第四十二話 施設の存在意義と、賞金探しの裏側
会社から出向だと告げられて、連れてこられた謎の施設の一室には、パンクファッションとピアスで全身を固めた、男とも女とも判別のつかない先輩が、へらへらと笑いながら仕事をしていた。
挨拶代わりに、いきなり尻をまさぐられたのだが、これはセクハラという捉え方でいいのかね。
「ふむ……、顔合わせは滞りなく済んだようじゃの」
どこが……。俺がセクハラされて、かなりいきり立っているのが分からないのか? それとも、この程度のしかめっ面は、ここでは日常茶飯事だとでも?
「さて。わしはこれで失礼させてもらうとしよう。後のことは、そこの先輩に聞くといい。就業時間にまた来るから、それまでお別れじゃ。喧嘩……はせんと思うが、険悪な仲にはなるなよ。仕事のパートナーなんじゃからな」
隣のパンクが、仕事のパートナーね。出来ることなら、チェンジと叫びたいが、そうもいかないんだろう。
面倒な仕事が終わったと、ため息をつきながら、爺さんが出ていった。代わりに、俺が面倒なことに巻き込まれた訳だがね。
「おいおい。しけた面をするなって、これから仲良く仕事をする仲じゃねえか。楽しくいこうぜ!」
「ああ……」
誰のおかげで、辛気臭くなっていると思っているんだ。こいつ、パソコンの扱いはお手の物らしいが、空気を読むのは苦手みたいだな。
「なあ、仕事の前に確認しておきたいことがあるんだが……」
「ん?」
「あんた……、男と女、どっちだ?」
徐々にこいつの派手ななりには慣れつつあったが、未だにこいつの性別が判別出来ない。初対面の人間に聞くことではないが、重要なことなので、聞いてしまうことにした。
パンクはしばらく呆けたように俺を見つめた後で、盛大に噴き出した。
「あ、あははは! あんた、意外とどうでも良いことが気になる性格なんだな!」
どうでもよくなんかないさ。お前が男か女かで、さっき尻をまさぐられたことに対するとらえ方が全然違ってくるんだから。
「そんなに気になるならさ……。触って確かめてみたら?」
俺の右腕をグイと掴むと、そのまま自身の股間まで持っていこうとする。思わぬ不意打ちに、反射的に無理やり手を振りほどいてしまう。俺の初心な反応がツボに入ったのか、パンクはゲラゲラと腹を抱えて大笑いした。順調にからかわれているな。
こいつとは話が噛み合わないなと思いつつも、働いている間だけの辛抱だと割り切って、仕事の説明を受けることにした。
「なあ……。一つ聞きたいんだが」
「うん? 何だ?」
一通りの仕事の説明が終わって、機械の操作にも慣れたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「ここの主人のコレクションって、何なんだ?」
「おっ、核心に迫る鋭い質問をしてきたね」
「話したくないなら、無理にとは言わないが、気になってな……」
俺の主な業務内容は、ここの主人のコレクションが安置されている部屋の室温管理が主になるが、部屋によっては、設定がまちまちなのだ。南極よりも気温が低く設定されている部屋もあれば、砂漠より暑い部屋もあった。パンクは、少しでも室温に変化があると一大事だと笑っていたが、そこまで厳重な管理が必要なものとは何なのか。
「そうか。そうだよな。やっぱりそこが気になるよな。あんたの前任者も、その前のやつも、それを聞いてきたよ」
不思議に思わない方がおかしいくらいだ。業務の説明に付け加えておいてほしいね。
「まあ、口止めされていないから、教えてやるよ。ご主人様のコレクションはな。ちょっと特殊な女の子たちだ」
「特殊?」
「そう。下半身が魚だったり、翼が生えていたりとかね」
パンクの説明を聞いて、口を大きく開けて、言葉に詰まってしまった。こいつ、また馬鹿なことを言っていると呆けたからではない。心当たりがかなりある話だった。
「それって……」
「おっ、察しが良いね。そうさ。ここで管理されているコレクションっていうのは、ご主人様が、異世界から買い求めたこっちの世界では架空の生物とされる人魚やセイレーン、天使とかさ!」
