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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第5章「エトリア遠征」
144/302

Lv144「湖中の戦い」

 





 蔵人たちはドクロ戦士を排除した後、野営地を直ちに出発した。戦闘を続けるうちに判明したのだが、蔵人たちを大いに苦しめたドクロ戦士たちの弱点はなんと腰骨の部分にあった。彼らは、ここを破壊されるとなぜか全身のバランスが保てなくなり復元性を失ってしまう。わかってみれば、さほどの難敵ではなかった。

 ドロテアとカレンの活躍によって大いに面目を施した蔵人は鼻歌混じりに先頭を切って歩いている。女たちも亭主の顔を立てることにより、テント内の陰鬱としたムードを払拭し、顔も晴れ晴れとしている。

 今回の戦いで、マルク分隊はひとりが戦死し、蔵人たちの中ではリザが転んで手の甲をすりむいた程度ですんだ。幸か不幸か、敵の出現は夜明け直前だったので大方の者は行動に十分な休養も取れていた。

「あー気持ち悪い石像だった。あたし、トラウマになりそう」

「リザも。ちょっとお腹いっぱいなのだ」

 カレンとリザがぶうぶういうのをバックミュージックにしてダンジョン内の移動を続けていると、再び隘路が目の前に現れた。傾斜のついた穴を全員腹ばいになって進む。通路の幅が狭すぎて、成人の背丈では立って歩けない大きさなのだ。

「なんか、蒸し暑くねえか……?」

「ううっ。暑い、暑いよー」

 蔵人の後ろについているカレンが不快そうに唸っている。ドクロ戦士と戦った石像の広間は肌寒いような気温であったが、登りが続くうちにドンドンと周りの空気がぬるまっているのがわかる。同時に、温泉街に漂っている独特の臭気が辺りに立ち込めだした。もはや鼻のいいポルディナでなくても方向を誤りそうにないほど、硫黄の臭いは強烈になっている。長くイライラする穴のような通路を抜けきると、目の前には、広大な空間が飛び込んできた。

「なんだ、これ? 地底湖? いや、山の中だし、なんていったらいいんだ」

「うっわ、青! これ、すっごく青いのだ! 気持ちワルッ!!」

 蔵人たちが到達した大空洞はすべてが青一色で塗りつぶされた空間だった。

 天井から壁まで群青色のコケにびっしりと覆われ、それらは淡い光を明滅させていた。指先で摘んでみると、ほんのりと熱を持っているのがわかった。青コケの下は、透き通ったアクアブルーの水が満ちた湖が広がっている。向こう岸が見えないことから、かなりの大きさであると推測された。

「クランドさま、この水あたたかいです」

 岸に膝をついたルールーが湖面に手を差し入れながら驚いたようにいった。

「ホントか、ホントかホントか! リザもリザもッ」

「ああ、うっさいわねぇ。ガキじゃないんだからぁ、もおお」

 リザが目をキラキラさせてカレンの腕を引いて走り出す。蔵人はポルディナを従え、歓声を上げながら湖面を引っ掻いているリザたちの隣にしゃがみこみ、指先を突き入れた。

「おお。ぬるいなこりゃ。一晩たった風呂水みてーだ」

「おそらく、この湖はどこからか源泉が流れ込んでいるのでしょう」

「ふーん。山ン中の温泉ね」

「でも、ルールー。それっておかしくない?」

 四つん這いになって湖面を眺めていたカレンが、ツインテールの銀髪をふりふりさせながら唇を尖らせる。

「あの魚、見てよ」

「え、魚ですか。姫さま」

「おお、どれじゃどれじゃ」

 一同がカレンの指差す十メートルくらい先をジッと見つめた。そこには、目を凝らして

 見なければわからないが、プカプカと数匹の魚が白い腹を見せて浮かんでいた。

「ルールー」

「しばし、お待ちを」

 ルールーは蔵人の言葉にうなずくと、胸元から握りにひもをくくりつけたクナイを取り出すと魚に向かって投げた。狙いたがわず刃先が刺さるのを確認してから慎重に死魚を引き上げる。蔵人は、地べたに置かれた魚を持ち上げると裏表にして匂いを嗅いだ。

