Lv126「山寨攻略戦」
レイシーは激しくあえぎながら、夜の山道を懸命に登っていた。麓を出発してから、かれこれ二時間程度しか経っていないが、闇夜の歩き慣れない道は、幾何級的に彼女の体力を奪っていった。
先行する、ポルディナ、ヴィクトワール、アルテミシアの三人は息ひとつ切らすことなく一定のペースを保ち、鋭い傾斜をこともなげに登攀している。
特に、アルテミシアの身体の頑健さには舌を巻かざるを得ない。レイシーが装着すれば普通に歩くのも難しそうな重い甲冑を着たまま軽々とした動きを見せている。
おまけに、三メートル近い槍を小枝を持つように担いでいるのだ。
とても、同じ人間であるとは思えない。失礼ながら。
レイシーは、早鐘のように動く心臓に目を白黒させながら、歯を食いしばり、身をよじるようにして足を前に出した。皆は、こともなげに移動しているが、先頭を行くポルディナの動きに至っては平地を行くように駆けているようにしか見えない。けれども、一番先頭を行くヴィクトワールが、ときどき「遅いぞ」と口にしているところを見ると、ポルディナなりにスピードを落としているのだろう。
(うわっ。だめ、心臓が口から飛び出そう。あたしってば、体力ないなぁ……)
なにしろ夜が明けきる前に、頂上付近の山寨へと取りつかなくてはならないのだ。
少しだけ、と自分にいいわけしてペースを落とす。
動作をやめただけで、足のこわばりが薄らいでいくのがわかった。
とはいえ、いつまでも停滞しているわけにもいかない。単純に動きを止めると寒いのだ。冷えた汗が背筋を伝うたび、ゾッとするような寒さが身体を貫いていく。つい、顔をしかめてしまう。そうこうしているうちに、メリアンデールとカレンが自分を追い抜いていった。
「だいじょぶ? もっと、ゆっくりにする」
「い、いえ、心配しないで。平気よ」
隣を歩いていたヒルダが不安げに声をかけてきた。正直なところ、返答をするのも億劫なくらい疲労している。息を大きく吸いこむと、飛び込んできた山の冷気で肺が締めつけられるように痛んだ。
レイシーは顔をしかめながら流れた前髪を指で払った。こんなに寒いのに、額には細かい汗がびっしり浮いている。吹きつける寒気が肌に染みた。身体は火照っているが、吹きつける風が体温をみるみるうちに奪っていく。気を取り直して、顎を上げて進む。進むしかない、と自分にいい聞かせる。
目の前で心配そうなヒルダの金色の瞳がゆらゆらと揺れている。苦しみを悟られないように、無理に微笑んで見せた。声は出さずに、指先を前に振って先に行ってと伝えた。ヒルダの眉間へとつらそうなシワが寄った。
「そう? それじゃ、私先に行くけど、足元には気をつけてね。結構、ゴロっとした石がいっぱいあるから。浮石には注意してね。足乗せると、ずるっといくよ。落ちたら、危ないからね」
ヒルダはちらりと振り返ると、俊敏な動きでみるみるうちに遠ざかっていく。文句をいうわけにもいかない。ここには、自分を甘やかせてくれる男はそばにいないのだ。
(クランドがここにいれば、絶対、あたしのこと背負ってくれるよね。彼、やさしいから)
強い身体的負荷のため、頭がぼうっとする。レイシーは、その場に立ち止まると、両手で頬をぴしゃぴしゃと勢いよく叩いて気合を込めた。
(あたし、いつの間にかクランドのこと、また頼ってる。いま、ツライのは、きっと彼の方なのに……!! いいかげんにしなよ、レイシー!! こんなことじゃ、胸を張って、クランドの奥さんだって誰にもいえないよ)
