Lv116「山賊退治」
蔵人はすぐにルールーを用いて敵全容を探った。
「敵の数は全部で二十三。内訳は、騎馬七、歩兵十六。いずれも飛び道具は持たず、剣・槍のみで武装。現在東口の逆茂木の前でしきりに騒いでおります」
逆茂木とは先端を尖らせた木材を結び合わせた冊である。夜目には屈強な防備に見えるが、その実有り合わせで作った簡易的なもので日の目には晒したくないレベルだった。
どうやら、山賊たちは盛んに蛮声を上げれば村人たちが自主的にバリケードを撤去すると舐めてかかっているようだ。
蔵人は野卑な笑みを浮かべると手にした酒盃をレイシーに渡し、立ち上がって長剣を腰にぶち込んだ。
「無理やり突っ込んでくる気配は?」
「ありません。しかし、時間が経てば焦れて動き出すでしょう」
「よし、先手をかけよう」
蔵人はシズカ、ヴィクトワール、アルテミシアを引き連れて東口に向かって駆け出した。
夜目が利くルールーは先行し、すでに姿は見えない。
一同の後ろを、ルッジが小走りについてくる。
万が一に搦手の南口に備えて残りの人員は残した。
敵は武器の扱えない百姓だけと最初から呑んでかかっている。手加減はいらないだろう。
蔵人は入口の逆茂木に取りつくと、見張りを頼んでいた村人の男たちをすぐに下がらさせた。怯え切った男たちは、顔を恐怖に引きつらせて、もつれそうな足取りで駆け去っていく。逆茂木の向こうには、馬のいななきや荒々しい男たちの憤怒の叫びが木霊している。容易に踏みこめない防備を前にしているとはいえ、以前の暴虐を肌身で知っている村人にしては耐えたほうだろう。影にかがんでいたルールーの瞳が光る。特徴的な長耳が闇夜に蠢くのが見えた。
「おらあっ、土百姓どもがああっ!! さっさとこの柵をあけやがれぇっ!!」
「うらあっ、うらあっ!! 舐めた真似してんじゃねえぞうっ!! いまなら特別に半殺しで許してやるからなぁ!!」
「わざわざ俺さまたちが、たいして旨くもねえメシを取りに来てやってんだあッ!! 感謝がねえぞっ、感謝があっ!!」
「女出せェ、女ァ!! 前に連れったやつじゃ足りやしねえぞ!!」
山賊たちは口々いいたい放題に無道な論理を振りかざし悪態をついている。槍を手にしたアルテミシアの相貌が義憤の炎で真っ赤に燃え上がっていた。
ヴィクトワールは整った眉を激しく痙攣させ、いまにも逆茂木を破壊しそうな勢いである。張り切った弓の弦がちぎれる前に指を離さなければならない。矢尻がこちらを向かないうちに。
「さて、一丁やりますか」
蔵人は蝙蝠の羽根のような黒外套を翻し、柵の上へと音もなく降り立った。眼下には突如として現れた蔵人の存在に度肝を抜かれたのか、ポカンとした顔つきの男たちが目に映った。こうして戸惑った顔を見れば、髭面の中の真ん丸な目も案外とかわいらしい気もした。
だが、そう考えたのもつかの間だった。山賊たちは、蔵人の存在を脳内でようやく咀嚼すると、実に貧相なボキャブラリーで面罵してきた。
要約すると、「目の前の柵をどけろ。それと、とっととくたばれ」という意味である。
蔵人が目を細めて無言でいると、隣りにルッジがつたない動きで登ってきた。
彼女は、薄茶のジャケットに美しい脚がよくわかるキュロットを履いている。洗練された美貌を前にして、賊たちは目を血走らせて前のめりになった。口々に飛びかう言葉はわかりやすい卑語へと一様に変貌した。
ルッジは苦り切った様子で、星の魔道書を開くと眉間にシワを寄せた。
「あいにくだが、ボクは歴とした人妻でね。君たちの自慢のものは安い娼婦に取っておいてくれたまえ。もちろん、その命があれば。の話だが。――偽造魔術。火炎弾!!」
ルッジの手にした魔道書は風にあおられたように激しくバタつくと、中ほどでピタリと止まり、紙片を宙へと舞い上げた。
五つの紙片はそれぞれ山賊たちに向かって落下すると、赤々と燃え盛る火球と化した。
