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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第3章「ステップエルフ戦役」
107/302

Lv107「不撓不屈」

 





 夜半、バトルシークは城の抑えにフレーザー以下五万の兵を置くと、自らは前軍のうちから十万の兵を率いて塁門を打って出た。

「敵は王に逆らう叛徒の賊ぞ。皆の者、一兵たりとて生きて返すな」

 諸族を語らって兵を興したジャスルカは総員で三十万をはるかに超えたが、その中のほとんどは、シルバーヴィラゴの名将バスチアンと戦って敗れた際に草原へ逃げ帰った者がほとんどであった。彼らの中には、本気でクライアッド・カンを再び推戴して正義を世に問おうなどと考えているものはおらず、ほとんどがドサクサ紛れにおこぼれを頂戴しようとする性根の卑しい者たちばかりであった。

 利で釣った各部族の長たちに連携はなく、一軍というよりかは、多数の兵が寄り集まってただ歩いているだけ、という程度であった。一方、バトルシークは物見を多数出しながら、敵軍の全貌をたちどころに捉えると、軍勢に腰がないことを見抜いた。

「敵は烏合の衆。ジャスルカを斃せばたちどころに瓦解する」

 バトルシーク自ら五千の騎兵を率いると、狭い森林を無理やり突っ切って、押し寄せる敵軍の北側に躍り出た。

 敵はいまだ、バトルシークの後軍が城より離れた場所で停滞していると信じこんでいる。

 いや、そのように思わせるため、偽報を持たせた密偵を多数ジャスルカ軍に乗りこませておいたのだった。

 黎明、バトルシークは、まだ乳色の霧が濃い草原に向かって自軍の騎兵を突出させた。

 諸隊を四つに分けて勢いよく飛び出したのは、股肱の臣である、“蒼の四将” 隻竜王アンテロ、双剣カシュパル、死神ツチラト、神の腕イグナーツ四人である。彼らは、敵兵に当たるをさいわいになぎ倒すと、敵軍の横っ腹に大きな風穴を開けた。

 たちまち、狼狽したのは戦意の薄い諸軍である。彼らは、棚ぼた狙いで進撃し、たいした覚悟もなく、必殺の思いで強襲をかけた死神に噛みつかれたのであった。

 大軍であり、意思の疎通を欠き、たいした連携も取れずに各個が撃破されていく。浮き足立った、連合部族軍の正面に西進した本軍が遅れじと槍を立てて揉み潰しにかかった。

「降伏したものは命を助け、我が軍に加える。攻城戦で功を上げたものは、等しく領地を与え罪に問わない」

 バトルシークはダメ押しとばかりに、敵軍の篭絡にかかった。元々勝ち味が薄ければ、簡単に旗を変える輩たちである。昼をやや過ぎた時刻、乱軍の中で敵の総大将ジャスルカの首が挙げられた時点でいくさは完全に終結した。

 バトルシークの完勝である。彼は、元々の十万に降兵二十万を加え、総勢三十万に膨れ上がったまま、帰陣の途についた。かような伝説的大勝を手にした名将を前にすれば、人は怯え竦むものである。

 が、それをものともしない男がいた。

 ただの、蛮勇であるかもしれない。その不可能を可能にする男は、不屈の闘志を携えて再び立ち上がったのであった。

 いわずと知れた志門蔵人である。

「敵襲、敵襲――!!」

 うろたえた歩哨の声が、首実検も兼ねたバトルシークの陣屋にまで聞こえてきた。

 勝利につきものの血を酒で洗い流す。かたわらに侍るカレンに酒を注がせながら、バトルシークは長耳をぴくと蠢かせた。こたびのいくさで勲功を挙げた“蒼の四将”たちも、それに気づくといっせいに席を立った。

「おまえら、騒々しいぞ。落ち着け」

「しかし、王よ。万が一、ということもあります」

 四将の中でもっとも年かさのアンテロが隻眼を光らせ、憂い顔でいった。

「まーた、アンテロの万が一がはじまった。心配性も程度問題だぜ、若?」

 チームの中でもっとも若いムードメーカー的存在のカシュパルが骨付き肉を弄びながら揶揄する。アンテロは、丸太のように太い腕を差し出すと、カシュパルの首根っこをつかんで子猫のように目の高さまで持ち上げた。

