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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第4章「ハーレム完成」
125/302

Lv125「その前夜」





 

 待ち人来たらず。レイシーはタマラ村に張った野営のテント内で、ジリジリと胸を焦がしながら蔵人の帰りを待ちわび続けた。

 天幕の中では、皆、すでに露営の寒さに慣れたのか、白い息を吐きながら健康的な寝息を立てていた。

 入口の隙間に指を通してわずかに開く。突き刺す寒気で身が縮こまった。昨晩の最後の見張りは、ヴィクトワールとポルディナである。当初の相棒であるシズカとは口論が耐えなかったので、レイシーが進んで交代を申し出たのである。

(シズカってわりかし無口だけど、そんなに嫌われるような悪い子じゃないのになあ。ヴィクトワールはなにが気に入らないんだろ?)

 レイシーはシズカとふたつ違いであり、共通の趣味が編み物であることで、比較的気があった。彼女は、ロムレスでも有数の由緒ある大貴族の生まれであるが、手先も器用だし、家事も手馴れていた。時間を見つけて話を振るたびに、少しづつ彼女が心を開いてくれることが単純にうれしかった。レイシーはシズカのことを妹のように思い、接した。

(ヒルダはなんか違うのよねー。あの子、基本、お茶目すぎるし)

 思いは口に出さずとも伝わるものだ。シズカはいまだ表情が硬いが、レイシーに対しては、時折わずかに笑みを浮かべるようになってくれた。その彼女も無論自分も含めてだが、ここ四日の間、心は常に曇っていた。

 理由は、蔵人の失踪である。

 放浪癖のある男である。居なくなったのが早朝ということもあり、誰もが朝食の前には戻ると考えていたのだが、陽が中天に昇っても戻る気配がまるでなかった。特に、最後に言葉をかわしていたポルディナは、己を厳しく責め、ひとりで村の外へ探しに行くといってきかなかった。ここでも、女たちの意見は二分された。村に留まってこの場を墨守することを主張する組と、この村を置き捨てても蔵人の搜索に全力を費やすという組である。

 即座に村を捨てる決断ができなかった女たちの愛情は別段薄いというわけではない。早々にクエストを放棄すれば今後の活動にも差し障るし、なによりも蔵人がそのような弱いものを犠牲にする方法を嫌うということを慮ったからである。折衷案として、周囲の探索はかなり丹念に行われたが、間の悪いことに、村を偵察に来た山賊の物見と戦闘になったこともあり、探索は日が暮れた後、一時終了となった。

 それに、彼女たちの中では、蔵人という男に対する常勝無敗のイメージがあまりにも強すぎた。心配ではあるが、どこかに、山賊風情にそう簡単にやられるわけがない、という信頼である。

 けれども事実は、蔵人の嫁たちの予想を裏切る展開が待っていた。彼女たちが懸命に蔵人を探し回るさなかに、この事件の発端となった農夫のハンスが命からがら帰村しており、しかも村の見張りを含む数人が共謀して、その事実を糊塗していたのである。

 無論、ハンスが蔵人を見捨てて逃げたことを、化物のような凄腕の女たちに知られることを恐れていたのである。だが、ハンスの良心は結局、事実を胸の内に納めておくことはできなかった。彼の心には誰にでもある、臆病さと誠実さが同居しており、天秤は良心の咎めに傾いたのであった。

 翌日、ハンスが蔵人に助けられて自分だけが逃げ出してきたことを訥々とすまなそうに語り始めたときは、レイシーの全身の血は怒りで凍った。情報を開示するのが遅すぎるのだ。ハンスがいうには蔵人はならず者によって囚われの身となったとのことであった。相手は、考えるまでもなく、現在にらみ合っている山賊が以外にない。この事実を知ったときは、隠していたことに対する烈火のような怒りはあっという間に冷め、襲い来る喪失感で意識が飛びそうになった。

