Lv232「天元分儀」
「しかしなんだな。暗いところばっかにいると、そのうち目が退化してモグラくんになっちまいそうな気がしてならね……えっくし!」
蔵人は無駄口を叩きながら盛大なくしゃみをした。つばがピピっと前方に威勢よく飛んだ。
隣にいたリザが「汚いのだっ」と叫びながら、素早い反射神経でかわすが、ぼうっとしていたカレンにぶつかって、どどっと倒れ込んだ。
「あぁ、あぁ。もお、なにやってんだか」
「あんたのせいでしょーがっ!」
蔵人はムキキッと襲いかかってくるカレンの額を手で制しながら、誠意のない口調で詫びた。
再びダンジョンのなかである。領域は二十階層。
狙うは当然、守護獣コカトリスの首。
編成は前回と同じく、蔵人、シズカ、アルテミシア、ルッジ、メリアンデール、カレン、リザの計七名である。
「寒いですか。わたしのストール使います?」
「いや、別にいいよ。ん。なんとなく、まだ身体が慣れないだけだ」
メリアンデールが心配そうに蔵人の身体を気遣ってチョコマカと世話を焼こうとする。押し黙っていたシズカは、表情を変えずに腕へとしがみついてきた。対抗するように、もう片方の腕へとメリアンデールが飛びついてくる。
「両手に花だな」
「いや、あは。あはは」
ルッジが突き放すような口調でいった。音程にじっとりとした女特有の妬心が篭っている。
シズカもメリアンデールもとびきりの美少女で、年頃はリアルJKとほぼ同学年だ。現代日本に置き換えて考えれば、蔵人程度のスペックでは到底望めないシチュである。
だが、キリキリと無言の視線が四方から身体中に突き刺さってくるので、心中穏やかかつ平安とはいかない。モテモテジゴロにもそれなりの代償がある。平均にならして、多数の女に愛情をそそぐのは実に難しい。蔵人の関心は、これから先に存在するであろう守護獣コカトリスよりも、自分につき従う妻たちの精神パラメーターの方に重点が置かれた。
一番の問題は両手が塞がってるからいざってときに、剣が抜けないんだよなぁ。
場所は二十階層である。一番前をゆくアルテミシアの歩幅が気持ちゆるやかになる。足元の小砂利。いや、今は守護獣に挑んで敗れ去った戦士たちの成れの果てが、これから先の運命を暗示するようでなんとも気分を暗くさせる。蔵人の弛緩した表情が引き締まった。
「こら!」
「あん、なんだよ」
弓の端っこでポカリと頭をやられて振り向くと、カレンが唇を突き出して不満げに顔をしかめていた。
「あんたがそんな顔しててどーすんのよっ。あの、こけこっこ鳥にリベンジ決めるんでしょうが」
落ち込んだ気分を読み取られたのか。ま、俺がこんな顔してたら、こいつらも不安に思っちまうしな、と努めて快活に腹の底から声を出した。
「おう! それもそうだな。へへっ。いつまでも辛気臭ぇツラもしてらんねえな」
「うむ。それでこそ我らのクランド。露払いはこの私に任せておけっ」
「おおっ。アルテミシア姉さん。心強いのだー」
アルテミシアが槍の石突きで地面を鋭く突いてみせると、リザが少々わざとらしげに驚いてみせた。自分のことを気遣ってやがる。
一度、やられたくれぇで知らねえうちに、キャンタマ縮みあがってたんか。らしくねえぜ、俺。
「うっし! 今度こそ、どかんと一発で仕留めてやんぜ」
蔵人がシズカをぶら下げたまま右手を天に突き上げて野太い声で吠えた。一同、勇ましくも鯨波を作って、暗い洞窟のなかを揺るがすほどに響かせた。
「クランド。前回君は石にされたとはいえ、コカトリスに致命傷に近いものを与えた。だが、一点だけ。ボクの思いすごしであって欲しいが、この攻略。やや遅きに失したかもしれない」
「ルッジ。つまり、どういうことだってばよ!」