顔を上げて手元のランタンを突き出す。夜道には不慣れなため、片手が塞がるだけで身体のバランスが崩れる。張り出した木の根に足を取られそうになり、ヒヤッとしたものが背筋に流れた。顔上げると、濃い樹林帯の中に踏み跡があるらしいのだが、街育ちのレイシーにはまるで判別できない。置いていかれたら確実に迷う自信がある。
ほのかな明かりの先には、深紺色をしたヒルダの修道服が遠ざかっていく姿があった。うさぎのように素早い彼女の運動神経の良さがうらやましかった。教会である程度身体を鍛えていたヒルダにとってこのくらいの山道はやはりどうということもないらしい。
驚いたのは、自分よりもはるかに華奢そうなメリアンデールが顔色ひとつ変えることなく、しっかりとした足取りで登っていく事実であった。彼女は、遅れがちなレイシーに気づかないほど、素早い動きで遠ざかり、いまはその後ろ姿も見えなくなっている。レイシーは皆に置いてきぼりにされる幻影に怯え、ひとりため息をついた。
(さすが冒険者ね。いやいや、頑張るのよレイシー。このままじゃ、本当に足手まといになっちゃう)
護身用にと渡されたショートソードの重みがずっしりと腰に響く。レイシーは額から汗を滴り落としながら、両腰に手を当てて、乳酸でパンパンになった腿を無理やり上方に繰り出す。日頃の運動不足が覿面に祟った。
そもそもが、日に重い荷物を担いで、何十時間、何十キロと走破する冒険者たちとは基礎体力が違いすぎる。
ただの街娘であるレイシーにとっては、戦う前の移動はすでに試練のひとつだった。後ろを振り返ると、ルッジに励まされながら立ち止まっているネリーの姿があった。彼女はさらに体力がない。それでも弱音ひとつ吐かないところは単純にすごいと感じた。人は、自分より劣ったものを見るとなぜか安心するのだ。
レイシーは悪いと思ったが、せめてネリーには追い抜かれないようにと、歯を食いしばって道をよじり続けた。急登を超えると稜線に出た。後続を待っていたヴィクトワールたちは、遅れて到着したレイシーたちを確認すると武具の手入れをやめて無言でうなずきあった。
「よし。ここから、山寨までは目と鼻の先だ。固まって動こう。ネリー」
「はいはい」
ルッジの呼びかけに、荒れた息を整えながら胸をそらしていたネリーが、砦の見取り図を引き出した。ルールーが手に入れた情報を、ネリーが手早く図面に引き起こしたものだ。彼女は、こういう事務仕事は抜群にすぐれていた。簡潔にして明瞭である。これも、ひとつの才能だろう。
レイシーは読み書きは苦手なので、こういう手早い作業にすぐれた女性は憧れだった。
一同は図面を囲むようにして、鼻面を突き合わせるようにして顔を近づける。
最後の確認のために砦の情報を頭に叩きこんだ。
「作戦はシンプルだ。夜明けと共に、城門から突っ込む。いま、先んじて砦の中に侵入したルールーが扉のカンヌキを開けておくから突破に関しては問題はない……と思う」
「なんだ、随分と頼りないな」
アルテミシアがつむっていた片目を開けていった。
「仕方ないだろう。幸い、入口の扉は古い木製だ。中からの開錠が間に合わなくても、どうにかして破壊することを前提にして行動しよう。それで、だ。ボクたちが入口で暴れまわっているうちに、シズカとハナがガスパールと捕虜のいる居館に強襲をかける。頃合を見て、内応したエルフたちが敵のハラワタを混ぜ返す。昨晩のうちに、ルールーが酒甕の中に酔いを促進させる薬を混ぜておいた。これで、敵の戦力はかなり減じられたと思う」
「まだるっこしい。そんな、手をかけんでも、毒でも仕込めばよかっただろう」
シズカが底冷えするような瞳でつぶやいた。レイシーは小さく震えると、気まずくなって辺りを見回した。案の定いの一番に突っかかったのはヴィクトワールだった。
