9 再戦
「君らが戦ったという【憤怒】。聞いた感じだと、厄介なのは異能もそうだが、体術もだな」
【強欲】と同盟を組み、俺がモンスターの山を片付けながら、【憤怒】討伐に向けた作戦会議を行っていた。
「同感だよ」
【強欲】の言葉に頷く。
「俺たちも【憤怒】も昨日いきなり異能を手に入れたことに代わりはないけど、あいつはなんていうか、戦い慣れてる」
ケンカ慣れしているんだろう。相手を殴り、追い詰めることについて、あいつは相当なものだった。その上、爆発の異能もすでに使いこなしている。だから俺も身体能力で圧倒的に勝っているにも関わらず、負けたのだ。
「となれば、だ」
【強欲】は目を細め、にやりと笑う。
「三人がかりでも、【憤怒】相手では負けるかもしれない。経験ってのは、ばかにならないからね。ヤンキーに一般人が数人がかりで挑んでも負けるように、俺らが無策に挑んでも勝ちの目は薄い。まずは作戦だ。【憤怒】は近距離なら体術で、中距離なら爆弾で戦ってくる。そんな奴に俺らが勝つためには、どうすればいい?」
ガブリと、新しいモンスターの死体にかぶりつく。【強欲】はすでに作戦があるらしい。目で続きを促す。
「あぁ、【憤怒】討伐の作戦。戦場はこの森。まずは【暴食】には正面から殴りに行ってもらう。【色欲】はその後ろでサポートだ。そして作戦の肝になるのは不肖この俺」
【憤怒】は俺という存在を知らない。そこを利用させてもらうと、【強欲】は言った。
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*** ***
「あぁぁぁ!! クソむかつくんだよォなぁぁァ!!」
気分の悪くなるような夜を超え、【憤怒】は朝になって怒り狂っていた。
胸の奥底から湧き上がるイライラ。周囲の木々をなぎ倒し、大地を蹴り上げてもこの怒りは収まってくれない。音を聞きつけてやってきたモンスターを殺せば多少は怒りもおさまるが、その後またすぐに怒りはあふれ出てくる。
怒りの感情は【憤怒】にとって、親しみ深いものだ。【憤怒】は、彼は【憤怒】とされる存在になり果てる前から、常に周囲、社会や世界というものに怒りを抱いていた。
*
彼の両親は親類から返せるあてもないくせに金を借り、それをギャンブルで使い切るような人間だった。
彼の両親が結婚したのは、ろくでなし同士気が合ったから。彼が生まれたのも、避妊をきちんとしていなかったからで、堕ろす金をケチったから。
ろくでなし同士の夫婦に、まともな育児などできようはずがない。彼はほとんどネグレクト同然の扱いで成長した。せめてもの幸運は、両親が彼に最低限の衣服と食事を与えていたことだろう。
その最低限が、残飯な何かと見間違うほどのもので、衣服はゴミ捨て場から拾ってきたようなものだったが。おまけにそんな食事や衣類に感謝をしろと殴られることもしばしば。殴られ、蹴られ、腐った押し入れの中に放り込まれる。ペットの犬猫でもまだましな生活をしている。
彼が生きて、小学校に通えるようになったのは奇跡だ。
最も、それが彼にとっての幸運だったかどうかはまた別の話だ。
小学校に入学する前まで、彼は間違いなく最底辺の生活を送ってきた。汚い部屋から外に出されることはなく、自分と他人を比べることすらなかった彼は入学して初めて、自分の境遇がいかに周りと違い、異常であるかを理解した。
自分以外の子どもたちは奇麗に洗濯された服を身に着け、顔にはニコニコとした笑顔を浮かべていた。彼らからは糞尿の腐ったような臭いはしない。彼らを出迎える父と母は優しい顔で、彼らの頭をなでる。
彼はこの世界にはこんな美しいものがあるだなんて、知らなかったのだ。
ぴかぴかの文房具にランドセル。当然それを彼は持っていない。生まれて初めて食べる給食は途方もなくおいしかった。だが彼らはそれを当然のように食べる。あまつさえ、まずいといって残すほどだ。
底辺と無知の中で生きながらえてきた彼にとって、それらは全て猛毒で、何より“理不尽”だった。
彼の中に初めて、“怒り”というものが生まれた瞬間だった。
*
「あぁぁぁぁっ!! 死ね! 死ね! 死ねっ!!」
【憤怒】は感情に任せて、木に思い切り蹴りかかる。二度、三度と蹴るうちに【憤怒】の足から血がにじんでくるが、彼はそれに構わない。幹から嫌な音がしてきた。バキン。木が倒れる。彼はその木を掴んで引き留め、ぎろりと近くまで潜んできたそれに目を向ける。
木々の隙間を埋めるように生い茂る草むらから出てきたのは、小柄だが狡猾そうな顔をした猿もどき。ここにはびこるモンスターの一つ“猿人”だ。
「ギィィ……」
「うざい」
猿もどきはゴブリン同様、強くない代わりに群れる。草むらからは一匹、二匹と次々に姿を現し、数は八匹になった。
数の優位に、勝利を確信するモンスターたち。【憤怒】はそんな猿もどきを見下ろし、蹴り折った幹を持ち上げ、大きな舌打ちとともに、幹を猿たちに投げつけた。