撃ち出された炎の塊は吸い寄せられるように集団の中へ打ちこまれ、馬上の三人はたちまち火だるまになって転がり落ちた。
「さあ、今日のディナーはどんな焼き具合がお好みかな?」
馬のたてがみに燃え移った火はますます燃え広がって狂奔を誘発する。呆然と突っ立っていた男。顔面を蹴り割られ、赤黒い脳漿が飛び散った。肉のブスブスと焦げる臭いが鼻を横殴りにする。男たちは手にした酒瓶を取り落とすと、次々に刃を抜くがあきらかに腰が引けていた。
「火炎短槍!!」
続けざま、ルッジの繰り出す火属性の偽造魔術が打ち出される。虚空に出現した火槍は闇をしゅるしゅると滑って敵影に降りそそぐ。打ち出された炎の槍に四肢を打ち抜かれ、幾人かの男が悲鳴を上げた。
連続して繰り出される魔術攻撃に、山賊たちは度を失って狼狽する。
それを見計らい、柵を乗り越えたシズカ、ヴィクトワール、アルテミシアの三人が剣を引き抜いて踊りかかった。
みっつの影は滑るように空を渡ると、山賊の群れの中を駆け抜けていた。
シズカの曲刀とヴィクトワールの十王剣、アルテミシアの名剣“紅千鳥”が夜気を裂いて激しく動いた。
「ちょっ! おまえらっ! 早す――!?」
蔵人が一拍遅れて地上に降り立ったときには、シズカが三人、ヴィクトワールが四人、アルテミシアがふたりの山賊を打ち倒していた。
特にヴィクトワールの働きは際立っていた。彼女は白いエプロンをひらひらさせながら、踊るように左右の男の脇を駆け抜けた。身の厚い蛮刀を手にしたふたりは脇腹から血飛沫を飛び散らせると糸の切れた人形のように倒れ伏す。どうっと土に臥す音が響いた。
「ぬおっと!?」
踊るような華麗な剣舞に目を奪われていると横合いから男が突っかかってきた。
蔵人は咄嗟に半身をかわして剣を抜き向き直る。反撃しようと手首に力を込めた。
間髪容れず、シズカが男の首を跳ね飛ばす姿が目に映った。
「クランド、だいじょうぶ!? ――おのれ、貴様らゲスがあああっ!!」
シズカは蔵人に駆け寄ると泣きそうな目で見上げ、無事がわかると悪鬼のような形相で山賊たちに駆け入った。
シズカの曲刀が流星のように閃いた。正面の男。革の手甲に一筋の赤い線が走った。朱線はみるみるうちに深みを増すと、やがて大きな切断面に変わった。
シズカの素早い一撃が溶けたチーズを切るようにたやすく男の腕を断ったのだった。手首を切り落とされた男が絶叫しながら仰向けに倒れる。その喉笛を狙ってルールーが投げた短刀が地面ごと男を縫いつけた。げっ、と喉元から空気と共に断末魔がもれる。シズカは男の横顔を踏みつけると、残りの敵影に踊りかかった。
「クランドさま、お怪我は?」
ルールーはショートソードを手にクランドの胸元へと顔を擦りつけるように近づけた。
汗と入り混じって甘いような香の匂いが漂った。
「ああ、俺は平気だ。気をつけろよ」
「お任せ下さい。残らず仕留めてご覧に入れます」
「いや、ひとりは残しておけ。敵の情報を聞き出したい」
「承知!!」
蔵人が目を離した隙に、さらに四人の新たな骸が地に転がっていた。主を失った馬がいななきながら死体を蹴飛ばしている。辺りには中ほどで切れ落ちた槍の穂先やら欠け落ちた剣が散乱している。もはや戦場を支配しているのは、五人の女たちだった。
「マジかよ」
「たあああっ!!」
蔵人が呆然としていると、アルテミシアが裂帛の気合をこめて長剣を振り下ろしたのが見えた。真っ直ぐに落とされた銀線は、賊のひとりを真正面から両断すると赤黒い血潮を辺りへ雨のように降らせた。大地に転がっているたいまつの燃えさしに雫が降りかかり、ジュッと鈍い音を立てた。
「氷の矢!!」
背を向けて逃げようとしていた男の背に、ルッジの打ち出した氷柱が肉を打つ音を立てて突き刺さっていく。凍りついた矢は、頑丈な革鎧を紙切れを引き裂くように貫通させて風穴を開けた。肉片を地面に散らせて土煙が舞う。ルッジの横顔。真っ赤な舌が唇を湿している。ゾッとするような妖艶さを感じた。最後のひとりが、制御を失った馬に飛び乗るのが見えた。