「俺がその呼び方を改めろとなんどいったか覚えているか? 我らが王ぞ!!」

「かってーんだから。ついだよ、つい。まだ慣れないんだってば、なあ若」

「だから――!!」

 バトルシークは、苦笑すると杯をカレンに渡していった。

「呼び方などどうでもいいわ。それに、そのうちカシュパルも理解するだろう」

「王よ!! そのような甘やかしはいけませぬ!! 我らには、キチンと君臣のケジメが必要なのです!!」

「ほらほらー、若もああいってるじゃん。んぐっ――く、首締めないでぇえ。ぐふっ」

「しかし解せませぬな。めぼしい者は残らず補斬したはず。本陣まで特攻をかけるほど、忠誠心のある者が敵将の下にいたとは思えませぬ」

 神の腕、と異名を取るイグナーツがやさしげ双眸を凝らして、陣幕の向こうを見やった。

「ジャスルカの下にもひとりくらいかような忠臣がおっても不思議ではない。ふむ、中々骨がありそうだな。もし使えそうなやつなら取り立ててやってもいい。人は生かして使うがいい。そうだったな、カレン?」

「はい」

 カレンは昨晩の反抗的な態度は打って変わって、静かに目を伏せた。

「ふふ、気の強いおまえも中々よかったが、従順なところもまたよし。今夜は、血がたぎるわ。思うぞんぶんかわいがってくれようぞ」

 バトルシークはカレンのほっそりとした顎をつまむと、和やかにほほ笑んだ。

 衆に抜きん出た美貌がやわらかに笑むと、男女を問わず蕩けそうな魅力があふれていた。

「はあー、まったく若も目の前でいちゃついてくれるぜ!! 戦塵に塗れた俺らにゃ目の毒だぜ。な!」

「カシュパル! 王の后になんたる無礼を!! す、すみませぬ。この者生来粗忽につき」

 アンテロが弟分の頭を無理やり下げさせると同時に、目の前にある白の幔幕が血飛沫で真っ赤に染まった。居並ぶ諸将が残らず抜剣して、バトルシークの前面に立ちはだかって盾になる。

 たいまつの照らし出す赤い炎をバックにその男は姿を現した。

 蒼古の闇から這い出してきたように禍々しい気を放っている。男は抱えていた兵卒から手を放すと、肩にかかった黒の外套を跳ね上げた。

「探したぜ、バトルシーク……!!」

「おまえは、あのときのニンゲン」

 バトルシークが、諸将の人垣から顔を覗かせてつぶやく。

 同時に、隣にいたカレンの顔が輝く場面をまじまじと見せつけられた。

 目の前の男は、カレンに付いていた虫けらだ。先日、完膚無きまでに叩き潰し、いまのいままで思い出すこともなかった存在である。

 だが、すぐ隣にいる女の表情はどうだ。頬は桜色に色づき、瞳は希望と燃えて輝いている。全身からはうれしさをこらえられず、細かな歓喜の震えまで伝わってきそうだった。

 バトルシークは己のうちから、むらむらと激しい嫉妬の炎が燃え盛るのを知り、愕然とした。野望のために、愛する婚約者を無頼の徒に捧げて、すべての執着を断ち切った己が、どこにでもいる男のように妬心に魂を焦がしている。

 それは、目に余る程の屈辱だった。

 あの晩、カレンを無理やり抱かなかったのは、いつでも己のものにする自信があったからだった。見たところは敵はたったひとりである。

 たったひとり!?