 一同は、危うくハンスを害しかねない勢いで理性を失いけたが、意外なことに一番冷静だったのは、猪突猛進ぽいヴィクトワールであった。彼女はとにかく様子を見ようと、至極当然な意見を述べたが、これに噛みついたのが、シズカやポルディナ、アルテミシア、メリアンデールたちだった。中でも、ポルディナのうろたえようは、シズカの比ではなかった。ほぼ半狂乱である。理屈もなにもない。邪魔する者は斬り捨てるばかりの血相の変えようで、日頃はヴィクトワールと仲の悪いシズカまでが擁護に走った剣幕であった。その日のうちに、タマラ村のルッジ宛に一通の手紙が届いた。

「郵便ですニャ」

 緑のマントを羽織ったネコ科の獣人、ロムレス王国公式配達組合のケット・シーがいらつく口調で蔵人からと思われる通信を運んできたのだ。

「よ、読めん……」

 博学で知られるルッジですら見たことのない言語は、ネリーの経験でおおよそダークエルフの文字に近いことがわかったが、字体そのものが古すぎて生半可な知識では太刀打ちできなかった。ステップエルフであるカレンがなんとか解読にかかって、半日。読み取れた語彙は、「無事である」「三日後」「帰る」のみっつくらいであった。

 当然、意見は割れた。

 だが、最後の多数決で、公式郵便に手紙を渡せるくらいなので、蔵人の身には深刻な事態が起こっていないと最終判断が下されたのだ。

 レイシー自身、あいまいな手紙一通ですべての不安をぬぐい隠せるわけでもなかったが、山賊に拘束されていれば、ここまで自由な行動は取れないだろうと思いこむことにした。ハンスの言葉が本当だとしても、蔵人が案外あっさりとその場を逃げ出せた可能性も存在する。

 だが、ポルディナという娘に関しては、そのような合理的な判断が完全に下せる状況ではなくなっていた。急進派のシズカですら、山寨にひとり斬りこむのをグッと抑えているのに、ポルディナにとってはそのようなこと自体が論議する問題ではないらしかった。

 いま、ここに、蔵人という、マスターがいないことが問題なのである。

 レイシーがぼうっとそんなここ数日間のことを考えているうちにも、世界は徐々に水色の染まっていった。空気は、指先の感覚がなくなるほど冷たく、見上げる空は澄み切っていた。

「今日も、晴れ……」

 夜通し起き続けていたポルディナは、目を真っ赤に充血させながら、朝食の支度を始めている。三々五々起きだした女たちがそれを手伝い出す。これだけの頭数が揃えば、料理はあっという間に完成する。朝のあいさつをかわし、それぞれ祈りをすませたあとは、一同、たき火を囲んで朝食を採った。出来立ての料理は舌を焦がしそうなほど熱く美味だが、なんとなく全員が無言になった。

(クランドがここにいたら、きっと大騒ぎなんだろうな。熱い、うまい! って、いっつも大げさに褒めてくれるもんね)

 せっかくの料理もそれをよろこんでくれる相手がいなければ、作り手の気持ちが満たされることはない。隣のヒルダも周囲の空気を敏感に察知しているのか、「うむむ」とスプーンを咥えたままうなっている。食器を下げて、食後の茶を配ると、自然、これからの方針を決める話し合いとなった。

「とりあえず、今日で三日経過した。おそらくクランドはなんらかの事情で、ボクたちの元に帰れなくなった。だとすれば、彼の身柄は、賊たちに拘束されていると考えるのが妥当だと思う」

 ルッジがカップを両手で抱えたまま話の口火を切った。

「そこまで結論が出ているのなら、もはや一刻の猶予もないでしょう。一気に山寨を落とし、ご主人さまをお助けせねば……!!」

 ポルディナは目尻を決して、その場に仁王立ちになった。手にしたカップの耳が、ぱきゃと音を立てて割れ、本体は中身ごと地に転がった。紅色の飛沫が拡散し、たき火に当たって渋い音を鳴らす。

「そうですよ。わたしもポルディナに賛成です! みんなで協力してクランドを助けましょう!」

 メリアンデールが鼻息荒く一票を投じると、アルテミシアは当然だとばかりに、両腕を組んで、フンフンとうなずいている。それを見ていたカレンは銀色の髪を指で梳きながら、形のいいあごをくいと動かす。背後に立っていたルールーが静かな口調で告げた。