「砦の中には、罪もない娼婦や芸人の一座がかなり入りこんでいたと聞く。よくも、そんな無体なことを堂々と……!」
「勘違いするな、私は、基本的にクランドと……」
シズカはそっと皆を見渡すと、目が合った何人かから慌てて避けるように顔を伏せた。
「と、とにかく、敵やそれに与するやつらがどれだけ死のうが、なんとも思わない。私は、戦力が減じる可能性を考慮して発言しただけだ」
「お嬢さま、シズカさまはみなさまを傷つけたくないから、かような言辞を取っているだけですよー。そのようにお責めになりませんように」
「んん、なんだ。その、そうか。おまえも、おまえなりに、仲間のことを気遣って」
ほろりときたのか、ヴィクトワールも気まずそうに頬を掻いてあたふたしだした。
シズカは照れくさくなったのか、くるりと背を向けて押し黙った。いつものように、口論にはならない。皆が、ふたりをあたたかい目でジッと見守り始める。レイシーは、ふたりがちょっとだけ歩み寄れたような気がして、うれしい気分になった。
「友情を育むのもいいが、話を続けていいだろうか」
「誰が!」
「こんなやつとっ!」
シズカとヴィクトワールは同時に叫ぶと顔を見合わせ、ぷいと横を向いた。ルッジは苦笑しながら、眼鏡の弦をトントンと人差し指で軽く打った。
「喧嘩するほど仲がいいというが、本当にお互いが嫌っていたら、人間、接することも避けるようになるのさ。とと、話が脱線してしまった。夜が明ける前に、話を終わらせようか。先陣は、ヴィクトワール、ポルディナ、アルテミシア。君たちに任せる。せいぜい、暴れまくってくれたまえ。続いて、敵の後方にして喉首にあたる居館はシズカ、それにハナ君たちに任せる。たぶん、クランドが捕らえられているとすればここだ。ただ、ガスパールは常に近衛としてもっとも腕利きの男を多数傍らに仕えさせているらしい。手ごわいが、なんとか打ち倒してもらいたい」
シズカは無言でうなずくと組んでいた両腕を解いた。
「しつもん、しつもーん! ネリーの作った地図を見ると居館の裏は絶壁ですが、どうやって攻めるつもりなんですかー。教えて、ルッジ先生!」
「ヒルダくん、なかなかいい質問だね。さて、正解をどうぞ。シズカくん」
シズカはふっと息を吐くと甲高く指笛を鳴らした。レイシーは反射的に彼女の視線を追って空を見た。まだ、月がはっきりと浮かんでいる青黒い夜空を割って、ひとつの影がグングンと近づいてくる。
「あれ、グリフォンじゃない?」
黒点のような塊を即座に判断したのはカレンだった。黒い塊は、たちまち大きな影となってシズカの足元に舞い降りると、翼を羽ばたかせながらつんのめるように着地した。
グリフォンはクエっと一声鳴くと、巨大な頭を振ってシズカに甘えかかるように顔を寄せた。シズカは、普段見せないような明るい顔を見せてグリフォンの首ったまに抱きつき、フカフカした羽毛に顔をうずめた。
「グリ吉。いいこにしてたか? うん。よしよし」
「あはー、なんというか」
「とっても」
「ブサイクだな」
一同の言葉に羽毛から顔を上げたシズカが般若のようににらみつける。
「ささっ」
「あ、こら!」
ヒルダは視線を避けるようにアルテミシアの背に隠れた。
(なんというか、これ。大丈夫なのかなぁ)
レイシーが危惧するのも仕方なかった。なにしろ、目の前にいるグリフォンといえば聞こえはいいが、見るからにかなりの老齢で翼の羽ばたきも心もとない。
シズカはそんな個体でも「グリ吉」と妙な名前を付けてかわいがっているのか、皆の評価には不満げだった。口がへの字に変わる。
(なんか、かわいいな、この子)