 その事実に、驚きを隠せなかった。華々しい勝利のため、多少気が抜けたのは否めないが、それでもこの本陣には降兵を含めて三十万近い兵士が充満している。その、死地にたったひとりで乗りこむとは並大抵の胆力ではない。

 そこまで、恋するのか、と思う。

 恋した女のために、そこまで大の男が命をかけるのか、と。

 バトルシークには野望がある。もちろん、それは女ひとりを手に入れるなどという卑小なものではない。

 ここより遠き、人間どもの王都ロムレスガーデンを落とし、兵と武具を養って国力を充実させ、分かれた残りの五王国を併呑し、エルフによる帝国をこの地に作り上げることである。

 目の前の男は、その野望を根底から揺るがすようななにかを持っている気がする。ここで、兵に命じて殺戮するのは簡単だが、それではカレンは一生バトルシークに心服しないであろう。

 ここは、なにがなんでも、あの男の存在を貶め、己が誰よりもすぐれていると見せつけなければならない。

 バトルシークは、動けなくなった男を前に、カレンに存分に奉仕させる己を思った。

 圧倒的な実力の差を見せつける。

 その上で、カレンを完全に服従させ、子種を欲する言葉を絶叫させるのだ。

 将兵たちが、兵器を手に襲いかかろうとしている。

 バトルシークは、ゆっくりと言葉を選び、泰然とした態度で虫けらをどう屠るか算段し、舌なめずりをした。ここまでたどり着けたことが奇跡に近かった。地の底のような窖《あなぐら》を這い出て、歩哨を戮し得物を奪い、陣屋の手薄な場所を破って、何十人を斬り殺しただろう。

 すでに蔵人が手にしていたなまくらは、脂でなめっており、切れ味は愚か、ただの鉄の棒になっていた。怪我こそ修復しているが、それはただ血が止まっているだけということである。

 本来ならば、ここまでのケガを受ければ、十日やそこらは身動きが取れないだろう。奇妙なことに痛みは麻痺している。身体が危険信号を拒絶しているのだった。

 もっとも、これほどの痛みを覚えながらでは、一歩だって進めそうになかった。全身は、何日もの間、海を泳いで陸に上がった直後のように、全身へと強い疲労感がのしかかっている。弾力性のある鉛の板を、隙間なく貼りつけられているようだった。

 それでも、握った剣を放さないのは、ほとんど意地だけだった。倒れて崩れ落ちるほどの限界を踏破してここまでたどり着いた。気を抜けば、カレンのことはおろか、自分がどこにいるかもわからなくなってしまう。

 せめて、一太刀なりともバトルシークに浴びせなければ、格好がつかない。攻撃を受けずに、戦いをやめるなどと、誰がいいだせようか。

「ここまで、その身体でよく来れたものだ、といいたい。その敢闘精神だけは褒めてつかわそう、ニンゲンの戦士よ。前回のように、おれが直々に相手をしてやろう、といいたいところだが、そこは王という至高の座についてしまったつらさか、中々自由に振る舞えぬわ。おまえの目的は、カレンのことだろう?」

「それもある、けどほかにももっと欲しいモノがあるんだ」

「それは?」

「おまえの首だ!!」

 蔵人が叫ぶと同時に、人垣から矢が放たれた。肩に熱いものを感じ、その場に転がった。

 視線を上方に転じる。そこには、痩せこけた昏い目つきの男が静かに佇立していた。

 死神の異名で知られる、ツチラトである。彼の放った矢が、蔵人の肩を刺し貫いたのだ。

 バトルシークが身を起こすと同時に、諸将たちを割って“蒼の四将”が進み出る。四人の豪傑たちは怒りに身を震わせながら、各々得意の武器を手にして構えを取っていた。

「王の首を取るというのなら、さしずめ我ら四人程度がかりでもどうということはないだろうな」

 隻竜王アンテロは巨大な戦斧を担ぎ、そういい放った。

「けけけ。ま、兄ちゃんガッツは認めるけどよ、若の首を望まれちゃこっちもはいそうですか、と生かして返すわけにはいかねーんだよな」

 双剣カシュパルは二刀を引き抜くと身を低くした。

「せめて、兵たちのなぶり殺しだけは勘弁しましょう。潔く、私たちの誰かの手にかかってくださいね」

 神の腕イグナーツは槍を構えると頭上で旋回させ、穂先を心臓にピタリと合わせた。

「おまえ、殺す。おれ、殺したい」

 そして、先ほど矢を放って攻撃をしかけた死神ツチラトは、粘った瞳から濃い殺気を放射してくる。

 バトルシークは、深く床几に腰を下ろすと、前面の将軍たちを下がらせ視界を確保した。

 それから、片手を上げて近習を呼ぶと、布に包ませた長剣を蔵人に渡すように命ずる。

「武器が万全ではないから敗れたといわれれば、こちらも本意ではないのでな。ニンゲンの戦士よ、これは余興だが、もし、“蒼の四将”のひとりでもおまえが討ち取れたならば、おれはカレンをおまえに引渡し、兵を退こう」