「本来ならば、その案に賛成なのですが、この三日の間で、山賊たちはかなりの増援を砦の中に雇い入れたようです。その数、およそ、三百強ほどかと」

「ええっ!」

「そんなぁ」

 一同が甲高い声を次々と上げた。事実なら、賊の総数はもはや四百に近い。一個大隊に近い賊を征伐するのは、冒険者の手には余る事案であった。

「間違いないわ。ずっとルールーに見張らせてたしね」

 カレンの美貌が憎々しげに歪んだ。

「それは本当なのか? だとすれば、もはや、ボクたちの手でどうこうする、というのはあまり現実的ではないな」

 ルッジの悲しげな口調に、表立って異論を差し挟む者はいなかった。朝焼けの中、一同に沈黙が降りる。小鳥の楽しげな囀りが、木々の梢を渡って響く。散々、軍の派遣を申請して、無視され続けた辺境の村だ。今更、領主の娘であるヴィクトワールの強固なツテを頼っても、軍旅が起こされるまでは、十日以上、もとい、各地の治安維持を考えれば、今月中に間に合うかどうかすらわからない。

 ここで村を見捨てて逃げれば、蔵人たちが山賊たちへと下手に手出しをした腹いせに、土地の百姓たちがどんなむごたらしい目に遭わされるか想像に難くない。庇護を失ったか弱い村人のこともある。

 引くことも、待つことも、できない。ならば、道はただひとつしかない。

「けど、放っておけないだろう。ボクたちの旦那さまを」

 ルッジが眼鏡の奥で冷たく瞳を輝かせた。

 そう、レイシーたちが取る道は、最初から決まっていた。

 蔵人を助けるために、全身全霊を投げ打って戦う。

 愛する家族を見捨てて生き延びるなど、はじめから、選択肢にはなかった。

 すぐさま、決戦、及び戦闘編制に取りかかった。戦闘でもっとも重要視されるのは、兵数でも、武器の質でも、個々の練度でもなく、情報である。

 孫子曰く、彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

 自軍の情報と、敵の客観的な情報をあまねく照らし合わせることによって、はじめてあらゆる方策を立てることができるのである。

 これは、斥候兵であるルールーが、今夜、賊たちが定期的に招き入れている娼婦の一群に紛れて入城することで決定した。四百近い敵兵を、こちらはたった十二人のか弱い乙女の手で討伐するのである。最初から、無謀な作戦なのは明白であった。ルールーが持ち帰って情報を吟味して作戦を立てる。決戦までに、まだまだ時間はかかりそうだ。レイシーは青白い顔で、陽光の差し始めた、敵のいる山影を冷たく睨みつけた。






 山賊たちのこもる砦の中程にある居館の一室で、“斑猫《はんみょう》”のガスパールは奪った人妻を激しく弄んでいた。ふっふっと荒い息が獣のように闇を割いて断続的に響く。時折、押し殺した若い女の声が、漏れ聞こえた。

 ガスパールはタマラ村から攫ったジュリという女をことのほか責め立てていた。昼となく夜となく、暇さえあれば己の寝所に連れ込み、ジュリが気を失うまで徹底的に抱いた。

 波打ってシワだらけのシーツが男の荒淫さを物語っている。

 時刻はすでに夕暮れどき。閉じられた鎧戸の隙間から、赤茶けた陽がうっすら差し込んでいる。昼間から締め切って房事を行っていたのだろう、枕元には、すでに油の残りも少なくなったランプが淡く、ひとつになった肉塊を照らしていた。

「くううっ。なかなかよかった。よかったぞ、ジュリ」

「ああっ。ありがとう、ござい、ますぅ」

 ガスパールは仁王立ちになりながら、美貌の人妻を見下ろしつつ、うっとりと目を細めた。ふと、戸口を見ると、影のようにひっそりと立つ参謀のリボルを見つけた。ガスパールは構わずジュリに後始末をさせながら、照れたように笑った。