「逃がすな!! いや、待て。殺さずに捕らえるんだ」
「任せてくれ。偽造魔術。泥沼!!」
蔵人が慌てて叫ぶと、ルッジがごにょごにょと呪文を詠唱した。彼女の魔道書から、光を帯びた紙片が地面スレスレを素早く飛行し、騎馬の行く手に円を描いて留まった。魔力を帯びた紙片は大地にピタリと貼り付くと、たちまち辺りを粘性の強い泥沼に変化させた。山賊の男は馬ごとズブズブと即席の泥土に沈んでいく。蔵人たちはゆっくりと男に近寄りながらルッジの手腕に舌を巻いた。
「おまえの魔術、すげー汎用性高いな」
「ま、このくらいは任せておいてくれたまえ。難点をいうと、それほど連続して術が多用できないということだろうね」
蔵人がルッジを誉めそやすと、彼女は満更でもなさそうに高い鼻梁をさらにツンと上向きにした。そばではシズカが悔しそうにくちびるを噛んでへの字になっていた。不意に外套の袖を引かれる。目線を移すと、黒髪の剣士は両腕を組んでつまらなそうに膨れていた。
「なんだ?」
「五人。五人仕留めた」
「あ、ああ。でかしたぞ、さすがシズカだ」
シズカは黒々とした瞳を潤ませながら見上げてくる。ほめて、ほめてと小さい子が哀願するようだ。蔵人は困惑しながらも、シズカの頭をぐりぐりと撫でてやった。彼女は目を細めて気持ちよさそうに、ふるっと身体を震わせた。ひだまりの中の子猫のように安らいでいる。しあわせそうな笑顔だった。
「私は、四人だ」
「ボクも四人だ」
悔しそうにアルテミシアとルッジが歯噛みしている。ふたりしか倒せなかったルールーはしょんぼりしていた。彼女たちを横目に見て、心なしかシズカの胸がどうだ、とばかりにそり返る。
「く、くふふふ。五人? たったの?」
気づけば口元に手を当てたヴィクトワールが背後に忍び寄っていた。シズカがあからさまにいやそうな顔をしている。
「お、おおう。ヴィクちゃんか、驚かせんなよ」
「ははっ! はははっ!! シズカよ、あれだけ大言壮語してたった五人とは聞いて呆れるなっ。私は、なんとっ、大殊勲の七人だっ!!」
ヴィクトワールは太陽のように満面の笑みを浮かべると、血塗れた十王剣を高々と掲げて勲功を誇ってみせた。この場にハナいれば、
「お嬢さま、いつもよりもはるかに輝いています」
と冷たい目で述べただろう光景だった。
プリプリしたロケットおっぱいがどーんと真ん前に突き出されている。シズカは形容できないほどの渋面を作り、親の敵を見るような目で金色のメイド騎士を睨みつけた。
「おや、どうしたのだ? まさか、この現実を直視できないのか? ふふん、まあ無理もない。これに懲りたら、今後は私に対して敬意を払ってだな――」
「えい」
ぼぐっと硬い音が響く。同時に絶叫。
「んだあああっ!! なにをするっ!?」
「すまん、足がすべった」
シズカはヴィクトワールの無防備な脛を蹴った。無論わざとだ。
「嘘つけぇええっ!! なあ、アルテミシア? 見ただろう! いま、こいつわざとやったよな!? というか、えい、とか確実にいってたよな」
「ちょっと落ち着くのだ。いまはそれよりもだな、敵の確保を優先して」
アルテミシアがタレ目をさらにゆるませて、おろおろとなだめにかかる。ヴィクトワールは肩を振り回してアルテミシアを振り払う。やさしい長身の美女は困ったように眉を下げて悲しみを露わにした。
「まったく状況をわきまえんやつだな。少々腕が立っても、プラマイゼロというものだ」
すかさずシズカがアルテミシアの言葉に乗っかった。
だが、絶好調のヴィクトワールは勝ちの姿勢を崩さなかった。
「ふ、ふふん。だが、いまの私には応えんぞシズカ。所詮は、負け犬の遠吠えというものだ!! なあ、なあ、クランド。おまえもこの厳然たる事実は明白だと思うだろ?」
