Lv157「修道女ヒルダの冒険―探索編―」
三日後。
私たちは、件のスクアーノ屋敷の前に立っていました。
「ふむ。ここが、令嬢が監禁されている非道の巣か。腕が鳴るな」
「あはー。お嬢さま、お嬢さま。きょうは、大好きなハナ特製クラブサンドイッチもご用意しましたよー。お三時に食べましょうねー」
形のいい胸をツンツンと前に突き出しているメイド騎士が、いわずと知れたヴィクトワール・ド・バルテルミー。
その後ろで、ニコニコと笑みを絶やさない少女が、侍女のハナです。
メイドの侍女とか意味わからなすぎて、脳がすたりそうになりますが、ヴィクトワールは、この街のご領主の歴とした次女らしい。あ、いま狙ったわけじゃないからね。
なぜか、王国の近衛騎士団団長という設定を持ったかわいそうな方です。きっと都のお城でお貴族さまにチョメチョメされておかしくなってしまわれたのですね。かわいそう。ホロリ。領主の娘さんてのは本当みたいですが、騎士団うんぬんは嘘でしょう。だって、そうならロムレスガーデンを離れるわけないですし。
たまに、意味わからんことをのたまうので、屋敷ではめんどくさい子として扱われています。本人は、気づいていなのですが。
盗賊討伐の例を参考にするまでもなく、剣の腕は立つので、メリーが適当にストーリーを吹き込んだらノコノコとついてきました。
さすが、策士メリーよ。好き好き、ちゅっちゅっ。
「ヒルダ、人聞きの悪いこといわないで。わたし、本当のことしか話してないもん」
メリーが、羽根帽子の位置を直しながら、ブー垂れる。
ふふ、かわいい。
「メリーさまも、ヒルダさまも、アトラシア産の茶葉でよろしかったですよね」
あ。うん。ていうか、ハナは本気でピクニックと勘違いしている。
なんか、顔から音符マークがぽろんぽろん飛び出てるし。
吹き込む嘘が適当すぎたか。まあ、いっか。
「おい、おまえたち! なにをしている。騎士として、かよわい婦女子を救うのは当然の責務である。いざ、我に続け。よろこび勇めよ、戦士たち」
いや、別に戦士じゃねぇですし。ほら見てみなされ。門の警備を務める詰所の方々が、笑いを必死でこらえていなさる。
「お嬢さまー。走ると、転びますよー。足元にお気をつけてー」
「馬、引けい!」
「はうう。馬なんていないよう。あいたっ」
「ああ、メリーさまが、なんの起伏もない場所でお転びにっ!?」
結論からいうと、ペコリーノの立ち回り先に痕跡はゼロ。
私たちの目の前に横たわっているのは、ギルドから依頼を受けた冒険者さんたちが、スクアーノ屋敷に集まっている事実。
帰納法的に、彼女はこの邸内にいると結論づけられます。
ヒルダちゃん、かしこーい。
んでもでも。
私は、神聖魔術の腕に関しては、ちょーっと自信があるのですが、荒事は苦手なり。
メリーはいわずもがな。
てなわけで、暇そうなふたりをだまくらか……もとい、お願いして、捜索人員を四名に増やしました。できれば、アルテミシアやシズカといったお強く、かつ人格的にも扱いやす……もとい、素直な方たちの方がよかったのですが。アルは子供の世話に忙しく、シズカは仮性欝状態で上手く機能しなくなっています。
人間、足るを知る、が肝心です。ないものねだりはめっ、です。
私は、詰所の警備の方に、レキシントンから受け取った証書を提示し、重そうな鉄扉の錠を開けていただきました。
ぎいいっ、と錆び軋んだ音と共に、扉が開閉します。
おおっ、なんか冒険のはじまりってやつですね。
空は快晴で、なんとなく気分はそれっぽくありませんが。
「皆の者。抜かるなよ。この先は、魑魅魍魎の跋扈する幽霊屋敷。私が前衛を務める。ハナ、おまえは後方の警戒を」
