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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第8章「ダンジョン攻略戦」
183/302

Lv183「第十一階層」



 ネリーから受け取った「かくし路」の効果は抜群だった。通い慣れた道を歩くように、一行は軽やかに進んでいく。足元を照らせば、幾多の冒険者たちが踏み固めたであろうトレースがハッキリとわかる。危険箇所も特にない。ところどころで小休止を入れて、移動し続けると、やがて、大きな膨らみのある空間に出た。

「なにか、あたたかいです」

 メリアンデールは、肩にかけたストールの先をつまみながら、子リスのような仕草で顔を左右に動かした。確かにいわれてみれば、ほんのりと闇の中に暖気が漂っている。

「見ろ。焚き火の跡がある。先に来た誰かがここで休んでいたようだ」

 ヴィクトワールが拾った棒の先で、ぐりぐりと残った炭を弄んでいる。蔵人が、カンテラを動かして闇の先に目を凝らすと、くう、とかわいらしい腹の鳴き声が聞こえた。

「あう。……ちょっと、おなかすいちゃったです」

 ヒルダは羞恥で頬を染めながら、両手で顔を覆った。日頃の言動からは想像できないほど、どこか初々しい仕草である。

 蔵人は、大休止を告げると、軽食をとることにした。ポルディナに命じて湯を沸かさせ、携帯食を取り出した。固めに焼かせたビスケットである。用意したお湯で茶を人数分作ると、レイシーに命じて中身に砂糖をぶち込ませる。ふんわりと甘い匂いが、あたりに漂った。女は本能的に甘いもの好きだ。呼ばずとも、匂いに惹かれて蟻のように、カマドの周りへたかってくる。慌てたレイシーが、急いで砂糖壺の角度をさらに傾けた。淡い光と闇の中で、白っぽい砂糖が目に眩しい。期待に満ちた、女たちの目がキラキラと星のように輝いた。

「どぼどぼー。わ。ちょっと入れすぎちゃったかな」

「多めでいいんだよ。甘いものは疲れが取れるからな。よし、みんなに配ってやれ」

「はいはい。ほら、じゅんばん、じゅんばん」

「ご主人さま。お座りくださいませ」

「ん」

 蔵人はポルディナが用意した床几に座ると、ビスケットをかじった。時間をかけて咀嚼すると、バターの濃い味が口中に広がっていく。さすがは、保存用だ。並の市販のものとは違い、厚みが違う。お年寄りには噛み砕くのが不可能なほどのそれを、全員、こともなげに談笑しつつ食べているあたり、現代世界の人々は咬筋力からして、別物であると思わずにいられない。ガラス細工のように繊細な顎をしたルッジですら、なんとも思わない様子でにこやかに食べている。全般的にやわらかいものを食べ慣れている蔵人にとって、硬いビスケットを砕くのは、けっこう体力のいる作業であった。頑張って、歯を動かす。

(なんか俺って……すごく、ヤワなんじゃないだろーか)

「ご主人さま? いかがいたしましたか」

「いや、なんかな。最近、歯が弱ったせいか、どうもこのビスケットが硬くてなー」

「おまえは老人か……」

 ヴィクトワールの言葉に、全員が笑い声を上げる。蔵人がむくれていると、ポルディナは、手づかみで口いっぱいにビスケットを頬張り、ものすごい音を立てて砕きはじめる。意図を察したのか、数人がサッと顔を青ざめさせた。まさか、と、よもや、が彼女たちの脳内を侵食していく。サクサクした咀嚼音が終わると、ポルディナは口をもごもごさせながら、ずっ、と一歩前に進み出た。

「ポ、ポルディナちゃん? 君は、なにをやっているんかな」

「ごひゅでぃんじゃま、ぐびぃをぼあげぐだざい」

「ちょ、嘘。マジで――?」

 いくら美少女ととはいえ、口にモノを入れて近づくその形相は、ちょっと引かざるを得ない迫力である。当然ながら、蔵人は身体をわずかに反らせる。それを逃すポルディナではなかった。彼女の瞳は、飢えた獣のようにギラっと光ると、即座に主の頭を抱え込み、唇を合わせてくる。逃れる術はない。周囲が、轟くような声で、ドッと湧いた。

