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前途多難 5

 

 雲水は暫く口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと言葉を吐き出した。

「……お前。何なら暫くここに住んでも良いぞ」

 すると、

「いい。何かやだ」

 大和は即座にかぶりを振って拒絶する。

 雲水は思わず声を張り上げた。

「『何かやだ』って何だっ! お前、親父が見付かるまで寝床が必要だろ!?」

「……それは自分で何とかする」

 言ってから、大和はやや顔を伏せ、

「……これ以上……あんたの温情に甘えられない」

「お前――……」

 大和の口から出た言葉に、雲水は瞠目した。

 眉をひそめ、

「いつ甘えた? そんな可愛げのある素振り……これっぽっちも無かった気がするんだが」

「…………」

 その瞬間、大和は半眼になった。

 そんな大和には構わず、雲水は続ける。

「お前が何を“甘え”としてるのかは知らんが、俺から見りゃ、お前はまだ何も甘えてなんかねぇぞ」

「声を掛けてくれた。手を差し伸べてくれた。これから生きていく為に必要な情報をくれた。もう……充分だ」

「…………」

 雲水は無言で少年を見据える。

 はぁ……と、わざとらしく大きな溜め息をついて、

「……子供の口から出て来る言葉じゃねぇぞ、それ。お前の親父はよっぽど厳格だったんだなぁ」

「いや……」

 大和は首を左右に振ると、雲水を見上げ、

「斬影は……あんたに少し似てる」

「…………」

「あんたと違って料理も洗濯も掃除もちゃんと出来るけど」

「……それは言わなくていいんじゃねぇか?」

 

 雲水は呻いてから、

「俺がお前の親父に似てるなら尚の事……」

「似てるから……だから余計……これ以上世話になれない」

 何かを振り払うように――どこか強く言い切る大和に、雲水は嘆息した。

(似てるから……か)

 父親の影がちらついて辛いせいか、それとも自分に父親の影を追ってしまいそうになるからか……

 僅かに苦笑して――雲水は大和の頭をがしがしと撫でる。

「――分かった。じゃあ、後で良い宿紹介してやる。暫くこの町に滞在するなら使い勝手良いだろうし。それで宿に泊まるか野宿するかはお前が決めな。気が向いたら家に来い。ただまあ、今日くらいは家に泊まってけ」

 脳味噌まで揺さぶられながら、大和は小さく頷いた。

「……ただなあ……」

 雲水は大和の頭を撫でていた手を止め、

「お前の持ってきた鱗。こいつは正直、どう値をつけて良いか分からねぇ」

「…………」

「価値が無いってんじゃねぇぞ。逆だ。価値が“有り過ぎて”値がつけられねぇんだ」

 ぐらぐらと揺れる頭を抱えていた大和に、雲水は告げる。

「赤竜が人の世に姿を見せたって話は古くてな……手元にある資料でも一番新しくて、およそ三百年前って事になってる」

「……三百年前?」

 疑わしげに眉根を寄せる大和に、雲水は頷いた。

「ああ。昔、質の悪い熱病が流行ったらしくてな。それは赤竜の妖気が原因だったとか。で、時の退魔師が赤竜を退治して、その鱗から薬を作って人々を救った――って話だ。けど、それは売り捌いた訳じゃねぇから……比較が出来ねぇんだ」

「…………」

 

「こいつが本物の赤竜の鱗なら、良い熱冷ましの薬が出来るし、刀の素材として使えば炎を纏う妖刀が出来るという。まっ、武器を作るならそれなりの技術と“力”が必要になるが……兎に角、薬にしても武具にしても良いからな。それだけでも価値は跳ね上がる」

 雲水は手にした鱗を暫し眺め――やがて、それを大和の手に押し戻す。

「そいつは大事に持ってな。こんなところで宿賃代わりに使うのは勿体ねぇ。そいつはどんなに安く見ても当面の生活費にはなる。お前の親父の事もまだ分かんねぇんだ。いざって時の為に」

 大和は自分の手の中に返って来た鱗を見詰め、

「……でも、まだ何枚かあるし、角も取ってある」

「……いいから。大事に持ってろ。頼むから」

 この瞬間、雲水はもうこの少年が何を言っても驚くまいと思った。

 

     ◆◇◆◇◆

 翌朝――

「仕事。紹介してくれるんだろ?」

「……取り敢えず、その話はゆっくり朝飯食ってからにしねぇか?」

 何の感情も窺えない顔と口調でそう言う大和に、雲水は半眼になって呻く。

 昨日、一晩で大和がここに至る経緯を聞いた雲水は、正直、この少年とその父親が化け物じみた腕を持っている――という事くらいしか理解出来なかった。

 ――いや。理解したくなかった。

 こんな身近に、赤竜を倒せる子供が居るなど、笑い話にもならない。

 複雑な心境を隠せない雲水を余所に、大和は詰め寄る。

「昨日、一晩休んだら退治屋として仕事をくれるって言ったじゃないか」

「……『一晩休んだら』じゃねぇ。お前の話を馬鹿正直に信じるなら、少なくとも数日は休息が必要だって意味で言ったんだよ」

「あの時はそんな事言わなかった」

「……普通に考えて一晩で疲れが取れる訳ねぇだろ。心身ともに」

「もう動ける。後、何日もだらだらしてたら体が鈍る」

「……お前は本当に七つの子供か?」

 疑わしげな眼差しを大和に向け――雲水は嘆息した。

「……まあいいや。分かった。仕事は紹介してやる――けど、朝飯食ってからな。俺が腹減ってるから」

「……分かった」

 頷いて、大和は台所に立つ。

 ――結局、鱗は受け取って貰えなかったので、文無しには変わりない。

 ツケとはいえ、一宿一飯の恩がある。

 大和は、雲水の代わりに家事をする事にした。

 炊事、洗濯、掃除と手際良くこなす大和に、雲水はいちいち感嘆していた。

 大和の作った料理をつつきながら、

「腕は立つ。家事も出来る。見栄えも良い。後はもう少し愛想が良ければ完璧だな」

「…………」

 

 大和は無言で箸を進める。

 雲水が「お前には休息が必要」と言ったのには他意は無く、そのままの意味なのだろうが――長く留まれば、それだけここでの宿代が溜まっていく事になる。

 何より……雲水の温情に甘え――頼りきりになりそうなのが、大和には恐かった。

 この先、斬影と再会するまでの間、孤独に耐えられないかもしれない――と。

 雲水が言っていたように、斬影の生死は定かでは無い。

 ならば、自分にはこれより先、独りで生きていく力が必要だ。

 と――

「急いたところでロクな事はねぇ。長丁場になりそうなら尚の事な」

「…………」

 言われて、大和は雲水を見返す。

「お前はもうちょい落ち着く事を覚えろ」

「……別に焦ってないし、落ち着いてる」

「別に『焦ってる』なんて言ってねぇよ」

「…………」

「お前はアレだな。無表情で感情は読みにくいが、何となく何考えてるかは分かるな」


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