ヴィクトワールはふんふん鼻を鳴らしながら意気込んでますが、私たちはおしゃべりに余念がないので、しばらく気づきませんでした。ごめんね。
「聞いてる? 人の話? ハナは、聞いてるよな。ねえ?」
「はいさーい。お嬢さま。きちんと、聞いてますよう。あ、ヒルダさま。クッキー焼いてきたので、道々召し上がりますか」
「え。うんうん、食べる食べる。やっほーい。ハナ、大好きー」
「あは、でも、貸したお金はキチンと返してくださいねー」
「えー。いいじゃん、いいじゃん。それは、いま、忘れようよー」
ハナのおでこを、人差し指でちょんとつつきながら、話をそらします。
てか、ノリでチャラとかになんないかなぁ。
「いやいや、忘れるわけないじゃないですかー」
「でもでも、いまは持ち合わせないわけですしー。私とハナの仲じゃん。ねっ」
「あはは。返しますよ、ヒルダさまは」
「またー、キツいなー」
「返しますよ。返すでしょう、てか、返させる。絶対にな……」
ハナの目が、すっと細まります。
私は蛇に睨まれたカエルのように、動けなくなりました。
この子、怖いよう。
ひーん、助けてクランドさんんっ。
と、まあそんなこんなで、私たちのお屋敷探索がはじまりました。
すでに、多数の捜索人たちを呑み込んでしまった、魔の幽霊屋敷。
ここは、ひとつ、ショーツの紐を締め直して、取りかからねばなりません。
てか、お外の天気がよすぎて、雰囲気でんなー。
「しかし、百万Pとは張り込みましたねー」
「え、そうなの?」
メリーが口元を隠しながら、目を見開きます。
「いやいや、メリーちゃん。百万Pだよ。大金だよ。結構遊べるよ」
そんだけ、タネ銭があれば、十日は勝負し続けられるよ。
「わたしなら、自分の娘に全財産かけたって惜しくないけどね」
メリーは困ったように笑うと、眉を下げてみせた。
むう。そういう考えもあるか。
確かに、トウテツ財閥の身代を考えれば、桁がひとつふたつ多くても不思議じゃない。
なんでだろ。
「ハナが下調べしたところによりますと、トウテツ財閥は、数年前、いちど経営が傾いたことがあったそうです。そのとき、親族にかなり大きな借財をしていて、レキシントン氏自身が動かせるお金自体制限されてるみたいですよ。アンドリュー銀行にも、いまだ返済中らしいですし。それに、彼はいま独り身です。親族の連中は、こぞって自分の娘を彼の後添いに入れようと躍起になってるそうですから、ここで後妻の娘に多額の金を投入するのも快く思ってないらしいですねー。将来的には、自分たちのお金が減るくらいに思ってるんじゃないでしょうか」
「いつの間にそこまで。でも、やな話だなー。そんなに、お金が欲しいかな?」
私もお金が好きだけど、家族とは比べられないと思うよ。
「商人は金がすべてですよ?」
ハナがうつむきがちになる。なんだろう、ヤなことあったのかな。
「いえ。ただ、ハナの実家も商人に借りたおかげで、ずいぶん苦労しましたからねー」
そかそか。
残念ながら、私の実家は裕福な領地を持っていたので、幼い頃からお金で苦労したことはないのだ。お小遣い以外は。
「うん。でも、やっぱりレキシントン氏も、ペコリーノちゃんのこと、ずっと心配してると思う。家族だもん。だからさ、わたしたちで頑張って、絶対助けてあげようよ!」
メリーは覇気の篭った瞳から強い意志の光を輝かせながら、力強く拳を握ります。
うん、そうだね。
お金も大切だけど、やっぱ、人の役にも立ちたいよね。
いや、これ本気ですよ。ホントホント。
スクアーノ屋敷は、一見すると無作為に増築が施されたように思えます。