「なんだ、リボルよ。そのようにジッと見られるといささか面はゆいわ」

「お楽しみ中、邪魔をして申し訳ない。が、そろそろ宴席が整いましたぞ。今日は、明日のいくさを控えて隊の結束を図るも、一軍の将としての責務かと」

「おお。俺としたことが、ついついジュリのよさにかまけてしおったわ。おおっ、これこれ、もうよい離せ」

 ガスパールはジュリを引き離すと、己の身支度を手伝わせ、リボルと共に、集めた傭兵たちが待つ大広間に向かった。ガスパールたちが根城にしている山寨は、かつてアンドリュー領の土豪が使っていた古びたものを、勝手に奪い取って改装したものである。

 本来は、土地の土豪が詰めの砦として緊急用に使っていたものを、ガスパールが多額の金を費やして補強し、またあからさまに領主から脅威と思われぬよう偽装を施してあった。一見しただけではそれとわからぬ迷彩は、短い月日で完成させたとは思われぬほど秀逸で、リボルの築城技術の高さを窺わせた。

 四百を超えるガスパールの手勢のうち、居館に入りきらぬ者たちは、露天の広場に散らばって宴を行っていた。顔を見渡せば、誰もがひと癖もふた癖もある食い詰め者ばかりだが、その分、凶暴さは折り紙つきだった。一部の見張りを残しては、滅多にありつけぬ酒を浴びるように飲み、食物は入るだけ腹に詰め込んでいる。常時では許されないことであるが、砦の中には、招き入れた娼婦の一団がいまが稼ぎどきとばかりに、あちこちで嬌声を上げていた。ガスパールがかき集めた傭兵には、亜人の姿も多く、いきおいそれを相手する娼婦たちも、あらゆる雑多な人種が紛れこんでいた。

 随分と乱れている。予想以上の、ゆるみ具合だった。

 ルールーは黒のウイッグと色の濃いショールで巧みに変装しながら、乱痴気騒ぎにかまけて見張りのおろそかになった隙を突き、砦の情報を収集していった。酒が進めば、ただでさえ礼儀作法に程遠い男たちはたちまち野の獣にかえっていく。男たちは、そばにいる娼婦に挑みかかると、周りの目も気にせずに酒を口移しで飲ませ合い、そのまま交合へとなだれこんでいった。何組もの男女が、並んで肉欲を露わにするさまは、滑稽を通り越して、むしろ爽快だった。

「ちょっと、待った」

「え」

 男たちの欲望を巧みに捌いていたルールーがひとりのエルフに呼び止められたのはそんな中の一コマであった。

(げ……! こいつ、もしかして、リュートじゃないっ!? マズっ!)

 ルールーの腕を掴んだまま、ショールを覗き込むうらぶれた感じの男は、かつて同じパオでよく遊んだ幼なじみのリュートというステップエルフであった。

 リュートは、先日の大合戦ではバトルシークの旗下に属し、敗戦後は姿を消したという事実を小耳に挟んでいた。挟んでいたが、別段、ルールーがリュートといい仲だったということもないし、なにしろ彼女の気持ちは尊崇する蔵人に仕えるべく身の回りの始末をするのが精一杯であり、かような事実もいま顔を合わせなければ思い出すこともなかっただろう。叛徒として戦ったリュートは、復権したカンの領地には帰れず、さりとて剣と弓以外には能がない。彼が生きていくには、傭兵のほかに道はなかったのであろう。

 リュートは、エルフ特有の長耳を小刻みに動かしながら、ヒクヒクと鷲鼻を蠢かせ、思案顔をした。小鼻に寄ったシワが不機嫌な猟犬を想起させる滑稽さだ。

(これさえなければ、結構いい男なのにねぇ)

 無意識に行う癖というものは幾つになっても直らないものである。

 ルールーがなんとなく、幼い頃をしみじみと思い出していると、リュートが馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。ちゃっかりと伸ばした指先で鎖骨の辺りをさすっている。ルールーはかなりムカっときたが、努めて冷静さを保った。

