Lv158「修道女ヒルダの冒険―遭遇編―」
私は枕元でがさごそする気配によって現実に引き戻されました。
うつらうつらしながら身を起こす。目をこすりながら生あくびを噛み殺していると、ふにゃけた表情のメリーがとろんとした目つきのまま宙を見やっていました。
「なに、どしたん」
「おしっこ」
うにゃにゃ。
そういわれてみると、無性に催してきました。
私も不意に尿意を覚えて身体を、ぶるるっ、と震わせます。
「私も、いく」
「いこ」
「うん」
「あれれ、お目覚めですかー」
声に顔を向けると、夜中にも関わらず、なぜか元気いっぱいのハナが手にしていた編み棒を止めてにこやかにほほ笑んでいます。手持ち無沙汰になったのでセーターを編んでいたんですね。
「うに。ごめん、ちょっとトイレいってくる」
「あ、ハナもごいっしょしたいですー」
半覚醒状態のメリーがベッドからズレ落ちます。私は、彼女を担ぎなおすと、ハナにむかって、手招きをすると御不浄に向かいました。
あ、そーいえば、ヴィクトワールはどうしようか。
視線を向けると、彼女は腕組みをしながら椅子の上で船を漕いでいました。
「お嬢さまなら少しくらい平気ですよー」
ハナは、んーっと伸びをしながらいいました。
座りっぱなしも疲れますよね。
「ゆこうか」
「ゆきましょ」
そういうことになった。
スクアーノ屋敷は新築なのでトイレも綺麗でした。
順番に用を足すと、汲み置きの水でジョビジョバして綺麗にします。
二度と来ないとわかっていても、自分の痕跡を残すのは恥ずかしいですしね。
メリーは半分寝たまま、私の背中にもたれてます。てか、普通に重いよ。
「ちょっと、見てください」
「なになに」
客間に戻って、あとしばし惰眠を貪ろうとする私に向かってハナが手招きをしています。
トイレのドアを薄めに開けながら中の様子を窺うと、椅子でまどろんでいたヴィクトワールが、不意に全身をビクッとさせて、目覚めました。寝入りばなにやるやつですよね。正式名称は知らないけど。
ヴィクトワールは涎をふきながら、しばしぼーっとしてましたが、我に返ると、顔だけを左右に動かし、誰もいないことを確認しています。
あ、すごく怯えてますね。なんか涙目っぽいです。
「ふえぇ、なんで誰もいないのお」
緑の瞳がうるうるしています。
幼女っぽくてちょっとカワイイ。
ま、先ほどもあれだけイジメたんですし、これ以上追い込むのはやめてあげましょうか。
そう思って身を乗り出そうとすると、肩を押さえつけられました。
なんでや。
ハナは、顔の前で人差し指を振りながら、悪戯っぽく目を細めます。
え、なに。なんなの?
「うにょおおおおおおっ!!」
「ぎええええええっ!!」
ハナは突如として奇声を上げると、威嚇のポーズで客間に踊り込みました。
ヴィクトワールも目をひん剥いて、妙な泣き声を上げます。メリーは起きない。大物だ。
これは怖いを通り越して心臓が止まるだろう。
ハナは気がすんだのかころころと笑うと、両手を腰に当てたまま、ウインクを決めます。
「どです、お嬢さま。目、覚めました?」
「な、な」
ヴィクトワールはわなわなと肩を震わせたまま顔を伏せています。
あわわ。私は関係ないからね。
「な?」
「なんでこんなことするのおおっ!? びっくりするじゃないいっ!!」
ヴィクトワールは両手を振り振り、半泣きで抗議をはじめました。
「いや、面白いかと思って」
「私はぜんっぜん面白くなかった!」
「ハナは満足ですよ」
「おまえを許さないっ。ぜったいのぜったいだ!」
「ごめーんちゃい、です」
ハナは舌を出しながら、ペチコーンと片目をつむります。
いや、まずいでしょう。それは。
「ゆるさにゃいいいっ!!」
興奮のあまり、ヴィクトワールのヘッドドレスが外れて、ポーンと床に落ちました。
もっともであります!
このあと、正気を取り戻したヴィクトワールに全員こってりしぼられました。
私は関係ないだろおっ!