 蔵人は、自分の唇が熱い舌で無理やり割られるのを感じ、涙目になる。なにかを考える暇もなく、ポルディナの口内で噛み砕かれたビスケットの破片が、ぬちぬちと音を立てて流入してきたのだ。ヌメった穀物と唾液がブレンドされた、それを拒むことはできない。あろうことか、彼女は、主の意図を履き違えた気遣いで、まるで雛鳥に餌をくれる母鳥のように、ドロドロになったビスケットの流動食を口移しで押し込んできたのだ。

「あ、あ、あ、あ」

「ななな、なにをやっているんですかー!」

「お、おかしいぞ。君たち、ちょっとそれはないと思うのだが――!」

「変態だ! こいつはやっぱり変態だった!!」

 ポルディナは、主の口内に噛み砕いた物体を残らず流し込むと、口元をハンカチで拭って、いつものように澄ました顔で騒ぐ仲間をぐるりと見渡した。しっぽは、表情とは反して左右にぶんぶんと勢いよくゆれている。

「……なにか?」

「なにか、じゃなーい! お、おまえはいつもそんなことを、ここここ、この男にしているのかァ!?」

 ヴィクトワールはさも汚らわしいものを見たかのように、目をつむったまま、指先をポルディナに突きつけながら、声を枯らして糾弾した。そうしている間にも、目の前で起こったことに思考が追いつかないのか、頬は熟れたリンゴのように朱に染まり、頭のてっぺんからは「しゅー」と蒸気が吹き出しそうな勢いである。

「いえ? はじめてですが。けれども、奴隷として、主が望むであろうことを察し、素早く的確に行うのは当然のことかと」

「それを異常だといっているんだ……! な、なあ! みんな!!」

 呆けた一同に振り返ってヴィクトワールが叫ぶと、最初に我に返ったメリアンデールが、残ったビスケットに素早く手を伸ばした。その手があったかと、ヒルダとレイシーとルールーが続き、一瞬迷って、アルテミシア、最後にメガネを取ったルッジが倣った。

 しゃくしゃくしゃく、とビスケットを咀嚼する音だけが、暗闇に響く。怯えた蔵人が床几から素早く立ち上がろうとして、転倒。背後にいたポルディナが、それを見逃すはずがなく、サッと主を受け止めた。

「まっふぇふぇくらはいねー。いま、わらひが、やーこいおやひゅをくらんりょひゃんにたべひゃひてあげまひゅきゃらねー」

 ヒルダはそういうと噛み込む速度をトップスピードに上げた。

 彼女たちは、ポルディナの行為にかこつけて、恐ろしい行動を一斉に取ろうとしていることは明白だった。いくら美女ぞろいといっても、続けざま、七人もの唾液が混じったおやつは食べられない。蔵人の顔に怯えが走る。ヴィクトワールは、リスのように頬袋を膨らませている集団から、後退った。それは本能的な反応だった。

「く、狂ってる。おまえら、本当に狂ってる……。私は、断じて、このようなことは参加しないぞ。クランドは別に子供じゃないんだぞ。だって、それってほとんどゲロどうぜ……。な、なあ、ちょっと待って。ヒルダよ。離せ。手を離せ。ねえええっ!? やめてよおおっ!!」

「んーんー」

 ヒルダは、仲間はずれはダメだという風に、ほほ笑みながら顔を左右に振った。

 このあと、蔵人はお腹いっぱい携帯食を食べることができ、エネルギー的にはなんの問題もない補充に成功した。精神面は、果てしなく安定を欠いたが。

 大休止に終わりを告げて、膨らみを出てゆく。さよならです、とヒルダが手を振るのを横目で見ながら、下腹に手をやった。なんか、ゆるくなった気がする。けれども、そんなことをいえば、家庭争議になるのは目に見えていた。あからさまに距離を取りはじめたヴィクトワールを寂しく思いつつ、かくし路をひたすら進む。