ヴィクトワールは蔵人の両肩をつかんで激しくゆさぶる。首根がガタガタと上下に動く。
「な、そんな私強いよ? アッピールしなくてもだな。だいじょうぶだよー。つか、おまえも、アタマ撫で撫でされたいんか」
「だ、誰が!! 私の髪に触れるなっ、頼んでいないぞ、そんなこと!!」
「おい、調子に乗るなよへっぽこメイドもどき。クランドになんて口の利き方だ」
「ふん。五人風情が、七人の私に逆らうのか?」
「おまえを斬って六人目にしてやろうか」
シズカが曲刀を水平に、ヴィクトワールが長剣を正眼に構えた。
「望むところだ。もっともそれでも、ひとり足りないがな」
「足りないのはおまえの脳だ」
「ふん、ペチャパイ」
「私はぺチャじゃない。乳牛」
「戸板」
「お化け乳」
「水平線」
「ふたこぶラクダ」
「後ろを向いて話すのはやめてくれないか?」
「すまん、正面の女を直視できなくて。あまりの醜さにな」
「誰のことだ?」
「毎朝、おまえが鏡の前で会うやつだ」
「んにゃああっ!! ゆ。許さないっ!! 私はかわいいって父さまがいってたもんっ」
「面と向かって娘に真実を伝えられないだろう。やさしい父上でよかったな」
「あー。やっぱ殺しちゃおう。うん、それがいいな」
「なんだ、実は私たち気が合うじゃないか。死ぬのはおまえだが」
聞き難い悪罵の応酬だった。本当、このふたりは仲が悪かった。
「あー、うん。君たち、どうでもいいがアレをそろそろ引き上げないとやばいんじゃないのか?」
ルッジが指差す泥沼にはすでに人馬もろとも姿なく、その後山賊を引き上げるのに小一時間かかった。正味、賊を倒すのよりも救出作業の方が手間取ったのであった。
蔵人は沼から引き上げた山賊の尋問にすぐさま取りかかった。粘性の高い泥沼に頭まで浸かった男は、生臭い泥に塗れたまま手頃な納屋に叩きこまれた。周囲には山賊のひとりが捕らえられたと聞いて、殺気立った村人たちが農機具を手に結集している。
わけても、家族を奪われた男たちの眼は激しい殺気で燃え盛っていた。周囲には、武装した村長の小作人たちが村人を牽制しているが、彼らでさえ、いつ刃を返して納屋の中に殺到してもおかしくない気配を放っている。速やかに男から有用な情報を引き出さなければならない。焦れ切った彼らの牙が、いますぐ蔵人たちに突き立てられても不思議ではない状況だった。
「まったく強情な野郎だな」
蔵人は幾度か虜にした男の頬を力いっぱい叩いたが、効果はまるでなかった。単純な暴力には慣れきっているのだ。口の中を切ったのか、細い血の糸を垂らしているが一片の怯えすら見せない。男は、後ろ手に縛られたまま頑なに口を閉ざし、沈黙を守った。納屋の中には、蔵人とルールーと賊の男だけである。氷のような視線を注いでいたルールーが、不意に告げた。
「私めにお任せ下さいませクランドさま。こういうことには慣れておりますので」
彼女は渋る蔵人を納屋から追い出すと背中で扉を閉めてため息をついた。
(手ぬるい。手ぬるすぎる。あのような児戯で腹を据えきった男が弱音を吐くはずもない)
彼女の主は善良なのだ。向かい来る敵を斬り伏せられても、抵抗できない相手を前にすればよほどの個人的憎悪がない限り責め抜くことはできないだろう。
そのやさしさは、好ましい。
だが、やさしさはときとして、弱さに繋がるものだ。
「へへ、なんでぇ姉ちゃん。そんなにオレと乳繰り合いたかったのかよう」
賊が減らず口を叩く。男は戒められてもなお、余裕を崩さなかった。ルールーが一歩前に踏み出す。彼女の顔からは一切の表情が消えていた。
目の前の男は、三十半ばの屈強そうな顔つきをしている。生乾きの泥をこびりつかせた顔を不敵に歪めている。尋問者が、若い女エルフのみだと理解すると、あからさまに侮蔑するような態度で顔をそむけた。こんな娘になにができる。舐めきった表情だった。
ルールーは、納屋の中で燻っているたき火の中に、薪ざっぽうを加えて火勢を強めた。