「なんで、みんな、グリ吉をいじめるんだ。この子は、とっても忠実で、私の信頼できる友なのに」
シズカは傷ついた表情でグリフォンの首ったまにかじりつく。
「いやいや、シズカ。皆はそのようなつもりでいったわけではない。ははは、だが、うむ。こうして見ると、意外や意外、案外と頼もしそうではないか。なあ、グリ吉とやら」
取り繕うようにアルテミシアが近寄って手を差し伸べると、グリフォンは目の前の篭手ごと手首を噛んだ。ゴリっと、鈍い音といっしょに手首が吐き出される。
アルテミシアは叫びを噛み殺しながらその場にうずくまると、唾液に塗れた手をブンブンと振って悶絶した。
「いい忘れたが、グリ吉は私以外のものが撫でようとすると噛むのだ」
「……先にいってくれ」
「あ、あはは。疑問解消しましたー。ごめんね、アル」
ヒルダはすまなそうにそういうと、アルテミシアに駆け寄って回復魔術を唱え出した。
「あは、というか、なぜそのグリフォンに乗ってぴゅーんと上まで来なかったんですか」
ハナが当然の疑問を問いかける。シズカは、頬をジワっと赤らめると、私だけずるみたいで嫌だ、とつぶやいた。皆の空気がほこほこと和らぐ。
「とまあ、作戦の成否は皆の全力によってかかっている。各員、奮励努力されたし」
「ルッジ、無理やりまとめたのね」
レイシーが困ったように笑うと、カレンの長耳がぴくりと蠢いた。ポルディナは鼻にシワを寄せると、肩の力をふいに抜いた。シズカは素早く曲刀を引き抜くと潅木に向かって突きつけた。
「出てこい。さもなくば、殺す」
「ま、待ってくれ! ちょっと、待ってくれ!!」
吹きつけるような荒々しい闘気にあぶり出され、鍬を持った男が這い出てきた。
貧相な青白い肌をこわばらせて、この世の終りが来たかのような顔つきで震えているのは、タマラ村のハンスである。彼は額に煮しめた雑巾同然の布切れをハチマキ替わりに締め、剥きだした歯を上下に激しく打ち据えながら、目を見開いていた。
「お、お、おらも連れてってくんろ!! な、なんでもする。なんでもだっ!!」
ハンスは怯えの浮かんだ瞳で、両手をその場について懇願した。彼は、なんの武術の素養もなく、ただただ女房恋しさのために己の命を張ろうとしている。本来であれば、美しいはずの夫婦の絆であるが、対する女たちの表情は硬かった。無理もない。蔵人は、ハンスの身代わりとなって虜になったも同然なのである。ポルディナに至っては、完全に表情を消したまま殺気を孕んだまま飛びかかろうとカカトを浮かせかけている。気づいたアルテミシアが咄嗟に肩をつかみ、首を左右に振った。
「正直にいう。君についてこられても力になるどころか迷惑になるだけだ。いますぐ、山を降りてもらおう」
ルッジの情を混じえぬ言葉に、ハンスはひゅっと喉を鳴らして目玉をひん剥いた。
「だどもっ、だども! あそこには、おらの女房がっ」
「黙れ」
ポルディナはアルテミシアを振り切ると、片手でハンスの喉輪をつかんで軽々と持ち上げた。ハンスが目を白黒させると、手鞠を放るようにして指先を伸ばすのが見えた。
「どおおっ」
ハンスはもんどりうって坂を転がると、斜面に顔をしたたかに打ちつけ、呻いた。
汚物を見るようなポルディナの瞳は冷え切っていた。
レイシーは、いくらか逡巡したのち、ハンスに駆け寄ると男を抱き起こした。
「うえええっ、うえっ。おらがひとりで逃げたのはわるかったよおおっ。でも、ジュリはおらのこの世でたったひとつの宝物なんだぁあ。だから、なにがあったって、どうしたって、あの山賊野郎から取り返してえんだ。なにもできないまま、このまま指をくわえてるくれぇなら、いっそ、あいつの一番近くで死にてぇ。死んでやりてぇ」