ややもすれば理不尽すぎる巻き添えをくらって、半ば眠りを妨げられた私は、ヴィクトワールたちと見張りをやや早めだが交代することにした。
うんしょ、うんしょとカウチを暖炉の前にまで引きずってお尻を下ろす。上等な革張りで造られたそれは、平均より小さめなこの身体を安々と呑み込んでいく。ズブズブと底なし沼に沈むイメージを浮かべながら、手元のカップにとっておきのシュナップスを、とくとくとそそいだ。無論、宗教者が建前上酒精を嗜むことはよろしくないとされているが、そんなものは関係ないです。この寒さの中、頼みの相棒であるメリーが、役目を放棄して毛布にくるまったまま「くかー」と寝息を立てている以上、おしゃべりをして眠気をまぎらわせることもできない。
「ので、当然の権利として、一杯やらせてもらいます」
んくんく、と酒精を喉から胃袋に落としていくとき、強い多幸感を覚えます。
これは、美食やセックスにまさるとも劣らないこの世で一番の楽しみですねー。
あー、しゃーわせ。
思えば、教会の寮でも、相方の目を盗んでちょびちょびと楽しんでおりました。
小うるさいコルドゥラは、起き抜けの礼拝で酒の匂いを少しでも感じると、目をサンカクにして怒ってきたっけ。
私がそもそも好きでもない僧院に入ったのは、実家暮らしの息苦しさに飽き飽きしていたからです。父上も母上も、人の顔を見れば、嫁に行けー、見合いしろーなどとうるさいのなんのって。おまけに紹介してくる殿方は、いちど乗っかって腰を振れば、すぐにも昇天しそうな、お年を召した貴族ばかり。いえね。私、実をいえば、男の人の容姿も歳もそれほど気にしていなかったんですよ。それでも、自分と五十も歳の離れた老爺と新婚生活を営む気にはなれませんよねぇ。程度ってもんがあるでしょう。許せるのはせいぜい、三十くらいまででしたね。だって、そうじゃないと、色々楽しめないじゃないですか。
あらら、なにを思いだし笑いしてるんでしょうかね。
やっぱ、ひとり飲みはダメですねぇ。コントロールがきかなくって。
お酒は、たくさんでわいわい飲むほうがいいですよ。
なにか、急にさびしさがこみ上げてきました。
無性にクランドさんに会いたいです。
なんで、こんな、幽霊屋敷でうら若い乙女がひとりさびしくくだを巻かなきゃならないんですかねえ。こう、胸がギューッと苦しくなって、目尻に涙があふれてきます。
これは、ぜええんぶ、お酒のせいですよ。
「おや?」
そんなことを考えながら、うつらうつらしていると、中庭側の窓から青白い光が差し込んできました。
ちょっと、寝ちゃおうかな。
うん、それがいい。
私はメリーをぶっ叩いて起こし、あとを頼むと、しばしまどろみます。
ちょっと寝れば酔いも覚めますって。むにゃ。
むにゃら、むにゃむにゃ。
「大変よ、ヒルダ! 起きて起きて!!」
「んんがっ。な、なに? なに?」
メリーの金属的な悲鳴で、カウチから上半身を起こしました。
状況がつかめないよー、なんなの。もう。
昨夜飲んだ酒精のせいか、心臓がどんどこ祭りを開催しています。
おええ、ちょっと気持ち悪いよう。
私は、酒精を取り払う解毒魔術を唱えると、川から上がった犬のように顔をぶるるっ、と振って瞳の焦点をメリーの指差す方向に合わせました。
見れば、廊下につながる扉の前でヴィクトワールとハナがくっつきながら外の様子を窺っていますね。なんだろう、お客さんかな。眠気も取れたし。うし、確認してみますかっ。
「おはよん、なになにどったのーおふたりさん」
「あはー、ヒルダさまおはようございます。あのですね、たぶんだけど敵さんみたいです」
ハナは、お隣さんがおすそ分けに煮物を持ってきてくれました、みたいなライトな感じでいいます。
え。てか、それやばいんでない。
「バケモノだ。見ろ、ヒルダ」
えええ。
てか朝イチでそんなもの目にしたくないんですけど。
私は、亀の子のように首を引っ込めているヴィクトワールのでかいケツをどけると、ドアの隙間から身を乗り出しました。
廊下の真ん中には、うにょうにょぐねぐねと。
なにか形容し難い生き物が鎮座しています。
あれは、アメーバゲルですね。色は朝日が反射して濁った黄色に見えます。
ダンジョン低階層で見られるザコモンスターじゃないですか。
きょうび、こんなんに誰も驚きはしませんよ。
てか、スーパー騎士のヴィクトワールちゃんは、なぜかガクブルしてるじゃないですか。
おやおや、これは、見かけ倒しってやつですかぁ。
って、それはそれで困るんですけど。
「さあ、お嬢さま。出番です。得意の剣でズバッとやっちゃいましょう」
「む、ムリ」
「は。なんでですか。ハナ、知ってますよ。あれ、たいして強くないモンスターです。こういうときにこそ、用心棒であるお嬢さまの真骨頂が世にあらわれるときじゃないですか」
「だ、だから無理だって! 私、どろどろうにょうにょしたものは嫌いなんだぁ」
あらら。ヴィクトワールは腰に佩いたご大層な剣も抜けずに、その場へくたくたと崩れ落ちました。これじゃ、ホントにか弱いメイドさんじゃないですかぁ!