開け放たれた小窓から夜気のにじんだ冷たい風がひょうひょうと吹き込んでくる。
闇が深い。
おおよそ日付は変わっただろうか、気温はグンとさらに落ちた。寒いはずなのに、頭の中が火照っている。軽い興奮を覚えながら努めて口調を抑えて告げた。
「さあ、ニンゲンよ。とっとと、賊どもの総数、及び砦の見取り図を残らず教えるのだ」
ルールーの声が低く響くが、やはり年若い娘のものである。荒事に慣れた無頼漢の怯えを引き出すには貫禄がなさ過ぎた。男はふてぶてしくあぐらをかいたまま、ひひっ、とくぐもった声で笑った。
「エルフの姉ちゃん。おまえが、オレの自慢のモノをかわいがってくれたら、すぐにもゲロっちまうんだがなあ。びゅびゅっとよう。なあ、今日はまだ抜いてねェんだわ。濃いのが出るぜぇ? それにしても、ずいぶんと別嬪だなぁ。おまえみたいな美しいエルフを見りゃ、誰でもここが硬くなっちまうぜ。えひひ。なあ、まずは大人のつきあいで仲良くするってのはどうだい? 話はそれから。ひひひ。たまんねぇ。たまんねえよう。そこんところ、ひとつ考えてくれねえか?」
ルールーは無言のまま男の顔を激しく蹴りつけた。ソールの硬いブーツである。片方で確実に二キロはあるだろう。重い一撃を喰らって男はわらたばに顔を突っこんだ。
「ゲスがッ」
吐き捨てて、眉間に眉根を寄せた。男は横倒しになったまま、ひひひと下卑た声を漏らし、それから思うさま淫猥な言葉でルールーを罵った。彼の悪罵は、語彙に乏しいがそれだけに直接的だった。ルールーの表情。ますます凍りつき能面を思わせた。
「薄汚いニンゲンよ。もう一度だけ聞くぞ。賊の総数と砦の備えを吐け」
「エルフの姉ちゃんん。そんなにイジメないでくれよう。オレの上にまたがって腰を触れえば、そんな細かいことはどうでもよくなるっての! さっきの兄ちゃんより、百倍スゲエと思うんだがなぁ」
男は仰向けになると、隆起した股間を見せつけながら卑猥に腰を前後させた。
ルールーは無言で納屋の小窓を閉めると、男のそばにかがみ、短刀を素早く動かした。
炎に照らされながら刃が青白く輝く。
次の瞬間、男の左耳は根元から削ぎ落とされ、ドロリとした赤黒い血を噴き出させた。
「へ。あ、あ!? あああっ!? お、オレのッ! オレの耳があああッ!!」
男はばたつきながらはじめて鋭い悲鳴を発した。こぼれていく真っ赤な血がこめかみを伝うと顔の反面を濡らしていく。ルールーは顔の反面を歪めると苦々しくいった。
「黙れ、薄汚い害虫が」
ルールーはたき火から真っ赤に焼けた薪ざっぽうを引き抜き、男の右頬へと突きつけた。
肉の焦げる音と共に嫌な臭いを発した煙がブスブスと立ち昇る。男は涙を流しながら、四肢を激しく動かして狂ったように泣き喚いた。
ルールーは手にした短刀を再び素早く動かすと、男の左腿に突き刺す。動脈を傷つけたのか、たちまち多量の血液が下穿きを真っ赤に濡らしていく。
ルールーは真っ赤に焼けた木切れを動かすと、短剣で裂いた傷口を焼いた。黒煙が立ち昇り、男が苦し紛れで蹴飛ばした藁が辺りに飛び散る。蹴上げられた藁の数本がたき火に落ちてたちまち炎と同化する。
「いだあああっ! だずっ、だずげっ、だずげでえええっ!!」
「傷口を焼いた。そう簡単に死にはせんぞ」
ルールーが行ったのはもちろん治療の域を大きく逸脱していた。傷口に対して焼灼の範囲が広すぎる。感染症の確率が高く、無論より深く痛みを与えて苦しめる行為であるのは明白であった。
「いしゃあああっ、いしゃっ! いしゃああっ!!」
「医者だ? バカが。いちいちそんなもの呼ぶか。せいぜい抵抗してくれよ。そうでなければ、私の楽しみが減ってしまう。それに、さっきはあんなにかわいがってくれと懇願していたじゃないか。もちろん、かわいがってやるぞ。私のやり方でな。うれしかろう。さ、男なら、まだまだ耐えられるだろう?」