「ボクたちが、君を抱えて退却したときに、階層の入り口付近でほかのクランのメンバーに目撃されたんだ。そのとき、少々、その。実にいいにくいことだが、そいつらに煽られたせいで、売り言葉に買い言葉で……」
ルッジがすまなそうに瞳の輝きを弱めた。
「守護獣だってギッタンギッタンにしてやった、とかだろ? おまえらの性格じゃ、いい返さずにはいられねーか」
「そうだ。つまりは、ボクらの食い残しを狙っているやつらが、先に平らげているかもしれない」
蔵人は、石化する最後の瞬間に、コカトリスの頭部へと思いきり斬りつけたことを思い出した。
ヤケクソで放った斬撃はかなりいいところまでいったと思うが、意識のあるうちに敵が倒れ伏すのを確認したわけではない。ダンジョンの守護獣が秘蔵しているといわれる古代十二神器の力は絶大だ。十階層で手に入れた“羅刹手甲”も、いまだ使いこなしているとはいえないが、秘めたる力はちょっと想像がつかないほどのポテンシャルを持っている。
それを目聡い冒険者たちが横取りしようと考えないはずもない、だろう。壁は、常に弱い部分から崩されてゆく。ううむ、と唸っていると、シズカが声を低めて耳元で呟いた。
「五、いや六人か。かなり巧妙に気配を消してついてきている。気をつけろ」
「なぬっ!」
蔵人が即座に振り返ろうとすると、勢いよく耳を引っ張られた。
「バカ。それじゃ気づいていますと宣言しているようなもの。放っておこう」
シズカがぷりぷりと唇を尖らせる。ちょっとかわいい。
「お、おう」
やりとりを察したルッジが口元に人差し指を当てて、仲間を見やった。気配に敏感なエルフであるリザやカレンは、長耳をぴくぴく動かしながら、小さく首を縦に振った。
「前門の狼。後門の虎か」
「アルよう。後ろのは虎なんて上等なもんじゃねえ。食い残しを浅ましくガッツこうとするハイエナ野郎だよ。そう気にすんない」
「んにゃっ」
蔵人はアルテミシアの尻をすぱんっと叩くとゲラゲラ大口を開けて笑った。素っ頓狂な声を上げたアルテミシアがジト目でこっちを睨んでいるが、知ったことではない。
ま、アルには悪いが景気づけってやつだ。そうこうしているうちに、白い骨でできた空間が見えてきた。いよいよだな、と蔵人は思った。
「メリー、リザ。手はず通りにな」
「はいですっ」
「任せるのだ!」
大きな包みをふたりで抱えながら元気のよい返事を返してくる。それを聞いていたルッジが素早く姿勢を落として魔道書を繰ると、鋭い声で叫んだ。
「来たぞ! やっぱり、まだ生きていた。足止めはボクがするっ。なんとしてもトドメをここで刺すんだ。偽・火炎爆破!」
洞窟の奥から駆け寄る巨大な影に向かって、ルッジの強力な火属性の魔術が解き放たれた。
ルッジが持っていた星の魔道書は白くまばゆい閃光を放ちながら、オレンジ色の爆炎を突進してきたコカトリスへとぶち当てた。甲高い女の悲鳴のような音が洞窟のなかを激しく反響して、耳朶を聾した。
「しつけートサカ野郎だ。今日こそ、捌いて刻んでラーメンのダシにしてやんぜ!」
蔵人は黒獅子を引き抜くと、怯えも見せずにコカトリスの真ん前に躍り出た。
これが互いに最後だと、言葉は通じずともわかっている。
蔵人は、コカトリスの嘴を真正面から迎え撃った。ひとりで戦っているわけではない。数の優位というものがこちらにはある。
まず、敵の状態を慎重に見極めた。威圧感や殺気は目に見えて高まっているが、傷つけられた部分が快癒していないだけあって、動きは初回よりもははるかに鈍く感じられる。
大方の予想通り、コカトリスもまた無傷ではなかった。
巨大な頭頂から嘴にかけて、巨大な傷痕が残っている。赤黒い血の塊は塞がりかけているが、左目は完全に砕かれて、その機能を失っていた。