「なあ、あんた。俺と、どっかで会ったことがねぇか。うーん」

「ちょ、ちょっと、来てくださるかしら、旦那」

「おおっ? ちょ、ちょっ、待てってば」

 ここで下手にリュートが馬鹿騒ぎをすれば、悪目立ちしてしまうことは確定だった。ただでさえほとんどの娼婦は相方を見つけて本番やペッティングに移行しているのだ。なにもせずに孤立したまま立ち話を続けるのは、これ以降の諜報活動を思えばよろしくはない。

「おおいっ。おいおい、強引なお姉ちゃんだなァ。にしても、こんな美人に誘われるのも悪い気はしねえなぁ。おいおい、心配しなくても、おめぇを買う銭くらいはちゃあんと持ってるんだぜ」

 ルールーはリュートを無理やり塀の裏に引っ張り込むと、ほう、とため息をついた。案の定勘違いしたリュートは酔いも手伝ってか、無理やり抱きつこうとのしかかって来た。

「ひょい」

「んんがっ!?」

 ルールーが軽やかにかわすと、リュートは鼻の頭から塀に突っ込んで、したたかに顔を打った。鼻腔からパッと真っ赤な血が弾けて流れ、勢いよく床板を濡らす。立ち上がったリュート。目が怒りで血走っていた。

「おいおい、姉ちゃん。いくらなんでも、冗談がすぎるぜェ。こりゃあ、今夜は腰が抜けるまでサービスしてもらわにゃ、この俺も黙っちゃいられねぇぜ」

「あら、激しいのはお嫌いかしら」

「……俺が好きなのは従順な女なんでね。さあ、おとなしくそこの塀に両手を突いてケツを向けるんだな。黙っていうこと聞かねーと、好みじゃあないが、男の腕っ節の強さってやつに恐れおののくハメになるぜ」

「ねえ、あなた。そのセリフ、三年前も同じような状況でレディにおっしゃらなかったかしら」

「はぁ!? ま、待てよ。おめえ、俺がワンパターン野郎だっていいたいのかよ! そういえば、確か三年前も同じセリフを誰かにいったような記憶が。……んんん? なんでだっ? 思い出せんっ! あ、あれ。なんで膝がガクガクと震えて」

「それはね、リュート。あなたがそのセリフを口にしたと同時に、相手のかよわい乙女が怒りのあまり、あなたの肋骨を砕いて、右腕をへし折り、半死半生の目に合わせたからじゃないかしら」

「な、なんで名乗ってもねえ俺の名前をッ!?」

「おひさしぶりね」

「ほげえええっ!?」

 ルールーが向き直って顔のショールを剥ぎ取った。

 リュートは目玉を白黒させながら悶絶した。

 一瞬の間で、過去のトラウマが彼の脳裏を激しく苛んだのか、リュートの顔色が真新しいコピー用紙のように真っ白に変わった。

「な、ななな、なんで、ルールー! お前がこんなところに。ハッ!? ま、まさか俺のことを追って、娼婦に身をやつし、追ってきたっていうことは!!」

「その可能性は微塵もないわね。相変わらず、自分に都合のいいことばっかり妄想して」

「んじゃあ、生活に困って。……んにゃ、お前は、カンに仕えていたから、俺のように落ちぶれる可能性は皆無だし。まさか、男に騙されて娼婦に叩き売られたとかッ!! クッソー! て、てことはだ! 俺の狙っていた、ルールーの大事な所は、もはや蹂躙され尽くしたあとってことなのかよっ。畜生め!!」

「リュート、いいかげんに……」

「じゃ、じゃあ。あれか! 処女なのに、後ろの穴だけ徹底的に開発及び調教されて、最後の乙女の部分だけは清いまま残され、世にも珍しげな処女メス豚快楽恥肉奴隷になっちまったってことなのかよーっ!!」

「少しは落ち着きなさい」

「これがどう落ち着いていられるかっ。くっそう。けど、待てよ? ここで会ったのも、メス豚恥肉穴奴隷になったルールーをたっぷり味わえという神のお導きじゃないか。よし、ルールー。そこの塀に両手を突いて、そのプリケツをこっちに向けるんだ! 今日だけは、俺がお前のご主人さまなんだからなっ!!」