ルールーは凄絶な笑みを浮かべると、鼻歌混じりに男の鼻の下に刃を寝かせたままピタリとくっつけた。なにをされるか気づいた男は顔色を紙のように真っ白にした。
「やべっ! やべてえええっ!! そでっ、そでばっ! そでばだべだのおおっ!!」
「なにをいっているか、わからん、っと!」
「ぎびいいいいいいっ!!」
ルールーは楽しそうに短剣を滑らすと男の鼻を削ぎ切った。千切れた肉片は宙を舞う。虚ろな鼻腔の穴が奇妙にさらけ出された。男は狂った猿のような吠え声を上げ、四肢を激しく痙攣させゴロゴロと辺りを転がる。
「ごあああああっ! いだっ、いだあああっ!! ぶぎいいっ!!」
男はのたうちまわりながら中央のたき火に身体を突っこむカタチとなった。男の衣服に火が燃え移りそれらはたちまち全身に広がった。ルールーは舌打ちしながら手桶の水を男に激しく浴びせかけた。男は悶絶しながら両足を激しくばたつかせた。
「虫けらが勝手に動くなっ!!」
「あいいいいんっ!!」
ルールーは手にした薪ざっぽうを男の膝に激しく打ち下ろした。骨を砕く鈍い音が鳴った。男は口から白い泡を吹きながら、ヒューヒューと木枯らしのような物寂しい音をわずかにもらす。
「あん?」
「ゆ、ゆでゅしでぐだじゃい。じぇんぶっ、じぇんぶっ。はなじまずからああっ」
「そうか。残念だな」
ルールーはオモチャを取り上げられた少女のようにひどく悲しそうな顔つきをした。
男がおおよそを語り尽くすと、ルールーは無言のまま木桶の水に浸した布を手に取った。
息も絶え絶えの男をあお向けに転がすと顔面にたっぷり水を吸った布で覆った。男が絶命するのを見届けると手にした布切れをたき火に放り込み、何事もなかったかのように納屋の扉に手をかけ、押し開いた。
ルールーの尋問により敵の全容が明らかになった。
山賊の首魁は、“斑猫”の異名を持つガスパールと副官である“百謀”のリボル。
ガスパールはかつて歴とした子爵に使えた高名な騎士であり、リボルは王都の士官学校を出た軍人という過去を持っていた。タマラ村からほど近い山に根城を築き、現在では百人を超える手下を集めちょっとした領主を気取っているとのことだった。
「百人か」
蔵人の顔に憂慮の色が濃い。当初の想定していた数より倍に近い。先ほど、二十名ばかりを倒した分を差し引いても、残りは八十人以上はいることになる。
「まずいな。それほどの数がいちどきに攻め寄せてきたらこの村では防ぎきれまい」
アルテミシアは顔にかかった金色の髪をいじりながらつぶやく。テントの中の一同は、一挙に暗澹たる空気に飲みこまれていく。冷静に考えれば、蔵人たちのクランで純粋な戦闘員と数えられるのは、蔵人を入れて、ポルディナ、シズカ、アルテミシア、ヴィクトワール、ルールー、ハナ、カレン、ルッジの九人である。ネリーもそこそこ剣を使えるが所詮は護身術の域を出ていない。前衛のみと考えれば、七人であり、敵が二手に分かれて進撃すれば、三・四で迎撃しなければならない。四十人の賊が鯨波を上げて襲ってくれば、数人ではさすがに支えきれない可能性がある。山賊に捕らえられ、多数の男たちに仕えさせられる女たちを夢想する。
(冗談じゃねえやい! 死んでもそんなことさせられねぇ!! ……こうなったら手はひとつしかねえな)
「クランドさん。もしかしてその顔、またおバカなこと考えてるんじゃありません?」
ヒルダはジト目で蔵人を流し見て、手元のカップから紅茶をすすった。
「ギッ、ギクッ!? はは、やだなヒルダくん。ボカァ、これでも身を固めたのだよ。昔のように軽々しく脳みそと行動を直結させたりなどはしませんやい」
「ギクッて口に出してますし。おおかた、自分ひとりで突っ込んでカタつけてやれい! ってぐらいのことは考えているのでしょうね」
「な、な。ンなバカな」
「ダメだよ、クランド。そんなことしたら、わたし、悲しいです」