石化攻撃の代償は小さくはない。が、手負いの獣はそれだけ凶暴に拍車がかかっている。
自分にできることはなんだ、と考えた。突破力や剣の技術では、自分はアルテミシアやシズカには到底かなわない。己がすぐれている部分。
つまりは、どれほど傷ついても関係がない回復力と、耐久力である。自分が仕留める必要はない。このクランにはエースを張れる一流の戦士が山のように揃っているのだ。そう思えば無意味に気負う必要もない。ただ、眼前の獣の体力を減じることのみに専心すればいい。
高らかに試合のゴングが鳴る。勝敗を決するときがやってきたのだ。
長剣を、右に左に全力で打ち振るう。鉄と嘴が激しく噛み合う硬質な音が、絶え間なく鳴り響いている。一合ごとに指先が痺れてくるような衝撃があった。あたりまえだ。なにしろ敵は、同じ人間ではない。膂力も、体重も、タフネスさも比べようもないほどだ。
ま、石になってたのがいい休養になったのかもな。
全神経が剥き出しになっているように、鋭敏だ。敵の動きを見ずとも、次にどう動くか不思議なほど理解できた。世界の進みが、極端に遅くなった。
徐々に身体があったまってきた。いくらでも戦い続けることができそうな錯覚が脳を支配する。
アドレナリンがどばどばと。地を踏む足が風のように軽くなった。
――ここで決着をつけてやる。
勝負の潮合は、一気に極まった。
コカトリスは蔵人の気配を探り当てると、今度は躊躇なしに、魔眼を使ってきた。
閉じられていた右目。射線上に蔵人を捉えると、石化効力のある波動を放射してくる。目には見えない必殺の波動を受ける前に、蔵人は超人的な動きで体をかわしていた。
「いまだ!」
蔵人と息の合った動きでスイッチしたのは、リザ&メリアンデールペアであった。覆いを剥ぎ取ったなかには、素晴らしく磨きぬかれた“みづかねの楯”という、冒険者ギルド協賛店の“ひろいもの”で手に入れた逸品がまばゆい光沢を放っていた。
(さすがドナテルロのジジイだ! 伊達に値の張る物を売りつけやしねえぜ!)
蔵人は、冒険道具専門店で懇意にしている老店主の苦り切った顔を思い浮かべると、骨が細かく砕けた粉を吸い込みながら、ニッと笑みを浮かべた。
このマジックアイテムは、盾と銘打ってはいるが、物理攻撃をいなす守備力はまるでない。
あくまで、敵の発した特定の呪波を跳ね返す魔鏡なのだ。
みづかねの楯というマジックアイテムによって呪力を反射させられたコカトリスは、胸のあたりから石化光線を浴びて、急速に硬化してゆく。ランタンの明かりに、映し出された灰色の羽毛が瞬く間に真白く変わってゆく。
「たああっ」
この隙を逃すような女たちではない。アルテミシアは長大な聖女の槍を風車のようにぐるぐると回すと、勢いよくコカトリスの右脚首に叩きつけた。
ぼばきっ、と巨大な樹木がへし折れるような音がして、コカトリスの上半身が揺らぐ。アルテミシアの一撃が、見事に怪物の全体重を支えていた一端を、完膚無きまでに破壊したのだ。
待ってましたとばかりに、限界までエルフィンボウを引いていたカレンが、狙いを定めて矢を切って放った。
烈風を巻いて、必殺の矢はコカトリスの残った右目に矢羽ごと埋没すると、最大の武器であった魔眼を喰らい切ったのだった。
残った蛇頭を持つ尾は、ルッジが至極冷静に水属性の魔術を放ってカチンコチンの氷漬けに仕上げた。
「これで、終わりだっ!」
天井に届くまで跳躍していたシズカが、自慢の曲刀を一気呵成に振り下ろした。
刃は、大河の濁流が小石を飲み込むような勢いでコカトリスの無防備な首根に叩きつけられると、ほとんど抵抗を感じさせない容易さで、すぱりと斬り割った。
血煙を噴き上げて、コカトリスの首が舞い上がった。シズカは虚空で、くるりんと器用に回転すると、横合いから蹴りつけて、首を叩き落とした。