「ちっ……!! うっぜぇぇぇぇぇんだぁよぉぉぉォォォ!!」
*
彼は荒れた。小学校に入学する前までの彼はクズ同然の両親の人形だった。だが外を一度知ってしまった彼はもう人形でいられない。
彼に芽生えた怒りという感情が、人形を人間へと変えた。
怒りは彼を苛烈な行動に走らせた。授業には出ない。同級生には殴りかかる。唯一の栄養補給源だった給食をむさぼるように食べ、足りなければ近くにいた同級生からも奪い取った。
当然、教師の言うことなど聞くはずがない。彼には、教師の言葉の意味が全く理解できなかった。
勉強をしろ。知らない。まず文字が読めない。数字の意味も知らない。知らないことをやれだなんて“理不尽”だ。
暴力をふるうな。なんだそれは。暴力の中で今まで生きてきたのに。あれだけ一方的に暴力を受けてきたのに、それをするなと。お前らがそれを言うのか。俺を見つけもしなかったお前らが。暴力以外で自らを訴えるやり方なんてわからない。
言うことを聞け。お断りだ。俺はもうあんな虐げられるだけの人形でいたくない。
彼にとっての最大の不幸。それは彼を理解してくれる人間が誰一人としていなかったことだろう。両親は言わずもがな、教師や同級生ですらも、暴走を続ける彼を理解できず、ただ距離を置いた。
誰一人として彼に接しようとはせず、かかる言葉は上っ面ばかりのきれいごとだけ。つまり“偽善”だ。自分のことばかりしか考えず、吐き出されるのは上っ面だけの薄っぺらい言葉。
そんな中で育った彼は思う。
この世界は理不尽と偽善であふれていると。
*
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
振り下ろした木は、猿に触れた瞬間爆発した。森の中に響く爆音。猿は死体も残らず、森の木々はメラメラと燃えている。
「はぁッ……はぁッ」
【憤怒】の目の前には小さなクレーター。彼は肩で息をしながら、過去を振り返る。モンスターを消し飛ばせたおかげで、イライラは少しは消えてくれた。多少冷静さを取り戻した頭で、彼は最悪だった小学校生活から目を背けた。
中学校に入っても彼は、社会は腐っていると思っていた。その頃にはすでに彼と両親の立場は逆転していた。
虐げられる側から虐げる側へ。両親は彼に恐怖し、恐怖から働いた金を彼に渡していた。
反吐が出そうなおべっかと一緒に。
彼は何より薄っぺらい言葉を嫌った。きれいごとはもちろん、お世辞などなおさらだ。両親のおべっかは彼を苛立たせるだけで、しかしそのことに両親は気づかない。
齢を重ねたおかげで、文字は読めるようになった。計算も少しはわかる。けれど、暴力をやめるつもりはないし、誰かの言うことなんて聞きたくもなかった。
ただ、少しはましなこともあった。
彼に仲間ができたのだ。
理由は様々だ。勉強ができない。親との不仲。不満。怒りを隠さず、社会の理不尽に対して、理不尽に立ち向かう彼の姿は、同じような感情を持つ者たちを刺激し、魅了した。
最初は嫌だった群れることも、いつの間にかに居心地がよくなり、やがて彼はそんな仲間たちを率いて、社会へ反抗するようになった。彼が空手やボクシングを習ったのも、仲間たちを守るため。
理不尽に対抗するためには、まず自らが理不尽にならなければならない。
理不尽や薄っぺらい偽善への怒りは変わらない。けれど、彼のその感情を理解できる仲間ができ、少しだけ嬉しかったのだ。
たとえ歪でも、間違っていると言われても、彼は“理解者”を手に入れたのだから。
彼は強い。理不尽に成長し、理不尽をもって戦い続けてきた彼は“プレイヤー”の中でも随一の精神力をもっている。
ゆえに。
「ふぅーッ、ふぅーッ!」
彼は戦わなくてはならない。全ての理不尽と偽善を破壊するために。乱れた息はじきに整い、目は消えない怒りの矛先を探して動く。
昨日であった偽善者。薄っぺらな正義をかかげ、歯向かってきたクソ野郎。
「殺す。見つけ出して……必ず殺す」
あの男のことを思い出すと、一度は沈静化されたはずの怒りがまた燃え上がってきた。どこだ。どこにいる。森は広いが人間の足だ。そう遠くへはいっていないはず……
「ァん?」
その時だ。【憤怒】は高速で迫る気配を感じ取った。【憤怒】が気づき、そちらに目を向けると同時に、
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
木々の隙間を通り抜け、【暴食】が【憤怒】に向かって斧を振り下ろしてきた。
「きやがったなァ? 偽善者ァ!!」
太陽の光の影になって、【暴食】の顔はよく見えない。だが、【憤怒】は怒りをぶつける矛先を見つけて、凶悪な笑みを浮かべた。
太陽は丁度空の中央。“プレイヤー”たちの殺し合いが始まった。
[二日目 【暴食】・【色欲】・【強欲】VS【憤怒】 再戦]