その広さは、屋敷の塀をぐるりと回るだけで、ゆうに数日はかかるといわれており、もちろん試す暇もないので真偽は不明ですが、考えるだけでうんざりします。
さて、探索開始です。
玄関付近は、多数の先駆者たちが踏み荒らした形跡が敷かれた絨毯の上に垣間見られましたが、進むにつれて、人間の痕跡自体、薄く消え去っていきました。
最初の数時間は、おしゃべりも弾みますが、次第に皆口数が少なくなっていきます。
レキシントン氏を通じて、屋敷内の地図は入手ずみですが、移動するにしたがい、手元の地図が役に立たないことがわかりました。
ってか、改築しすぎ。ほとんど、迷路じゃん。
ダンジョンとは違って、風雨に晒される恐れはありませんが、屋敷の中が広すぎて、進んでいるのかどうかすら怪しいです。
幸いにも、冒険者としての経験が一番長いメリーがマッパーとして常時、地図を作成してくれているので、館の中で迷って白骨化! というのは避けれそうですが、この中から迷い込んだ少女を探し出すのは、かなり難しいと思います。
つーか、無理でしょ、こんなん。
ひとりじゃ、五分で引き返すレベル。
「ペコリーノ嬢を手助けした方がおりますね」
ハナが、人差し指を唇に乗せながら、つぶやきました。
彼女のいうとおりだ。
少なくとも、十二の小娘がなんの手引きもなしに、こんな気味の悪い屋敷に、たったひとりで隠れ住むなんて不可能だよ。
「家出じゃなくて、監禁。かな?」
メリーはペコリーノの安否を思いやって悲しそうな顔をしました。
私は、どちらかといえば、かなりドライに考えています。
ペコリーノが生きて見つかる可能性は低い、と思う。
けど、単純に誘拐なら、レキシントン氏へとっくに身代金を要求しているはずです。
そういえば、彼も、ペコリーノが失踪した原因をまるで思いつかないといっていました。
うーん。まだ私たちの知らない、大きな理由がこの件には隠されているような気がしてなりません。それが、なんだよ、といわれると返事はできないのですが。
「ねえ、ヴィクトワールはこの一件どう思います?」
「んん? そんなの簡単だ。ペコリーノは悪漢どもにさらわれた! 我が正義の剣がやつらを屠る! 以上だ。なにかほかに問題が?」
こいつはいったい誰とたたこうてんのや。
頭ン中ぬくすぎやろ。
「ヒルダさま、ヒルダさま。お嬢さまに議を説かないでください」
「ええっ!?」
「たまごを投げて壁を壊せますか」
「え、えと」
「つまりは、そういうことです」
そうですか。あなたもたいへんなんですね。
「たまごといえば、そろそろ小腹がすかないか。昼食の時間だろう」
ヴィクトワールは眉間にしわを寄せてお腹に両手を当てて切なそうにいいます。
それだけのことでも美人は絵になりますねえ。
その細く、くびれた腰の上の胃袋ではたいした量も詰め込めそうになさそう。
私たちは、延々と続く廊下に見切りをつけて、適当な一室へと陣取りました。
懐中時計を確かめると、あらら。これはお腹がすくはずです。お昼の時間はとうに過ぎ、おやつの時間にさしかかっていました。
「ずいぶん歩いたねえ。みんな、身体のほうは大丈夫?」
「騎士たるもの、このくらいは苦にもならないっ」
「ハナはへいきですよー」
「私も、まだだいじょぶだよ」
メリーは皆を気遣う余裕を見せています。
彼女、見た目よりもずっと足腰が丈夫なんですよね。
実は、私、ちょっと日頃の不摂生がたたってキツかったり。
もう、七時間近く歩いてるしー、その間、ご不浄休憩が二度しかなかったりで、かなり強行軍のような気がします。
私って異端?
