取るための一億円も稼がないといけないからな。他のやつら以上に、勝負に固執する必要があるんだよね」
「一億円を稼ごうとしたら、終盤に縦続けに賞金を取ればいいんだよ。というか、今日の分の六十四万は獲得し損ねても、問題はないんじゃない?」
「だが、日常生活は潤うさ。お前にだって、携帯電話を買ってやれたしな」
苦笑いした後で、考え直す。ルネを買うための一億円。これを賞金探しで獲得しようとしたら、最終日の八千万円は絶対に落とせないんだよな。あと、その前までに二千万円を獲得しなければいけない。
「こんな取ったり取られたりの繰り返しをしている状況で、手にすることが出来るのかなあ……」
思わず弱音が口から出てしまい、シロと目が合って、慌てて咳払いで誤魔化した。
「と、とりあえず俺はここでもう少し休憩してから、部屋に戻るから、お前は先に戻っていてくれ」
「うん!」
シロはにっこりと返事をして、部屋から出ていったが、そこでハッと気が付いた。俺、シロに対して、部屋に戻れと言ったよな。ひょっとして、気付かない内に、シロを部屋に泊めることを許しちゃっている!?
そんな馬鹿なと否定しようとしたが、考えてみれば、シロと家族といっても過言じゃない付き合いをしているではないか。これ、勇者の仲間から、魔王の一派と勘違いされて殺される展開まっしぐらだな。
自嘲気味に笑うと、大きく息を吸って、目を閉じた。五分間だけ休憩したら、部屋に戻ろうと思った。
だが、自分で思っている以上に、疲れが溜まっていたらしい。いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。




