前途多難 3
「…………」
そう言って笑う男に、大和はぽつりと呟いた。
「……だから、そういう奴に付いて行くなって言われてる」
「それはそうかも知れねぇが……ちょっとは人を信用しろよ」
「信用出来ない奴だと判断したら斬るけど……それでも付いて行った方が良いのか?」
「……脅しか? それは。お前はどんだけ疑り深いんだよ!? 何か嫌な事でもあったのかっ!?」
「嫌な事……」
男は何気なく言ったのだろうが、大和は俯いた。
斬影と別れてからというもの、嫌でなかった事は無い。
忌諱の目で見られる事も、蔑む声も、自分を突き放す冷たい掌も。
何もかもが嫌だった。
「…………」
黙って俯く少年を見ていると、男の胸は妙にざわついて落ち着かない。
一流の武人――いや、鬼のような殺気を放っていたかと思えば、こんなにも弱々しい顔を見せる。
何とも不安定な子供。
頼る当ても無く、無理して背伸びして……必死に手の届かない場所に手を伸ばしている。
「……やれやれ。まいったね。こりゃ」
男の呟きに、大和は顔を上げる。
男はしゃがみ込んで、大和と視線を合わせた。
「……分かったよ。信用出来なきゃ斬り捨てろ。その代わり、人目に付かねぇよう上手くやんだぞ」
「…………」
「――だが、俺も大人しく斬られてやる気はねぇから……そのつもりでな?」
底意地の悪そうな笑みを浮かべて、男はそう言うと、またどこかへ向けて歩き出す。
今度はさほど間を置かず、大和は男の後に付いて行った。
暫く歩いて――男はふと思い出したように言ってきた。
「――ああ。そういや、お前。さっきのあれ。食ったんだな」
男が言っているのは、地面に落とした串焼きの事だろう。
大和は小さく答える。
「……食い物を粗末にするなって言われてるから」
「……だったら、渡したその時に食えよ」
「あの時はあんたが信用出来るかどうか分からなかったから」
「…………」
つくづく可愛げの無い少年ではある。
しかし――
「それはつまり、今は俺を信用してくれてるって事か?」
「……ちょっとだけ」
「この野郎」
軽く拳骨の一つもくれてやろうかと思えば、少年はひょいとそれをかわす。
空振りした拳を見ながら、男は呻いた。
「ほんっとに可愛げのねぇ餓鬼だな」
「よく言われる」
「なら、少しは子供らしく可愛い一面を見せる努力をしろ」
「その必要を感じない」
「だからな?」
「可愛いだけで食っていけるなら苦労しない」
「…………」
そう言われてしまうと、二の句が継げない。
多分、喋らず、時折微笑んだりすれば、それだけでこの少年は愛らしいのではないかと思う。
幼いながら、整った顔立ちをしているのだから。
しかしながら、その素材を捻くれた態度が台無しにしている。
もう少し素直になれば、色々と上手く世渡り出来るだろうに……
だが、他者の同情を引き、憐れみを施して貰う事を期待しているよりよほどいい。
男はぐしゃぐしゃと大和の髪を掻き撫で、
「可愛げはねぇが……俺はお前みたいな奴が嫌いじゃねえ」
「…………」
大和は撫でられた頭に手を触れさせる。
斬影以外の人間に初めて頭を撫でられた。
温かい掌……
思わず縋りたくなる衝動を大和は無理矢理抑え付けた。
大和が無言で男の顔を見上げていると、
「ん……? どうした?」
「……何でもない」
男が不思議そうな顔で訊いてくる。
大和はふいと顔を背けた。
男はそれ以上、何を言うでもなく歩を進めて行く。
そして――
「ああ、ほら。着いたぞ」
その声に導かれて視線を上げると、特に何の変哲も無い民家が一軒。
周辺には似たような造りの家が建ち並んでいる事から、単純に男の住む家に連れて来られたのか――と大和は思う。
何故、自分をここへ連れて来たのかは分からないが。
家が密集しているという訳では無いが、何かしら騒ぎが起これば、近所の者に勘付かれるだろう。
大和がその場に立ち尽くしていると、男は裏口の方へ回り、大和に手招きする。
「こっちだ。こっち」
色々と考えを巡らせながらも、大和は男に招かれるままに裏口へと回る。
男は、がらりと戸を開けて建物の中へと入って行く。
大和も遅れて入る。
そこで目にした物に、大和は驚いた。
「…………!?」
中に入ると、そこは武器や薬品と思われる液体などが入った瓶――そして、妖魔の角や牙が所狭しと並んでいる。
「これは……」
「ここは、この町で唯一の妖具屋だ。んで。俺はここの店主、雲水ってんだ」
心底驚いたような顔をする大和を見て、男――雲水は満足げに笑う。
椅子を引っ張り出して腰掛けると、雲水は言った。
「いらっしゃい。小さな退治屋さん。ご用件は何かな?」
「…………」
大和が呆然としていると、雲水は目を眇め、
「だから言っただろ? 信用しろって」