前途多難 4
大和は雲水の顔をじっと見据えた。
その目はどこか恨みにも似た感情を宿している。
それを見た雲水は軽く肩をすくめ、大和が何か言うより先に口を開いた。
「取り敢えず、話は後ろの戸を閉めてからにしてくれよ」
「…………」
言われて、大和は後ろ手でカラカラと戸を閉める。
不機嫌そうに口元を歪め、
「……何で最初に言わなかった」
表情からは感情が読みにくく、何を考えているのか分からない少年だと思ったが、やはり人並みに感情はあるらしい。
雲水は、くつくつと笑いながら言った。
「最初に言ってたら……お前、俺を信用したか?」
「…………」
訊き返されて、大和は口を噤んだ。
雲水は小指で耳を掻きながら、
「最初に話してたら、お前の警戒心を解く事くらいは出来たかもな。だが、結局のところ……お前はここへ来てモノを見るまで俺を信用しなかっただろう」
言って雲水は、ふっと耳垢を床に飛ばし、
「だったら、どこで名乗っても大差はねぇ。寧ろ、こうすりゃお前は俺を疑わない――だろ?」
「…………」
確かに……と、大和は思う。
彼の言う通り、はじめに妖具屋である事を告げられていれば、多少警戒心は和らいだかもしれない。
しかし、証拠が無い以上、鵜呑みにも出来ない。
寧ろ、その中途半端に自分と距離を縮めようとする事に警戒するかもしれない。
だが、疑って疑って……その先の事実を見せられては、信用しない訳にはいかない。
まさか自分一人騙すのに、これだけの準備を整えて、店主の名を語る事などしないだろう。
他に仲間が居るようにも見えないし、何らかの理由で子供を攫うにしても、はじめ彼が言っていたように、殴り倒して連れて行けば良かったのだから。
あの時の自分は、背後から歩み寄る男の気配に気付かない程、隙だらけだった。
攫うにしても、刀を奪うにしても容易に出来た筈だ。
こんな回りくどい事をする必要が無い。
大和が黙り込んでいると、雲水は適当に茶器を取り出して、茶など淹れ始める。
「――んで。ようやっと信用を得たところで、本題に入るとするか」
「……本題?」
大和が小首を傾げる。
すると、雲水は大和に座るよう促し、
「……あのな。何の為に俺がお前をここに連れて来たと思ってんだ? お前、退治屋になりてぇんだろ? だったら、俺に訊きたい事の一つもねぇのか」
「――ああ」
大和は後ればせながら、自分が置かれている状況を理解し始めた。
彼が――雲水が妖具屋だと分かった以上、今後の為にも訊いておかねばならない事は山ほどある。
差し当たっては――……
「色々訊きたい事はある。でもその前に……」
「ん?」
「俺が捜してる奴を……斬影を知らないか?」
「斬影?」
「長い黒髪と右目に眼帯を付けた男。今は……多分、怪我をしてて……」
最後の瞬間を思い出しながら語るうち、大和は上手く言葉を纏める事が出来なくなってきた。
自分の体の内側から何か溢れ出してくるような……そんな感覚を必死に抑える。
雲水は黙って大和の話に耳を傾けていたが、大和が言葉を詰まらせた隙に口を開いた。
「……そいつが最初に言ってたお前の親か。俺はここ最近、仕事の関係で家に引き籠もってたから、外の様子はあまり分からねぇんだが……そういう奴が町をウロついてんのは見た事ねぇな」
「……そうか」
雲水の言葉に、大和は悄然と俯く。
その様子を見て、雲水は軽く大和の肩を叩いた。
「まあ、そうしょぼくれんな。生きてる保証はねぇかもしれねぇが、死んだって証拠もねぇんだ。生きてりゃそのうち会えんだろ」
大和に茶を差し出しながら、
「お前の親については俺も調べといてやるよ。それはそうと……そいつが見付かるまでの間、お前の生活をどうするかだが……」
そう言って、雲水は暫し何か難しげに考える仕草をしてみせる。
