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前途多難 6

 

 もぐもぐと咀嚼しながら、

「子供らしからぬ冷徹さは認めるが、モノには順序ってモンがある。子供のお前がいきなりデカい大人にはなれんようにな」

 大和は箸を置く。

 雲水は口の中の物を飲み込んでから、

「まあ、今のはお前が墓穴掘っただけだが」

「……何が言いたい?」

 若干、不機嫌そうな大和をからかうような口調で、雲水は言った。

「要は『何でも一人でやろうとすんな』って事さ」

「…………」

 こちらを睨みやる少年には構わず、雲水は続ける。

「お前の事だ。焦りの理由は『この先、誰にも頼らず生きていこう』とか考えてるからだろ?」

 言われて、大和は僅かに視線を逸らす。

雲水は軽く笑い、

「図星か」

「…………」

 大和には返す言葉が無い。

 気が急いている訳は、今まさに雲水が言った通りだ。

「……何でそんな事が分かる」

 苦く言葉を吐き出すように問えば、快活な返答があった。

「そりゃ分かるさ。今までのお前の言動見てれば。それにお前自身が言ってただろ? 『これ以上、あんたの温情には甘えられない』ってな」

 雲水は茶を啜りながら、

「なら、この先お前がどう生きていこうとしてるかは、想像に難くない」

「…………」

 大和は雲水を見据え、

「家事は何一つ出来ないのに、意外と鋭いんだな」

「『意外と』とは何だ。後、言っとくが俺は家事が出来ねぇワケじゃねぇぞ。単に面倒だからやらないだけだからな。誤解すんなよ?」

「……別にどうでも良いけど」

 心底、どうでもよさげに呟いてから、大和は朝食の後片付けをする。

 そして、片手間に言う。

「そこまで分かってるなら、早く仕事紹介してくれ」

「だぁ~ら、何でも一人でやろうとすんなって言ってんだろうが」

 雲水は呆れて、嘆息混じりにぼやいた。

 

     ◆◇◆◇◆

「……えーと。お前向きの仕事……お前向きの仕事……っと」

「…………」

 雲水は、幾つもの依頼書の中からこの少年向きの仕事を探す。

 正直、この少年の腕前を考えれば、どんな依頼でもそつなくこなしそうではあったが。

 子供な上、駆け出しの退治屋――と言うのが、枷になる。

 依頼人が『この人物になら任せられる』――と、納得しなければ依頼が成立しない。

 無名だが無双の退治屋。

 そんな少年に見合う仕事と言えば――……

「……う~ん。まずは無難にこのあたりからいってみるか?」

「……村近隣に出没する妖魔の退治?」

 大和は渡された依頼書と地図を眺める。

 雲水は頷き、

「ここから半日ほど歩いた所にある村からの依頼なんだがな。頻繁に村人や家畜が襲われて困ってるそうだ。んで、妖魔の住処を見付けて叩いて欲しい――って依頼だな」

「…………」

「ああ、叩いて欲しいってもあれだぞ。妖魔の住処をつつき回して欲しいって意味じゃねぇからな?」

「……分かってる。住処ごと妖魔を潰せば良いんだろ」

 大和が感情無く呟くと、雲水は頷いた。

「そう。それで妖魔に襲われないようにして欲しいってのが、今回の仕事だ」

 無表情に依頼書を眺める少年の顔を覗き込み、

「出来そうか?」

「……別に。問題無い」

 雲水の問いに、さも当たり前といった調子で答える大和に、雲水は半ば呆れ顔で溜め息をつく。

「んじゃ、そいつがお前の“退治屋”として初の正式な依頼だ。行って来い。詳しい話は現地で依頼人に会って訊け」

 言われて、大和は頷くと、身支度を整え――依頼書と地図を手に、雲水の家を後にした。

 

 町を出て暫く歩くと、何度か馬車とすれ違う。

 どうやら、例の村と町を結ぶ馬車らしい。

 無論、大和は文無しなので、馬車を利用する事は出来ない。

 尤も、利用する気も無かったが。

 見知らぬ人間と同じ馬車に乗り合わせて、目的地まで忌諱の目で見られるのはごめんだ。

 大和はひたすら無言で歩を進める。

 昼を少し過ぎた頃、例の村らしきものが見えてきた。

「……あの村か……」

 大和はぽつりと呟く。

 地図と照らし合わせ、間違い無い事を確認する。

 村に着くと、どの家も固く戸が閉じられていた。

 依頼をして来た人物は、この村の村長で、「村で一番大きな家に住んでいる」と、雲水が言っていたので、大和はその情報を元に依頼者の家を探す。

 程なくして、村長の家らしき建物を見付け――依頼書を手に、大和は戸を叩いた。

「……はい?」

「あの……依頼……受けて来た……んですけど」

「えっ!?」

 戸の向こうから聞こえてきたのは、歓喜とも動揺ともつかない声だった。

 暫くして、ガタガタと戸が動き、閉ざされていた視界が開けた。

 ――と、思ったら僅かに間を置いて、その戸はガタンという音と共に再び閉ざされる。

「…………」

 大和は特に驚きもしなかったが、このままでは困るので、一応、戸口の向こうに居るであろう人物に話し掛けた。

「この村で頻繁に人や家畜が襲われていると聞いて来……ました。これは、この村の――貴方が預けた依頼書では無いの……ですか?」

 不慣れな敬語を織り交ぜて話せば、どこかくぐもった声で返事があった。

「――……そうじゃ。確かに、お前さんの持っている依頼書は儂が出したものに違いない」

 

 村長の言葉はどこか、荒々しく聞こえる。

 大和は静かな声音で、会話を続けようとした。

「だったら――……」

「なのに! 何故、お前のような子供が来る!? こっちは命が懸かっとるんじゃ! 子供のお遊びに付き合っている暇は無い! “ちゃんとした退治屋”を寄越してくれ!」

「!」

 その瞬間、大和は目を見開く。

 不快そうに眉根を寄せ、思わず普段の口調で返した。

「……“ちゃんとした退治屋”なら、今ここに居る。あんたの依頼書は読んだ。この村を襲う妖魔の退治も、その妖魔の巣を潰す事も造作無い。だから、妖具屋の店主から依頼を任されたんだ」

 すると、再び戸が開いた。

 顔を覗かせた老人は、こちらの姿に頭のてっぺんから足の先まで見下すような視線を寄越すと、 大和の紅い眼を睨め付け、

「大層生意気な口を利く餓鬼じゃ。いいか。儂らはその日を生きるだけでも命懸けなんじゃぞ。それを……お前みたいな子供に! おまけにその白い髪! 見るだけでもおぞましい!」

「……子供かどうか今は関係無いだろ」

 老人の言葉を遮り、大和は冷静に返した。

「あんた等には“妖魔を退治出来るかどうか”――それだけが求められている筈だ。容姿云々は今は問題じゃ無いだろ? それとも、ちゃんとした“大人の”退治屋じゃなきゃいけないのか? なら、依頼書にも年齢と容姿の指定もしておけよ」

「なんじゃと!? それが目上の者に対する物言いか!」

「端から礼を欠いてるのはそっちだろ。そんな人間にとやかく言われる筋合いはない」

 激昂する老人を余所に、大和はあくまでも普段の調子で続ける。

「俺は“退治屋”だ。依頼。するのか、しないのか……はっきりしてくれ。言っとくが、俺はこの村が妖魔に食い潰されようとどうなろうと関係無いからな。依頼してきたのはそっちだ」

「くっ……」

 老人が苦く呻き声をあげた――瞬間だった。

 つんざくような悲鳴が聞こえてきたのは。


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