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7 四人目


 異変は朝日が昇ると同時に起こった。


「あ……?」

 朝方の冷たい空気が俺たちを撫でる。夜を煌々と照らしていた月が沈み、太陽が昇り始める。


 俺は朝日が射すのと同時に目覚めた。朝日を浴びた、ドクンと心臓が大きくはねた。


「あ……ぐ」

 感じたのは空腹感。ひどい眩暈と同時に耳鳴りもしてきた。視界が歪み、音がきしむ、遠のく現実感と、増していく衝動。


「【暴食】さん?」

 隣で眠っていた【色欲】も、俺の異変に気が付いたのだろう。俺を見て、不安そうな顔をしている。


「づぁ」

 昨日感じたそれとは比べものにならない、全身がよじ切れるような飢餓感。俺は震える足で立ち上がり、歩き出す。

 俺と【色欲】を包んでいた布が俺から落ちた。


 俺の視線はある一点で固定されている。昨日の食い散らかし。地面に転がった骨を拾い上げて、しゃぶりつく。

「ふ……ふ……ふ」

 犬がおやつをしゃぶるように、四つん這いになって骨をむさぼる。一思いに食べてしまわないのは、ここに残っている食べ物がわずかにしかないから。

 だから少しでも長く肉の味を味わおうとする。


 しかし骨をしゃぶる()だけでは腹は満たされない。すぐに骨もかみ砕いて飲み込んでしまう。初めて肉を食べた時は甘美だった味も、この暴力的な飢餓感の前では意味をなさない。

 もっと欲しいと、思わせるだけだ。


 昨日の食い残しを全て食べつくしても、この衝動は収まってくれなかった。肉。肉だ。肉が欲しい。

 近くに何か肉はないか? 目を左右に動かして、見つける。何か、食べられるものは、そういえば近くにあるじゃないか。肉が。柔らかく食べやすそうで、甘美な肉。


 新鮮な肉(【色欲】)が。目の前に。ぼたぼたとよだれを垂らしながら、俺は大きく口を開ける。そして、


「ぼ――」


 だめだ。


「――ふっ!」

 俺は自分の腕にかみついた。ギチギチと嫌な音が内側から響く。自分の腕が噛みちぎられる痛みで気が狂いそうになる。


「【暴食】さん!?」

「が……ぁ」

 ぐちゃり、と俺は自分の腕を食いちぎった。俺の口の中に、自分の腕の味が広がる。おいしい。それを飲み込むと、俺の飢餓感はだいぶ薄れてくれた。


 だがそれでも強い飢餓感は俺を(さいな)んでいる。何も食べないままで、長い時間耐えるのは難しそうだ。


「ご、めん。もう、大丈夫だから」

「は、はい」

 骨まで見えている自分の腕を後ろに回し、俺は不器用な作り笑いをした。


   *


「新しい情報が手に入った?」

「はい」

 腕の怪我はモンスターを食べれば治る。寝床にしていた場所から離れ、少し歩けばゴブリンを見つけることができた。


 もうゴブリンごとき相手にならない。素手であっさりと殺害。それを食べることで腕の傷はなくなった。


 ゴブリンと俺が戦闘をしている間、【色欲】は顔を歪めて頭に手をやっていた。何事かと思って聞けば、新しい情報が手に入ったということらしい。

「どんな情報なの?」

 【色欲】の異能は情報の獲得。戦闘力に劣る俺たちが【憤怒】に狙われている現状、どんな情報でも欲しい。


「私たちの異能についてです。もしかすると、私が思っている以上に、私たちには時間がないのかもしれません」

 そうして【色欲】が語った情報は、宣言通り、聞いていて気分のよくなるものではなかった。


   *


「――つまり、日が経つごとに俺らはおかしくなるってことか」

「そういうことだと思います」

 【色欲】が語った情報。それは俺たちの異能についてだった。【色欲】によれば、俺たちは日数が経過するごとに、異能からの()()を受けるらしい。


 俺が朝一番に感じた飢餓感もその一つらしい。しかも日を追うごとに、衝動が高まる。【暴食】であれば狂気的な飢餓感が増し、【憤怒】ならば周囲へ無差別に怒りを振りまくことになる。そうやって、少しずつ正気がそがれていく。