「死んでるな。茹だったのか?」

「そう。見て、ちょっとウロコが変化してる。あたしがいいたいのは、恒常的に源泉からの湯が流れ込む湖ならそこに住んでる魚が茹で上がって死ぬのはおかしいっていいたいの。だって、そんな場所じゃどんな生き物も住み着いたりなんかしないでしょ」

「さすが、姫さまです」

「おお、カレンはあったまいーな!」

「はああっ? ま、まーね。あああ、あたしからいわせれば、このくらいのことパッと思いつかないあんたたちの方がどーかしてるってことなのっ。ふん。この程度推測なんてどってことないんだからねっ」

 ツンデレ乙。心の中でつぶやくと、蔵人はまばらに生えている自分の無精ひげをゴリゴリとこすった。

「よくわからないな。ルッジがいればすぐにでも理屈をつけてくれるんだけど……」

 周囲を見回すとマルク分隊の兵士たちも物珍しそうに辺りをウロウロしている。顔を上げると、マルクが手招きしているのが目に入った。立ち上がってそばに行くと、マルクは片眉を上げて背後を指差した。

「どうした」

「ちょっと、気になることがある。ついてきてくれ」

 連れ立って歩く。湖の岸辺を移動して壁際まで行くと大きな横穴が見えた。足元に視線を落とす。かなり広い範囲で地面が焼け焦げた跡があった。背後のポルディナが不快そうに鼻をフンフンと鳴らしていた。穴の中は周囲と違って光る不思議なコケが自生していなかった。それもそのはず、穴の中身は火事場あとのように所々激しい焦げ目が残っていた。

 空間中央には灯篭に酷似した不思議な物体がポツンと祀られてある。柩のような長方形の祭壇らしきものは、原型がわからないくらい真っ黒になっている。灰褐色の石柱だけが無傷で余計に不気味さを醸し出していた。上方の部分には、文字が浮き彫りにされているが破損が著しく読み解くことは不可能そうだった。

「おそらく、これをつくった翼人が捧げた祭文かなにかだろう。どうせ、読めないし考える必要はない」

 どうやらマルクに学術的興味は皆無な様子だった。蔵人は首をかしげながら、黒焦げになった祭壇を丹念に調べていく。一番下の部分に引き出しのようなものがある。なにか入っているかな、と思い引っ張ってみると、中身は期待していた賽銭のようなものはなく焼け焦げてボロボロになった紙の残骸があった。つまんで取り出そうとするが、あっという間に千切れて砂のように崩れていく。

「なにを見ている」

「いや、なーんかさ。おもしれえもんでもねえかな、と」

「あるわけないだろ、そんなもの」

 マルクが疲れたように肩を落とした。つくづくロマンのない男である。いや、軍人としては正しいというべきか。蔵人は立ち上がると、祭壇の上部を手のひらで払った。

「なにかを祀ってあったのかな」

「それはわからない。どうでもいいことだしな。それよりも、アレだ」

 マルクが指差した壁際には延焼をまぬがれた船が二艘ほど立てかけられていた。大きさはかなりのものだ。近寄って叩くと軽石のような手触りがした。掴んでゆすると見た目以上に軽く、動かすのはそう難しいことではなさそうだ。

「なるほど、コイツに乗って対岸まで渡れってことか」

「たぶん、この祭壇を作った古代人はこれを利用していたんだろう」

「ふたつあるから、それぞれのグループで乗れるな」

「よし、それじゃさっそくウチの者に運ばせるとしよう」

 石舟を睨みながら話し合っていると、背後から歓声が聞こえた。どうやら、穴の隅で分隊の兵士がなにかを見つけたらしい。四人ほどの男たちが興奮気味に話し合っている。声を聞きつけてやってきた、リザやドロテアの姿も見えた。