「このお屋敷、相当探しでがあるみたい。初日は無理をせずっ。きょうは、早めに休んだほうがいいと、提案をします!」
メリーがチラリと目配せをしながら、そう提言してくれました。ありがたや。
特に異論も出ず、とりあえずは皆で手分けして昼食作りをはじめます。
絨毯の上に、簡易バーナーを置き、煮炊きができるよう、鍋釜をセットします。
メリーのザックは便利ですね。
質量を無視して保存できるのが、非力な女性にはうれしいです。
このような魔術道具を考えた人にハナ丸をあげちゃいますよ。
「ハナはズッキーニとたまねぎベーコンの炒め物を作っちゃいます」
「ヒルダはスープをお願いね。あたためなおすだけでいいから。わたしは、焼き物にしようかな……。とりさんと、ぶたさんと、キノコさんと」
私は鍋に作りおきのスープをそそぎあたためはじめます。そばでは、ハナとメリーが手際よく調理にとりかかりました。女子力が試されますね。
ふと、顔を上げると、手持ち無沙汰のまま、目線を落ち着き無く動かすヴィクトワールが目に入りました。
「わ、私はどうすればいい。なにを作ればいい? な、なあ」
「お嬢さまは、周囲の警戒をお願いします。それと、フォークとスプーンが盗まれないように見張っててくださいねー」
「わ、わかった。私がいる以上、食器の保全は任せてくれ」
「あはー、重要なお仕事ですよ。ふぁいとっ」
さりげなくハブにしないでください、ハナさん。
そんなこんなで、昼食は完成っ。
神に祈りを捧げたのち、みなさん、殿方にはお見せできないガッつきようでとりかかりーの。食べーの。あれですね。
どうも、女だけになると、やはり作法は雑になりますね。
んでんで。
光の速さで完食です。
どれもこれもたいへんおいしゅうございました。けぷっ。
ベッドの上にひっくり返り、お腹をさすります。さすさす。
いささか、食べ過ぎましたが、特に問題はないですよね。
ああ、あとは、これでお酒といい男がいれば、文句はないのですが。
「ヒルダぁ、食べてすぐねると牛さんになっちゃうよー」
メリーが無作法を咎めるように、腕を掴んでゆさぶります。
だ、だめです。動かしちゃ。いま、胃の中で反芻をおこなっているのですから。
「だいじょぶですよ。牛さん好きですから……」
それに、こうしてすぐ寝るのは、逆に肉がつくからいいと、祖母に教わりました。
ただでさえグラマーなヒルダちゃん。お胸も、もうちょっと欲しいのですよ。
クランドさんも、アレするときによろこんでくれますしね。
さ、ハナが食後のお茶の用意をする間に一眠りしますか。
そう、これはあくまでも仮眠ですよ。本眠ではないと、宣言しておきます。ぐう。
「ヒルダさま、お茶が入りましたよー」
ん、むう。
……ちょっと、うつらうつらしていましたか。
私は、ハナのお気楽な声で目を覚まします。
ひとり寝はやはりさびしいですね。
クランドさーん、はやく帰ってきてよう。さみしいよう。うおん、うおーん。
「なにを吠えているんだ」
ヴィクトワールが絨毯の上で膝を崩しつつ、ティーカップを傾けながら呆れた声を出します。気にしないでください。ただの孤独な叫びですから。
「ヒルダ、さ。早く、冷めないうちに飲みなよ。ハナの淹れてくれた紅茶、おいしいよ」
メリーよ。そいつは、もちのロンだぜ。
食後のお茶と、焼き菓子をサクサクやるのは格別ってもんです。
馥郁たる香気を楽しみながら愉快なおしゃべりをしばし楽しみます。
ガラスの向こうに見える、中庭の池に空の月が映りこんでいます。
もう、とっぷり日が暮れていました。
ハナが暖炉の火を入れてくれたので、室内はとてもあたたかです。
「しかし、このまま漠然と邸内を歩き回っても、時間を食うばかりだな」
ヴィクトワールが困り果てた様子で、眉を寄せています。
うーん。なんか、勢いとノリで突入しただけで、特になにも考えてないんですよね。
ノープランってやつです。
「あは。それじゃ、ヒルダさまの先ゆきはノーフューチャーですね」
黙れ小娘が。
「あ、ちょっと待ってね。それなら、わたしに策があります」
んん? なんだろ、なんだろ。
メリーは、ザックから小箱を取り出すと不敵な笑みを浮かべました。
ふふ、かわいい。
彼女は、小箱の中に詰めてあった粘土を練って、次々に人型を造っていきます。
一同、作業を見守っていると、またたく間に、私の膝丈程度の泥人形が五つほどできあがりました。
メリーは、紙筒から長い金色の毛を出すと、幾つかに切断して、泥人形に埋め込みます。
なんなの、それ誰の毛? もしかして、私に呪いかけてるわけじゃないよね。