 十一階層ではじめて出会った敵は、闇に浮遊する、大きな目玉であった。

 モノアイと呼ばれる怪物は、その名のとおり、大人が一抱えする巨大な眼球に薄ピンク色の触手がへばりついた醜い外形をした下等な種族であった。

 一見すると、食物を摂取する部分は見受けられないが、実は背面に寄り集まった触手の奥に、餌を取る口吻があり、大腸に似た腕で小動物を捕らえて喰らう雑食系の生物である。

 大人が五人ほど広がって歩ける通路で戦いは、はじまった。

「ひえええ、なんですか。なんですか、あれ?」

「ヒルダ。窖の底にゆけばゆくほど、かような怪物は目に見えて増えるものだ。参る!」

 凛々しい声でそういうとアルテミシアは槍を引っ掴んで真っ先に駆け出していった。

 敵の数は都合七体。

 彼女にあおられるようにして、ポルディナとヴィクトワールが突撃していく。

 モノアイたちは、道いっぱいに広がっても前面に出るのは四体ほどだ。これなら、数の差で競り負けることはない。怪物は、迫るアルテミシアたちを獲物と見るや、うぞうぞと蠢かせていた触手をムチのように、ぴゅんっとしならせて振り下ろしてくる。

「やああっ!」

 ポルディナは勇ましくも高らかに吠えると、重さ九十斤を超える大薙刀を力いっぱい振り回した。鍛冶屋に特注で打たせた大業物は、水平に振り抜かれると、モノアイたちの触手を、長ネギを断つようにして、吹っ飛ばした。負けじと、ヴィクトワールやアルテミシアも敵影に向かっていく。

「よし、いいぞ」

 蔵人が息を詰めて激戦を見ていると、すかさずルッジが魔道書を繰って、火属性の術である偽・火炎の槍《オルタナ・フレイムランス》を放った。オレンジ色に染まった火の槍は放物線を描いて、格闘を続けている前衛を飛び越え、その後方に居た三体を焼き払った。

 ヴィクトワールが踊るようにして、十王剣をモノアイの黒目部分にブッ刺しているところを見守っていると、背後からきゃっと悲鳴が聞こえた。

「助けてくださーい!」

 蔵人が慌てて後ろを振り返ると、触手に掴まれて、ふよふよと地上一メートルくらいの宙に浮いているメリアンデールの姿があった。

「んげっ! なんで、こんなとこにいるのおおッ!?」

 すでに、後方を警戒していたルールーがナイフを抜いて、二体のモノアイと斬り合いを行っている。

「このっ、このおっ。メリーを離しなさいよっ。ばかぁ!」

 一番近くにいたレイシーが、使い慣れない手振りでショートソードを振るっているが、そんなもの相手にしないね、といった格好で、メリアンデールを捕らえたモノアイは空をすべるようにして、闇の中に消えていった。

「クランド、まずいぞ! やつらは、餌を巣穴に持ち帰って生きたまま分解して食べる癖がある!! 絶対に逃がしてはいけない!」

 叫びながらルッジが魔道書から炎の矢を打ち出すが、モノアイは触手の一部を焦がしたまま、素早く飛び去っていく。

(冗談じゃねえ! 俺のメリーをクソ目玉どもの夕飯にされてたまるかよッ!!)

「ルッジ、ここは任せた! 俺はメリーを追うッ。ヒルダ、ついてこいっ」

「うんっ」

 蔵人はパーティーから離脱すると、逃げていくモノアイを全力で追った。

 すでに正規のルートから外れた部分に移動してしまったが、地図を悠長に見ている暇はない。開けた空洞の部分に躍り出ると、手にしたカンテラをメリアンデールの声がする方向に向けた。モノアイは、人間ひとり抱えたまま、傾斜のある絶壁に沿って虚空を上方に向かって進んでいく。すでに、蔵人がいる位置から十メートルは遠ざかっている。天井近い岩棚には、小さな横穴が見えた。おそらく、その先がやつらの巣穴に繋がっているのだろう。躊躇している暇はなかった。カレンが、この場にいないことが痛い。強く歯ぎしりをすると、後ろに手を伸ばして叫んだ。