「やった、か」
蔵人が肩で激しく呼吸を繰り返していると、ついには力尽きた守護獣が、どどう、と地響きを起こしながら大地に伏した。流れた汗が目に流れ込んで痺れるように痛い。ゴシゴシ手の甲でこすっていると、メリアンデールがすぐそばで跪いて、ハンカチを使って丁寧に拭いてくれた。
目が合うと、彼女はなんとも清々しい顔で、にっこりと笑う。
――かわいいやつだ。ハナ丸をあげよう。蔵人は、心のなかで彼女に加点した。
ほんのわずかな攻防ではあったが、それぞれが力を瞬時に出し切ったのか、どの顔にも水を浴びたかのように汗で濡れそぼっていた。周りを見渡すと、よほどの尾っぽの蛇が怖かったのだろうか、リザが魔術で凍りついた部分をげしげしと蹴り抜いている。
ルッジと目が合った。彼女は、魔道書をパタンと閉じると、ゆったりとした足取りで歩み寄ってくる。どことなく、表情に安堵の色が浮かんでいるのがわかった。
「ともあれ、これでリベンジは果たせたようだな」
「いや、安心するのはまだ早そうだ」
蔵人は剣を肩に担いだまま、背後の闇を見やった。
「――なーんだよ。その兄ちゃんは、ちゃああんと気づいているじゃねえか」
「誰だ!」
アルテミシアが激しく誰何すると、影に潜んでいた男たちがぞろぞろと、それぞれにひねこびた笑みを顔に貼りつけながら、扇状に展開してゆく。その数、七人。先ほどのシズカの予測はそれほど外れていなかった。
「だからといって、なにがどうなるかって話でもないけどな。ケヒヒ」
二十代半ばくらいの精悍そうな男は、真っ赤な髪をモヒカンに剃り上げて頭上に立たせている。
上半身は裸で、首にジャラジャラと鎖を巻いている。骨太で、やや肥満体に近いが、たるんだという気配はない。あえて充分に脂肪を乗せた肉体であった。その隣には、まったく同じ顔した、同じ体格の男が、口を真一文字に引き結んで立っていた。こちらの男もモヒカンであるが、対照的に、青い色をしている。かざしたランタンが、男たちの胸に刻まれていた刺青を大きく浮かび上がらせる。それは、黒い蛇がとぐろを巻いて己の尾を飲み込んでいる図案である。男たちが仲よく並ぶことによって、襖絵のように意味がわかるという形になっていた。
「おまえたちは、ウロボロス兄弟!」
「知っているのかライデ――もとい、ルッジ!」
「いま、なにをいいかけたのかは知らないが、あのふたりは“死体剥ぎ”のウロボロス兄弟といって、冒険者の間ではちょっとした有名人だよ。悪い意味でね」
「へ。その眼鏡のお嬢ちゃんは、おいらたちのことを知っていなさるのかい。うれしいねえ」
赤モヒカンがうれしそうにくつくつと勘に触る声で笑いをこぼす。
「赤いほうが兄のオンドシェイで青いほうが弟のパーシェルだったな。それと、おまえたち。ボクが知っているのは当然だ。元雇い主の顔くらい覚えておくものだ」
「ルッジ。こいつらを雇ってたっていうんかい?」
「ああ。まだ、クランドと会う前に、フィールドワークでね。ただ、彼らはあまりに身勝手な行動を取るので、途中で契約を打ち切らせてもらったよ」
「おおっと。そういえば、どこかで見たことがあると思えば。おいらがコナかけても、まったくなびかなかった女先生じゃねえかい。ちっとばかりケツを触ったくらいで、テントごと丸焼きにされそうになってよ。あんときはビビったぜ。なあ、弟よ!」
ウロボロス兄弟の兄、オンドシェイは黙りこくった弟の肩をバシバシ叩きながら、快活に叫んだ。
「――んん? え、なんだい、弟よ。おうおう。そういえば、あのときの慰謝料をこの女先生に貰ってなかったなあ。でもよ、この先生さんは、おいらたちに手柄とお宝を譲ってくれるようなもんなんだぜ。ええ? それとこれとは別問題? ふむふむ」