「違うよ。これは、ペコリーノの髪の毛。こうしておけば、あとは、この子たちが、お屋敷の中を歩き回って、勝手にペコリーノを見つけ出してくれるんだ。えいっ」
メリーはほにゃほにゃと、口の中でまじないをつぶやき、人差し指をナイフで切って、泥人形たちに血のしずくを垂らしていきます。
おお、動き出した。これが錬金術の力なのですね。
「みんな、いい子ね。さ、その髪の毛の持ち主を探し出して。見つけたら、報告にくること。じゃ、みんなで協力してがんばろー。えい、えい、おー」
メリーが号令をかけると、ミニゴーレムたちは、練度の高い兵士たちのように、規則正しい動きでちゃっちゃか部屋を出て行きました。
「ほえ、すごいですね。さすがメリーさま。やるですね」
「うむ、なかなかのものだ」
「やるじゃん」
みんなで手放しに褒めると、メリーは照れくさそうに、自分の髪をくるくると指先で弄びはじめます。照れて真っ赤になってます。さすが、心の友ですね。あとは、獲物が網にかかるのを待ちつつ、最善の努力を続けていきましょう。
「じゃあ、やることもやったわけですし。寝るまで、仲よくおしゃべりでも続けましょう」
「先ほどから、ずっと話しているではないか」
とかなんとかいいながら、ヴィクトワールも、いつも以上にリラックスした感じを見せています。こういう機会に少しでも打ち解けられれば幸いですね。大人の女性たるもの、日々忙しいですから、こまめに人間関係もケアしなくちゃ。
「て、ことでみんなで初えっちしたときのお話でもしましょうか」
「んなっ」
「ま」
「ちょっ!? なにいってるのよっ」
あらら。三者三様、驚きの表情で叫びます。
えー、だってせっかくだから、こういうえっちぃ話で盛り上がりたいじゃん。
お年頃の娘としては。
「えー、もしかしてメリー。……まだ、なの?」
「ま、まだじゃないもんっ」
ムキになるところが怪しいのう。
「恥ずかしながら、ハナはまだ処女ですよー。ヒルダさまのご期待には添えそうもありませんー」
「そかそか、ハナはまだ少女なんだね。語り合いたかったのにー」
「そっちの方面は書物上の知識しかないので。とてもとても残念です。でも、ハナも皆さまのお話をこれからの参考にさせていただきますね」
「うん。じゃあ、大人の淑女三人でアダルティなお話を盛り上げてきましょー。あら?」
どういうことでしょうか。
なにやらヴィクトワールがうつむいたまま、会話に加わってきません。
これは、もしかして。
「ま、まさかヴィクトワール。あなたが、そのお歳で処女だなんて。申し訳ないです。無神経な話を振ってしまって。……さ、えっち話はやめてみんなの好きな動物さんのお話でもしましょうか」
「ば、ばばば、バカな。あ、あははっ。この歳で処女なわけないだろうがっ」
あらあら。見栄っ張っちゃって。
「本当ですかぁ?」
ニヨニヨしてしまう。
乾いた笑いが、また、格別にいとおしい。
……こいつは、一晩このネタでいじくり倒せそうですねっ。
「ですよねー。特にヴィクトワールは今年で十八ですよね。その歳で未経験なんてありえないですよねー!」
「そ、そうだなっ。私の歳で未経験で処女なんてありえないよなっ」
「そうです、そうです。だいたい、あなたすっごく綺麗なんですから、恋の経験はそりゃもう、車に積んで升ではかるくらいあって当然ですよねっ」
「そ、そうだっ。そうだぞー。そりゃ、私は都にいるときはモテてモテて、つけ文が引きも切らないありさまでなっ」
「私のような、僧院に入った女ですら、奉仕活動の際に声かけられまくりだったんですから、お美しいヴィクトワールは、さぞ胸も焦がすような豊富な恋愛経験をお持ちなんですよね。はあ、うらやましいです」
「そ、そうだ。その通りだ。いやぁ、若かったな、あの頃の私は。あは、ははっ」
「……お嬢さま、。もう、そのあたりで」
「はあ? そのあたりってなに? 私、超モテモテだったんですけど? いくら、昔からのつきあいだといえど、私がなにもかもおまえに報告しておく筋合いはないだろうっ。てか、ハナの知らないところで色々あったんだ! ほ、本当だ!!」
否定すればするほど嘘くさいですね。
てか、嘘なんでしょうけど。
「ちなみに、初エッチはいくつのときですか?」
完全にヴィクトワールの動きが止まりました。
汗で前髪がおでこにぴたりと、はりついています。
どうしよう、いくつくらいが平均かな。と考えているのが手に取るようにわかります。
彼女は必死でハナに無言の助けを求めています。
結局は頼るんかい、お嬢さまぁ!