「ヒルダ、石ッ、石ころ寄越せッ!」

「はいなっ」

 蔵人は、壁の限界いっぱいまで近づくと、綺麗なモーションから肩をしならせて石ころを投擲した。彼の身体は、度重なる戦いと紋章の力の超回復能力でもはや常人の域を超えたものに完成されていた。指先から解き放たれた石の球は、闇を穿って真っ直ぐ飛ぶと、モノアイの身体を突き破って、メリアンデールの略取を阻んだ。ボッと、肉が吹き飛ぶ鈍い音が鳴った。同時に、女の絶叫が耳を打つ。

「投げてよし、守ってよし、とくらぁ!!」

 ぽーん、と宙に投げ出されたメリアンデール。真っ逆さまに落下してくる。足元は、ゴツゴツした岩が無数に張り出しており、そのまま身体を打ちつければ、重症はおろかそのままあの世に直行しかねない恐ろしさだ。

「クランドさんっ。そのまま、真っ直ぐ! そうそう! 絶対に落とさないでくださいっ」

「わーってるって! ほい、キャッチだ!!」

 蔵人はヒルダの向けたカンテラの中に映ったメリアンデールの落下点を素早く計算し、寸分違わず捕球した。並外れた力をもってしても、十メートルから落ちた人間ひとりを抱きとめるのは容易なことではない。腰骨に響く衝撃をこらえるため、奥歯を強く噛み込む。

「セーフ」

「あわわわ……ありがとうです」

 蔵人はいまだ目を回しているメリアンデールの身体にくっついた触手の破片を指先でつまみ取りながら、ふう、と長く息を吐いた。あわや大惨事となるところであった。恐怖からかメリーは、たちまち首ったまにぎゅっとすがりついてくる。もう、だいじょうぶだと、やさしく頬を撫でていると、背後からヤキモチを焼いたヒルダが腰に向かって飛びついてきた。たまらずバランスを崩してこける。

「あだだっ」

「いったー! なにするのよっ。ヒルダのばかっ」

「うううっ。イチャつかせはせん。イチャつかせはせんぞー」

「ああっ。クランドの額からおっきなコブがにょきにょきとっ」

「ひどいよメリー。なんてことを。恩をあだで返すってこういうことなのよ」

「さりげにわたしのせいにしないでっ! ……って、あー!」

 メリアンデールは、団子状態に絡まった人の輪から抜け出すと、岩陰の隅に向かって、ととっと素早く走り出し、こけた。

「あいたー!?」

「……なにをやっとるんだ、あいつは」

 蔵人たちが白い目で凝視していると、メリアンデールは舌を出しながら自力で再起動を遂げた。高い場所から落下し、急激にゆらされたせいで、三半規管に異常をきたしたのか、どうも足元がおぼつかない。それでも彼女は、フラフラとよろばうようにして、ある場所までたどり着くと、両膝を地面にぺたんとつけて頭の先から声を張り上げた。

「うっそ! うそうそうそ! すっごーい!」

「むむむ。これはお金の匂いなり。クランドさん、ゴー! ですよ!」

「ちょっ!? 待っ、へぶっッ」

 ヒルダは小走りにメリアンデールの場所まで駆ける。蔵人は、押されて横倒しに転び、顎を大きめの岩にぶつけて悶絶した。

「どったの、どったの! なんかいいもん拾うたんなら、私もみせてかしてちょうだい!」

「見てよー、これこれ! 見つけちゃった!」

「どらどらー。って、キノコじゃん。もおお」

 ヒルダは喜色満面で差し出してくるメリアンデールから受け取ったキノコを目にして、たちまち興味を失った。それは、手のひらサイズ程度で、全体がショッキングピンクに彩られ、毒々しい濃いオレンジの斑点がある「いかにも……」毒キノコ然としたものだった。

