第四十一話 新しい職場、新しい変わり者の相棒
いつも通り会社に出勤しようと、頻繁にあくびをしながら、朝の準備をしていたら、突如送り迎え付きの出向が命じられてしまった。
しばらく上司の顔を拝まずに済むのはこの上なく嬉しいことだが、これから何をさせられるのかと思うと、同じくらいの不安も生じていた。
それを裏付けるかのように、刑務所のような建物に連れてこられた。ここが、俺の新しい職場だという。
開いた門から、車を降りることなく、そのまま中へと進む。気のせいであってほしいのだが、門の上に、銃を構えた兵士らしき人が二人ほど見えたような気がした。
運転手の爺さんに聞けば、教えてくれると思うが、詳しく知るのも怖いので、何も見ていないことにした。人間、知らない方が良いことも、世の中にはあるのだ。
「ここは何の施設ですか……?」
「楽園ですじゃ……」
「楽園……?」
質問してみたら、風変わりな返答が戻ってきた。それは、ここの主人にとっての楽園ということなんだろうな。問題なのは言うまでもなく、俺にとっては、どういう場所になるのかだ。楽園とやらの意地のために、生き血をすすられるのはごめんだ。
塀の向こうには、大小様々な窓のないコンクリート製の建物が不規則に並んでいた。何かやばいものでも作っているのではないかと、いやが上にも勘繰ってしまう。
「さて。この建物の一室が、あなたの当分の職場になります。案内しましょう」
とある建物の前で、ようやく車が停まってくれた。やれやれと思いつつ、慣れないリムジンから降りる。
深呼吸でもしたいところだが、そこからも厳重なセキュリティーは続いた。怖い顔の警備員と何度もすれ違ったし、カードキーが必要な鉄扉も何度も潜り抜けた。その後、エレベーターで地下のフロアに降りた。
「ずいぶん厳重なんですね」
げんなりとしてしまい、つい本音が口から洩れてしまう。爺さんは、気にした風でもなく、さらりと答える。
「はい。旦那様のコレクションを快く思っておらん輩がおりましての。奪還しようと、たまに襲撃してくるんですじゃ」
「襲撃……」
物騒な言葉だな。笑って流したいところだが、ここまでの厳重な警備を見る限り、相当激しいものであることは想像に難くない。
「ここにはコレクションが収められているんですか?」
「はい。それはもうデリケートなコレクションが多数……。そして、それを維持するために、室温や湿度を細かく管理する必要があるのですじゃ。ですが、先ほど申し上げた通り、ここは度々襲撃されて、空調設備の類が不良になってしまうことも少なくない」
機械の話が出てきて、ピーンときた。だんだん俺が呼ばれた理由が分かってきた。
「つまり、その機械が壊れないように、管理するのが俺の仕事ですか?」
正解だったのか、爺さんは満足そうに頷いた。
「話が分かる方で助かります。おっと、話をしている内に、到着しましたぞ」
とある部屋の前で、爺さんは立ち止った。ドアに、制御室を書かれたプレートのある、この部屋が、今日からの職場という訳だ。
促されるままにドアを開けると、十二畳の部屋が、パソコンで埋め尽くされていた。とても俺向けの部屋だった。いつも会社でパソコンばかりいじっている人間からすれば、却って落ち着く。ましてや、得体の知れない建物に連れてこられて、不安に駆られている時なら、尚更だ。
部屋の奥からは、パソコンのキーを警戒に叩く音が聞こえてくる。無人ではないみたいだな。
「おい! お前の新しい相棒を連れてきてやったぞ」
部屋の住人に向かって、爺さんが呼びかけるが、返事はない。不思議に思っていると、爺さんが面倒くさそうに唸った。「やれやれまたか……」とも呟いている。考えたくはないが、俺の新しい同僚は、コミュニケーションに難があるのかもしれない。
爺さんの後について部屋の奥に行くと、すごいのが仕事をしていた。髪はあちこちを赤や青などに、統一することなく滅茶苦茶に染めていて、口や耳はたくさんのピアスが付けられていた。服装は、パンクファッションで決めている。耳にイヤホンをつけて、音楽を聴きながら、ご機嫌にパソコンのキーを叩いている。とりあえずこいつのことは、パンクと呼ぶことにしようか。
「おうい!」
パンクの耳元からイヤホンを抜き取ると、もう一度呼びかけた。驚くこともなく、無駄に落ち着いた動きで、パンクは振り返った。今度は返事があったのが幸いだ。
「ああ、あんたか。悪いねえ。音楽に夢中で気が付かなかったよ」
「いつ声をかけても聞こえるように、音量を抑えろと言うじゃろうが。大声を出すのも楽ではないんじゃぞ」
「へっへっへ。これがないと、仕事が捗らないもので」
一応謝ったが、こいつの態度から、反省していないというのは、よく分かった。
さっきこいつのことを相棒と呼んでいたな。まさかこいつとここで仕事をすることになるのか?
向こうも俺に気付いたらしく、初対面だというのに、遠慮なくじろじろ見てきた。
「そいつ、誰?」
「柴田の代わりじゃ。今度は逃げられんように気を付けるんじゃな」
柴田というのは、俺の前任者か。逃げられたと言ったが、こいつが何かをしたのだろうか。だとしたら、これから一緒に仕事をする俺には、他人事じゃないな。
俺なんかじろじろ見ても面白いものはないだろと、内心毒づいていると、パンクはクスリと噴き出した。
「ここは私服がOKなのに、スーツなんか着てきちゃっているよ。真面目~!」
お前の格好を見れば、スーツが不要なことは、一目瞭然だ。ついでに、音楽もイヤホンを通してなら、OKらしいね。
「ここの主人はな。俺たちの格好なんか興味がない訳だ。気にしているのは、きちんと仕事をしているかどうか。それだけ!」
成果主義ってことね。だから、あんたみたいなのが、働いていられる訳か。
密かに馬鹿にしたのを察したのか、へらへら笑っていたパンクが、急に真面目な顔になって、歩み寄ってきた。
「どうかしたか?」
初日から揉めたくはないので、柔和な表情を心がけて、ソフトに聞き返した。パンクは黙ったまま、俺の後ろに回る。そして、そのまま手を、俺の尻へと伸ばした。
「ウホ! いいケツしてんな!」
初対面の相手に、自己紹介より先に、自分の体を褒められてしまい、俺は軽く引いてしまった。
「さっきの説明に追加させてもらうよ。特殊な性癖を持っていても、旦那様の趣味に干渉さえしなければ、大目に見てもらえる」
「へっへっへ! 最高の職場だよな」
パンクが乾いた笑いを上げる中、爺さんが冷めた顔で、こっちを見ている。もしかしなくても、俺も冷めて見られている中に含まれていると見た。
来ていきなりだが、通常の業務が早くも懐かしい。どうも最果ての地に送られたような疎外感もある。
俺の絶望的な顔を見て、パンクが勘違いした。どうも仕事に慣れることが出来るか不安に感じていると思ったらしいね。
「心配すんなって! 俺が手取り足取り、その他の部位まで取って、丁寧に教えてやっからよ」
パンクは不敵に笑うと、また俺の尻をさすった。これがお前なりのコミュニケーションの取り方なのか? 俺が不安に苛まれている一番の原因はお前なんだがね。
仕事に慣れてきたら、その内に文句を言ってやろうと思いつつ、内心で思い切りため息をついてやった。




