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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第7章「魔王の藩屏」
166/302

Lv166「ギルド新年」




 冒険者相互扶助市民連盟認可協同組合。

 通称、冒険者組合(ギルド)。

 冒険者組合統括位委員長《ギルドマスター》をアンドリュー伯、ヴァランタン・ド・バルテルミーの長女にして、シルバーヴィラゴ市議会議長及び領内防衛代行責を兼任するヴィクトリア・ド・バルテルミーが務める、ロムレス王国随一の認可組合である。

 この街で、ギルドといえば、無数に乱立する剣士ギルド、魔術ギルド、商人ギルド、などを除外してこれを指した。

 正式に、認められた組合員だけでも一万を超え、その裾野は広く、百年に渡った歴史により、街全体の経済へと無数に根を張り巡らせている。

 冒険者なしでは、この街はやっていけない半面、堅気で働く市民からすれば、彼らはすべて浮き草稼業でしかありえない。表向きはいい顔をしていても、裏で眉をひそめるのが常である胡散臭さを脱臭できずに今日に至っていた。

 だが、転機はあった。去年の秋に見舞われた蛮族どもの来襲、いわゆるステップエルフ戦争でヴィクトリアが率いる冒険者たちはそれなりに活躍し、防衛に貢献したのだ。戦いに身を投じて命を落とした人間もかなりいるし、組合の運営側に関していえば人員の被害は顕著であった。どこを向いても弁護の余地のないすれきった荒くれ者ばかりであるが、彼らが未だ歳若いヴィクトリアを長として推戴することに、毛ほどの文句を表立ってつけられない理由として挙げられるのは、彼女が有する領内の兵員にあった。

 常時、少なくとも十万を超す軍を指先ひとつで動かすことができる彼女の権力は、王都に滞在して数年に一度戻るかどうかわからない領主よりもはるかに恐ろしい存在だ。

 現に、彼女が二十歳で委員長に就任した際は、千を超える人員を有した最大派閥のクランである、“白の烈光”が、頭目ごと兵隊の波に揉み潰されていた。当初、“白の烈光”は己たちの存在を誇示するようにことごとくヴィクトリアの命に逆らった。

 これに、ハンカチの端を噛んでメソメソ泣き暮すような、ヤワな感性を持ち合わせていないのが彼女である。最初から舐められないようにと、気負った部分もあっただろうが、そのときヴィクトリアがこの跳ねっ返りを討伐するのに動かした数は、七万を超えていた。

 兵隊たちは、すわ、いくさか! と思わせる装備で、続々とダンジョンに乗り込み、低階層でくつろいでいたクラン“白の烈光”をあっという間に平らげた。クランにおける人員の七割を超える死傷者を確認したところで、ヴィクトリアはようやく矛を収めた。

 以来、公然と委員長の命を無視する冒険者は皆無といってよかった。

 ただ、それは“五英傑”という、半ば旅芸人につけるような諧謔に満ちた二つ名が、世に知れ渡る前の話であった。

 はじめ、それは冒険者同士がなんとなく口にしていた、有力クランを率いるマスターに与えられた通り名のようなものだった。色をつけたのは、ヴィクトリアである。彼女は、無色の冠をかぶった五人の英雄を舞台の上に引き上げ、ダンジョンの活性化に心血をそそいだ。冒険者が、迷宮に潜り、宝を見つけて街にさばけば、金は新鮮な血液のように音を立てて、街という身体を隅々まで駆け巡るのである。金が動けば税が落ちる。ひいては、一族繁栄のため領内を富まさなければならない。その期待を受けて、壇上に躍り出た冒険者は、畏怖と尊敬を込めてかのように呼ばれるのであった。いわゆる、