 ようやく立ち直った蔵人も、頭をさすりながら苦笑を禁じえない。

「なにー。それー。私、すっごい声するから、てっきりお宝さん見つけたかと思って、どきどきしちゃったじゃん。私の、どきどき返せ! このどきどきドロボー!」

「うふふ。さすが業突張りのヒルダくん。でも、この、モモイロヒウチボタンダケの値段を聞いて、それでも平静でいられますかなー。ふふん」

「おい、いまなにげに私のことディスったろ?」

「なんと、これは素材屋で取引されるレアの中のレア! 一本五万P(ポンドル)もする超・高級キノコさんなんですよー!!」

「へ……?」

 完全にフリーズしたヒルダの視線の先へと、メリアンデールが手にしたカンテラの光が移動する。そこには、まるでピンク色のペンキをぶちまけたような、キノコたちが身を寄せ合って群生していた。そこには、少なく見積もっても、百や二百を超えるモモイロヒウチボタンダケが身を寄せ合っていた。五万P(ポンドル)とは、日本円にして、約五十万円に相当する。仮に二百本収穫しても、一億近い。大金であった。

 蔵人は、ヒルダの瞳にキャッシュレジスターの開くキャチーンという効果音と共に$数字に変わる幻影を見た。

「おたからっ! おたから大好きにゃーん! ほらああっ! なにしてんのおおっ!! どんどん拾わないとおおおっ! 夢はお金で買えないんですからねっ」

「お、おう。よしきた、任せとけッ」

 三人は、ひととき危険地帯にいることを忘れてキノコ狩りに没頭した。

 憑かれたようにモモイロヒウチボタンダケを刈り取るヒルダの動きは、長年の匠の技を思わせる、正確無比な動きである。メリアンデールも、かがみながらせっせと、キノコたちを収穫している。蔵人は、肩から黒外套を外すと、黙々とサポート役に回った。


「いやあ、けっこうたくさん採れたよなー」

「こうしてやってみると、キノコ狩りも楽しいですねっ」

「お宝、お宝!」

 メリアンデールは、あと一息でモンスターの巣穴に引き込まれ、美味しくいただかれてしまう寸前であったことも忘れてホクホク顔であった。ヒルダに至っては、スカートの裾をからげて、最大限までキノコを包んでいる。チラリと、白い生足が見えているが、たぶんなんとも思っていない。銭の力は偉大だった。ちなみに、苦労して運んでいるのは、メリアンデールが捕まった際に、空間ごと物質を圧縮して収納するマジカルコンプレッションバッグを落としたためである。

「すごいよメリー! 私、きっちり数えた! 二百十七本ありましたっ。いやっふ!」

「よかったね、ヒルダ。これで、おチビちゃんたちに、お腹いっぱいおごはん食べさせてあげられるよー」

「おいおい、メリー。それじゃ、まるで俺が甲斐性なしみたいじゃねーか」

「えー。だって、実際クランドさんそうじゃないですかー」 

 蔵人たちが手にしているのは、事実、「金塊の山」のようなものである。襲われていたことも忘れて、足取りはどこまでも軽かった。けれど、ウキウキしながら戻った三人を迎えたのは、怒髪天を突いた状態で猛り狂う、憤怒を露わにしたメイド騎士であった。

「おまえらはッ! 人がどれだけ心配したと思っておるのだーッ!! 反省しろぉ!!」

「はい」

「しゅみません」

「全部クランドさんが悪いんです。よくいって聞かせますので……」

「一番反省が足りないのはおまえだああっ!!」

「んぴっ。唾飛ばさないでくださいよっ。クランドさんのものならともかく、私、そういう趣味はありませんからっ」

 興奮の余り飛ばされたツバキを嫌がってヒルダが顔を手でかばうように覆うと、ヴィクトワールの青白い額に、ピキィッ、と血管が浮かび上がる。怒りの余り、言葉にならない奇っ怪な音声を発するヴィクトワールをアルテミシアとルッジが後ろから無理やり押さえ込んだ。このままでは、仲間内で殺し合いが起きかねない。

