第四十三話 襲撃は唐突に始まった
ずいぶん久しぶりの投稿の気がします。二日も空けたのは初めてですかね。
最近、急ピッチで、おかしなことに巻き込まれつつある。それに比例して、俺の平凡な人生までおかしな方向に向きつつあるが、今は仕事に打ち込んでいる。たった一人の同僚に対して、唖然とする部分は多いが、良好な関係は築きつつあった。
午前中は仕事を覚えることで頭がいっぱいで気が回らなかったが、余裕が出てきたせいで気になるようになってきた。
じいさんは、夜には帰れるみたいなことを言っていたんだが、具体的な時間は教えてくれなかったからな。
「フンフフ~ン♪」
隣では、パンクが音楽を聴きながら、ご機嫌で鼻歌を口ずさんでいる。これが絶望的に下手くそなのだ。しかも、気分が乗ってくると、ドラムの真似事なのか、両手の人差し指で、机をトントンとたたき始めるのだ。これも気が散るので、止めてほしい。
軽く注意してみるか? だが、爺さんが言っても聞かないみたいだしな。注意して無視されたら、一気に険悪な雰囲気になるしな。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何だ? 昼飯を食ったら、眠くなったから、昼寝をしたいとかか?」
「違う」
お前じゃねえんだ。本当に眠くなったとしても、職場で口にするほど、だらけてねえよ。この仕事って、何時までなんだ? 爺さんに聞きそびれちゃってさ」
「何だ、そんなことか」
つまらない質問にパンクが拍子抜けしているが、教えてくれる気ではいるみたいだ。
「聞いて驚け……。この仕事はな……」
「ああ……」
終業時間を聞いただけで驚くことはないと思うが、一応聞き耳は立ててやる。その時、外の方で、かなり派手な爆発音がした。そっちの音で、聞いて驚いてしまった。
「な、何だ?」
窓ガラスに駆け寄ると、建物の一つが黒煙を上げて、大破していた。
「襲撃が始まったな……」
「しゅ、襲撃……?」
コーラを飲みながら、やけに落ち着いているパンクをもどかしく感じながらも、条件反射的に屈んだ。
ものものしい警備から、ある程度の襲撃は覚悟していたが、いきなり爆発とは……。
「そんな悠長な……!」
自然に運を天に任せているパンクとは対照的に、俺は震えあがってしまっていた。パンクは、その内慣れると、声をかけてきてくれているが、これは慣れの問題じゃないだろ。
涙目で、外を凝視していると、武装した警備員たちが、爆発した建物内部に、銃を持って突撃していった。しばらくすると、建物から、大量の何かが飛び出してきた。
一匹一匹が小さくて、目を凝らさないと判別できなかったが、あれは……、大量のイナゴ?
「今日は、イナゴできたか……」
「今日はイナゴって、いつもは違うのか?」
「バリエーションがあるんだよ。蜂だったり、蜘蛛だったり。大体は昆虫で統一されているけどな。イナゴだからって、舐めちゃいけないぜ。見ろよ。完全武装の兵士たちが、苦戦しているだろ」
舐めてはいないが、圧倒されてはいる。刑務所を通り越して、要塞にしか見えない、この建物が、何者かから襲撃を受けていることは知っていたが、まさか虫とは。てっきり武装した連中が、防弾チョッキを着て、襲ってくるものと……。
大量のイナゴは、それぞれが寄り集まって、巨大な手を形作ったと思うと、兵士たちを平手打ちのようにはたいて飛ばしてしまった。
「誰かが操っているみたいな動きだな」
「正解! ご主人様のコレクションが気に食わない誰かさんが、虫たちを従えて、襲ってきているんだよ」
「誰かさん?」
「そっ! 今日は姿が見えないけどな」
虫を操って、攻撃してくるなんて、どんな攻撃法だよ!? そいつも異世界の人間なのか?
「旗色が悪いみたいだが、俺たちは非難しなくていいのか?」
「はっはっは! そんな支持は受けちゃいないね。俺たちの仕事は、何があっても、コレクションたちの安全を確保することだぜ? 避難していいと思ってんの?」
面白い冗談だと笑い飛ばすパンクを見ながら、俺は地獄に叩き落されたような気分だった。軍隊でも、自衛隊でもないのに、緊急時に逃げるの禁止なんて、あり得ない……。
「まあ、じたばたしても始まんねえよ。コーラでも飲んで落ち着こうぜ」
「それどころじゃない」
「はっはっは! 要は慣れだって!」
また言われた。この建物だって、いつ爆発するか分からないというのに。慣れと言えば済むとでも思っているのだろうか。もしくは……、この建物が、絶対に狙われない理由でもある……?
そんな都合の良い考えが、頭に浮かんだが、窓ガラスに向かってきた無数のイナゴたちと目が合ってしまったことで、再び恐怖に怯えることになった。
「お、おい……! イナゴが窓ガラスに向かって、突進してきているぞ!」
「ビビるなって。たかがイナゴだ。特攻してきたって、ここの特別性のガラスは割れやしない。今に収まるさ」
「ひびが入ってきているぞ。これはどう説明するんだ?」
「割れやしないさ」
こいつの窓ガラスへの信頼は、どこから湧いてくるんだ? こうしている間にも、ひびは拡大されているというのに。ああ、もう! こいつの冷静さの根拠が、どうしても知りてえよ!
それからは、のんびりと寛ぐパンクを恨めしげに睨みながら、イナゴの襲撃に震える時間が続いた。
結果を述べると、襲撃は失敗に終わり、残ったイナゴたちは退散していった。
「ほらな! 大丈夫だったろ?」
「大丈夫だったが、黙ってくれ!」
結局、窓ガラスは、イナゴの突撃に耐えてくれた。パンクの予言通りだったが、割れる寸前の窓ガラスを見る限り、感謝する気にはなれない。
「もう帰りたい……。まだ死にたくない……」
ここは危険地帯だ。ここにいる限り、俺は危険に晒され続ける。もう荷物をまとめて、今すぐにでも逃げることしか頭になかったが、そんな俺に、パンクが防弾チョッキを渡してきた。
「ほえ?」
こんなものをどうするんだ? 襲撃はもう済んだだろ? 理解の追いつかない頭で、パンクを見ると、こんなことを言ってきやがった。
「何をボサッとしているんだよ。仕事がお待ちかねだぞ」
見ると、いつの間に着込んだのか、防弾チョッキ姿になっていた。さらに、俺にも着ろと急かしてくる始末だ。
「え? まさか外に出るのか!?」
「さっきの攻撃で、崩壊した建物に入って、電気系統を補修しないとな。いくつか千切れてしまったみたいで、コンピュータで操作出来なくなっているんだ」
お前が何を言っているのかが、分からん。というか、分かりたくない! まだイナゴの残党が残っているかもしれない建物に入って、修理する?
「そういうのって、電気会社の係員の仕事じゃないのか」
「ここじゃ、俺たちの担当なんだよ。ほら、文句を言っていないで、さっさと準備をしろ。今は非常用の電気が通っているが、数時間で駄目になる。その前に修理を追えないといけないんだ。万が一にも、停電になろうものなら、俺たち、タダじゃ済まないんだからな」
「……」
さっき惨状を目の当たりにした場所に出ていくのは勇気が必要だったが、パンクの脅しに背中を押されて、渋々出ていく羽目になった。イナゴも怖いが、得体の知れない富豪の方が怖い。気は進まないが、俺は防弾チョッキを受け取ると、すごすごと袖を通した。