「これはまたおやさしいこって」

 蔵人は再び我が手に戻った聖剣“黒獅子”を引き抜くと、水平に構えた。

 ここに、“蒼の四将”との絶望的な戦いがはじまったのだった。

 全身は疲労しきっているし、普段が百とすればいまは、十か二十程度の力しか残っていないだろう。

 けれども、そんな理由で敵が手加減をするはずもなければ、いきなり弱くなってしまうこともない。

 異世界に召喚されたこの身にあるのは、異常なまでの回復能力であったが、いまはそれもガス欠寸前だった。

 命などは、しょせん振るったサイコロの目で決まる偶然に左右されている。

 初撃の矢ですら、動物的に張り詰めた緊張感がなければそれと気づかず、胸元に受けて命を失っていただろう。

 蔵人の煩悶をよそに、隻眼の大男アンテロが戦斧を振り回して真っ向から突っこんできた。あれほど、巨大な斧はどこに一撃喰らっても致命傷である。

 身をひねってかわす。

 凄まじい速度である。

 意識の外側から、白い雷光のような突きが激しく繰り出された。

 避けようもなく、脇腹を冷たいものが走った。怒りと共に、長剣を振るった。

 神槍の担い手イグナーツは踊るように薙ぎ払いををかわして後退する。

 目の前が真っ赤に染まった。

 指先が震えて感覚が失せる。

 動きを止めてはいけない、

 そう思えば思うほど目の前が真っ暗になり、強度の眠気が押し寄せてきた。

 奇声を発しながらカシュパルが二刀を斜めに振るった。

 万全な状態ですら避けようもない練磨された斬撃だった。

 蔵人は、かろうじて剣を持ち上げて防ごうとした。銀線が目の前で激しく動いた。痛みを凌駕した衝撃が両肩に走る。割られた、と感じた。

 自分の身体に、まだこれほどの血液が残っていたかと思うほどの量が噴き出した。

 明確な死が迫る。

 もはや、頭の中にはなにもない。生き延びたいという欲求だけが、強く浮かび上がってくる。叫んだ。ケダモノが威嚇する最期の咆哮に似ていた。

 背中に、二本の矢が続けざまに打ちこまれる。

 粘ついたツチラトの視線。失せかけていた怒りが掘り起こされた。

「この程度で王の首を取るとは。笑わせるな!!」

 耳元を圧する怒号が旋風と共に凄まじい唸りを上げた。

 最後の気力を振り絞り回避に努める。

 巨木のような斧が風車のように迫ってくる。

 荒れ狂う嵐のようだ。地を蹴った。全力で避ける。避けねばならない。

 腰に触れるか触れないか程度であっても、その刃風の衝撃は圧倒的だった。

 木の葉のように舞った。頭から崩れ落ちる。世界がたわむ。

 蔵人はそれでも、気力を振り絞って上体を起こした。

 目前の四人の男たち。彼らの瞳の中に、確かな賞賛の色を見た。

「俺は、まだァ、やれるぜ」

 蔵人の瞳にはもはやなにも映ってない。

「もうやめて、やめてよ!! お願いします、あなたに仕えます。これから一生を捧げます!! 二度と口答えなどしません。だから、だから、もう、これ以上は!!」

 カレンの声。絶望に染まっていた。

 そうだった、忘れちゃいけない。一番大事なことだった。

 ――ああ、おまえの声でようやく思い出すことができたんだ。

「トドメは刺す。それが戦陣の習いだからだ。それに、目の前の男は一端の戦士だ。ここまで戦ったことに、敬意を表しこのおれ自身の手で葬ってやろう」

 バトルシークが立ち上がり太刀に手をかけている。

 蔵人はこれから数秒後に迎える確実な死を強く感じていた。

 指先の産毛から内蔵まで凍りつきそうな殺意の波動が目の前の男から放射されている。

 男の練りに練られた一撃が大気を震わせていた。