「おい、それ以上彼女を刺激するな。無事なら別にかまわないのだが、ボクたちがどれだけ心配したか、少しは思いやってくれてもいいんじゃないか? ヴィクトワールなぞは、血相を変えてそこいらじゅうを探し回ってくれたのだよ。それを、のんきにキノコ狩りしてましたよー、なんていわれれば、文句のひとつもいいたくなって当然だろう」

「申し訳ないです、ルッジ。私たちが間違ってました」

 真摯な言葉に心を打たれたのか、ヒルダとメリーは自分たちの行動を恥じ入って、素直に謝した。蔵人はバツが悪そうにしていたが、「ごめんよう」と小さくつぶやいた。

「なんで、私の言葉は素直に聞けず、ルッジの話には耳を傾けるのだーッ!!」

「どうせいっちゅうんじゃ……。おい、てか、なんだありゃ。志村! 後ろッ、後ろーッ」

「はあ? シムラ? おまえはなにをいっているんだ……。んきゃっ」

 蔵人はヴィクトワールの腰をグイと抱き寄せると、右手で腰に佩いた聖剣“黒獅子”を抜いた。目にも止まらぬ速さで、赤いムチのようなものが、ヴィクトワールの胴体を狙って飛来する。

「こんのッ!!」

 蔵人が長剣を振り抜くと、赤いムチは音を立てて引き裂かれ、あたりに青黒い血液を飛び散らせた。変異を感じ取ったのか、ルールーが闇を凝視したまま、手元のナイフを投擲した。錆びた歯車を無理やりこすり合わせたような声で、異形の生物が絶叫を上げた。

「つーか、説教の続きはまたあとで聞くぜ。どうやら、追加のオーダーが入ったみてぇだ!」

 モノアイの死骸を乗り越えて、そのモンスターは闇の中から姿を露わにした。

 古代中世白亜紀に存在されたとされる伝説の大亀アーケロンを思わせる、全長三メートルを超えると推定される、ダンジョンにのみ生息するとされるモンスター、洞窟亀は意外に機敏な動きで前進すると、巨大な口をぽっかり開けて、傷つけられた真っ赤な舌を、くるくると巻き取って収納した。

「クランド、そいつは洞窟亀といって、舌を伸ばして餌を痺れさせ捕食するモンスターだ。特に、巨大な口は鉄さえ噛み砕く強い咬筋力がある。うかつに近づいて戦うな」

 ルッジは背後に飛び退って魔道書を開くと詠唱の体勢に入った。

「わかった! って、もうすでに特攻(とっこ)ンでるおバカさんがいるぅ――ッ!?」

 蔵人の視線の先には、すでに高々と宙に舞い上がって剣を振るう、血なまぐさいダンジョンには不釣合いなメイドの後ろ姿があった。ヴィクトワールは、洞窟亀の巨大な甲羅に、かきーん、と一撃、澄み切った金属音を響かせると、虚空でトンボを切りながら、距離を取っていた。

「くっ。なんて、硬いやつなんだっ。おい、ルッジ! こいつの弱点はなんだ!」

「あの、脳筋アホメイドさんは……。アル、ポルディナ! 続け! ヴィクトワールを援護するぞ!! できるだけ散らばって、狙いをつけさせるな!」

「任せてください、ご主人さまっ」

「委細承知ッ!!」

 洞窟亀はすでに、先ほどルールーが放った投げナイフで右目を潰され、距離感が上手く掴めないらしく、グルグルと首を伸ばしながら手足をジタバタ動かしている。気合一閃。ポルディナが、自慢の大薙刀を垂直に叩き落とすが、刃風を敏感に感じ取ったのか、亀は素早く首を引っ込めた。

「くうっ。ちょこまかと――」

「任せろ! おおおおっ!!」

 アルテミシアは、三メートルを超える聖女の槍(ホーリーランス)を吠え声も勇ましく前方に突き出した。穂先は、銀色にキラリときらめくと、無防備であった洞窟亀の右前脚にずぶりと突き立った。アルテミシアは、両腕に力を込めて、槍をグイグイと脚の中に押し込んでいく。滝のような強烈な勢いで、どぼどぼと青黒い亀の体液が流れ出す。腐ったような鼻を横殴りにする強い悪臭があたりに立ち込めた。