俺は今度こそ言葉を失ってしまった。シロの親玉である異世界の魔王に、資金援助している富豪に、雇われていたなんて。
「最初は誰でも驚くよな。異世界の魔王だの、それを援助する富豪だの、自分には関係のないことだと思っていたら、いつの間にか巻き込まれちまっているんだから。軽い気持ちで賞金を毎晩探しているだけだと思ったら、この仕打ちさ。せめてこっちの意思ぐらい聞いてくれてもいいのにな」
こいつなりに慰めてくれているのだろうか。だが、俺は魔王や異世界といった言葉を口走ったことに肝を冷やしたね。異世界のことを知っているのは、話している内にだいたい理解出来ていたが、俺の現状にやけに詳しいじゃないか。
「賞金探しのことを知っているのか?」
「知っているも何も、俺、経験者だから!」
「……経験者? あんたが、俺たちと同じように、賞金探しに参加していた?」
「そっ! つまりここでの仕事も、賞金探しも、両方で俺が先輩な訳よ。ちなみに、戦績は、俺が賞金をずっと全部独り占めしていたぜ。どうだ、すごいだろ!」
「ああ、すごいな……」
半分妬みもあったが、素直に称賛した。まだゲームの途中だが、負け越している俺に比べれば、遥かに優秀なプレイヤーだったようだな。ということは、懐にかなり貯め込んでいる訳か。皮肉も込めて、突っ込んで聞いてみるか。
「全勝したってことは、かなり儲けたんだろ。だったら、こんな怪しげなところで働く必要なんて、ないんじゃないのか? 少なくとも、俺だったら、仕事を止めて、余生は遊んで暮らすね」
つまらない人生設計かもしれないが、毎朝アラームに起こされることなく好きなだけ寝て、買い物をするたびに財布の残金を気にせずに生活出来ることが、どれだけ素敵なことか!
「ああ、確かにそんなことも出来るわな。でもよう……、俺って、欲の深い人間なんだわ。目的の物が手に入っても、さらに欲しがっちゃうっていう感じ?」
「さらに?」
「せっかく富豪や魔王とお知り合いになれそうなんだぜ? どうせなら、親密な関係になって、一緒に甘い汁を吸いたいじゃん?」
おいおい……。どう見たって、どっちも危険人物じゃないか。望んで、関わり合いだなんて、結構アクティブなことを言うんだな。
「ここの富豪な。賞金探しの参加者から、時折使えそうなやつを見繕っては、俺やあんたみたいに雇っているんだよ。これはチャンスだと思って、迷わず乗っかったって訳!」
その話が本当なら、俺も富豪に使えるやつだと思われているということか。果たして喜んでいいことやら。
「どうやって取り入るつもりだよ。俺たちみたいな下っ端の雇われ社員は、上の人間と口を利くことさえ奇跡だっていうのに」
特に、俺たちを雇っている富豪の管理している組織は、普通の大会社と比べても、規模が大きそうだ。下手をしたら、顔を拝むことすら叶わないかもしれない。
「そんなことは承知の上さ。でもな、俺には秘策があんだよ! 絶対に富豪と仲良くなれる秘策がな」
「秘策……?」
思わず身を乗り出してしまったが、そんな重要情報を、タダで教えてもらえるほど、世の中は甘くない。実際、パンクからも、もっと仲良くなったら話してもいいと流されてしまった。知り合ったばかりの人間に、全部話すほど馬鹿ではないらしい。
「駄目だぜ。他人から成功の秘策を聞き出そうなんて。勝ちたければ、自分の頭で考えなきゃな」
「そうらしいな」
会社の先輩から、散々言われたことを、こんな何も考えてなさそうなやつに説かれるとはね。まあ、いいや。仕事しよ、仕事。
平凡な人生を送るにせよ、上を目指して勝負するにせよ、日常業務はしっかりする必要があると、パソコン画面に向き直ってキーを叩きだす。俺が真面目に仕事を始めたのを確認して、パンクもまたイヤホンをつけて、パソコン画面に向かった。
淡々と時間は流れていくが、俺の身に転機が訪れていることは、肌で感じ取っていた。この先の人生、一体どうなることやら……。




