前途多難 7
大和は短く舌打ちすると、踵を返し、悲鳴が聞こえてきた方へ走り出した。
(ったく。言わんこっちゃない。あの村長がごちゃごちゃとごねるから――……)
ザッと足を滑らせるように立ち止まると、そこには村人と思われる人間が二人――いや。
赤子を抱いた女と三人、妖魔に襲われているのが見て取れた。
一人は地面に倒れており、遠目に見ても事切れていると分かる。
そして、今まさに女と赤子を喰らおうと妖魔が襲い掛かる瞬間だった。
大和は迷う事無く、駆け出し――妖魔の爪が女と赤子を引き裂く寸前で、妖魔を斬り裂いた。
それから、即座に言い放つ。
「早く逃げろ!」
「あっ……あ……ああっ!」
大和の言葉に、女は言葉にならない悲鳴をあげながら、もつれ込むような足取りで逃げ出した。
それを横目で見やりながら、大和は毒づく。
「……何が“俺向きの仕事”だ」
思い切り不向きじゃないか――と、胸中で呻きながら、向かって来る妖魔を次々と斬り倒す。
これなら、斬影の仕事の手伝いをしていた方が遥かに楽だった。倒す妖魔の強さは……比べるまでも無い。
それでも、戦う剣を持たない人間にとって、妖魔は脅威なのだと、大和は初めて思った。
最初に見た者の一人は、やはり息が無い。
喉笛を掻き切られ、事切れていた。
――もう一足早く来る事が出来ていれば、死なせずに済んだのに……
僅かに罪悪感を覚えながら、大和は妖魔の住処を潰す為、その場を目指して駆け出した。
大和は走りながら、“もや”のようなモノが濃く感じられる方へと足を向ける。
あの日――斬影と離れ離れになった日以来、大和の眼には不思議なモノが視えるようになっていた。
以前は漠然と“感じる”だけだったモノが、視覚化され始めたのだ。
それは、強い妖魔と戦っている時ほどよく視える。
あるいは無数の妖魔が集まっている時。
恐らく、“それ”が妖魔が持つという“妖気”というモノなのだろう。
実際、この“もやのようなモノ”を追っていくと、必ず妖魔と出遭う。
それも、かなり強い妖魔に。
はっきりと視える“もや”を見付けた時は、その周囲に力を持った妖魔が居ると考えて、ほぼ間違い無い。
だから、大和はこの不思議な能力に気付いてから、以前より妖魔の見極めが容易になった。
そうして走っているうちに、例の妖魔の巣らしきモノを見付ける。
「……ここか」
大和は足を止めた。
そこには、深い穴がぽっかりと開いている。
その穴の奥から、どこかカビ臭く、そして血と腐った生き物の臭いが入り混じった不快な臭いが漏れ出していた。
“もや”――いや、妖気も色濃くそこに滞留しているようだ。
大和は懐から、紅く光る玉を取り出すと、その穴の中に投げ込んだ。
刹那――
激しい爆音と土煙を上げて、穴は見事に崩れ落ちた。
大和が投げ込んだ玉は、雲水から渡された妖道具で、“妖断丸”と呼ばれる――言わば爆弾である。
朱雀鳥、あるいは朱雀擬きと呼ばれる妖鳥の心臓――朱雀石から作られる。
炎のように熱い朱雀石を、特殊な術符で包み込んだ、一見簡素に見える代物だが、破壊力は申し分ない。
しかも、石が大きければ大きい程、威力が増す。
今回、大和に渡されたのは朱雀鳥の雛の心臓から作られた物で、かなり小さい。
だがそれでも、この程度の巣を潰すには事足りる威力だ。
妖断丸には、妖魔が嫌う香も混ぜ込んであり、退治だけでなく、その場に妖魔を近付けさせない効果もある。
しかし、作る手間と、妖鳥を狩る危険度も相俟って、妖断丸はかなり高価な代物だ。
それでも、受け取ってくれない赤竜の鱗は、果たしてどれだけの価値があるのだろうと、大和は思う。
舞い上がる煙りと、妖を退ける香の匂いを嗅ぎながら、大和は村へと戻った。
依頼書にあったのは、村を襲う妖魔の退治と、その巣を潰す事。
これで、退治屋としての仕事は終わった――と、大和は思っていた。
この瞬間までは。
「!」
村へ戻るなり、大和の顔に小石がぶつけられた。
さほど痛みは無かったが、あまりに唐突の事で、大和は自分が置かれている状況が理解出来なかった。
そこへ浴びせられた一言――……
「この……人殺し!」
「!?」
その言葉は、自分が助けた女から発せられたものだった。
「あんた、退治屋として来たんでしょう!? なのに……なのに、どうして妖魔から私達家族を……夫を救ってくれなかったの!?」
「そうだ! 妖魔退治に来たってのに村人を犠牲にして!」
「……いや……それはこの村の村長が……」
「口答えするな! 子供のくせに! 大体、子供に退治屋なんか務まる訳が無いんだよ!」
別段、喜ばれる事を期待していた訳では無いが、この反応は予想外だった。
まさか、村人がこぞって大和を責め立てるとは。
その中には無論、村長も混じっている。
大和は、村長の居る方へと歩み寄り、
「……村を襲う妖魔は退治した。そして、その妖魔の巣も潰した。なのに、この待遇はどういう訳だ。俺はあんたの依頼書通りに仕事をしたってのに」
すると、村長は顔を歪め、
「『依頼書通り』? 村人が犠牲になったと言うのに依頼書通りじゃと? どの面を下げてそんな口を叩く。大体、儂はお前みたいな子供に依頼を頼んだ覚えは無い!」
「ちょっと待てよ。じゃあ依頼料は……こっちは仕事で来てるんだ。まさか有耶無耶にする気じゃないだろうな!?」
そこでさすがに大和が声を荒げると、一斉に石が飛んでくる。
「村長は『依頼してない』って言ってるのに、余計な事したのはお前だろう!」
「その白い髪! 聞いた事あるわ! 妖の末裔だって!」
「じゃあ……こいつがあの妖魔を呼んで……!?」
「なっ……」
飛んでくる石を腕で防ぎながら、大和は呻いた。
どう考えてもこれは――……
(全部俺のせいにして追い返そうとしてる)
あれやこれやと、こじつけて大和を村から追い出そうとしている。
やる事だけはやらせておいて。
一瞬、何か言い返そうと無数に罵声が浮かんできたが、すぐに冷めた。
いつだって他人は“こう”だ。
大和に好意的だった試しが無い。
言い返すのも面倒になって――大和は全身、村人の投げる石の的になりながら、その村から立ち去った。
重い足取りで帰路に着く。
とはいっても、今からでは町まで辿り着けない。
街道の外れで野宿をしながら、大和はただ無言で傷の手当てをする。
涙こそ出なかったが――それでも石で出来た痣よりも、もっと別の所が痛んだ気がした。
(……何も変わらない。どこへ行っても、何をやっても)
何一つ、変わらない。
人は自分を忌み嫌う。
悪い事はしていない筈なのに。
(……斬影……)
大和はきゅっと唇を結び、刀を抱き締める。
(俺は……本当に“この道”を歩いて行けば良いのか……?)
同じ退治屋。
斬影と同じ道を歩んで行けば、いつかきっとまた会える。
そう信じていたのもある。
自分が生き延びる為に、必要だとも思ったが……
(……俺は……間違ったのかもしれない)
そうして、僅かな希望と、大きな不安を抱えて、大和は浅い眠りについた。