「おい、オンドシェイ。君はなにを一人芝居をしているんだ」
「いえね。弟が、センセの以前の行為に傷ついて、是非とも謝罪してもらいたいとよ。ま、気の毒だが、かるーく一発ってところで許してやるよ! さ、そこのトボけた兄ちゃん。命だけは許してやるから、女どもを置いて、とっとと失せな。これから、守護獣殺しのお披露目パーティーの前祝いと洒落込むつもりなんだからな」
赤モヒカンとその一党が、ゲラゲラ声を響かせて身体を揺すっている。
「なあ、ルッジ。これは、喧嘩を売られてんのか」
「みたいだね」
「なーにを、ブツブツいってんだ。兄ちゃんは、黙って女たちを置いて、ケツまくりゃいいだけの話だ。それとも、やさしくいってるうちに消えろっていう心遣いがわからんのかあっ?」
「えい」
蔵人はまだしゃべっている途中の赤モヒカンの腹に、黒獅子をブッ刺した。グサリと、先端が見えなくなる程度に埋まる。致命傷ではないが、行動不能に陥るには充分だった。
「あがっ。お、おまっ。なにを――!」
「能書きはいいんだ。こっちは、とっとと雑魚を片して、お宝を拝みたいのよ」
ぐりぐりっと刃先を捏ね回した。カレンが口元に手を当てながら、痛そう、と呟く。
「は、はううっ、いぎっ、いぎぎっ。おいらの、おいらの腹があああっ!」
「とうとうとーう。おりゃっ」
蔵人が赤モヒの腰を蹴りつける。濡れた刃先がするりと抜けた。
ドッと両膝を突いた赤モヒの顔面目がけてシズカが曲刀を叩き込んだ。ザックリと刃は前頭部を断ち割ると、赤い血潮を細かく散らした。それが、戦いのはじまりだった。
「全員でかかることはない。私が片づける」
シズカが剣を構えながらいった。同時に、男たちが赤モヒカンを引きずりながら、囲むようにして半円状に散らばった。
「ふざっけんなよ!」
「いきなり襲いかかりやがって!」
「冒険者の仁義ってモンを知らねーのか、この愚かモンがっ!」
「……はは。無茶いってら」
シズカは呆れ果てていた蔵人にウインクすると、素早く男たちに飛びかかっていった。
「うおう!」
まず、真ん前に突っ立っていた男の手首が、すぱりと斬り落とされた。傷口から赤い血を流しながら、尻もちを突く。シズカは、男の顔面を踏んで飛び上がると、右に左に細かく刃を振るった。喉元を抉られた男たちが、剣を鞘から引き抜く途中の姿で、後ろに倒れてゆく。
「おおっ!」
一団のなかでもっとも長身の男が重たげな金棒を頭上から振り下ろしてきた。シズカは、わずかに身を引いてかわすと、精妙な動きで曲刀を振るった。
「わ、わわわっ!」
男の伸ばされていたがら空きの両腕が、肘のあたりから綺麗に両断された。金棒の重みに耐え切れず、腕がごとりと地に落ちる。戦意を喪失した男が青黒い顔を上げた。が、シズカにとってそんなことは毛ほども関係ない。無慈悲にきらりと光った刃が、男の顔面を断ち割った。
残っていた年若い少年が槍をしごきながら突撃してきた。シズカは、ふうとため息を吐きながら、ピッと手首を細かく震わせた。柄の部分が弾け飛んで空中に舞う。
「え、あ、え?」
初撃でいきなり得物の攻撃力を奪われた少年は、急停止することもできずに、穂先の棒を手にしながらひそうな顔つきをした。シズカは、左手で柄の中央部をガッシと掴むと、曲刀を水平に振るった。少年の喉元は、うなじの皮一枚を残して切り取られ、頭部がガクンと後方にぶら下がった。脚。シズカは、少年に足払いをかけると、転ばせた。首のない槍兵は、つんのめるように前方に倒れて血だまりを作った。
残ったのは青モヒカンこと、ウロボロス兄弟の弟にあたるパーシェルである。
「なに、こいつら。口先だけの出オチじゃん」