ジュリよう、と大の男がなんの恥ずかしげもなく泣き喚くさまを見て、何人かが目をそらした。簡単にほだされたメリアンデールが、跪いてハンカチを取り出すと、ハンスの目元をぬぐい出す。レイシーが、ふと目線を上げると、ポルディナの顔からどんどん感情が失せているのがわかった。
ルッジは、大きくため息を突くと、こめかみを人差し指でグリグリ揉みながら、懐中時計に視線を落とした。
「そうか。ハンスといったか。ならば、君には死んでもらおう。どちらにせよ、ボクたちは君がピンチなっても助けているゆとりはない。おとなしく村で待ってたほうがよかったって心底思うようになると思うよ。あと、わずかな時間で。さ、みんな、夜が明ける前に城攻めと行こうじゃないか。なにしろ、ここは、ジッとしているには寒すぎる」
ルッジの号令一下、ハンスを加えた女所帯の一軍が山寨へといっせいに押し寄せた。
まず先陣を切ったのは、メリアンデールが錬金術で生み出した、五体のゴーレムたちである。彼女は、土中へと器用に護符を埋めこむと、魔石を使って錬成陣を組み上げ、四メートルほどの、命を持たぬ兵隊を作り上げた。
メリアンデールは得意げに両手を腰に当て、自慢げな口調でいった。
「この辺は、ちょーっと地質がよくないから、それほど強くはないですけどっ。さあっ、かかりなさい、我が子たちよっ! あああっ、そっちじゃない!? 違うってば、もおおおっ」
メリアンデールの急増したゴーレムは、木々のない斜面を順調に登って砦の城門に打ちかかると見えたが、そのうちの二体はあさっての方向へと歩き出し、レミングのように谷へと吸いこまれていった。無意味な死である。
「いやあああっ!?」
メリアンデールは羽帽子を押さえると、膝から崩れて地に手を突いた。
「いきなり損耗率四割ですか。軍隊でいうと全滅判定ですね」
「死んでないっ、わたしの子たちまだ全部死んでないもんっ」
冷静にツッコミを入れるネリーに対し、メリーは涙ぐみながら顔をぶんぶん振って、現実から目をそむけた。
「おお、見ろ。なんとか残りの三体が城門に取りついたようだ」
アルテミシアが慰めるように槍の穂先を城門へ向けると、山賊たちが城門上の張り出しから顔を出し迎撃を行い始めた。とはいっても、その誰もが遠目でもすぐわかるほどに鋭気を失った鈍重な動きに終始している。それほど丈夫ではない花崗岩の成分で構成されたゴーレムたちの体表には数本の矢が刺さっているが、どれもが浅く、行動を止めるまでには至っていない。投石を続けていた男が、バランスを崩し、手にした石ごと落下していく。
「おびゅうっ!?」
男は地面に身体を強打すると、叩き落とされたハエのように激しくもがいた。腰骨を折ったようで、立ち上がることができない。格好のエサである。内蔵を強くやられたようで、口元からかなりの量の血液を吐いている。助けを求める声は、悲壮だが弱々しい。
ゴーレムはゆっくりとした動きで、すでに虫の息の男の腹に片足をかけて一気に体重を乗せた。断末魔が響いたかと思うと、石の巨人の大きな足の裏からドロッとした内臓と共に、茶褐色の体液がにじみだした。糞便、胃の内容物が混ざったそれは、ようやく差してきた日差しによって浮き上がり、湯気を立てて、烟っている。
「うっわ、メチャグロぉ」
「やだな、あそこ通るの」
レイシーはヒルダと顔を合わせながら眉をひそめ合った。
「誰ですか、あれを作ったのは。ああ、メリーでしたか。チッ」
「ひどいよおおっ、みんなっ」
ネリーが忌々しそうに舌打ちをすると、石像は巨大な手でゴンゴンと扉を叩き出した。
山賊たちはゴーレムの攻撃になすすべなく懸命に矢を射かけている。苛烈な攻撃は、次第に木製の門扉を変形させ、激しくたわませていった。