おおっと、あれはブロックサインです!
ハナさん、私たちの見えにくい位置で、五指を瞬間的に開いて見せました。
ヴィクトワールの顔がパッとほころびます。
普通に考えて初体験は、十五が平均、と伝えたみたいですね。
うーん、麗しき主従愛。
ここは、これ以上突っ込むのはやめてあげましょうか。
「五歳だ!」
馬鹿でしょうか。
あんたはんは真正の愚かもんや。
自信満々に右手の指を開いて宣言しています。
はあ、わかりました。
処女なんですね。
別にそれは恥ずかしいことじゃないですよー。うぷぷ。
「ちょ、ちょっと待て! 私は、嘘なんてなにもいってない! け、経験者だ!」
「ヴィクトワール。ね、落ち着こう。わたしも、好きな人ができてから、そういうのはじめてしたいって思ったし。これから、あなたには先があるんだから。焦らないで、ね?」
おおっと、これはメリー選手。
気遣っているつもりが、完全に処女を小馬鹿にしているの図だァー!!
肩にそっと置いた手が、また凶悪極まりないっ。
これには、自尊心の塊であるヴィクトワールも恥辱の余り頭がフットーしそうか?
するんか? ああん?
「う、う、嘘じゃにゃいーっ! わ、わわわ、私は経験者にゃんだああっ! 大人の女なんだぁ! おまえたちにバカにされる覚えなんてこれっぽっちもないんだあっ!」
「ば、ばかになんてしてませんよ」
「そ、その顔は見下してるうッ」
見下さないでか。
てか、これ以上はやめてけろ。けろけろ。
腹直筋がねじ切れるぅう!!
「ヒルダさま。これ以上、あまりお嬢さまをいじめないでくださいませ。ハナも、ときには怒っちゃいますよ?」
……はひ。すみません。
私は、全身に吹きつけてくる途方もない圧力を感じ、根源的な恐怖を覚えた。
てか、この子、目がマジだよ。
うう、ちょっと調子に乗りすぎました。
「でもさー。冗談抜きで、夫婦生活においては身体の相性は重要だよー。ヴィーもよく、試さないで結婚しようと思ったね」
「あああ、相性? た、たた試すってなにを?」
ありゃ。この娘、耳まで真っ赤だ。
本当に耐性ないんだね。
「もお。ヒルダ下品すぎ」
「と、馬鹿な話はこれくらいにしておいて。明日以降の方針について協議いたしましょう」
「おまえが話はじめたんじゃないかぁ」
ヴィクトワールは少し涙目になっていますが関係ないです。
「実際のところ、皆さんはこの屋敷にペコリーノちゃんがいると思います?」
「どうなんでしょう? ハナは、どこかに隠れている、に一票です」
「わたしたちのほかにも、もう何人か入り込んでいる痕跡があるから。でも、ここじゃなきゃ、見当もつかないよ」
「え、いないのか?」
私たちは、しばらくゴチャゴチャ意見を出し合いますが、どうも上手くまとまりません。
クランドさんがいれば、スパッと決めてくれるんですが。
やっぱり、リーダーシップをとる人が必要なんですよ。
ふと気づけば、かなり時間が経過していました。
「もう、休みましょうか」
誰となくいいだしました。
ふあ、さすがに少し疲れましたね。
野天とは違い、雨風を心配する必要はありません。
夜間も探索を続けようと思えばできなくもありませんが、自分たち以外にも怪しげな人たちがわんさか入り込んでいるみたいですし、無理にうろちょろする危険を冒す必要もないでしょう。
この部屋は、大きな客間みたいで、幸いにも屋根つきの大きなベッドが鎮座しています。