 この一撃は間違いなく必殺だ。

 回避は間に合わず、防ぐこともかなわない。

 それでも、魂のどこかで、抗うことはやめられなかった。

「秘剣、疾風二連斬!!」

 待機を割って繰り出される必殺の衝撃波。

 金色の波に、銀色の波が横合いからぶつかるのを見た。

 視界が水色に染まり、世界は真っ白な霧に塗りつぶされていく。

 蔵人はもはや痛みを感じることもなく、遠くへ旅立った。






 混血は忌まわしいもの、と姉たちに聞かされてカレンは育った。

「あたしだけ、ほんとうに短い」

 カレンは人間の母とエルフの王の間になされた子で、いわゆる混血であった。

 王であるクライアッド・カンは慈愛にあふれた男であり、純血種であろうがなかろうが等しく我が子には愛を注いだが、草原において戦いに明け暮れる日々では目の行き届かなかった部分も多かった。

 カレンは年の離れた大勢の美しい姉たちに尊敬と親しみを持って接したが、彼女たちに根付いている人間嫌いは根深く、あからさまに忌避はしないものの打ち解けるということはなく、終始、つかず離れずの関係だった。子どもは大人が思っている以上に悪意には敏感である。避けられているとわかれば、心が傷つくのだ。

 自然、彼女の遊びは弓矢や野遊びのひとり遊びと、絵本に限定された。彼女の姉たちにも例外に心の底から親しんでくれる姉はひとりだけいた。テアという慈母そのもの彼女は、忙しいさなか時間をさいてできるだけいっしょに過ごしてくれたのだった。

「カレン、おねーさま大好き!」

「そうね、私もカレンのこと愛しているわ。だって、私のかわいい妹ですもの」

 カレンの母は生まれつき身体が弱く、共に過ごすことはほとんどなく、思い出というものは皆無に等しかった。カレンはテアの膝に抱きかかえられながら、歌声のような絵本の語りに耳を澄ませるのが好きだった。

 テアは案外と子どもっぽい部分を残しており、読んでいる本に目を輝かせて、自らお話の中に入りこんでしまうことが多々あった。

 もう、幾度も繰り返して読んだ本は、ページがベラベラになっている。カレンはときどき、その古びた紙片に手を伸ばし、ガサゴソした部分をさするのがなんとなく楽しかった。なぜなら、それは確かに自分が愛した姉といっしょに過ごした確かな証だったからだ。

「ねえ、カレン。この絵本の勇者さまってかっこいいわよね! 私、旦那さまにするならこういう方が断然いいわ!」

「おねーさま、これはおはなしのつくりことよ、本物じゃないわ」

「もお、カレンは夢がないわね! この絵本の勇者さまのどこかダメなの?」

「ええっ。だって、このお話の勇者さま、ちょっとたよりないんだもの。山の毒キノコを食べてお腹をこわしたり、お姫さまとのデートに寝坊したり。あたしは、時間におくれるようないいかげんな男の子は好きになれないよ」

「もお、結構あなたって理屈屋さんなのね。発見しちゃいました。でもね、カレン。男の子ってそのくらいの方がかわいげがあっていいじゃない? この絵本の勇者さまは、ちょっとドジだけど、最後は全力を尽くしてお姫さまを助けるんだもの。国の名誉もお宝もいらないって。女はね、惚れられる方がしあわせなのよ。これほど、一途に命をかけられるって、中々そういう人はいないと思うの」

 どうして、今更こんなこと思うのだろうか。

 カレンは、部下に命じて蔵人の遺骸を運ばせるバトルシークを見て、なんの感情も思い浮かばなかった。

 不意に、膝から力が抜け落ち、その場にへたりこんだ。もう、なにがどうなってもいいような気がする。それからどのくらいの時間そうしていただろうか、やけに焦った足取りで駆けこむひとりの兵士を見た。