「あ、あれ見てくださいよ!」
メリアンデールが喜色満面に城門を指差す。確かに、そこには不動かと思われた扉が大きく両手を開いて出迎えるかのように、その内蔵を晒していた。
「やった! やっちゃいました! ルールーを待つこともなく、あの子たちが頑張っちゃいました!!」
「やったあ」
「すっごおい」
メリアンデールは、ぴょんぴょんとうさぎのように飛び跳ねると、えへんとばかりに鼻先をこすり上げるジェスチュアをする。ヒルダは「やりおるな、お主」と謎の古老ばりの寸劇を始めて不敵に微笑んでいる。レイシーも味方の戦果に相好を崩したそのときだった。
「――さすが、ルールーですね」
「え?」
「んなっ」
「ああっ、ホントだ!」
ポルディナが労をねぎらうように、つぶやく。扉の影には、木製のカンヌキを抱えて身を縮こませているルールーの姿があった。
どうやら、城門突破の功は、内部にこっそり忍びこんでいたルールーに帰するのであった。ヒルダは気まずそうに口笛を吹くと、たたっと足音軽やかに逃げ出した。
(うわっ! こ、これはちょっと気まずいかも。それにしても、いつもながら、すっごい逃げ足の速さ。ちょっと、感動的かも。いいやいや。そんなこといってる場合じゃないかもですよ! あ、メリーの精神が暗黒面に)
気のせいだろうが、凍りついたメリアンデールの全身から黒雲が這い出して来る錯覚を感じ、レイシーは怯えた。
(ふぉ、フォローしないと。えと、えーとお。ああ、もうめんどくさいなぁ!)
「むうううっ」
「ね。そんなに怒らないでメリーも頑張ってたの、あたし知ってるから」
レイシーは素早くフォローに回ったが、ようやく役に立てたとうれしがっていたメリーのメンタルはあっという間に垂直落下していった。
メリアンデールは涙目になりながら、フグのように頬をぷくっと膨らませている。次第にうつむきながら、「わたしってなんなのっ」と小さく愚痴っていた。
そんなもの知るか。
「第一関門は突破した。あとは既定路線でいこう」
城門が開けば、あとは苛烈な白兵戦がついに火蓋を切った。ポルディナ、アルテミシア、ヴィクトワールがゴーレムを押し立てて砦に攻めこんでいく。前夜の薬が効いているのか、立ち向かってくる男たちの動きに精彩は見当たらないが、数だけは揃っている。縦横無尽に暴れまわっていたゴーレムの壁が崩れると、彼女たちはひとりでいちどに三人の敵と切り結ぶ羽目になった。
ポルディナの大薙刀が、アルテミシアの紅千鳥が、ヴィクトワールの十王剣が颶風のように荒れ狂った。屋内では、敵の骸があっという間に満ちていき、ともすればまだあたたかい流血が足場を不安定なものにした。
山賊たちは、櫛の歯を削るように、ひとり、またひとりと崩れ落ちていく。特にポルディナの大薙刀は、狭い室内で大車輪のように振り回されるため、ヴィクトワールたちは敵よりもむしろ彼女から距離を取るので精一杯になりつつあった。
ルッジたちは懸命に城壁塔から湧き出してくる敵を殲滅し続けるが、それはほとんどキリがないように思える数だった。
「次から次へとっ。ここはアリの巣か! 偽、炎爆破!!」
ルッジが魔術を詠唱すると、魔導書から打ち出された紙片が男たちに踊るようにして絡みつき、たちまち燃え上がらせた。
「みゃああっ。ルッジ先生、こんなトコロでいきなりぶっぱなさいでくださいよう! 火気厳禁!!」
「って、いってる間に、ドンドン来るぞ!」
「んぐえ!」
ルッジはヒルダの襟首を掴んで、その場に引き倒した。接近していた槍の穂先が深紺色の修道衣をかすめたのだ。
「えーい!」