「どうしたんだ、おまえたち?」

「あ、たいちょ。なんかめっけました。おたからみたいですよ」

 蔵人たちに気づいたポリーナが手を振りながらいった。

「おたから? また、おまえらはよくわからないものを勝手に触り出す――ああっ、ドロテアさんっ! 危険ですから不用意に近づかないようにいっ」

「おまえいきなりテンションが違うよな」

 ドロテアは引きつった顔でマルクに手を振ると、蔵人の隣に立った。

「なにか兵士たちが宝箱を見つけたみたいなのじゃ」

「へえっ! なんか金目のもんが入ってるかな」

「ああっ、そういえばこの中はかなり暑いですよね。喉は乾きませんかっ」

「古代人の遺物じゃろうか」 

「RPGではおなじみですが、俺ァはじめて見たな」

「もし、あれでしたら部下に命じて茶など淹れさせますが、いかがでしょうかっ」

「あーるぴーじー? お主は、たまによくわからない言葉を使うの」

「考えるな。感じるんだ」

「あっあっ、菓子。お菓子なども少量ではありますが、用意させますよっ」

「それはなにかの符丁かの」

「おまえごときにはまだ早すぎたか」

「甘いものを食べると疲れが取れますよっ」

「むうう。クランドはたまに意地悪じゃ」

「問題ない」

「砂糖もどっさりあるから、どんどんいってくださいっ」

「……てめーは、イチイチ会話に割り込んでくんじゃねーよ」

「ドロテアさん? ドロテアさーん」

 そんな話をしている最中にも兵士たちは躍起になって目の前の宝箱を開けようとかじりついている。箱にかけられていた錠前を力技で破壊すると、中からはひと振りの頑丈そうな鎚が姿を現した。

「これは、ウォーハンマーですね」

 ポリーナが唇に人差し指を当てたままほうっと息を吐き出す。

「マジかよ。ただの棒っきれじゃねーか」

「金じゃねーのか、クソが」

「苦労させやがって」

「誰だよ、最初に開けようっていったやつは」

 たいして珍しくない武器に兵士たちは落胆した面持ちであった。金銀財宝を期待していたのだろう。愚痴りながらもひとりの兵士が引き上げようと鎚に手をかけた。

「んんっ。おうえ?」

「おいおい、なーにやってんだよ。この非力くんが。どらどら、どいてみなよ。んんっ。ほっ! はっ!」

「ああん? なにやってんだ。俺に任せてみろや。ほっ、とっ。ぬほっ!!」

 兵士たちが代わる代わる宝箱の底に鎮座する鎚を持ち上げようと試みるが、どうにもこうにも持ち上がる気配もない。蔵人が兵士たちをどかしてポルディナに命ずると、槌はようやく引き上げることができた。

「ご主人さま。これは、かなりの重量です」

「マジかよ。おまえがそういうなら、本当なんだろうな」

 兵士たちも、先ほどの戦いでポルディナの剛力を見知っている。

 疑問の声はどこからも上がらなかった。

 ポルディナは手にした戦鎚を片手で勢いよく振るった。九十センチ程度の柄のついたウォーハンマーは小ぶりな大きさに似合わぬ風切り音を放って水平に軌跡を描いた。全体は青みがかって水晶のようにきらめいている。ある種の美術品めいた風格すらあった。

 ドロテアとリザが近寄って鎚の表面をペタペタと触っている。ポルディナは手にした鎚を足元へと垂直に下ろした。ズンと、腹の底に響くような重たい轟音が鳴った。

「これは、おそらくアポイタカラで造られておる。見よ。一見すると、頭部と柄が一体成型のように思えるが、目を凝らせば、つなぎ目がうっすらわかる。かなりの業物じゃぞ」

「ふーん。よくわからんが、すごそうだな。なあ、マルク。これもらっちゃってもいいか」

「どうせ、オレたちは使いこなせないし、別に構わない。さ、おまえたち宝探しはおしまいだ。気がすんだら、サッサとあの石舟を運ぶんだ」

「あひいいっ!」

「今度はなんだよ!」

 マルクの命令を無視して残っていたもうひとつの宝箱を触っていた兵士のひとりが、蓋の中に上半身を突っ込んで暴れていた。二本の後ろ足が激しく宙を掻いている。そばにいた兵士たちが慌てた様子で口を金魚のようにパクパクと開閉していた。