「あはー。先ほど、ジャムトーストおいしそうにパクついてたじゃないですか」
「ジャムとうにょうにょは違うの。ここには、悪漢どもが棲みついてるからって聞いたから来たのに、こんなうにゅうにょぐねぐねいるなんて聞いてないっ」
「そこをなんとか」
「無理無理。硬いもの限定」
「困りましたねー」
どうやら、彼女はゼリー状の怪物が生理的にダメみたいですね。
うむむ。これは想定外想定外。
腰が抜けたのか、ズリズリと醜態を晒しておりますよ。いけん、いけんよ。
だが、しかし。
こちらには、ハナという傑物が居りますですはい。
さあ、やっちゃってくださいなっ。
「えー。無理ですよ。だって、ハナのお仕着せの色、見てください。黒じゃないですか」
ハナはスカートの裾をつまんで、くるりんと軽やかに回転してみせた。
だからなんだ。
なにがいいたい。
「黒にオレンジって色合い的に最悪じゃないですか」
知らねーよ! そんなこと!!
あああ、とかいっているうちにゲル状の物質が襲いかかってきた。
ヒルダちゃん、大ピンチ!
っていってる場合じゃない。
どんどん広がったびろーんのぶにょぶにょがああっ!!
「えーい!」
わたくたしているうちに、背後のメリーが手にしたフラスコの中身をアメーバゲルへとぶち撒けました。
じゅわああっ。
と、モンスターの表皮が焼け焦げる音と共に、白い蒸気が辺りに立ち込めました。
メリーは呪印の刻まれたアミュレットを廊下に叩きつけ、敷き詰められた大理石から槍を錬成すると、アメーバゲルに叩きつけました。
ゲルは、胴体の中央を田楽刺しにされ、廊下の隅に転がり、液状に広がり死滅しました。
「モンスターイヤンナールは劇毒ですなんですよ。ふうっ」
メリーは羽帽子の位置を直すと、白い歯を見せて笑みを浮かべます。
やだ、カッコイイ……!