 間を置かず、ルッジは魔術詠唱を完成させると、土属性の偽・泥沼《オルタナ・ブラックボグ》を発動させ、洞窟亀の足場を崩した。硬い岩地は、たちまち液状化し、ドロッとした真っ黒な泥の海に変化する。二トンを超える巨体を支えきれなくなった洞窟亀は、狼狽して四肢を狂ったように暴れさせた。

 だが、まだ、首は出ない。甲羅に引っ込んだ亀は、引き出すのに時間がかかる。

「こいつで、どうだっ」

 背後に回った蔵人は長剣を水平に振るって後ろ脚を著しく傷つけた。痛みをこらえかねて、洞窟亀が哀れっぽい声で低く鳴く。情けをかける余裕はない。目だけで合図すると、残りの二本の脚を、ルールーとポルディナが息の合ったコンビネーションで責め立てた。

「いまだ! 丸焼きにしてやれッ」

 蔵人の指示が飛ぶ。待ってましたとばかりに、ルッジはやや近づいて、魔道書から偽・火炎の槍《オルタナ・フレイムランス》を唱えて、亀の引っ込んだ首めがけて、続けざま火柱を放った。

 が、洞窟亀も案外としぶといのだ。首を縮めたまま、戦いは膠着状態に陥った。

 ルッジの顔に焦りが浮き出てきた。魔道書の力を使っているとはいえ、土属性と火属性の二種類を同時に制御するのは並大抵の精神力ではおぼつかない。均衡は突然、崩れた。ルッジの火力が弱まった隙を突いて、洞窟亀が勢いよく首を伸ばしたのだ。蛇と見紛うばかりの長さである。引き込まれるように突出していたルッジは無防備なまま棒立ちになった。コンマゼロ秒の速さでヒルダが神聖魔術の防御結界を前方に張るが、洞窟亀の突進は薄皮を裂くようにして、続けざまにそれらを噛み破った。獲物を狙い定めて、巨大な顎が大きく開かれる。

「えええいっ!」

 洞窟亀の視界の外。横合いからメリアンデールが、ぽっかりと空いた口腔へと抱えていた包みを放り投げた。刺激的なショッキングピンクの物体が雨あられと投下されたのだ。

 ばふん、と霧状の胞子が大亀のアギトから漏れ広まり、空気中に拡散する。

「離れてっ。そのキノコは猛毒です!」

 メリアンデールが投じたモモイロヒウチボタンダケは高い薬効を誇る傍ら、強烈な催眠性を持つ毒性のキノコであった。

 人間であれば、カケラを嚥下しただけで心臓が止まるシロモノである。

 さすがの、大亀もたまらず動きを鈍らせた。

 そのときを待ち望んでいたのか。ポルディナが洞窟の天井へと届かんばかりに、高々と舞い上がった。手にした大薙刀が恐るべし刃風を巻いて、びょうと唸った。肉を深々と断つ鈍い音が反響した。洞窟亀の断末魔が流れる中、青黒い血流が噴水のように肉の裂け目から激しく噴き出し、周辺の岩肌を鋭く叩いた。切断された亀の大首は飛翔しながらもしつこくルッジを狙っている。そばにいたレイシーが押し倒すようにして抱きついて、大首の軌道からなんとか逃れた。洞窟亀の切り取られた首は、張り出した岩に噛みつくと、たちまちに砕いてしまった。死してこの威力である。

「だいじょぶかっ!」

 蔵人はじゃぶじゃぶと血海を鳴らして駆け寄ると、いまだ震えているレイシーとルッジの肩を抱いて引き寄せた。すがりつくふたりをなんとかなだめると、カンテラを差し上げて首だけになった大亀の頭部を照らし出した。白濁した丸い瞳。どこか恨めしげな気を放っている。鼻を突く生臭い独特の血が忌まわしいものに思え、こみ上げる吐き気を無理やり飲み込む。酷く、胸が痛んだ。






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