「なにを遊んでるんだよ、いい年して……」

 マルクが苦笑しながら歩み寄るのと男の身体が箱に飲まれるのは同時だった。

「箱が人を食べたのじゃ!」

「気をつけろ! そいつは人喰いだ!!」

 マルクがいうが早いかドロテアが箱を蹴り上げた。兵士を飲み込んだ人喰い箱は激しく壁にぶつかると蓋を上下に打ち鳴らしながら金属的な叫び声を内側から発した。開閉する箱の中にはぎらついた悪意を感じさせる瞳が鈍く輝いている。

 あっ、と思ったときに箱は大きく跳躍して、一番近くにいた兵士の右手にかぶりついた。

「いぎいっ!」

 兵士の右手は箱に挟まれたまま、ブチブチと異様な音を立てて喰い千切られた。真っ赤な鮮血がぴゅうぴゅうと音を立てて吹き出ている。

 倒れ込んだ仲間を救おうともうひとりが近づくと、人食い箱はステップを刻みながら突進し、男の頭を鋭く蓋で挟み込んだ。肉を断つ音が鈍く鳴った。兵士は両足を地面に突いて正座をするような形になると両腕をだらんとその場に垂らした。

「このヤロー!!」

 蔵人は駆け寄ると横合いから人喰い箱を蹴っ飛ばした。つま先が鋭く突き刺さる。

 がいん、という音が鳴って、箱は勢いよく斜めにすっ飛んだ。

「どいてください、ご主人さま!!」

 ポルディナが風のように駆けだして人食い箱に肉迫する。

 彼女は手にした戦鎚を振りかぶると真正面から垂直に叩き落とした。

 ごっ、と一際大きな音が鳴って、人食い箱の上部が粉みじんに砕け散る。

 四角い箱は激しくひしゃげると、大地に叩きつけられ、バウンドしながら転がっていく。

「やったかの!?」

「いや、まだだ」

 同時に影のようなものが箱から飛び出していくのを視界の隅で捉えた。

 蔵人が腰の長剣に手をかけたとき、背後からひゅっと軽やかな音が鳴って矢尻が影に突き立った。前方を見やる。カレンが素早く反応して敵影を射止めたのだ。

「ナイスだ、カレン!!」

「ふふんっ。このっくらい当然よ! ……で、なに? これは」

「さ、なんだろな。一体」

 矢を喰らったまま地上で身悶えする謎の生物へと慎重に近づいてみる。

 地上に生えた青黒いコケに体液をまき散らしながら蠢く生物が人食い箱の正体だった。

 全身はゼリー状のようにぬらぬらとしており、不定形のスライムに近い。黄色い眼球が顔らしき場所にふたつほどついており、口蓋には無数の牙が乱雑に生え揃っていた。オタマジャクシにちっぽけな手足を生やしたような生き物と考えるのが一番近い。

 蔵人は、人喰いの背に足を乗せて動きを止めると、剣の鞘をおもいきり叩きつけた。鉄拵えの鞘はそれ自体が重く、動かぬ人喰いを仕留めるには十分な破壊力を持っている。鞘のコジリは人喰いの頭部を潰すと茶色い体液を飛び散らせた。