 “勇者”アレクセイ。

 “聖騎士”ブリジット・フォーチュン。

 “狼王”テオドール。

 “魔導大帝”パンプキン。

 “死霊使い”ゴモリウス。

 この五名であった。

 この中で比較的、彼女に従順なのは、アレクセイとブリジットのみであった。

 過去形であるのは、ステップエルフ戦争が終わってから、組合に対するブリジットの不服従が顕著になったという事実が存在したからである。

 これは、ヴィクトリアにとっても頭の痛い出来事であった。

 元日から三日が経過し、組合は新年を迎えるにあたって、ここ数年なかったといえるほどの、大規模な集会を開催した。

 とはいえ、万余を超す冒険者を収容する場所を確保するのは難しいし、近年の物価高騰の余波もあり、基本は各クランのリーダーと、サブだけに限って召集が行われた。

「おお、ずいぶんと人が多いな……」

「クランだけでも数百は超えるからな」

 蔵人は、副官にアルテミシアを引き連れて、組合の大会に参加していた。市内随一の歴史と伝統を誇るクラウ・クラウンホテルの集会場を借り切って、一癖も二癖もある無頼の徒が密集していた。戦争の余塵冷めやらぬ気配を濃厚にまとったむくつけき男たちがひしめき合っている。

(若い娘はおらんかなー。いや、ほとんどいないな。なんというおっさん率の高さ。めまいがしてきた。こんなことなら、なんか理由つけてサボっちまえばよかった。なんだよ、アルのやつ。近頃は、若い冒険者ガールが増えてきたとか、なんとか嘘つきやがって)

 ふと顔を上げると、ピタリと寄り添っているスキンヘッドと死神のような景気の悪い顔をした中年の男たちが視界に入った。

 彼らは互いに腕を絡ませて、もぞもぞとやっている。

 立錐の余地のない会場である。

 場所を移動したかったがそうもいかず、自然、蔵人の目に男たちがやっている行為が飛び込んできた。

 彼らは、荒い息を吐きながら、お互いの股間のふくらみをさすり合いしているのだ。

 常軌を逸した行動であるといえよう。あまりの事態に、蔵人のいたいけな脳は活動を停止しそうになった。

「アドン、いけない。みんなに気づかれてしまうよ」

「ふふ、なんだい、ポール。こんなに固くしてしまって。いけない子だ……」

 スキンヘッドは、この寒さの中で湯気のような息を荒く吐きながら、死神男の耳へと自分の口を近づけ、あろうことかベロベロと舐めはじめた。

 ぬちゃぬちゃ、と粘った音が聞こえてくる。隣にいた青年が、ふたりの行為に気づき、怯えた子犬のような切なげな瞳をした。その青年をねっとりとした目つきで背後から視姦しているスダレはげが、長い舌を動かしながら自分の唇をペロペロ舐めたくっている。獲物を狙う狩人の目だ。蔵人は、あまりの異常さ加減に、気が狂いそうになった。

 ――ここはハッテン場かよ!

 蔵人は白目を剥くと、神の怒りが具現化してこの会場内を根こそぎ焼き尽くしてくれないかと心底願った。

(なんだよ! こいつらガチホモか? 神聖な会場でミートボールとシャウエッセンの掴み取り大会か! 勘弁してくれよ、こちとら二日酔い気味だってのに!!)

 蔵人は、激しい胸のムカつきを覚え、即座にアルテミシアの手を引くと、強引に人々を突き飛ばしながら後方に後退していった。

「いきなりどうしたんだ? 前にいないと、冒険者組合統括位委員長《ギルドマスター》の訓示がよく聞こえないぞ」

「ゲロ吐きそう」

「なんだ。人いきれで気分でも悪くなったのか?」

「気色悪いモン見ちまってハラワタが腐り落ちそうなんだよ!」

「急になんだ。今日は機嫌がやたらに悪いなぁ」

「頼むからおまえで口直しさせてくれ」

「またよくわからないことを……。ほら、つかまって」

 アルテミシアの身体にもたれかかってあえぐ。ドサクサに紛れて、胸を揉むと、彼女はきゃう、と短い悲鳴を上げ、しょうがないなと呆れた顔をした。

 本日のアルテミシアの格好は、薄い緑色をしたゆるめのローブを着て、フードで顔を隠している。どうやら、無意味に存在を気づかれて騒がれたくないらしい。いまだ、竜殺しのネームバリューは落ちず、アルテミシアにとってはいい迷惑なだけらしい。もっとも、常時完全武装で重々しい鎧を着込んでいる点にも問題があるような気もしないでもないが。