少し、ホコリ臭いですが、我慢すれば特に問題はなさそうです。
明け方まで、五時間ずつほどペアで眠ることにしました。
先寝は私とメリー。後寝はヴィクトワールとハナです。
夜が明け次第、出発ですね。
人んチのおふとんでよく眠れるかなぁ。
私、繊細なタチなもんで。
あ、そうそう。寝る前にひとつだけいっておきましょうか。
「聞けば、ここにはわけのわからないものが出るみたいですから気をつけてくださいね」
「え、なにそれ……」
ヴィクトワールの顔が、薄暗い中でもわかるほど青ざめました。
「あれ、知らないんですか? ここって別名幽霊屋敷っていわれているんですよ? なんでも、レキシント氏の祖父が、商売上恨みを買ったため、多数の人に呪いをかけられたそうです。それで、自分にとり憑いた悪霊を閉じ込めるため、お屋敷をこんな風な異様なカタチに増築したらしいですよ」
レキシントン氏は隠していたがこれは事実だ。
マルコ司教にも確認したから間違いないです。
教会の資料にも載っていました。
ちなみに、借財は断られました。ちきしょお。
集めた情報によると、スクアーノ氏は、盗賊よけのため、最深部にはダンジョンで捕まえてきた多数のモンスターを放してあるらしい。迷惑極まりないお人やでぇ。
「か、帰る。こ、こんなところにいられるか! 私は悪党退治って聞いたからついてきたんだぞ。悪霊が出るなんて聞いてない。私、聞いてない!」
「そら、いってませんもの」
「お嬢さまー。どうどう。それに、まだ出ると決まったわけじゃないですよー」
「う、嘘だ。あ、あれだろ。また私を脅かして楽しんでいるんだろう。意地悪なやつだな」
「いえ、その。嘘じゃありませんよ」
メリーが毛布から顔を出して、すまなそうにいいます。
みるみるうちに、ヴィクトワールの顔が紙のように真っ白になります。
あらら、漂白剤いらずですね。てか、私のいうことも信じてくださいよ。
無理か。
「だいたい、ヴィクトワールは腕自慢なんでしょう? なにを怖がることがあるんですか」
「だ、だってオバケだぞ。オバケには、私の剣が効かないかもしれないじゃないか」
「大丈夫ですって。だいたい、私がなんのためにいると思っているんですか? ロムレス教の僧侶で神聖魔術のプロですよ。ゴーストなんて、私に喰われるために出現するボーナスポイントみたいなもんですって。出てきても、ちょちょいのチョイです」
「そ、そうだな。ヒルダは、シスターだったな! だったら、安心だよ、な」
「はいはい。オバケ退治は任せちゃってください。その代わり、物理モンスターたちが出てきたときには頼みにしてますよ」
「う、うん。剣が通用する相手なら任せてくれ」
ヴィクトワールは急に元気を取り戻すと、胸を叩いて顔を明るくしました。
やれやれ。お騒がせな子猫ちゃんだぜ。
私は、おやすみなさいをいうと、神に祈りを捧げ、それからとっくに寝息を立てているメリーの隣で、もれでたあくびに手を当てました。
あらら、はしたない。
毛布を頭までかぶって、うつらうつらしていると、ふたりが小声で話す内容が、飛び飛びに耳へと入ってきました。
「ハナ、私のそばを離れるんじゃないぞ。ここは思った以上に危険みたいだからな」
「……あ! ちょっと、隣室の様子を見に行ってきていいですか。小一時間くらい」
「だ、ダメだ! は、離れちゃやだぁ」
大丈夫かな、本当に。