メリアンデールが悲しげに顔を振って袖にすがりついてくる。一同の、呆れと恐れの入り混じった視線が降り注ぐのを感じ、ぷいと横を向いた。
「撤退、という方法もあります」
ネリーがまつ毛を伏せて静かに述べた。
「反対だっ!! なあに、たかだか賊の百や二百程度、この私一人で充分だ!!」
「あはー、それじゃお嬢さまは次のターンで、くっ殺せ!! とかいうお決まりの捨て台詞を吐く痛いメス豚騎士、もとい囚われの可憐な姫騎士になっちゃいますよう」
「おい、ハナ。バカにしてるだろ。私のこと、おもいっきりバカにしてるだろ」
「まあ、いいんじゃないか? やつらに飼われて豚のように生きるのがおまえの本当のしあわせかもしれないぞ」
「シズカ。ちょっと表に出ようか」
「ねえー、メス豚騎士ってなあに、なあに?」
「メス豚をカラッと上げたフライ料理が好きな女騎士のことだ」
「へー、ヴィクトワールってあんな脂っこいものが好きなのね」
「クランドさま。どさくさに紛れて姫に嘘を教えないでください」
「えっ、嘘なんですか? じゃあ、じゃあ。どんなのが正しい本家本元のメス豚騎士なのかなっ!? かわいいヒルダちゃんに教えてくださいよっ!! さ、おっきな声で!! シチュも混じえてっ、あられもない副音声をつけてっ」
「ヒールーダっ。もうっ、あんまりルールーをいじめないのっ」
「てへ、ごめりこ」
「……司教はいったいなにを教えていたんだ。同じ教会関係者として、恥ずかしい」
「アル。むしろボクは、彼の教えを受けていたら、ヒルダはもっと取り返しのつかない人間になっていたと思うよ」
「また、どいつもこいつも脱線して。クランドは本当にクズなんですね」
「おいいいっ! ちょっ、いまは俺関係ないよねッ!? てか、むしろ真面目に発言していたよね?」
「真面目に? ひとりで特攻することがどこが真面目なんですか。バカなの? 死ぬの? あ、死んではダメよ。私がいじれなくなっちゃうから」
「貶めすのか心配するのかどっちかにしてくださいよねッ!?」
「ご主人さまは死なせはしません」
「ポル……ッ!!」
「あ! はいっ、はいっ! わたしも、地獄までお供しますよっ!」
「地獄に落ちるの前提なんだッ!?」
「というか、誰かの手にかかるまえに、わたしの手で」
「怖いわ!!」
「ねえ、ルールー。結局、メス豚騎士ってなんなの?」
「あの、それは。その。ヴィクトワールさまにお聞きください」
「ということだ。メス豚、エルフの姫がご指名だぞ。よかったじゃないか、はじめておまえの卑猥な生き方が人さまのお役に立つときが来たぞ」
「殺すから。今年中に、おまえ殺すから」
「あはは、お嬢さま。さすがに白昼堂々の暗殺予告はまずいかと」
「ブヒって鳴いてみろ。変態メス豚エロメイド。あっ、ブキッか? すまないな、豚語には堪能ではなくて」
「……殺す」
「とめてー! だーれーかっ、お嬢さまをとめてくださーいっ!!」
「うむ、ぜんぜん切羽詰った状況じゃないな。手伝ってあげたいが、あいにくとボクは腕力に自信がないものでね。おい、ヒルダ。それはボクの残しておいた最後のビスケットだ。配分は守るように」
「うー、ケチケチケチー」
「はいはい、泣かない泣かない。あたしの分あげるから」
「あ、よければわたしのもどうぞ」
「うー、さすがはレイシーとメリー。私の親友だよ。それと、ついでにそこにあるシューちゃんもくれるとうれしいかな。生クリームのべっとり入ったやつ。シスターは甘味べっとべとを欲しているのです」
「これはダメ」
「同じくダメです」
「なんでよっ! ちょだーい! クリーミィなスイーツをプリーズ!!」
「うおーい。アル、ポルディナ。ふたりを引き離せ。それとヒルダ、シュークリームなら俺のをやるから」
「うはーっ!! さっすが、私の旦那さまっ! 愛してマックス!!」
「わけわっかんねえよ」
結論の出ないまま、夜はますます更けていく。