 蔵人は、冒険者の群れから脱出すると、一番後方の柱にすがりつき、大きく深呼吸した。

 頭の中で、先ほどのホモどもが地獄の饗宴を繰り広げている光景が、次々に浮かび上がってくる。それくらいに強烈な印象なのだ。恐るべし、男色家たちよ。

「くっそ。キメェホモ野郎どもがァ……! 巣から出てくるんじゃねえよ、ちくしょうめ」

「お腹が痛いのか? どうする? 今日は、もう帰ろうか」

「アル。おまいのふくよかな胸で慰めてくれぇ」

「きゃ。だ、ダメだ。なにを考えている。こら、裾に手を入れては、いけない。……いけないの。……あっ、ダメ。……ダメだって。……んっ。いってるのにぃ」

 蔵人はアルテミシアを壁際に押しつけるようにして、無理やりまさぐりはじめた。どうやら、壇上にヴィクトリアが登ったせいで、部屋の隅はある種の死角となりつつあった。

 もっとも傍から見れば、蔵人が婦女子を無理やり襲っているようにしか見えないのであるが。冒険者たちは、壇上に立つ冒険者組合統括位委員長《ギルドマスター》の訓示を聞こうと、どんどん前に押し出ている。幾人かは、後方の凶行に気づいているようであるが、基本的には不干渉である。

 アルテミシアの金髪が、妖艶に乱れ、衣の上からでもわかる爆乳が淫靡に揉みしだかれ形を変える。長身の美女から、鼻にかかった甘え声が漏れはじめたとき、ひとつになった影へと雄々しい制止の声がかけられた。

「この悪漢が! ここをどこと心得ておるかッ。――ま、まさか!?」

 男は、灰色の髪を短く刈り込み、通った鼻梁をゆがませながら、百九十近い長身を震わせて絶叫した。

「団長。いや、これは」

 アルテミシアが慌てて蔵人の胸を突いて取り繕う。

 匂いたつような女の色気を目にして、白十字騎士団(サンクトゥス・ナイツ)騎士団長である、アントワーヌ・ボドワンは顔色を紙のように青ざめさせて、細身に作った品のいい眼鏡をカタカタと細かくゆらした。

「アルぅ! そしておまえ。またしてもおまえか! 俺のアルを、この白昼堂々辱めるとは、その素っ首、何度切り落としても気がすまん! そこに直れ、下郎よ!」

「……えーと、どちらさんで?」

「貴様! クランドとかいったな! 俺はまったく忘れていないというのに、どういうつもりだこの野郎! 白十字騎士団(サンクトゥス・ナイツ)のアントワーヌだ! 去年、事務所で会ってるだろうがよ!」

「だーかーら、落ち着くんだおアントワーヌ。その絡みかたは、ほとんど狂犬だお。ほ、お久しぶりなんだお、クランド氏とアルテミシア氏」

 狂わんばかりに激昂して掴みかかるアントワーヌをはがい締めにしているのは、参謀のロイク・マクスウェルである。彼は、あいも変わらず樽のような身体をぷよぷよゆらして、冬だというのに、額に汗をうっすらにじませていた。

「おお! 覚えてるぞ。樽の兄ちゃんだな」

「こら、失礼だぞ! ロイクだ、ロイク」

「おほ。ま、覚えてくれてりゃなんでもいいお」

「そうか。ロイクだったな。この腹まわりは相変わらずじゃねえか」

 蔵人は朗らかな顔でロイクの腹肉を両手で引っ張り上げる。

「おうふっ。つまんで引っ張るのはやめて欲しいお」

「だから、失礼だといっているだろうが!」

「だ、だんだんこれが快感に……! って嘘だお、アルテミシア氏。そんなマジ顔されても対応に苦慮するお」

「離せ、離してくれ! ロイクぅうう! 俺は、この男に制裁を加えなければならないんだぁ――!!」

「このマジキチ、必死である。すまんお、おふたりとも。いま、責任もって落ち着かせるので、しばし猶予をくだされたいお。おうふっ」

「ほら、アル。これ見ろ。指がずぶずぶ沈む。めっちゃラードだぜ。おもれー」

「やめろというに!」






 四人が落ち着くのに、十分はかかった。そんなこととは関係なしに、壇上のヴィクトリアは延々と果てることなく訓示を話し続けている。聞き入っていた冒険者たちに、不満の色が見えはじめた。