「わ、本当に浮かんだのじゃ」

「浮かばなきゃ困りますよ……」

 ドロテアの驚きにマルクが目を細めている。

 蔵人たちは二艘の石船に分かれて乗船すると、青い湖の中へと漕ぎ出していった。

 前の一艘はポリーナ率いるマルク分隊九名。

 蔵人たちが乗船する船はマルクを加えて七名である。

「んで、なんでオメーがこっちに乗っかってんだよ」

「んんっ。それはだね、クランド。バランスだよ、バランス。ねえ、ドロテアさん」

「だから近づいてくんじゃねーっての」

「あはは……」

 ドロテアは曖昧に笑うと、蔵人の背にサッと身体を隠した。

「はは。それにしても、ドロテアさんは恥ずかしがり屋だなあ」

「いや、おまえ完全に避けられてるからな」

 マルクは唇をへの字にすると、嫉妬に狂った目で蔵人を睨みつけてくる。

「なんだよその目は」

「別に」

「別にって目つきじゃないだろ」

 面倒くさいことこのうえない……、といったところだ。

 石舟の浮力の凄さは中々のものだった。最初に十人ほど乗って安全性を確かめてある。櫂《かい》を使って漕ぎ出せば、思った以上に快適な動きを見せた。

「こりゃ、ちょっとした遊覧船だな」

 蔵人たちは、周囲の景色を楽しみながらしばし、ゆったりとした時間を楽しんだ。周囲の濃い青と湖面のアクアブルーがなんともいえない幻想的な空間を演出している。女たちは、所々で娘らしい声を上げてきゃっきゃっとはしゃいでいる。

「軍務であることを忘れてしまいそうだ」

「ええんやで」

「いやいや、よくはないだろうが……」

 そうはいいながら、マルクも兜を脱ぎ、目に映る青のコントラストの妙を楽しんでいる。

 静寂は、突如として破られた。

 きゃああっ、と。

 先行する石舟から女の甲高い悲鳴が聞こえてきた。男所帯の分隊で、そんな声を出すのはマルクの副官であるポリーナ以外は存在しない。

「なんだっ!?」

「ご主人さま、あれをご覧下さい」

 船を操っていたポルディナが石の櫂で前方を指し示した。素早く視線を転じる。

 そこには、船に向かって群がる幾つもの灰色の影が、分隊の兵士を湖に引きずり込もうとしている光景があった。

「しまった! ここは、魚人たち――オアンネスどものすみかだったのか!!」

 マルクが悔しげに声を絞り出すのと、船べりにヌメヌメとした生臭い腕がかけられるのは同時だった。

「オアンネスってなんぞ? うおっ。なんだ、なんだあ、こりゃあっ」

 蔵人の疑問符もそこそこに、石舟が前触れもなく左右にぐらぐらと激しくゆれだした。

 突然として暴風雨に巻き込まれたようなひどいゆれに、全員が息を飲んだ。右往左往する暇もなく、舳先から水煙が上がると、一体の異形の生物が船体の中に降り立った。

 背面は魚そのものであるが、エラの部分には人間と同一の顔がある。

 四肢はそれぞれ五本の指がそろった魚人オネンアスが、生臭い息を吐き出しながらゆっくりとにじり寄ってきた。

 先頭にいたマルクが長剣を引き抜くと、オアンネスに打ってかかる。オアンネスは右手を振りかざすと、硬いウロコで斬撃をいともたやすく受け止め、妙な声で低く笑った。

「気をつけろ! 水の中に引き込まれたらおしまいだ!!」

「まったく、次から次へと飽きさせないダンジョンだぜ」

 蔵人は長剣を引き抜くと船べりにかかっていた敵の指に向かって鋭く振った。刃はオアンネスたちの指を残らず切断すると青黒い血をパッと舞わせた。

 すでにあちこちで戦闘がはじまっていた。先行するマルク分隊は集中的に襲われているのか、船のゆれがどんどん激しくなっている。ふたつ、みっつと連続で水中に引き込まれたのか、激しい水煙が立ち昇るのが見えた。兵士たちは水中から逃れようと必死でもがくが、魚人にとりつかれればもはや対処のしようもなく、次々に没していく。