「王よ、急変が生じました!! 前王が、前王が営塁の囲みを破って脱出しました!! それに呼応するように、エルブレド将軍が後軍を上げて前軍の堡塁へと攻めかかっています!! もし、城方が打って出れば、陣営はもちません!!」

「なん、だと」

 勝ち誇っていたバトルシークの顔が一気に青ざめるのを見て、カレンはふっと、我を取り戻した。父がこの機に乗じて復権すれば、真実を話すこともできる。

 そのときこそ、真に人間方と和平を結ぶ機会が生まれるだろう。

 ならば、その瞬間まで、自分の怒りを忘れなければ。

「王よ、いまはとまどっているときではないわ。全軍を叛徒の率いる後陣にぶつけて挟み撃ちにしないと。えーと、それに、どうせ臆病なニンゲンたちが打って出てくるわけないでしょっ! しっかり、なさい!!」

 バトルシークは、ポカンとした顔でカレンの顔を見つめると、すぐにカラッした春の日差しにも似た笑顔を見せた。

「そうか、それもそうだな、后よ。まったく、おまえの声は、自分が動揺するのも愚かしく思えるほど光に満ちているわ!! 全軍、出撃!! 一気に、反逆者どもを討ち滅ぼして、王国の礎にしてくれるわっ!!」

 バトルシークがいうように、もし自分の瞳に光が満ち溢れていたとすれば、それはおまえの命を終わらせるまでの道を照らし出す道しるべに違いない。

 カレンは、運ばれていくいとしい男に最後の別れもさせなかった、目の前の男を徹底的に破滅させてやろうと、心に誓うのだった。





 同時刻、シルバーヴィラゴ城内の議場では、ステップエルフ軍の激しい内訌に関して真偽を問うていた。議長は建前上、総司令の代理であるエルキュール公爵であるが、彼は自ら決断を下す経験がほとんどなく、ことここに至って、最後の詰めを決めかねていた。

 彼が手にした情報は、かなり精度の高いものと思われるが、それだけにこの城の命運を決するほどのものである。

(もし、クライアッド・カンとバトルシークの争いが事実なら、カンの弟エルブレド・ロコロコと手を結ぶことで、勝機をつかみ取ることができるやもしれぬ。しかし、これが敵の釣り餌だとすれば、我らの城はそれこそおしまいだ)

 城にはすでに、限界いっぱいまで募兵した元軍属と合わせて、七万ほどの将兵が満ち溢れていた。このうち、二万を守備に置いたとして、残りの五万を騎馬の使用できないぬかるんだ現在の平原でぶつければ勝機は充分にあった。

 が、それには前提条件として、クライアッド・カンと結ぶことが必要である。

 エルキュールは苦悶する。どうして、あのとき安易に姫であるカレンを害しようとして掌中から手放してしまったのだろう。報告では、生存の確認はいまだされていない。つまり、交渉にもっとも重要なカードを自ら破り捨ててしまったのであった。






「お邪魔するわよ、唐変木たち!!」

「んなあっ!?」

「おまえは、ヴィクトリア!?」

「この、じゃじゃ馬がっ! おまえなんぞが、今更顔出しできる状況ではッ――!?」

「ひいいっ!?」

 ヴィクトリアは猫のように釣り上がった瞳に、いまやみなぎった精気を爛々と輝かせて周囲の男たちを睥睨していた。

 彼女の周りには、九人の女が手に手に武器を持って辺りに座る幹部たちの喉元へと突きつけていた。そのうちのひとり、戦狼族(ウェアウルフ)と思しき犬耳メイドが納得いかないという様子で、手にした果物ナイフをしおれ切った老人の喉へと突きつけていた。