 五英傑の中で、唯一顔を出していたアレクセイに至っては、最前列のアリーナ席で鼻ちょうちんを浮かべて爆睡する始末である。

 これ以上はさすがにマズイと感じたのか、ノリに乗って長口舌を振るっているヴィクトリアの袖を、側近のラデクが仏頂面で引いた。

「姫。前置きはそのくらいにして」

「失礼ね」

 ヴィクトリアはしゃべるのを一旦やめると、眼下の冒険者たちをぐるりと見渡した。

 想像していたことではあったが、五英傑の集まりは悪かった。特に予定がなかったのか、アレクセイだけが律儀に出席しているが、子飼いともいうべきブリジットの姿もない。

 事実、ヴィクトリアの求心力は、ステップエルフ戦争以来著しく落ちていた。理由は、かような極限状況で表に現れた城内における腐敗しきった貴族政治の醜さが大きかった。

 糧秣の横流し。戦費の横領。常時行われていた露骨な縁故登用。

 さらに城兵が負けると見越し、先んじて、内密に蛮族へと降伏の書状を送りつけ自らの地位を確保するという見下げ果てた事実。

 ブリジットは、おそらくヴィクトリアが知る中ではもっとも高潔で誇りを重視する騎士の中の騎士といえた。潔癖すぎる彼女は、ことに及んでは勇猛果敢であるが、弱者に対しては聖女のごとき慈愛を見せる男が夢想する上でほぼ完璧な能力を備え持った淑女である。

 特に、今回のステップエルフ戦争において、彼女の率いたクランである“聖騎士連合”の損耗率は大きく、三十パーセントを超えていた。そのほとんどが、敵の辱めを避けるために自害を選んだという筋金入りの潔癖ぶりは、処女軍団と揶揄されるほど貞操を重んじた、一種、異様な教義にも似た貞烈さが浮き彫りにされていた。

 ヴィクトリアは、彼女が王都の聖堂教会で神託を受けたときから庇護してきた実績があったが、ここに至って、半ば、

「裏切られた」

 感が強い。

(あの子は己の中の正義に関して、異様に拘っている節があった。この状況で距離を置かれるのは、正直なところかなり痛い……)

 そのようなことが一瞬、頭をよぎる。

 が、まだこちらには大きな手駒が二枚ほど残っている。

 ひとつは、エトリア王国認定の勇者アレクセイ。

 そして、もうひとつは、“竜殺しの聖女”の二つ名が定着しつつあるアルテミシア・デュ・ベルクールを要する、クラン“ダンジョンマスター”の主である、シモン・クランドだ。

 ――うまく育てれば、このふたつはダンジョン経営に関して大きな力となる。

 特に、シモン・クランドの力は未知数である。ヴィクトリアの狙いは、彼の力で順調にダンジョンを攻略させ、そして、誰もが成し得なかった最深層に隠された“ロムレスの秘宝”を手に入れ、機が熟するのを待ち王位継承争奪戦に喰い込むことであった。シルバーヴィラゴに冒険者組合(ギルド)が開設されてから、今年で百年の節目を迎えるにあたり、ヴィクトリアはいままでの活動方針の大きな展開を考えていた。彼女が、この会合で発表した新規ルールは、以下の三つである。

 ひとつ。あらゆるクランは、己が攻略している階層の現在位置を冒険者組合(ギルド)に報告せねばならない。

 ふたつ。あらゆるクランは、定期的にダンジョン攻略における実績の報告を義務とし、一定期間、活動のないクランは認可を剥奪し、以後、街への立ち入りを認めない。

 みっつ。冒険者組合(ギルド)はダンジョン攻略のため、あらゆる情報の買取価格を今後、倍額とする。なお、偽情報の売り渡しは、地位の上下を問わず、死罪を含む厳罰に処す。

「なんだよ、そりゃあ……」

「現在位置報告の義務化だぁ? 俺らになんのメリットがあるっていうんだ」

「でも、情報買取価格の引き上げはうれしくね?」

 冒険者たちから、鯨波のようなざわめきがドッと生まれた。この三点の中で特異なのは、ひとつめの、現在位置報告に関しての条項であった。冒険者たちは、必要以上にメンツに対してこだわるクセがあった。事務所において、度々顔を合わせる者同士でも、あまり自分がどこを攻略しているかどうかいいたがらない節がある。

