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花嫁に捧げる砦落とし の1

 祝賀会の翌日、日が昇ったばかりの早朝、イスタージュ伯爵家のタウンハウスは、暴徒としか思えない騎士達に包囲された。

 その暴徒を引き連れてきたのは、黒き甲冑を纏った地獄の騎士、ダーレン・ドラゴネシアその人である。


 彼は無作法にも兜も脱がずにドアを蹴破る勢いで屋敷にあがり込み、イスタージュ伯爵令嬢を貰い受けに来たと大声をあげた。


 ベッドから叩きだされた伯爵、現当主のベイリー・イスタージュは、わけも分からない顔をするしかない。急いで身支度をして応接間に向かったはよいが、彼を待ち受けるのは亡霊のような甲冑男だ。伯爵家は有能な執事に暇を出したばかりの翌日でもあり、ベイリーは寄る辺が無いと震えながら恐ろしい甲冑男に一人で対峙するしかなくなった。


「王命だ。褒美は何が欲しいと言われたからな、領地の騎士への褒賞に加え、俺への嫁取りにさせてもらった。俺はこの屋敷に住まう伯爵令嬢を妻として受け取りに来た。さあ、王が自ら記した契約書に署名をしろ」


 ドラゴネシアがベイリーに突きつけたのは、羊皮紙による書状であった。

 王の署名入りのそれは、イスタージュ家の娘と辺境伯の結婚を命ずるものであり、娘には王が定めた持参金を付けねば許さないとの命令付きの契約書である。


「はいはい。辺境伯のお身内になれるならば喜んで。ええ、ええ。持参金も陛下が指示したとおりにつけさせていただきます」


 実は契約書を読んだそこで、ベイリーはほくそ笑む余裕が生まれていた。

 兄の死から爵位と遺産を彼は相続したが、兄の娘に残された遺産に手を付けられないままであったのだ。ベイリーが相続した時には豊かな領地であったが、ベイリーの人任せの運営と贅沢によって領地経営が回らない状態となっている。


 税を国に納められなければ、領地取り上げも起こりうる事態なのだ。

 その起死回生には兄の娘の遺産が必要だが、その娘の遺産は財産管理人によってしっかりと管理され、娘が成人するまで動かせないものとなっている。

 その遺産にイスタージュ家のものだけでなく娘の母方の一族の遺産も含まれているのであれば、当主権限でかすめ取ることもベイリーには不可能だった。


 ベイリー達が前伯爵の娘を幽閉し、精神的虐待を重ねてきたのは、その事実によって過去にしっぺ返しを受けてもいたからである。


 伯爵家の家宝だと思い込んで娘から奪った宝石が、実は悉く母方の物であったがために、母方の財産管財人から遺産目録の見直しの訴えが起こされた。

 その結果押収人が伯爵家に押し寄せたのだ。


 不幸にも伯爵夫人として初めて呼ばれた茶会の最中だったベイリーの妻は、着けている宝石を人前で取り上げられるという事態に陥った。

 それは開催者の顔に泥を塗るも同じである。


 ベイリーはその事件のせいで社交クラブから追い出され、妻も娘達も上流貴族からのパーティの招待状が届かない身の上となっている。

 昨夜の祝賀会に家族全員が参加できたのは、単に上位貴族に認められた伯爵以上が一律に招待されただけだからである。


 現伯爵夫妻が積極的に前伯爵の娘に惨めな思いをさせる嫌がらせを行っているのは、その逆恨みによる復讐心からなのだ。

 ヴェリカをベイリーが殺さなかったのは、彼女が死ねば母方の親族へと財産が戻されるからであり、兄の遺産は「国に寄付」されてしまう。

 この仕打ちは兄が弟のベイリーを全く信用していなかった証拠であるとベイリーは兄を憎み、さらにヴェリカを苦しめてやりたいと願った。


 それが、と、ベイリーは自分の勝利を感じて目を輝かす。

 王が辺境伯への手向けとしてつけろと記載されているのは、ベイリーが指を咥えて眺めるしか無かった財産なのだ。


 王命ならば仕方が無いと、ヴェリカの財産を守る奴らだって財産を差し出すだろう。王命に逆らって伯爵家が潰れれば、奴らが守りたいヴェリカこそ路頭に迷うのだからな。

 財産が結局辺境伯へ行くと?

 娘に頃合いを見て財産と共に里帰りさせれば解決だ。

 辺境伯と婚族になれば、ベイリー夫妻は社交界に返り咲ける。

 今度から上流貴族のパーティに参加し放題と聞けば、どちらの娘も喜んで帰って来るだろう。


 ベイリーはにやけてくる口元を引き締めながら己が署名を書類に書き込み、自分の未来が確かになったという風に、伯爵家の印章を紙に押しつけた。


「契約は為された。では、娘を呼びます」


「不要だ。我が妻が望む輿入れは、我による略奪だ」


「え?」

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