「ヴィクトリアさま。女にできることは身を慎んで、殿方の帰りを待つことだけなのでは?」

「風が変わったのよ。それに、私のことうんぬんするなら、こんな城ひとつまともに見られない男たちにこそ腹が立つのよ!!」

「これはこれは、ヴィクトリアさまこれはいかなるおつもりで」

 両手を大人しくあげたまま、禿げ上がった額を光らせて中年の小男が抗議の声を上げた。

 ジョスラン準男爵(バロネット)である。

「黙りなさい、ハゲ」

「は、ハゲぇ!? はは、これは手厳しい」

「やはり人間会ってみなければわからぬものですね。あなたは、とかく黒い噂の持ち主だった。けど、実際はそれ以上外道だった、ということですね」

「な、なにをいっているのですか、いったい」

「すべてネタは上がっているのよ。あんたが、バトルシークと結んで物資を横流ししていたことも、カレン姫やオレール叔父上に暗殺者を送っていたことも」

「ななな、なんの話かッ! わ、わたしは知らないっ!!」

「まだ、シラを切るのね。ま、いいわ」

 ヴィクトリアが指を鳴らすと、アレクセイがひとりの少女の手を引き、紳士よろしく誘導してくる。ジョスランは、その少女を目にして、彫像のようにその場に固まった。

「なんで、エイミー! なぜ、おまえがっ!!」

「準男爵(バロネット)さま、私、信じておりましたのに、信じておりましたのに」

 可愛さ余って憎さ百倍という。エイミーは、涙をこぼしながら、恨みのこもった瞳でジョスランをにらみつけると、アレクセイの腕にぎゅっとしがみついた。

「あなたは殺し屋を使うことにかけては超一流でも、殺しにかけては三流ね。一廉の悪党を気取りたければ、今後は詰めを誤らないこと。もっとも、その機会はもうないでしょうね」

「エイミー。はは、あれは、そのホンの気の迷いなんだ。な、なあ、おまえがいったことは子供の勘違いなんだろう! は、はは」

「いやっ!!」

 エイミーは激しくジョスランを拒絶すると、アレクセイの背後に回ってぎゅっとしがみついた。

 そこにある感情は、すでに一介の護衛としての役ではなく、あきらかに男女の強い思慕が出来上がっていた。

「な、なぜだ。なぜ、そんな男などと!!」

「私、子供ではもうありませんのっ!! それに、アレクセイさまは、私のことを立派なレディとして扱ってくださいました。とても、やさしかったの」

 エイミーは恥ずかしげに、ポッと頬を赤らめると首を左右に振ってイヤイヤをした。

「うわはははっ! 準男爵(バロネット)! あえてわしのために、果実を実らせてくれたと思って感謝するわい!! うれしいのう、うれしいのう!!」

「ん、んなっ、きさっ、きさまあああっ!!」

「それにしても、アレクセイは若い女に関してはものすごい早業ね。さすがに、今回はあきれたわ」

「なはははっ! ギルマスちゃん、男女には相性ってモンがあっての! わしら、そこんところバッチリじゃった! おまけにラブパワーで、ピーピーも完全復活じゃい!!」

「だからいつもいっているでしょう。知らない人からもらったものを食べてはいけないと」

「捨てる神あれば拾う神ありッ!! 約束通りエイミーちゃんの罪は相殺、相殺ッ!!」

「もお、なんでもいいわ。それより早くゴミを片づけなさい」

 手塩にかけた肉奴隷を奪われたジョスランは、怒りに燃えて席を立った。

「こんな、いい加減な追求でわたしをどうこうできると思っているのか!! こうなれば、わたしは危急とはいえ、議員特権によりこの場から去らせてもらうぞ!!」

「だから、もうそういう話ではないのよ」

 ヴィクトリアが最後のゴーサインを出すと同時に、アレクセイが腰の長剣を素早く動かした。

 勇者の名は伊達ではない。

 彼の刃は、音一つ残さず、美しい曲線を描き、ジョスランの首を根元からすぱりと切断すると、刀身に血の滴も残さず素早く納刀された。

「正義は勝つッ!!」

「アレクセイさまっ」

 鼻息荒くガッツポーズを取る勇者めがけて、エイミーが抱きつく。

 首の皮一枚残して、ジョスランの肥満体は背後に椅子ごとどっと倒れた。

 それを見届けてからヴィクトリアはにっこり微笑んでいった。

「それでは、再びこれからについて話し合いましょうか。それと、仲間はずれはもうおやめになっていただけるかしら。私って、案外さびしがり屋なので、ときどき震えて手元が狂うこともありますのよ?」

 否、といえる人間はその場にもう存在しなかった。

 主導権は再び一世の女傑の手に戻ったのであった。


 



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