 それらは、おしなべて自分たちの飯の種であり、ややもすれば、財宝や素材を巡って命を危機に晒す危険性が多々あるからだ。明らかに実力が低かったり、員数が少ないクランが危険度が高くお宝が多く残っている最下層をウロウロしていれば、いわゆる鼻の利かない大熊たちと呼ばれる、数だけは多い大クランの餌にされる可能性があるからだ。

「いっておきますが、これは提案ではなく決定です。異議のあるものは、この場でバッジを返却して頂いて結構です。代価として、冒険功績に見合った額を返金いたしますので」

 ヴィクトリアは輝く純白の長手袋で金色の後れ毛をかき上げながらいった。猫のようにつり上がった特徴的な瞳が不敵に光っている。特に反論がないのを確認した彼女は、細い顎を傲慢とも思える仕草でしゃくると、背後に控えていた執事のレオパルドに、巨大な掲示紙を運ばせ、その中央に記された文字を全員に見えるよう誇示した。






「お。なんかはじまったみてーだな」

 蔵人はいまだ苦々しく自分を睨みつけているアントワーヌをからかうことをやめ、壇上の真ん前に張り出された紙へと目をやった。コピー用紙を思わせるかのような、ツルツルとした紙質である。この世界では、現代日本と違って精密な製紙技術が発達しておらず。紙の白さ及び美しさだけで高価なものであることが理解できた。

「……うーん。でも読めない」

 言葉は喋れても書いてあることが理解できない蔵人である。その言葉尻には、ちょっぴり寂しさが混じっていた。

「こんな簡単な文字も読めないとは。クランド、無学は罪だぞ。おまえも冒険者であるならば、できずと、最初から放り投げるなどもってのほか。学ぶ姿勢を持ち続けなければいっしょにいるアルが恥をかくだろうが」

 蔵人を蔑むように、アントワーヌは鼻で笑いはしたが、書かれている意味を細かく説明してくれた。根は親切な男である。

「どうやら、現在のダンジョンにおける各クランの位置を発表しているようだな」

「馬鹿な……!」

 アルテミシアは、驚きの表情で目を見開き、細かく頬を震わせていた。

「それってなにがすごいん?」

「いままで秘匿されていた攻略情報が白日の元に晒されたんだお。これじゃ、いままでシコシコひっそりと潜っていた五英傑たちは涙目なんじゃね?」

「どうやら、もっとも攻略の進んでいるクランの上位七位が発表されているようだな。冒険者組合統括位委員長《ギルドマスター》も思いきったことをなされる。アル。これからは、いままで以上に冒険の過酷さへと拍車がかかるだろう。だが、忘れないでくれ。俺と君は、白十字騎士団(サンクトゥス・ナイツ)におけるただの仲間ではない。そう、これからは、公私共に頼ってくれてもだな……」

 アントワーヌはドサクサに紛れてアルテミシアの肩を抱こうとするが、彼女は巧みにそれをかわすと、蔵人の前に出て身体をもたれかけさせた。虚空に伸ばされた右手が虚しい。

 ロイクが親友の肩に手を置いて首を左右に振った。

「涙目はアントワーヌだったお」

「……うるさいよ!!」

 なお、現在ダンジョンにおける上位七チームは以下となっている。


 一位。六十二階層。クラン「闇の眼」マスター“魔導大帝”パンプキン。

 二位。五十四階層、クラン「エトリア」マスター“勇者”アレクセイ。

 三位。三十八階層、クラン「聖騎士連合」マスター“聖騎士”ブリジット

 四位。三十二階層、クラン「ネクロマンサー」マスター“死霊使い”ゴモリウス。

 五位。二十六階層、クラン「ウルフヘッド」マスター“狼王”テオドール。

 六位。二十四階層、クラン「黄金の狼」マスター、バインリヒ・リテル。

 七位。二十一階層、クラン「蒼の翼」マスター、ルーシア・パニーラ。


「あれ? 黄金の狼って」

「かつて私がいたクランだ。よもや、ここまで上位陣との差があったとは」

 アルテミシアは、どこかなつかしげにそういうと、半ば勝手にクランを抜けたことに後ろめたさを感じていたのか、複雑な表情を見せた。

「バカだな、クランド。なぜ、おまえはアルの繊細な気持ちを慮らずに、そのようなことを軽々と口に出すんだ。ああ、やはり、このような愚か者に君を任せておくなんてできないよ。アル。いや、アルテミシア。頼む、もう一度俺とのことを真面目に考えてもらえないかな」