私たち三人が役たたずだと認識させられたファーストバトルでした。
次は負けない。たぶん。
強大なモンスターを首尾よく撃退したのち、簡易的な朝食を取ると、再び搜索を開始します。するったらするんです。過酷な冒険の数々。皆の疲労は極限にまで達しようとしていましたが、思いはひとつ。令嬢ペコリーノを見つけ出す。愛と正義の使徒ヒルデガルドはこんなことくらいでは負けたりしないのです。
「というか、昨日から、屋内をちょっと歩いてご飯食べて小物を駆除しただけですよね」
ハナ。気分が壊れるようなことをいわないっ。
「あいたっ。ふえ、ぽかぽかしないでくださいませ、ヒルダさま。ひどいです」
それにしても、この屋敷は思っていた以上に異様な広さですね。
四辻に出たかと思えば、進行方向すべてが壁になっていたり、階段を登ればその先が天井になっていたり。欠陥住宅じゃないですか。市で取り壊すべきですよ、こんなん。
行きつ戻りつを繰り返しつつ、徐々に攻略は進んでいるはず……ですよねぇ。
再び、かなり長い時間を歩き、お空の太陽が頭の上に来たところで昼食の時間です。
小休止を含めながらも、すでに五時間は歩いているのに、誰にも出会わない。
ちと、さびしいです。
「お昼はもりもり煮込みハンバーグと目玉焼きのせのせポテフラ添え。コーンポタージュスープに、白パンの野菜サンド。お飲み物は白ワイン。デザートはみんなでチョコレートフォンデュにしましょう」
うむ。私が深遠なることの問題点を洗い出している合間に、昼食ができあがっていた。
なんたる、働き者な人たちなんでしょうか。
「夕飯はヒルダにぜんぶやってもらうからね」
メリーは、私の食器にハンバーグを盛りつけながらいった。
うう、ひどいっ。こうなったら、スープはひとりでぜんぶ飲み干してやるっ。
「ああ、もおおっ。寸胴を素手で持ち上げないのっ。あちちになるよっ」
ずおっ、あ、熱いです。
てなわけで、昼食も満腹です。昨日今日と、調子に乗って食べ過ぎの感がありますが。
それはそれ、これはこれ。
「あ、これおいしー」
食後のスイーツはチョコレートフォンデュです。
鍋に湯煎しておいたカップの中でたゆたうチョコの海に、各々季節のデザートをくぐらせます。クッキーや、パンのあまりでも可。ざぶざぶ砂糖を使っているのでこたえられない甘味が脳みそをガツーンと横殴りにします。
「んんっ。あまあまおいしーですね。さ、お嬢さまもどんどん食べないとなくなっちゃいますよー」
「私は、いい。私は、役たたずだから。草でも食べて……る」
ちょっと精神的に危ういヴィクトワールが膝小僧を抱えながらかまってちゃんオーラを出しています。放出系の能力者でしょうか。面倒だなぁ。
ハナはニコニコしながら、チョコにつかったクッキーをぐいぐいと押しつけています。
動物じゃないんだから、そんなことしても食べないと思うよ。
「うーん、そろそろ結果が出てもおかしくないんだけどなぁ」
メリーがしゃがみながら、手にしたコンパスをジッと見つめています。
この六角形の盤は、昨日、調査のため解き放ったミニゴーレムの位置を示しているとのことです。
「なになに? なにかおかしいの」
「うん、それがね。ほとんどのゴーレムを示す位置がおかしいの。たぶん考えられるのは、このお屋敷自体が、強力な魔力を帯びていて、わたしの術を狂わせているみたいなの」
メリーは整った唇に人差し指を乗せると、うーんと首をかしげました。セクシーですね。
今度、クランドさんに試してみましょうか。
メリーの煩悶するさまを見続けるのも楽しいですが、頼みの綱の錬金人形くんたちが機能しないのは厄介ですね。約一名、戦う前からポシャってる人もいますし。
かように、思い悩んでいると、背後から忍び寄る生物の気配を感じました。
慧眼ってやつですかね。
「なにいってるの? こんな臭いがすれば誰だって気づくよ! 伏せて!」
ひいっ。
私は、僧衣の裾を無理くり引っ張られ、すてんと後ろに倒れました。
あいたた。ひどいよ。コブになっちゃう。
見れば宙を飛んで襲いかかってきた獣が、歯を打ち鳴らして目の前にいました。
え、うそ。こんなとこで死んじゃうの。に、逃げなきゃ。
「どうやら前後を挟まれちゃったみたいですねー」
気づけば、私たちパーティーは突如としてあらわれたモンスターに前後を挟まれていました。口惜しや。
「リュークロコッタ!!」
メリーが顔をこわばらせて叫びました。
穴熊の顔に、獅子のたてがみと胴体。
大きさはロバくらいですが、全身から発する邪気はかなり強力です。
それに、耳のすぐ後ろまで裂けている口から覗く歯は、凶悪極まりない頑丈そうなものでした。ぶるぶる。
退路を断たれました。ファック!