「君らが強すぎるだけだと思うぞ」
蔵人の軽口に、水筒の中身で喉を潤していたルッジが興味なさげに応えた。もはや、完全に楽勝モードである。
青モヒカンは、腰から鎖分銅を取り出すと、ぐるぐる回しはじめた。先端についている分銅は二十センチくらいの大きさであり、まともに喰らえば一撃で頭蓋骨を破壊する威力はありそうだった。
「女よ。なかなかやるな。だが、後悔するだろう。この、ウロボロス兄弟の弟にして、死神パーシェルと呼ばれた、このおれの必殺分銅まで使わせるとはな。終わったぜ。テメーは終わった」
「いいから早く来い」
「舐めるな! んだらああっ!」
パーシェルは猿のように甲高い声を上げると旋回させていた鎖分銅を投げつけてきた。それは、いうだけあって、かなりのスピードでシズカに襲いかかる。
「くだらん」
「な!」
シズカは、吐き捨てると、目にも止まらぬ素早さで曲刀を斜めに振り下ろした。
かつーん、という金属音が鳴って、鎖の先端についていた分銅が天井へと向かって飛んでゆく。
凄まじいまでの動体視力である。よく見れば、シズカは退屈のあまり片手で口元を押さえながら「あふ……」とあくびを漏らしていた。パーシェルは絶望的な顔で、その場に膝から崩れ落ちると、低く笑った。
「なかなかやるな。だが、おまえも不運な女よ。我が兄弟にこの奥の手を使わせるとは」
「まだ、なにかあるの?」
シズカが、メンドくさいと歩み寄ると、まだ息があった兄の赤モヒカンが凄まじい勢いでいざり寄って、右手を上げて制した。
「待ったー! 待った、待った! うかつに近寄ると、まずい。まずいぞおおっ!」
「なんなの」
シズカの瞳が困惑の色で塗りつぶされる。蔵人は、なにがはじまるか見てみたい気持ちで一杯になった。
「女よ。見てみたくはないか? おいらたち兄弟が、これからなにをなすのか、と」
「別に」
シズカはあくまでクールだった。
「人間、興味を失っては終わりだぞおおおっ!」
「俺は見てみたい」
蔵人が横合いから口を出した。
「クランドがそういうのなら」
「よおおっし! 一回しかやらないからなぁ。見ておけよ、我が兄弟の、必殺技を――」
なにがいったいはじまるのか。別に、一騎打ち、というわけではないので、もしもに備えて、ルッジ、カレン、リザに目配せをして、いつでも援護射撃をできるよう手配する。
「すまなかった――!」
ウロボロス兄弟の必殺技。
――それは、恥も外聞もなく、全身全霊を込めた土下座であった。蔵人は、土下座の習慣は、日本古来のものであると信じて疑わなかったが、こちらでチョイチョイ目にする文化の類似性において、かなり地球と似通った部分があると見知っていた。よく見ると、日本の土下座方式とは、少しばかり趣が違う。地面に額をこすりつけているのは同じであるが、両手を地面にべったりくっけながら、両手のひらを返して「私はなにも武器を持っていませんよ」という、服従のポーズを取っていた。
「うううっ。許してくだしゃーいっ」
「ボキたち、死にたくないんですううっ」
許して、許してと、大の男が泣き喚きながら命乞いをするさまに、シズカも毒気を抜かれたのか、呆れ果てた顔して戻ってきた。
「どうすればいい?」
「どうするって。もう、メンドクセーな。犬コロを斬っても仕方なかんべえ。おい、モヒカン兄弟。今回は特別に許してやるから、とっとと失せろ」
「本当ですか! ありがとうごじゃいまーす!」
蔵人が犬を追うように、しっしっと手を振って向こうにいけのジェスチュアをすると、かなりの重傷にもかかわらず、兄の赤モヒカンは素早く両足を回転させながらその場を去っていった。
その後ろを、弟がついていく。さらに、手首だけを斬られただけで済んだ男もよろばいながら追ってゆく。あたりには蔵人たちと、物言わぬ死体だけが残された。