「無理」

 アントワーヌがかなり度胸を出して行った再告白を、アルテミシアは切って捨てた。

「……かはっ」

「うは! 容赦ねえけど、仕方がないお。アル氏もう既婚者だもんね」

「え?」

 横向きに倒れ込んでいたアントワーヌ。ロイクの言葉を聞くと、バネじかけの人形のようにぴょーんと跳ね起きた。

「ちょっ、まっ。嘘だろ!? なあっ、嘘だろ?」

「嘘じゃないお。アル氏。クランド氏のお嫁さんだお。ふたりは夫婦? おけ?」

「嘘、だろ。ははっ。やめようぜ、ロイク……」

「ところがどっこい、現実です! あ、おこなの? 激おこなの?」

 蔵人は両手を左右に広げて、アメリカ人のようなあきれ果てたことを表現するジェスチュアを行った。

 ロイクは、悲しそうに二重顎の肉をぶるるんっ、とゆらし、禅僧のような無常観をたたえた顔で、ゆっくりうなずいた。

 たちまち、アントワーヌの整った容貌がゆがみ、瞳がハンターの猟銃を目前にした子鹿のように悲しげに瞬いた。

「なんだよ……! なんだよこれっ! なんだよ、これっ! なんでだよっ、これ!!」

「知らんがな」

 蔵人は肩を掴んでガクガクとゆさぶってくるアントワーヌを突き放した。

「すまない、団長。去年、私は正式にクランドの元へ嫁いだのだ。報告が遅れたのは、これまでのつき合いを考えれば確かに礼儀を欠いていたな。ん。いろいろと、落ち着いてから、白十字騎士団(サンクトゥス・ナイツ)の団員すべてを招いて発表しようとは思っていたのであるが。その、ロイクには伝えておいたが、聞いていなかったのか」

「ロイク、嘘だろ?」

 最後の拠り所を探すように、アントワーヌの瞳がロイクに向かってそそがれた。

「ごめんお。すっかりいうの忘れてたお」

「あああああっ!!」

 アントワーヌは、頭を抱えながら激しく絶叫し、たちまちその場を駆け去っていった。

「なんだったんだ、あいつ。マジキチか?」

「気にしなくていいお。ただの、頭の病気だから」

 アルテミシアは絶句した表情で、悲しげにアントワーヌの消え去った扉を、数秒だけ眺めてからいった。

「そうか。よくなるといいな。お大事にと、伝えておいてくれ」

「アル氏の容赦のなさは嫌いじゃないお」

 完全に今回の会合の意味合いを失念して後方でよもやま話に興じていると、前方の冒険者たちの輪がバラけていく。どうやら、重要な発表が終わったところで、解散の運びとなったらしい。

「なんだか、よくわからん会合だったな。俺は誘われても二度といかんぞ」

「それは、クランドが前で聞いていなかったからだろ」

 アルテミシアは疲れたように、ふぅとため息をつく。

「あとでネリーに聞きゃいいよ。メシ食ってけーろーぜ。ロイクもいくか?」

「うーん。お誘いはうれしいのだけど、僕たちいちお、公務で来てるのだぜ。護衛及びその他雑務。任務放棄したアントワーヌも探さにゃならんし。おふたりで、楽しむがいいお」

「おう。いちゃいちゃしてくる」

「もう、クランドっ」

 と、いいながらもアルテミシアの顔から微笑が消えない。軽く、蔵人の肩をはたこうとしたとき、解散の流れから、見るからに貴婦人といった趣の若い女性が近寄ってきた。

「あの、あなたさまは、もしかしてクランドさまではありませんか?」

「え? あ、まあそうだけど」

 見たところ、十七、八といった歳頃だろうか。流れるような長い黒髪は腰の辺りまで伸びており、ピンク色のリボンで結んである。きらりとした瞳が印象的な美少女であった。青を基調としたドレスに、短めの剣を腰に帯び、ひとりの従者を連れていた彼女は、蔵人の手を取るなり、パッと顔を輝かせた。