もう、こうなったら決戦あるのみです。私は、むんと、力を入れて杖を構えると、ヴィクトワール先生の背に隠れながら、彼女を盾にしました。
さあ、やっちゃってくださいなっ。
「ふ。ふふふ。うにゅうにゅでなければ、私の敵ではない!」
ヴィクトワールは腰から佩刀を引き抜くと、スカートの裾をまくり上げながら、前方のリュークロコッタに踊りかかりました。いやん。
目前で猛烈な格闘がはじまります。
私たちにできることは、ただ、彼女の無事を願い神に祈ることです。
頑張ってください、へっぽこ騎士よ……!
「じゃなくて、ヒルダ! 後ろ、後ろ!!」
へ? ああ、そういえばもう一匹凶悪なやつがいたんでしたっけ?
ああ、まあ。ガチガチとお丈夫な歯をカスタネットのように鳴らしちゃって、まあ。
さあ、今度こそ冗談抜きで勝負してやりますよっ。
――うちのハナがなっ。
「あ、すみませんヒルダさま。ハナ、靴ひもがほどけちゃいました。んしょ、んしょ」
ハナぁあああっ!?
ああ、私はこんな穴熊野郎に頭をガジガジされて生涯を終えてしまうのですね。
って、やだやだ。
まだ、私、クランドさんと腰が砕けるほど退廃的なえっちしてないもんっ。
赤ちゃん産んでおかーさんになりたかったのにいいっ!
神さまのばかあ!!
しゃがみこんで目をつむり、天に召されるときを静かに待ちます。
……あれ。おかしいですね。いくら待っても、天使のゴンドラがリンゴーンリンゴーンとベルを鳴らして舞い降りてきませんね?
「ケガはないか!?」
若々しい男性の声に目を開けます。
そこには見知らぬ三人の冒険者が矢を放ちつつ、私たちを援護していました。
背中に突き立った矢を鬱陶しそうに見ながら、リュークロコッタが首を捻じ曲げます。
チャーンス!
「必殺ヒルダストラッシュ!!」
杖に魔力を込めて勢いよくフルスイング。
狙いすました一撃がリュークロコッタの脚を上手いこと薙ぎ払いました。
メリーが私に飛びついてゴロゴロ転がり距離を取ります。
あとは、たいしてすることもありませんでした。
バランスを崩して倒れかけたリュークロコッタに三人の少年が殺到していきました。
顔を上げると、穴熊野郎の首を切り取ったヴィクトワールが自信を取り戻した顔で不敵にほほ笑んでいます。
ふっ。敗北の味が知りたいわ。
こうして類まれなる強運とカリスマで第二のピンチを切り抜けました。
「おれたちは、組合の依頼を受けてこの屋敷に来たクラン“紅い風”。おれはリーダーのジニアスだ。よろしくな!!」
薄い茶髪にバンダナを締め、薄いブレストプレートを着た少年は元気よく名乗りました。
これはクランドさんと対極にある方ですね。
残りのふたりは、斧使いのヘクトル。弓使いのシャンケルといい、顔立ちの整ったいかにもモテそうな好青年でした。
ジニアスが十六、ヘクトルが十八、シャンケルが十五で年格好は私たちと同年代ですね。
ふむ。いやね。私も夫のある身とはいえ、若くは溌剌とした男子たちにやさしくされて、なんとも思わないわけではないんですよ。聞けば、彼らもレキシントン氏のクエストを受けて、ここ半月ほど屋敷内の探索を続けていたそうです。
「君たちも女の子ばかりじゃ無用心だろ。ここはひとつ、おれたちと手を組まないか! なに、どんなモンスターが出てきても守ってやるから安心しなって!」
うーん。なんという情熱にあふれた瞳なんでしょうか。
これは、独り身ならコロッといってるかも知れませんね。仮定の話は無意味ですが。
さりげなく肩に置いた手が積極的かつ女心をクラクラさせますね。
「少し、時間をくださいませ」
私はジニアスの手を非礼にならない程度に振り払い、仲間を集めて協議をはじめました。
――ねね。メリーはどの子がタイプかな?
――ちょっ、なにをいいだすの!?
――ハナはどの子でもいいですよ。
――ハナには聞いてないってば。ってなんでもいいんかいっ。ねえ、ねえ、ねえ?