それから、ふっとその表情を崩した。
「――ま、取り敢えず。今日のところはしっかり食ってしっかり寝ろ。寝床は俺が用意してやるから」
「え……」
大和は思いがけない言葉に少し狼狽える。
雲水は軽く手を振り、
「俺は退治屋に仕事の仲介もしてる。何ならお前向きの仕事を紹介してやってもいい。だが、その話は明日以降――今、お前に必要なのは休息だ」
「でも……」
と、何か言いたげな大和の頬を雲水はぱんと叩く。
「お前。自分が今どんな顔してるか……分かってるか? そんな憔悴しきった顔してるガキに仕事任せられる訳ねぇだろ? お前が大丈夫でも、見てるこっちが大丈夫じゃねぇんだよ」
言われて、大和は口を噤む。
すると、雲水はにやりと笑ってみせた。
「宿代なら心配すんな。出世払いって事でツケといてやる。金ねぇんだろ? お前」
「…………」
大和は――今度は、敢えてではなく沈黙した。
半眼になって呻く。
「……金取るのか」
「そりゃ、ただで泊めてやってもいいが……お前、この方が気兼ねしなくて済むだろ?」
「…………」
「さて。そうと決まれば、早速準備しねぇと」
大和が何を言うべきか迷っている間に、雲水はすくっと立ち上がる。
「ほら。何ぼさっとしてんだ。こっち来い」
「…………」
と、雲水は大和に手招きして、さっさと店の奥に引っ込んでしまう。
取り敢えず、大和も立ち上がって、雲水の後を追う。
店の奥は当然というか、居住空間のようで――こちらは生活感がある。
ただ……
これまでの言動と照らし合わせて見ても、雲水はだいぶ大雑把な生活を送っているというのがよく分かった。
――まあ、彼がどのような生活を送っていようと大和には関係無い事だ。
それから……
「――うん。そうして小綺麗にしてりゃ、やっぱ見栄えが良いじゃねえか、お前」
「…………」
大和に湯を使わせてやって、雲水は一人でうんうんと頷いた。
ぽんと大和の頭を叩き、
「お前は良い男になるぜ。ただ、もう少し愛想良くしなきゃ女に……」
「……そんな事より」
雲水の言葉を遮って、大和が口を開く。
「宿代。これじゃ足りないのか?」
「ん~?」
そう言って大和が差し出してきた物を見て、雲水は目を眇めた。
大和が差し出してきた物。
それは――……
「……こいつは……妖魔の鱗か?」
雲水の問いに、大和は頷いた。
「赤竜の鱗」
瞬間、ぶっ! と雲水は思い切り吹き出した。
「……おいおい。冗談は止せ。大人をからかうもんじゃねぇ」
「冗談じゃない。口から火を吐く赤い巨竜だった」
「…………」
真顔で言い切る大和を雲水は黙って見返す。
この少年が冗談を言うようには見えない――が、しかし。竜の鱗などそうそう手に入る物では無い。
渡された鱗は、妖魔の鱗に違いないが……
雲水は一つ溜め息をついて、
「……あのな。赤竜なんてモンはこんな人里に近い場所には住んでねぇんだ。下手すりゃ、伝説上の生き物だぞ?」
「それは斬影も言ってた」
雲水の言葉に頷いて、
「でもそれは本物だ」
「……そいつは見りゃ分かる。妖魔の鱗なのは間違いねぇ」
「それは宿代にならないのか?」
「いや、そうじゃねぇよ」
雲水は困ったように頭を掻き、
「取り敢えず……ちょっと確認してみるか」
と、懐から何やら紙切れを一枚取り出す。
大和はその紙を指差し、
「それ何だ?」
「こいつは“妖照符”っつってな。妖気を調べる為の札だ」
鱗に札を近付けながら、
「この札は妖気に触れると赤く変色する。その色の濃さで妖力の強さを判別するん……」
――刹那。
ボッ! と、赤い火柱が上がり――札は一瞬で焼失した。
「…………」
その様子を見ていた大和はぽつりと、
「……札。焼けて無くなったけど……この場合、どう判断するんだ?」