「やっぱり! お忘れですか? わたくしですよ。ルーシアでございますっ。あのときの彼女さんはお元気でいらっしゃいますの?」

「え、そうだな。え、えーと」

「クランドォ。そのご婦人はどなたかなぁ。是非ともご紹介して欲しいものだ」

 途端に、アルテミシアの顔が鬼のような厳しいものへと変化した。ルーシアと名乗った少女は天然であるのか、傍らで唸り声を上げるアルテミシアの存在をものともせず、握った手をブンブンと上下に振りながら、きゃっきゃっと無邪気に笑っていた。

(ルーシアだぁ? し、知らねえ。ぜんっぜん、覚えてねぇし……!)

「もおぉ。わたくしのことお忘れですか? ダンジョンでお会いしたじゃありませんかぁ。あなたさまは、確かリースとかいう彼女さんを背負っておられましたが。あれから、どうなったか気になって、折を見て探してはいたのですが」

「リース!? あんた、もしかして五階層で会った……。そういや、そっちの兄ちゃんは剣を貸してくれた」

「そうでございますよっ! ルーシアですっ。いっしょに冒険をしたあなたのルーシアですっ。もおお、ようやく思い出してくれたのですね」

 蔵人がようやく過去の記憶から掘り起こした少女の名は、かつて錬金術師のフルカネリと争った際に、連れ去られたメリーを追うため、ホムンクルスである傷ついたリースを背負っての道中で出会った、善意の助力者のものであった。

 彼女は、一面識もない蔵人に対しほとんど筆舌に尽くしがたい献身的ともいえる協力を無償で行ってくれた稀有な存在であった。

 だが、アルテミシアはそんなことは知らない。

 彼女にとってルーシアは、久々にふたりっきりになれる状況をぶち壊しにした小面憎い小娘でしかなかった。

「そういや、さっき名前が出てたな。もう、二十一階層なんだって? すごいじゃないか」

「やだぁ、ほんのマグレでございますよっ。ああ、こんなところで出会えるなんて、本当に今日は気が進まなかったのですが、いいこともあるのでございますねっ。あ、わたくしたち、このクラウ・クラウンホテルに常泊しておりますの。よろしければ、今夜にでもディナーをいかがでしょうか。精一杯もてなさせていただきますわっ」

「んなっ!?」

 ルーシアは、ごく自然な動作で蔵人の両頬にキスをすると、手を振りながらその場を去っていった。美少女からの積極的なチューである。頬がほころぶのも無理はなかった。

「あ、あはは。ひとなつっこい子だなぁ。なぁ? あれ?」

 見れば、ロイクは既に風を喰らって退散し、目の前には怒りの権化である不動明王のように憤怒のオーラを放射しているアルテミシアの姿が残っているのみであった。

「ね? ね? なにを怒っているのかなぁ。あれってば、ロムレスじゃあいさつ程度だろ」

「知らん!」

「あ! もしかして妬いてる? ちが、違うって。あの子は、ただの顔見知りで、別にステディな関係ってわけじゃ」

「そんなこと、私がいつ訊ねた?」

「あ、あは。でも、アルちゃんが知りたいかなぁと思って」

「夫婦とはいえ、馴れ馴れしいぞ」

「そんにゃあ……」

「リースとは誰だ?」

「え、あ。そのそのぉ」

「どうやら、じっくり話し合う必要があるようだな。このことは、皆にもキチンと報告せねばならない」

「ゆ、許してっ」

「許すもなにもない。私たちは家族である。ならば、隠し事は不必要だろう。すべて、話してもらう。あの女との関係をな。もちろん、今日は一歩も外をでることはまかりならん」

 アルテミシアは凄絶な笑顔でそう告げた。

 命の危機を感じた蔵人は本能に従って弾丸のように床を蹴って飛んだ。

「急いで逃げるよ!」

「逃がすか!!」

 もっとも、そう安々と獲物を逃がすアルテミシアではない。

 彼女は、駆け出した蔵人を逃さじとばかりに、腰へと強烈なタックルをかました。

 蔵人は床に額を激突させると、宇宙誕生の爆発を脳裏に見るのだった。






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