「どうして、そこに戻るのよ……」

 ルールーはリュートが泣いて許しを乞うまで徹底的にいたぶった。具体的には、目立つ顔を避けて徹底的に腹を蹴りまくった。数分後、ルールーを拝みながら許しを乞う情けない男の姿がそこにはあった。

「ゆ、ゆるひてくだひゃい」

「よろしい」

 ルールーは、リュートを慈母のような微笑みで許すと、今度は言葉巧みに抱き込みにかかった。無論、明日の決戦に備えての寝返りを促す作戦である。

 ルールーが見たところ、ガスパールがかき集めた内の八十近くは、旧バトルシーク派の将兵であり、同族のステップエルフであった。今夜の宴は明日の決戦に備え互いに親睦を深めるという意味合いも兼ねていたとのことだが、差別は如実にあった。

 現に、人間の傭兵は屋根や遮蔽物のある居館内であるが、それ以外のエルフを含む亜人たちは暗黙の了解で露天に場を指定されていた。酒の銘柄や肴の質も明確に差が出ている。同士だなんだと謳っているが、ガスパールは軍の中にも明確に人種差を設けていた。いくら報酬を弾むからといって、このような態度は心ある者には伝わるものである。

 不快感は、一軍の和を乱し、その小さな不協和音はやがて巨大な木霊となって城を揺るがすものであった。ルールーがリュートにクライアッド・カンの元へと戻れる旨をチラつかせると、一も二もなく飛びついてきた。

 やはり、草原の民は草原でしか生きられない。

 リュートの疲れきった姿は、群れをはじき出された狐狼の悲しさがにじみ出ていた。

「姫さまのお墨つきなら間違いねえよ。ルールー、お前の愛に応えるためにも、ひとりでも多くの仲間を引きこんでみせる!!」

「頑張って。でも、愛とかはないから」

「え、絶対?」

「そこは、頑張り次第、かも」

「よっしゃ、よっしゃ、よっしゃあああっ!!」

「だから大声出すな、バカ!」

 ルールーはひとかけらの希望を残すことで、リュートの奮起を促した。

 結局のところ、惚れたほうが負けなのである。そしてのぼせ上がった男は、鼻面を引き回されてクタクタに働かせられるのはいつの時代も変わらない普遍の真理であった。

 世が更けるにつれて、宴はたけなわとなり、誰がどこに行こうとも気にするものはいなくなった。ルールーは完全に無防備になった砦を丹念に調べ尽くすと、そっと砦を抜け出し、タマラ村に向かって急いだ。

(リュートのやつ、思ったよりも、仕事が早いわ)

 ルールーが砦を抜け出す直前には、リュートの反攻作戦に同心するステップエルフの数は四十を超えていた。この分ならば、明日の砦攻め前には、少なくとも六十から七十は固いだろう。合わせて、砦の酒瓶には二日酔いを促進させる特殊な薬を仕こんでおいた。明日の夜明けまで飲み続ければ、その効果は一日以上持続するだろう。数の不利を覆すためには、できる限りのことを行っておかなければならない。

「せいぜい楽しい夢を見ておくのね。戦いはもう、始まっているのよ」

 ルールーは月明かりすらろくに射さぬ山道を驚異的な速さで駆け下りていく。このペースならば、日付が変わる前には余裕で帰還できるだろう。集めた情報を咀嚼し、村から移動する工程を考えても、明日早朝の総攻撃には充分すぎるくらいだ。走りながら、主のことを考える。さすがにガスパールは用心深く、居館の奥には潜りこめなかった。聞き出した情報によれば、捕らえた女や反抗的な男は一箇所に集めて決まった日に奴隷商人に叩き売っているとのことだった。

「クランドさま、必ずお助け申します」

 捕らえた男の中には、特に反抗的な者がいたらしい。

 聞き出した容姿から推察するに、間違いなく、その男は己の主に間違いなかった。

 ルールーは稜線の砦が見渡せる突端で足を止め、一度だけ後ろを振り返ると顔にかかったショールをもぎ取って空を疾駆する黒雲に目をやった。冷たい夜風が鋭く吹き付け、こわばった横顔を激しくなぶった。






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