 蔵人は掴みかかるオアンネスの腹を串刺しにすると、素早く刃を引き抜いて腰を蹴りつけて距離を取った。

「気をつけろ! 絶対に掴まれんな! 落ちたら最後だぜ!!」

「わかっておるわ!」

「リザに任せるのだ!」

 ドロテアとリザはそれぞれ剣を振り回して、船の中に入ろうとしているオアンネスを追い払っていた。

 カレンはエルフィンボウをしきりに叩きつけて奮戦をしていた。これほど近い距離では矢をつがえる暇もない。

「まずい、このままじゃオレの分隊が全滅だ……」

 マルクが剣を振るいながら青白い顔でつぶやいた。蔵人たちが乗る船に比べて、先行の船には倍以上のオアンネスが群がっている。兵士たちは連携して戦っているが、状況は悪すぎた。元来た岸へと戻るには離れすぎているし、対岸までどのくらあるか見当もつかない。沈没するにはもはやそれほど猶予はなさそうだった。

 蔵人が船べりのオアンネスの胸元へと長剣を突き刺していると、視界の端でルールーが腰砕けになってナイフを振るっているのが見えた。明らかに劣勢である。死にていの魚人の胸を蹴って湖面に叩き込むと、ルールーを襲っていたオアンネスの背へと鋭く斬撃を見舞った。青黒い血飛沫を撒いて、ドッと船板に魚人が倒れ込む。

「どうした、どっかケガしたか!」

 しゃがみこんで白い腕を引っ張り立ち上がらせようとすると、ルールーは真っ白な顔をぶんぶんと左右に振った。湖水で濡れた長い髪がびゅっびゅっと水滴を撒き散らした。

「わ、私、およげないんですっ」

 ルールーの声は悲痛に彩られていた。泳げないのであれば、湖中の上はそれだけで恐怖しかない。いつもと同じような動きを期待するのは不可能だ。

「か、カナズチかよ」

「し、仕方がないでしょう。草原の民に泳ぐ習慣はないのですからっ!」

 いつもの礼儀をかなぐり捨てて叫んでいる。よほど、水が恐ろしいのか、白い歯をカチカチと鳴らしながら瞳がめまぐるしく動いている。蔵人が立ち上がろうとすると、足にすがりついてくる。正直、構っている暇はない。

「とにかく、身を伏せて船底にしがみついてろっ。この船は絶対に沈ませねえよ」

「ホントですね、ホントですね!」

「だあっ、とにかく足を離せっての!」

「ふぎゅっ」

 蔵人はルールーを船板に押しつけ、飛びかかってきたオアンネスをたたっ斬る。魚人は真っ向から顔面を傷つけられ、よろめきながら湖中に落ちた。

「あー、もおおおっ。キリがないっ。一気に片づけてあげるわ!」

 カレンは弓をぶん回して立ち上がると、精神集中しながら魔術詠唱をはじめた。無防備になったカレンへと魚人が飛び上がって襲いかかる。近くでバシバシ敵を排除していたポルディナが櫂を旋回させてカレンに飛びかかる魚人の頭部を叩き割った。オアンネスは虚空に血反吐を吐き散らして舞うと、離れた湖面へ墜落した。