「その浸食を阻止する方法はないか?」

「わかりません。私に『入ってきた』情報はそれだけで、それ以上のことは」


 【色欲】はうなだれて首を振る。二日目の今日で()()だ。なら明日、明後日になればどうなる。

 今日はどうにか帰ってくることができた。でもあれ以上の衝動が襲ったとなれば、俺は彼女に襲い掛かってしまうかもしれない。


 今だって、彼女を見ておいしそうだと感じる自分がいるのだ。


「……とにかく、今は【憤怒】に対抗できる手段を探そう。そのためにもまずモンスターを食べて、力をつけないと」

 【憤怒】に勝てない。それどころか、確実に殺される。昨日だって、【色欲】の機転がなければあのまま爆殺されていた。

「そうですね」

 それが分かっているからだろう。【色欲】の沈痛な面持ちで頷く。これからどうするか。俺の補給は当然として、【憤怒】と戦うのか、それとも逃げるのか。

「なぁ――」

 俺が口を開こうとした時、カツンと音がして、背後から気配を感じた。


「面白い話をしているね? その話、もっと詳しく聞かせてもらえないかな」


 背筋が凍るかと思った。唐突に聞こえてきた声。その声は俺の後ろから聞こえてきた。俺は即座に手にした斧を構えながら振り返る。

「誰だ」

「ちょ、その物騒なものを下ろしてくれよ。俺はあんたらと戦う気はないよ」


 俺の後ろにいたのは二十代くらいの狐顔の男だった。【憤怒】ではない。だがおかしい。ついさっきまで、俺の後ろには誰もいなかったはずだ。


 男は俺の後ろ五メートルくらいの位置で、木にもたれかかっていた。両手を上げて微笑みかける彼は、余裕ありげな声と態度と裏腹に傷だらけだった。思わずといった様子で【色欲】が声をかける。

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ。痛いのには慣れてるんだ」

 額は何かにぶつかったのか、ばっくりと割れており、腕や足には赤黒い無数のかさぶた。


「モンスターに、やられたのか?」

 その傷は、俺がモンスターにひっかかれたり、噛みつかれた時の形とよく似ていた。

「そうだともいえるし、そうでないとも言えるな。ところで、モンスターを食べればこの傷は消えるのかな? 痛みには慣れていても、痛いのが好きってわけじゃないんだ」


 男は苦笑しながら、ぽりぽりとこめかみを掻く。そこにできたかさぶたがはがれ、赤い血がにじんできた。

 俺は手で【色欲】に下がるようにして、いつでも戦闘態勢を取れるようにする。


「ひどいな。そんなに警戒することないだろう? 俺は嘘なんてついちゃいないぜ?」

 男はすっと目を細め、俺たちを品定めするようにして見ている。


「悪いが、信用できないな」

「そりゃ困った」

 ついさっき【色欲】から、日ごとに高まる罪の衝動について聞いたばかりだ。その上、こいつはいきなり背後に現れるなんて芸当をしてみせた。

 それで信用できると思う方が馬鹿げている。


 この男も俺同様、何らかの狂気を抱えているはずだ。


 ……そういえば、【色欲】はその衝動を表に出していないな。上手くこらえたのか? それとも衝動を抑える何かを【色欲】は知っているのか?


「ならどうすれば信用してもらえるだろう」

 警戒を強める俺に、男はそんなことを言ってきた。


「……あんたの目的は」

「共闘、かな。どうしてもやりたいことがあってね。そのために力が欲しい」

「やりたいこと?」

「おっ。ようやく食いついてくれた」


 男は喜色を浮かべて一歩踏み出す。俺はぐっと腰を落として、斧をわずかに振りあげる。

「あぁごめんごめん」

 すると男はすぐにまた一歩後退る。俺と男の距離は五メートルだ。


「やりたいことってのはここにいる、とある男を殺すこと。名前は何でか忘れちゃったけど、でもあいつのことだけは忘れない」

 このデスゲームで男は人を殺したいと言った。ここでは日常的で、しかし現実と地続きの非現実的な言葉。


「だったら一人で殺しに行けばいいだろう」

「それはもうやった」

 男の言葉に、俺と【色欲】は目を見開いた。


「その結果がこれさ。昨日戦って、派手に負けてね。どうにか逃げた。そうでないなら助けなんて求めないさ。一人でやる。なんせ俺の推測によれば、これは最後の一人になるまで殺し合うデスゲーム、なんだからさ」

 このゲームの仕組みは「情報を獲得する」異能を持つ【色欲】以外に知らないはずのことだった。それなのに、この男は彼が知るはずのないことを平然と言ってみせた。



贖罪指数 [二日目 朝]

【暴食】 0

【色欲】 2

【憤怒】 0

【??】 0

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