――わ、わたしにはクランドがいるから、冗談でもやめてよ。
――ふん。どれも、たいした腕ではなさそうだな。
――ええー。別につき合うわけじゃないし、いいじゃん。ただ聞いてるだけだよー。
――だから、そういうの聞かれても困るよ、わたし。
――ちぇー。ほんとうかなぁ。
――ふ、ふん。しいていえば、弓使いは悪くないな。ちょっと繊細そうな部分が、いい。
――ねえ、ねえ。じゃさ、じゃさ、あとで、私だけに教えてよ。ね、ね?
――くっ。む、無視するなぁ。
――おふた方、お嬢さまも仲間はずれにしないであげてくださいね。すぐ泣いちゃうんですよ。やさしくしてあげてくださいな。
――な、泣いてなどいないぞ! 女子トークなぞ、騎士には不要なんだからなっ。
――ハナはいつでもお嬢さまの味方ですよ。
このクエストの先行きを占う重要な話し合いを終え、とりあえず私たちは手を組むことにしました。
「クラン“聖女連合”リーダーのヒルデガルドです。あなたたちに神のお導きがありますように」
クラン名はいま、てけとーに決めた。
上目遣いで、跪き、気持ち目をうるるっとさせると、少年たちは頬を赤くして目をそむけました。
チョロいやつらだぜ、ふっ。
ヒーローならぬチョーローと呼んであげましょう。
せいぜいお気張りや。うふ。
人数が増えてもやることはたいして変わりません。
ただね、ほら、なんというか。
女は女だけで行動するのってあまり自然じゃないと思うんですよ。
もちろん、殿方がいることによって、自分は女であり、妻であることを自覚し、より節度を持って行動できるというわけです。
「なあ、ヒルダ。正直なところ、ペコリーノは生きていると思うか?」
隣を歩いていたジニアスがかなり答えにくいことを聞いてきました。
いやね。私の中では最初から答えは決まっているんです。
生存を信じたい気持ちあある。けれど、現実彼女は死んでいるだろう、と。
だいたいね、この屋敷内かなりヤバイですよ。
盗賊よけだかなんだか知らないですが、やたらと活きのいいモンスターは出るは、微妙に迷いやすいわで、素人の少女がこっそり入っても、そう何日ももたないと思うのですよ。
ただねー。とうに死んでますよー、あはっ。とも、いえないじゃないですか。いえね、なにか最初のコンタクトで、彼らは私のことを謹厳実直な修道女と勘違いして……いえ、だいたいのところは合ってるんですが、私って真面目系というより愛されお茶目系じゃないですか。キャラが勝手に固められたせいで、本来の自分が出せなくなってしまったんですよ。死活問題ですよ、これ。
「神は、きっと彼女をお守りくださっていますわ」
「……そうか」
なんかそれっぽいこといってしのいだ!
やた!
気まずくなって前を見ると、ヘクトルという斧使いの少年がしきりにメリーへとアプローチしています。彼女、割と男性に関して人見知りしますからね。
たまには、クランドさん以外と触れ合うのも彼女の人間力を高めるのに役立つでしょう。
嘘です。
なんか困ってるメリー見るの楽しいから。
も少し、このままにしておきましょうか。
「だが、気をつけたほうがいい。ここに入り込んでいるのはおれたちのような、いい冒険者たちだけじゃないみたいだ。噂によると、“病み犬”が徒党を組んで出たり入ったりを繰り返しているらしい」
「その、病み犬さんですか? どのような方なのでしょうか」
「おれたちもさ、冒険者稼業がそれほど長いわけじゃない。けど、聞くところによると、あいつはかなりの剣の腕前らしい。なんでも、十年前まで、王都の闘技場では百戦無敗を誇る剣士だったそうだ。それで、その功名によって立身し、とある貴族に仕えたとき命ぜられた上意討ちを失敗してお払い箱になったとか。やつが、王都を出る際には、意趣返しとばかりにその貴族の屋敷を荒らし回り、怒り狂う主が差し向けた追手三十人を、ロムレスガーデンの南門前でひとり残らず斬り捨てたってのは本当かどうかはわからないが有名だよ」
「そう、ですか」
かなり胡散臭いですが。ヒルダ、病み犬さんが強いことは理解したよ!