「本当に、なんなの?」
シズカがいった。
――俺に聞かれても困るよ。蔵人は、意味不明な人間はいくらでもいるものだ、と思った。
「お宝を手に入れるまでが、攻略です」
蔵人は鼻息荒く、先頭をゆくルッジの尻を見ながら、そんなことを思った。守護獣であるコカトリスを斃したことにより、基本、ボス部屋の驚異は排除されたはずである。
「うおおおっ。なんじゃ、この宝箱の数は」
コカトリスが守っていた空間を抜けると、巨大な石扉が出現した。全員で力を合わせて押し開くと、そこには、無数の宝箱が冒険者を待っていたかのように整列していた。
「どきどき、どきどき」
「よーし、リザ。まーだ、待てだからな。ルッジのサーチが終わるまでお預けだ」
蔵人は、宝箱にトラップがないか、ルッジの探知魔術で調べている途中、早まって開けてしまわないようにリザの頭を小脇に抱え込んで押し止めていた。
「よし、特に問題ない。開けてもいいだろう」
やったー、とばかりに全員が宝箱に迫る。そこかしこで、キャッキャッと黄色い声が上がる。
宝のほとんどは、貴金属類であり、パッと見にはものすごい価値があるように思えたが、メリアンデールは微妙な顔をしていた。
「どしたん?」
「うーん。みんなの夢を壊すようで忍びないんですけど。これらって、それほど価値のあるものじゃないかもです」
「でしょうね。ほとん、クズばっかりだし」
エルフの王族であり貴金属を見慣れていたカレンが、冷めた表情のままきんきらきんの首飾りを手のひらから箱の内側へとすべり落とした。メリアンデールの鑑定によれば、かき集めた分量を売り払っても、せいぜい十万P程度である。とはいえ、普通に考えれば十二分に大金なのだが、蔵人一家にしてみれば、この程度はすぐに食費で消えてしまう……ものだった。
「むふふ」
「おやおや、なーにをニヤニヤしてるんですかね、ルッジさん」
「見ろ、クランド! これぞ、二十階層に封印されていた、古代十二神器。天元分儀だ!」
「あーだから、みんなにクズを掴ませて、自分だけ大物狙いだったってわけね。おかしいと思った」
「人聞きの悪いことをうな。どうせ、彼女たちにこいつの真価はわからない」
「なにげに酷いこといっておられますなあ」
「でもな、クランド。私もルッジに説明を聞いたが、この天元分儀はすごいぞ」
あまりお宝には興味のなさげなアルテミシアが身を乗り出していった。
「へー。ほー。で、これってなんなんだ?」
天元分儀は、大きさ十五センチほどの球体に台座がついたものである。ルッジが得意そうに、球体の表面に触れると、ふたつの光点と、経路図のようなルートが明滅しだした。
「なんとこれはだな! この手のひらサイズのなかに、自分たちのいる位置と! いままで進んだルートが記されるんだ!」
(なんだ、GPSみたいなものか。この光点が現在位置と、階層の終了地点、すなわちゴールを示してるってことか。ま、この世界じゃ、魔法みたいなもんだよなぁ……)
ぶっちゃけ、超チートアイテムである。事実、これを手に入れたことで、蔵人たちは半ば深淵の迷宮の攻略に王手をかけた。
(すごい、ルッジのはしゃぎっぷりが凄すぎる。これじゃ、こんなの日本じゃ珍しくないですうって口に出そうものなら自殺しちまうかも)
ルッジは小娘のように天元分儀を両手で捧げ持つと、くるりんくるりんと、部屋のなかを踊りだした。よくわかっていないリザも笑いながら踊りに加わる。シズカやアルテミシアの温度を感じさせない視線とは対照的だった。
「ま、終わりよければすべてよし、か」
――紆余曲折あれ、蔵人たちは、前人未到の二十階層「完全」攻略と守護獣討伐に成功したのだった。