レイシーは槍を振りかざした男の背後から手に持った壷を思い切り叩きつけた。男がバランスを崩して前のめりになる。その隙を見逃さず、ネリーの振るったレイピアが男の喉元を激しくえぐった。白く鋭い刃先が噛みこんだピンク色の肉を絡め取って輝く。レイシーは絶命寸前の男と目が合い、たまらず後ずさった。
「レイシー、ヒルダ。私から離れないで! ほら、メリーも! 来るの!!」
ネリーは、接近戦に適さない四人を背後にかばいながら実力以上の力を出し切っていた。
細く、怜悧な顔立ちが、休むことのない運動量のため青白く震えている。明らかなチアノーゼだ。彼女の剣術は護身術の域を出ていない。並の男が相手なら、ひとりやふたり対応できるが、三人となると、もういけない。
ヒルダは気力回復の魔術を唱え続けているが、基本はドーピングと同じで、元々持っている以上の力を引き出すことはできない。脳のリミッターを一時的に外しているが、一定時間が来れば疲労は波のように押し寄せてネリーをあっさりと呑み込んでしまうだろう。レイシーは、ルッジの顔にわずかな翳りを見つけ焦燥に駆られた。
「思ったよりも肉壁が厚い。とはいえ、狭い場所で戦うこの状況では圧倒的に向こうが不利なはずだ。焦るな、焦るなルッジ」
ルッジは自分にいい聞かせるようにいうとくちびるを噛む。切れた桜色の花弁から、糸のような血が一筋垂れた。ルッジは使う魔術を限定して防御に回すと、前衛三人のサポートに努める。アルテミシアは自慢の長物を上手く使えず、かなり苛立っている。屋内では、邪魔そのものである聖女の槍は、最後の施設である居館前の屋上で威力を発揮することを見越して、わざわざ用意されたのであった。
門衛が常駐する最初の家屋を完全に制圧すると、気持ち、濁流の量が減じていった。
同時刻、ルールーが掻き口説いたステップエルフの傭兵がいっせいに蜂起したのである。
砦の内蔵部分が混乱に陥ったのを見て、シズカのグリフォンが無防備な居館の壁をぶち破って突入したのは、まさに、これ以上はないというタイミングであった。空からの奇襲はさすがに、賊たちも想定していなかったのだろう。四分五裂した賊たちは足並みを完全に乱した格好となった。
だが、多い。いかんせん多い。
鬼神の働きで砦に前爪をかけた形になっているが、敵は実質三百。自軍は十二。その兵力差はほぼ三十倍である。ルールーの内応策によって、エルフたちが八十三も寝返ってくれたのは、ひとえにカレンの存在が大きかった。草原最強と謳われたバトルシークを破った伝説の戦姫。事実は、糊塗され、噂は歪んだ形で巷間に流布されたまま、無尽蔵に肥大していた。
カレンは勇敢にも、ポルディナたちと競うように前面に押し出ると、手にした家伝の弓、エルフィンボウで正確無比な射撃をそびえ立つ城壁や、隅に建てられた外殻塔の射手たちに加え続けた。カレンの細く長い指先が弦を鳴らすたびに、敵兵は殺虫剤を巻かれた羽虫のように、パラパラと城壁の回廊や小窓から落下していった。
長い銀髪をなびかせて、白い衣服を着たカレンは遠目にも一際映えた。彼女の姿を見た、元叛軍であるバトルシーク派のエルフたちも、いまや故郷恋しさや当て所のない未来に絶望することなく、いっそう燃え盛りながら奮い立つ。宴会場であった、居館や屋上では、娼婦や芸人たちが殺し合いの余波を受けて、血を流し、悲鳴を上げ、阿鼻叫喚の渦を作り出す。砦の混乱は猖獗を極め、輝く朝日の下に白刃の鳴る音が耳朶を聾した。
レイシーは、カレンの援護射撃を背にして城壁塔に伸びる階段を駆け上がるアルテミシアを見ながら、顔半分を汚した返り血を手の甲でぬぐった。
殺し合いは佳境に突入する。