ふー、できれば会いたくないものですね。
そんな大物では、とてもではないが、ここにいる誰もがかないそうにもありません。
「ところで、ひとつ、お聞きしてもいいですかジニアスさん」
「なんだい。なんでも聞いてくれ? おれの知ってることなら可能な限り答えるぜ」
「私たちはいったいどこに向かっているんでしょうか」
「……知らない」
「半月も探しているのですから、なにか目星くらいはついているんでしょう」
ジニアスはそっぽを向いて口笛を吹きはじめました。
ダメだ、こいつ使えない。
「短い蜜月でしたね。ここで別れるのが潮どきでしょう」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれよ! まだ、合流したばっかじゃんか!! そんなつれないこというなよー」
馴れ馴れしくも肩に手を回してきます。
仮にも人妻ですよ。
使えないくせに下心見え見え過ぎます。
余裕がなさすぎる男ってダメダメすぎます。
思いっきり蔑んだ目で睨むと、困ったように手を離しました。
まったく、油断も隙もない。
「ヒルダ、ちょっと来て」
とかなんとかやっていると、私を呼ぶメリーの声がします。
「待ってくれよ、ヒルダぁー」
未練がましいバカは放っておいて。
しゃがみこんだメリーを囲むように、皆が集まっていますね。
視線を向けると、彼女がかがんだ床に、昨日、探索を命じたミニゴーレムの一体が倒れたままシャカシャカもがいていました。
「たぶん、この部屋だよ」
「なにが?」
「魔力を遮断していた大元の場所」
確かに目の前の部屋は、ほかと違って相当に豪奢な造りをしていました。
扉も、もんのすごく大きい!
全体には、ほとんど変質的なまでに過剰な彫刻が施されていて、両開きの部分には悪魔のような気持ち悪い化物の顔が浮き彫りにされています。うえ、夢に出そう。
ボス部屋ってやつですね。
話の流れ的にいって、ここに、ペコリーノが閉じ込められているに違いありません。
一同の顔に緊張が走ります。
「ふむ。ここが、悪霊の大元締めが棲む場所か……。悪霊!?」
「ぬちゃどろかもですー」
「やだ、うああ。ぬちゃどろ、やだ」
なにか、盛んにひとり芸を行っているメイドがいますが、あえてツッコミません。
シャンケルという弓使いの少年が、座り込んで震えるドジっ子を慰めています。
いちゃついてんじゃねえよ。けっ。
「というわけで、メリー。ここはお先に」
「え、えええっ? わたしが最初に入るの?」
そんなの当然じゃないですか。
だって、私、みんなのヒロインヒルダちゃんだよ?
後方で、皆さんがんばってください。
とか勝手なこといって、目をうるうるさせて観戦決め込むのがセオリーでしょ。
「だって、物語でこういうとき、一番先頭が真っ先にやられるじゃないですか」
「うわ、ひど! わたしがやられてもいいっていうの?」
メリーが目をサンカクにして両手を突き上げつつ反論する。むう。
「だいじょぶ、だいじょぶ。メリーがやられても、一番後衛の私が回復魔術かけますから」
「……一番最後のひとって、気づかないうちにいなくなってる可能性もあるよね。ふと、後ろを見ると、あれそういえばヒルダは? おトイレじゃないですか。なんだあははー。みたいな」
「んじゃ、真ん中でいいですよ。わがままだなぁ」
「わがままはヒルダじゃん! わたしだって最初にやられるのヤだよ!」
「だから回復させますって!」
「そうい問題じゃないでしょお!」
「私の神聖魔術を信用していないんですかっ!」
「やられたくないってば!!」
「ちょっと待ってふたりとも。どうして、そういう話になるんだい? こういうときこそ、おれたち男が率先して進むのが仕事だろ!」
と、ジニアスがにかっと白い歯を見せながら、胸のプレートを叩きいいます。
ヘクトルやシャンケルも異論がないらしく、無言でうなずいています。
そうか、私たちには壁があったんだ。
もう、喧嘩はしないよ。
「さあ、スクアーノ屋敷の怪物ども! “紅い風”のジニアスさまが相手だ!!」
ジニアスが剣を引き抜き、高々と掲げます。
意気揚々と扉を蹴り開け、突っ込んでいく三人。
次の瞬間、部屋の中から大風が吹いたかと思うと、勇ましい男衆は猫の子のように、ポーンとスっ飛ばされ、背後の壁に激突して動かなくなりました。
……おい。