「サンキュー、犬っころ!」

「とっととしなさい、このウスノロ」

 ポルディナは櫂を立てるといつもの口調でいった。たちまちカレンの顔がふくれたモチのように変化する。彼女の負けん気に火がついたのだ。

「あんたはひとこと多いのよ。見てなさい、このおっ! 雷光放射(ライトニングブラスト)!!」

 頭上に振り上げた指先から激しい電光が湖面に向かって続けざまに放射された。

 風属性の雷光魔術である。

 大気のマナを精錬されて作られた電光は辺り一面に向かって縦横無尽に飛びかった。

 石舟周辺に群がっていたオアンネスたちもこれにはたまらない。耳朶を覆う絶叫がほとばしり、ウロコが激しく焼け焦げ、周囲の敵は煙を上げながら水中へと残らず没した。

「やたー! カレン、すごいのだっ!!」

 リザが飛び上がって満面に笑みを浮かべた。無邪気な賞賛の声に、カレンはくすぐったそうに頬を赤く染めた。

「ふ、ふん。褒めなさいよ。褒めていいのよっ。このカレンさまに逆らうなんて、百万年早いってわかったかしらっ」

「姫さま、ご立派です。ほろり」

「意外と余裕あるじゃん」

「お主ら、遊んでる場合じゃないぞ! 敵はまだ残っておる」

 ドロテアのいうとおりだった。蔵人たちが乗る船に関しては脅威の排除は行われたが、依然前方の船はオアンネスたちの攻勢に晒されていた。

「ポルディナ、船を寄せろ!」

「イエス、我が主よ(マイマスター)」

 阿吽の呼吸でポルディナが船を漕ぎ寄せた。グングンと船足が早まり、いまや沈没を待つだけとなった魚人の群れが視界に飛び込んでくる。

「ドロテア、焼き払え!!」

「承知! 火炎の槍(フレイムランス)!!」

 ドロテアが作り出した火柱が灰色の壁へと一直線に打ち出される。無防備な背面を焼かれて、オアンネスたちが次々に湖面へ水没していく。飛散した炎の塊は、辺りに散らばって水と反応し、真っ白な蒸気を周囲に立ち篭めさせた。

 蔵人は、舳先に足をかけると勢いよく飛んだ。飛び降りざま、兵士を押し倒していた魚人に向かって刃を叩きつける。血煙がパッと舞って船体は生臭い体液で蹂躙された。

「義経の八艘飛びときたもんだ! さあ、三枚におろしてやるからかかってこい!」

 蔵人は身体を沈めると、水平に長剣を薙いだ。脇腹を斬りつけられ、たちまち二体ほどのオアンネスが絶命する。背後に気配を感じた。振り返らず、長剣を後方へと叩き込む。忍び寄っていたオアンネスは胸板を激しく抉られるともんどりうって転がった。

 右側から魚人が躍り込んでくる。左手に抜いた鉄拵えの鞘を打ち振るって顔面を鋭く叩いた。ぐちゃりと肉を打つ手応えが生々しく残る。

 蔵人の奮闘に気力を取り戻した兵士たちが雄叫びを上げて再び戦いはじめた。蔵人はゆれる船体の中で器用にバランスを取って動き続けた。

「わらわもいまゆくぞ!」

「ちょっ、おいおいおい、待てってば――!」

 声に顔だけ振り向くと、背後の船からドロテアが乗り移ろうとしているのが見えた。

 背中にすがりつくオアンネスを肘打ちで弾くと、船尾に向かって駆けた。

 水中に落ちればまず助からないだろう。

 敵はまだ、湖中にうようよしているのだ。

 ドロテアの向こう見ずにはまったくもって肝が縮む。

 蔵人は背筋が凍りつく感覚を振り払いながら、天に祈りながら両手を突き出した。

「とーっ」

 すでにドロテアの身体が虚空に舞っている。

 すべる足元を注意しながら、真正面からなんとか抱きとめた。

「だああっ!!」

「わわっ」

 蔵人はドロテアの身体を抱き寄せながら、踊るようにくるんとその場でターンした。

 後方でそれを見ていた面々が、パチパチと拍手した。

「あぶ、あぶ、あぶ、あぶねーだろうがっ」

「にひ」

 ドロテアは白い歯を見せると、さもうれしそうに笑った。

 そんな顔をされれば、こちらとしてもこれ以上責める気もちにはなれない。また、そんなことをしている暇もなかった。

「ったく、このまま放り込んじまうぞ。巨乳エルフ」

「ふふん、そんなことできんくせに」

「だからタチがわりーっていってんだ。そら来たぞ!」

「わらわに残りはおまかせじゃ!」

 ドロテアは名剣アスカロンを片手で構え、猛然と襲いかかる魚人目がけて一閃した。

 魚人の頭部から股下までたちどころにスっと青黒い筋が走る。敵は両手を差し伸べた状態で硬直すると左右に分離してその場に崩れ落ちた。

「と、いうことでお主はそこでジッとしておれ。ここからは、わらわの独壇場じゃ」

 ドロテアはウインクしながら投げキッスをすると踊るようにオアンネスたちの中へと斬り込んでいく。決着まではそれほど時間を要さなかった。






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